3の1 いざ太平洋横断へ
天正二十年(1592)十一月一日。
いよいよ旅立ちの朝である。今朝は真冬らしく凛と冷えて白い霧が出ていた。
成実も綿入りの袷を着て、例によって香車の陣羽織を羽織った。
香車とは将棋の駒の一つで、左右にも後ろにも行かず、直進するという意味がある。これは成実の信条、不退転の決意を表わしていた。
気仙沼の港では船が、多くの家族と、水と食糧、薪を満載して出航の時を待っていた。
陣容は以下の通りだ。
「リベルタ号」軍師、原田孫七郎、乗員三〇〇名。
「毘沙門」大将、伊達藤五郎成実、直目付、遊佐佐藤右衛門常高、乗員三〇〇名。
「蔵王」原田左馬之助宗時、乗員三〇〇名。
「不動」桑折摂津守政長、乗員三〇〇名。
「金剛」家老、志賀左近之助隆義、乗員三〇〇名。
「文殊」家老、常盤新九郎勝定、乗員三〇〇名。
「孔雀王」家老、羽田右馬之助実景、乗員一〇〇名、馬一〇〇匹。
計七隻、一九〇〇名、米三四七〇石、水樽一五〇〇個、薪一〇〇〇把。
伊東マンショの知識で、一年は365日と4分の1と解かっているので、食糧の米は各船に一年分を積み込んだ。
たとえ漂流したとしても、一年間は食いつなげる計算だ。
最も重要なのは真水で、飲みつくしても腐っても、乗員は生きて行けない。水樽に密閉して、出来るだけ多く積み込んだ。後は沸かして飲むか、雨水を飲むかだ。
日が高くなるにつれ、霧は晴れて視界は澄んできた。
成実は各船の船長を岸壁に集め、訓辞をする。
「海で一番大事なのは水だ。飲み食い以外に真水を使うことを禁止する。鍋を洗うのも、大根を洗うのも海水だ。下帯の洗濯にも海水を使え。いいな。絶対に真水は飲み食いだけだ。各船に水奉行を置いて、厳しく守らせよ。
では、これから出航する。皆が協力し、三ヶ月の船旅を成功させるのだ。よいか、奥州武士の誇りを忘れるな。では、行くぞ」
諸将が「おう!」と鬨の声を上げた。
「よし、各々方、持ち場へ戻れ」
各将が乗船に向かう。成実も遊佐とともに毘沙門に移った。
今回から遊佐は、勘定奉行から直目付(成実直属の監察官)に役職を変えていた。事実上の副将格である。
湾内の船が、帆を揚げてゆっくりと進み始めた。
気仙沼と那坐礼の海岸には、観衆が大勢詰め掛け、武士は各家の旗を振って、漁師は大漁旗を振って、航海の無事を祈っていた。
「遊佐、いよいよだな。いざ大海へ」
「はっ」
遊佐が舵取りを指揮し、那坐礼の西側を通り、唐桑半島先端を東へと周った。
そこからはもう、島一つない大海原(太平洋)であった。
冬の太平洋は北風が強く厳しいが、一定方向からの風は長期航行には都合がよい。
北からの親潮の流れにも負けず、懸命に東へと進路を取った。
夜間は船首に松明を焚いて、衝突や離脱を防いだ。
二日目には揺れる親潮を抜け、東へ流れる黒潮の流れに乗った。
黒潮は四から五ノット(1時間に四、五海里進む速度)の速さで流れる海の川である。何もしなくても、早足くらいの早さで船を前進させる。
さらに帆を斜めにして、強い北西風を推進力に換え、高速度で船団は進んだ。
「どうも胸がムカムカする」
成実に船酔いの症状が出たのが、二日目であった。
早い者は、出航してすぐに気分が悪くなり、船縁で吐いていたが、海に慣れていた成実は、緊張もあって、ぐっと堪えていた。
しかし、幾分慣れて油断したのか、急に船酔いを発症してしまった。頭が重く痛くて目が回るし、胃の腑から食物が上がってくる。
ついに大将の成実も船縁で戻してしまった。
しょうがない。全部吐くと幾分すっきりした。
遊佐も青い顔をしているが、吐かない。というか、用心して何も食べていないのだ。
「さすがは冬の海だ。船酔いとは、こんなに酷いものなのか」
「はい。でも、じきに慣れましょう。暴れ馬にでも乗っていると御思い下され」
遊佐が応える。しかし、言葉とは裏腹に遊佐の方が辛そうであった。
「何か、気分を紛らわしたいな。釣りでもするか?」
「はい。では、お供いたしまする」
成実と遊佐は釣竿を取り、窓から並んで釣り糸を垂らした。
「しかし、何とも退屈なものだな。これといってする事がない」
「はい。では、某の兵法書でも朗読いたしまするか?」
「やめてくれ。頭が痛い。心を空にして、魚でも釣れるのを待とうではないか」
大海原の荒波が船の弦側に大きくぶつかる。
船酔いの元凶はこの荒波であり、防ぐ手立てはない。慣れるしかないのだ。
「こんな状態で、三ヶ月も持ちましょうか?」
遊佐が心配する。
「これは篭城戦だ。城に篭るも船に篭るも一緒だと思えばよい」
「しかし、女子供には、いささかキツイのではないかと」
「遊佐は知らんのか。女子は船酔いには強いと聞くぞ。現に妻のお静は平気な顔だ」
確かに船内で重傷の船酔いは男が多い。
「おっ、引いたぞ」
成実の竿がしなった。直ぐに上げると、鯵が掛かっていた。
「遊佐、見ろ。釣れたぞ。ははっ」
成実は喜んだ。これも一時の気晴らしにはなった。




