3の2 いざ太平洋横断へ
それからひと月程経った。幸い嵐には遭わなかったが、北西風は強く、船をグングンと驚く程の速さで東へと押していた。
成実は単調な生活に飽き、木刀で稽古を付けていた。若い衆に混じって遊佐も左手で木刀を振るった。
毎日、稽古をしていると、遊佐の太刀筋にもキレが出てきた。
「遊佐、大分上手くなったな」
そう言って、成実が肩をたたく。その左肩は鍛えられた筋肉で硬くなっていた。
何事も修練である。遊佐の努力の程が解かった。
「命のやり取りには、まだまだ腕力が不足してござる」
遊佐は、決して慢心しない漢だ。その後も懸命に木刀を振るっていた。
「皆さま、ご休息を。お茶などで御一服下さりませ」
お静が、遊佐の妻ら女房衆を率いて、茶を点てた。
普段、女子たちは食事の支度や縫い物以外は、おしゃべりが仕事みたいだったが、たまに、お静が気をきかせて気晴らしをする。茶を点てるのも、その一つであった。
「かたじけない。ちょうど喉が渇いたところだ。皆も休憩しろ」
大将の成実が、率先して女房に付き合う。
狭い船で、成実とお静は穏やかな日々を過ごしていた。
あちこちを飛び回る成実にとって、これまで妻と過ごす時間は少なかった。
露天甲板にどっかと腰を下ろし、お静の茶を一息に飲んだ。作法も何も知らんが、成実は形よりも真心を飲んでいる。甘露の心地だ。
「うまい。生き返ったぞ」
漬物や干し野菜ばかりの食事では新鮮な青物が不足するが、たまに飲むお茶は、いい薬になっていた。
「ところで殿、新しい陣羽織の模様は何が良いのでしょうか? いつまでも大将が『香車』の陣羽織では示しがつきますまい。せめて天駆ける龍とか、地獄の閻魔さまとか強そうなものにして下さい」
成実も大将が前進のみを意味する「香車」では、少々まずいと思っていた。
「そうだな、政宗公が独眼竜じゃから、俺は虎か獅子が良いな。では、赤地に黄金のたてがみの獅子にしてくれるか?」
お静に茶碗を返す。
「はい。でも私、獅子を見たことがありませぬ」
「俺も無い。おそらく神社の狛犬の立派なものであろう。たてがみの見栄えがよければ、子猫でも良いぞ。ははっ」
お静といると珍しく冗談も出る。
「子猫なら可愛くて大好きです。では獅子にしましょう」
お静はルンルンと部屋に戻って行った。
大将の成実と副将の遊佐には、半畳の床の間と押入れ付きの三畳間が与えられている。
床の間には鎧を飾り、押入れには夫婦の布団と衣装の箱が入っていた。
一般家族が、ついたてで区切った一人一畳分しか割り当てが無いのに比べれば、贅沢は言っていられない。
そんなに狭い船内では、寝るのにも大イビキをかく者は嫌われた。
真冬でも晴れの夜は、露天に布団を敷いて寝かさせられる始末だった。それこそ恐ろしく寒いに違いない。
可哀相で成実は、大イビキ者を夜間の見張り役に使った。
岩礁や他船にぶつからないように見張らせるのだ。そして昼間自由に寝させることにした。
それでも夜間、見張りをさぼって居眠りをする大イビキ者がいて、成実も拳骨をくれて歩いた。
他船では、反乱も起こったらしい。あまりの窮屈さに不満が溜まった為だ。
各船の大将は、荒くれ者に縄をかけて船蔵に押し込んだ。
順風なら、なんとか予定より早く着くかもしれない。祈るばかりだ。
ふた月目の天正二十一年(1593、昨年十二月八日に改元し文禄二年。成実らはこの事を知らず)正月元旦。
些細ではあるが、全員に餅が振る舞われた。
成実も搗き立ての餅に醤油を付けて頬張った。美味い。
「殿様、おめでとうござりまする」
成実は、何度もそう挨拶された。
わがまま勝手が許されぬ共同生活を通じて、船内の全員から親しまれる穏やかな殿様になったようだ。
女房衆は子供や年寄りの面倒をよく看ていた。
元々、外征なので年寄りは少ない。
しかし、図面を引ける大工の棟梁や、職人でも名人の類は貴重な人材だ。技術の世界に老人はない。
成実は、健康を条件に、老若男女の区別なく家族ぐるみで乗船させた。
「もうすぐ陸地が見えるぞ。見張りを徹底しろ」
成実の統率は、厳格で慈愛に満ちていた為、毘沙門に乗る子供から猪武者までが、素直に見張りを行なった。




