4の4 新大陸到達
二月に入り、成実は梅と桜の苗木を植えさせた。船で日本から持ってきたのだ。
花と言えば梅。梅干を作るのに欠かせない、戦さの必需品だ。
桜は最近の流行だが、田植えの時期を計るのに必要だった。桜が散れば田植えの準備を始めてもよい。田に水を引き、代掻きをして、苗を植える。
その意味でお花見が、お百姓の最後の休息である。
梅はもう花が咲いていた。やはり米沢より暖かいのだ。
南の村とは、何とか友好関係を保つことが出来た。
成実は宝貝を使っての交易を商人に命じた。そこで銭と宝貝を等価と定めた。
浴衣を始めとする文物が王論人に流れ、毛皮になって帰ってきた。これで皮靴を作る。
米の飯は好評だったらしく、たびたび進物し、採取方法を乞われてお百姓が稲作に出向き、言葉も幾分かは通じるようになった。
二月末には、桜が咲いた。日本町も家屋は建設中だが粗方の形は出来た。
城は堀と柵、館のみで、石垣も天守も無くお粗末だが仕方ない。
湖畔のかつての住人で男どもを殺され、住かを追われた女子供たちは、南の村や仇である日本町近郊にも現われて生活していた。成実は最大限の配慮をして、これを手厚く保護した。
三月末には、田植え真っ盛りとなった。
場所は、湖畔の村と南の村である。手伝いに皆が出向いた。
しかし、雨が少ないのが気になる。このまま夏の日照りにあったら全く悲惨だ。
調べると、王論族は南の村に約四〇〇人。湾岸全土でも一万人程の小民族であった。
南の村は、稲作を通じて日本文化に急速に同化しつつある。
何とか両国の言葉を話す人間を仲介者にして、この地に根を下ろしたいものである。そして米食文化と年貢の仕組みが、継続的な日本的政権基盤となるのだ。
以前、使者に訪れた漢は、その後も度々と交渉に訪れた。
名前を「ズーキマッツォ」という。その意味は「静かな狼」であるらしい。
成実はこの漢を気に入っていた。
すこしは日本語がわかるらしい。度胸だけでなく頭脳も良いのだ。
「お役目ご苦労。お前にこれをやろう」
と、ある日、成実はズーキマッツォに日本刀を授けた。
金属器を持たぬ王論族にとって、鉄器とくに刀は大変な価値を持っていた。
ズーキマッツォは、白刃を見て、その輝きと見事な曲線に魅了されたようで、非常に喜んだ。
「日本名もやろう。ズーキマッツォにちなんで、観月松男だ。こういう字を書く」
成実は、矢立を取り出して懐紙に名を書いて渡した。どうも複雑な心境のようだ。
その後、たびたび木刀で稽古を付けたこともある。勘もよくて呑み込みが早い。
成実と観月松男は非常に親しくなり、観月は将来一万人の王論族首長となって友好を繋ぐ者だろう、と称えた。
やはり、この国には竹が無かった。日本家屋の土壁や塀の骨組みに竹は必需品であったが、無いものは仕方ない。
湾岸探検に物見を出して判った結果だ。成実も各地を歩き回った。
四月には、一面橙色の芥子の花が咲きめぐり、草原は美しい絨毯を広げたようであった。
手付かずの大地には驚く。もし勤勉な日本人ならば、この土地全体を畑に作り替えて野菜を作るのであろう。この国の人間は、風流とでも言えるほど自然に手を加えず、野生動物を狩って生きているのだ。
梅雨も無い。雨の少ないこの地方では、作物を育てるより、野草を摘み、獣を狩って生きる方が理に叶っているのかも知れない。
とりあえず、湖畔の村は湖水を、南の村は沢の水を田に引いて稲作を続けた。
夏になっても、日本ほど蒸し暑くは成らなかった。
涼しく、晴れていて過ごし易いが、米作に暑さは欠かせないものだ。
だが、たまに日中暑い日の翌日には、決まって朝霧が出る。大地で暖められた空気と、北からの海流で冷やされた空気が、湾口付近でぶつかる為だ。
この霧のせいで平均気温は低く抑えられる。
そしてこの霧は数千年の巨木を育てた。
北半島(マリン半島)の北方には杉の巨木があった。幹は十人抱え以上、高さは三〇丈(91メートル)もの巨木が森となってそこかしこにあるのだ。
「おおー、でかいな」
成実は思わず声が出た。
苔むす道を案内した物見の衆も自慢げである。
「遊佐、まさに神が宿っているぞ。無闇に切ってはならん。この巨木一本切るのにも俺の朱印状が必要だと決め、勝手に切ったものは死罪じゃ。よいな?」
「ははっ」
遊佐も同感であろう。これだけの巨木である。
「お静にも見せてやろう。お静を呼べ。一番高い御神木(世界最高の112メートル)の下に神社を建てよ。もちろん巨木は一本たりとも傷つけてはならぬぞ」
成実は心が清々しい気分になった。
世界はなんと雄大であろうか。この巨木など日本では思いもつかない大きさである。異国へ出てよかった。なんと面白いことか。世界は未知との遭遇、発見の毎日でもある。
数日間、林野で野宿し、神話の世界に生きていると、お静が案内されてこの地に来た。
「殿、凄いです。ご立派な木ですこと」
お静は巨木の森に息を呑んだ。この驚きが見たくてここに同伴したのだ。
夫婦二人で静かに拝んだ。
(この旅が無事でありますように)
お静は何やら長く眼を閉じていた。
「何を長く拝んでいたのだ?」
成実は聞いてみた。
「はい。御神木にお子を授けて下さいと頼みました。御神木のように強い子を」
「おお、そうか」
二人にはまだ子がなかった。
成実は、夫婦仲が良すぎるので神さまが嫉妬でもしているのだろうか、とも思っていた。兎にも角にも早く元気な子がほしい。




