2の7 伊達海軍を創る
政宗の石巻城は、北上川河口西岸にある独立丘で、最高所は南東端の日和山で二十丈(標高60・4メートル)の高さがある。
この南東端に、まだ天守は無いが、櫓を備えた本丸、丘の中央には二ノ丸御殿、北東端の羽黒山(標高49メートル)には船奉行所を完成させていた。
丘の東面は北上川で、他の三面は幅五十間(91メートル)もの堀で囲んでいた。
この城の唯一の弱点は、北上川対岸東側の牧山が八十二丈(標高247メートル)の高さがあり、城内を見下ろされる点にある。これは用兵により、敵に北上川を渡らせなければ良い。その絶好の要地に石巻城は位置しているのだ。
北上川の水運は物資の輸送に活用されている。現に石巻には土蔵が建ち並び、町屋も多くなっていた。
政宗は、独自に朱塗りの関船を造っていた。目測では、五〇〇石積、六〇丁艪という具合であろう。
城の大手口から案内を受け、政宗を訪ねる。
「成実ご苦労。南蛮服であるか。で、鉄砲の交渉だそうな。何だ?」
牡丹の襖絵が綺麗な本丸の小書院で、南蛮服の成実は政宗に対面した。
「はっ、伊達領内の四匁鉄砲を全て譲って貰いたいのでござる。実を言うと、新式鉄砲が出来まして。これでござる」
成実は新式を政宗に手渡した。
「銃口内の溝と鉄砲の弾が特殊なのでござる」
そう言って懐から布に包んだ椎の実弾を取り出した。
「ほうほう、弾の先を尖らせ後を凹ませるのか。で、威力は?」
「百聞は一見に如かず、捨て鎧と今までの鉄砲、それに鉄砲大将をご用意下され」
「面白い。試し撃ちだな。誰か、遠藤但馬を呼べ」
政宗も興味は大きいようだ。
色々な天下の情勢や世間話をして四半刻(30分)後、試し撃ちとなった。
的は松の幹に小札の胴丸を三重に巻いて据え付けた物。
鉄砲大将の遠藤但馬は、従来の鉄砲と新式を撃ち比べた。
政宗と成実は、その結果を見た。予想通り、新式は三重の鎧を貫通する結果であった。
「これは凄い。成実、大手柄じゃ。ワシも協力は惜しまんぞ」
この新式は、政宗の期待以上の結果だったようだ。
「ワシは、正月には唐入りに出陣する。成実は残ってこの鉄砲を作れ。石巻の鉄砲鍛治も使ってよいぞ」
「かたじけない。だが、今度も留守番か」
「お主は秀吉に目を付けられておる。上方へのぼれば討たれるだろうよ」
政宗なりに庇ってくれているのだろう。
「俺は、日の沈まぬ国・世界最強のイスパニアと勝負がしたい。そこで黄金の国・新大陸のヌエバ・エスパーニャを奪う」
成実の夢は大きい。
「成実は、つくづく武勇が好きだな。賽の目がどちらに転んでも伊達家を残すのが、この政宗の務め。遠謀の策も面白い」
「大国ならば陸戦もあろう。宿老筆頭の原田左馬之助宗時と、評定衆から桑折摂津守政長を連れて行け。武運を祈っている」
「これは、かたじけない。来年には出発し、武器やお宝を満載して帰って来る。まあ三、四年ほど気長に待っていて下され」
「そうしよう。はっはっは」
今回も政宗は容認してくれた。さすがに肝がでかい。
「政宗公、明国との戦さは俺なしでも大丈夫か?」
二正面作戦や兵力の分割には危険が伴う。成実の心配所だ。
「ワシを誰だと思っている。独眼竜と知られた奥州王じゃぞ。戦さの差配は成実以上と自負しているのだ。それでは、イスパニア王に喧嘩を売って来い」
不適な笑みだ。奥州において、いや天下でも政宗は戦さ上手の部類に入る。
政宗の読みに間違いは無いであろう。
「わかった。しばしの別れだ、政宗公」
「おう、行って来い。じゃが、三年後のワシは天下人かもしれぬぞ。はっはっは」
二人は大きく笑った。
交渉が万事うまくいった成実は、跳ねるように気仙沼へと帰った。




