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新大陸伊達王国  作者: いばらき良好
第3章
18/33

3の1 いざ太平洋横断へ

 天正二十年(1592)十一月一日。

 いよいよ旅立ちの朝である。今朝は真冬らしく凛と冷えて白い霧が出ていた。

 成実も綿入りのあわせを着て、例によって香車の陣羽織を羽織った。

 香車とは将棋の駒の一つで、左右にも後ろにも行かず、直進するという意味がある。これは成実の信条、不退転の決意を表わしていた。

 気仙沼の港では船が、多くの家族と、水と食糧、薪を満載して出航の時を待っていた。

 陣容は以下の通りだ。


「リベルタ号」軍師、原田孫七郎、乗員三〇〇名。

「毘沙門」大将、伊達藤五郎成実、直目付、遊佐佐藤右衛門常高、乗員三〇〇名。

「蔵王」原田左馬之助宗時、乗員三〇〇名。

「不動」桑折摂津守政長、乗員三〇〇名。

「金剛」家老、志賀左近之助隆義、乗員三〇〇名。

「文殊」家老、常盤新九郎勝定、乗員三〇〇名。

「孔雀王」家老、羽田右馬之助実景、乗員一〇〇名、馬一〇〇匹。

 計七隻、一九〇〇名、米三四七〇石、水樽一五〇〇個、薪一〇〇〇把。


 伊東マンショの知識で、一年は365日と4分の1と解かっているので、食糧の米は各船に一年分を積み込んだ。

 たとえ漂流したとしても、一年間は食いつなげる計算だ。

 最も重要なのは真水で、飲みつくしても腐っても、乗員は生きて行けない。水樽に密閉して、出来るだけ多く積み込んだ。後は沸かして飲むか、雨水を飲むかだ。

 日が高くなるにつれ、霧は晴れて視界は澄んできた。

 成実は各船の船長を岸壁に集め、訓辞をする。

「海で一番大事なのは水だ。飲み食い以外に真水を使うことを禁止する。鍋を洗うのも、大根を洗うのも海水だ。下帯の洗濯にも海水を使え。いいな。絶対に真水は飲み食いだけだ。各船に水奉行を置いて、厳しく守らせよ。

 では、これから出航する。皆が協力し、三ヶ月の船旅を成功させるのだ。よいか、奥州武士の誇りを忘れるな。では、行くぞ」

 諸将が「おう!」と鬨の声を上げた。

「よし、各々方、持ち場へ戻れ」

 各将が乗船に向かう。成実も遊佐とともに毘沙門に移った。

 今回から遊佐は、勘定奉行から直目付(成実直属の監察官)に役職を変えていた。事実上の副将格である。


 湾内の船が、帆を揚げてゆっくりと進み始めた。

 気仙沼と那坐礼の海岸には、観衆が大勢詰め掛け、武士は各家の旗を振って、漁師は大漁旗を振って、航海の無事を祈っていた。

「遊佐、いよいよだな。いざ大海へ」

「はっ」

 遊佐が舵取りを指揮し、那坐礼の西側を通り、唐桑半島先端を東へと周った。

 そこからはもう、島一つない大海原(太平洋)であった。

 冬の太平洋は北風が強く厳しいが、一定方向からの風は長期航行には都合がよい。

 北からの親潮の流れにも負けず、懸命に東へと進路を取った。

 夜間は船首に松明を焚いて、衝突や離脱を防いだ。

 二日目には揺れる親潮を抜け、東へ流れる黒潮の流れに乗った。

 黒潮は四から五ノット(1時間に四、五海里進む速度)の速さで流れる海の川である。何もしなくても、早足くらいの早さで船を前進させる。

 さらに帆を斜めにして、強い北西風を推進力に換え、高速度で船団は進んだ。


「どうも胸がムカムカする」

 成実に船酔いの症状が出たのが、二日目であった。

 早い者は、出航してすぐに気分が悪くなり、船縁で吐いていたが、海に慣れていた成実は、緊張もあって、ぐっと堪えていた。

 しかし、幾分慣れて油断したのか、急に船酔いを発症してしまった。頭が重く痛くて目が回るし、胃の腑から食物が上がってくる。

 ついに大将の成実も船縁で戻してしまった。

 しょうがない。全部吐くと幾分すっきりした。

 遊佐も青い顔をしているが、吐かない。というか、用心して何も食べていないのだ。

「さすがは冬の海だ。船酔いとは、こんなに酷いものなのか」

「はい。でも、じきに慣れましょう。暴れ馬にでも乗っていると御思い下され」

 遊佐が応える。しかし、言葉とは裏腹に遊佐の方が辛そうであった。

「何か、気分を紛らわしたいな。釣りでもするか?」

「はい。では、お供いたしまする」

 成実と遊佐は釣竿を取り、窓から並んで釣り糸を垂らした。

「しかし、何とも退屈なものだな。これといってする事がない」

「はい。では、某の兵法書でも朗読いたしまするか?」

「やめてくれ。頭が痛い。心を空にして、魚でも釣れるのを待とうではないか」

 大海原の荒波が船の弦側に大きくぶつかる。

 船酔いの元凶はこの荒波であり、防ぐ手立てはない。慣れるしかないのだ。

「こんな状態で、三ヶ月も持ちましょうか?」

 遊佐が心配する。

「これは篭城戦だ。城に篭るも船に篭るも一緒だと思えばよい」

「しかし、女子供には、いささかキツイのではないかと」

「遊佐は知らんのか。女子は船酔いには強いと聞くぞ。現に妻のお静は平気な顔だ」

 確かに船内で重傷の船酔いは男が多い。

「おっ、引いたぞ」

 成実の竿がしなった。直ぐに上げると、鯵が掛かっていた。

「遊佐、見ろ。釣れたぞ。ははっ」

 成実は喜んだ。これも一時の気晴らしにはなった。

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