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新大陸伊達王国  作者: いばらき良好
第2章
10/33

2の1 伊達海軍を創る

 天正十九年(1591)七月二日。

 伊達成実らを乗せた南蛮船リベルタ号は太平洋を北上して、この日、阿武隈川河口の荒浜に入港した。

 荒浜のある亘理郡は、親族の亘理美濃守重宗の所領である。

 成実と重宗は、従兄弟の関係にある。かつ又、成実の嫁は重宗の娘であり、舅としても付き合っていた。

 その重宗はこの地で、伊達家に敵対する南隣の相馬家を抑えるという重要な立場にあった。

「おーい、伊達政宗公が今何処にいるか、知っておるか?」

 成実は、小船で南蛮船に近付いてきた荒浜の役人に、政宗の所在を尋ねた。しばらくぶりの帰国だ。これから政宗に逢って伊達家帰参の許しを貰わねばならない。

「おそらくは、北の一揆勢と戦さをしているでしょう。それよりも、もしや、伊達成実殿ではござらぬか。大変でござる。二本松城が乗っ取られ申した!」

 成実には寝耳に水だった。

「いつのことだ!?」

「昨年の冬にて、成実殿不在の隙を衝かれて落城、姫さまは何とか無事に亘理まで落ち延びましてござる」

「で、敵将の名は?」

「伊達家家臣・屋代勘解由兵衛景頼の配下で元相馬家浪人の梅村日向守でござる」

「くそーっ、不覚を取った。こっちの船に上がって詳しく教えてくれ」

「ははっ」

 怒りに興奮した成実は、下の代官に向けて強く縄梯子を投げ降ろした。

「如何した?」

 船の責任者であるカピタンの原田孫七郎に、説明を求められた。

「俺の城が奪われた。詳しい事はこれから聞くところだ」

「判った。よし、上がれ」

 成実は乗員全てと、武藤と名乗った役人とで評定を開いた。

 成実は、昨年の八月に出奔して京都へ向かった。京都では浪人と名乗っていたが、国元で成実不在を知るのは、政宗と小十郎、二本松の重臣たちしかいない。

 しかし、大崎葛西の一揆討伐に出陣しない成実を不審に思ったのが、伊達家の粛正人・屋代景頼だ。あの男は、政宗に従わない者は味方であっても容赦しない。しばしば政宗に逆らう成実を疎ましく思い、隙を狙っていたのだろう。闇討ち騙し討ち専門の闇奉行だ。

 そこで一揆討伐へ城兵が出陣した時期に、二本松城を襲ったのであろう。

 武藤は、初めて見る南蛮船と成実の洋服姿に刮目していたが、すぐに二本松城の経緯について語りだした。

「屋代殿配下の梅村日向守は、政宗公の使者と偽って二本松に入城し、成実殿への面会を断わられると『政宗公に反意あり』として姫さまに詰め寄られたそうで、狡賢く口先だけは切れるこの男は、逆らえば政宗公への謀叛となるぞ、と脅したそうにござる。伊達家において政宗公の権威は絶対であり、逆らえぬ二本松衆は、姫さまだけを護って落ち延びなされたよし」

 小競り合いはあったものの、まさに恫喝で城を占拠された。

 二本松城は、高さ百丈余(標高345メートル)の白旗ヶ峯に築かれた山城である。

 易々と落ちる城ではないと思っていたが、まさかこんな奇策があったとは。

 問題はこれからだ。まず、城を取り戻す。それには亘理城の手勢を借りようか?

「武藤殿、済まぬが重宗殿に繋ぎをつけてくれ。城に居るのか、それとも出陣されているのか分からぬが、手勢をこの成実にお貸し下され、とな。よしなに頼む」

「それで人数は如何ほどに?」

 武藤も感どころがいい。

「一〇〇〇と言いたいが、五〇でも一〇〇でもいい。それに鉄砲を持たせてくれ」

「承知仕った。されば成実殿、是非にも姫さまに逢って下され。お辛い立場でしょうから」

 武藤は、そういい残して船を下り、急ぎ馬を取りに荒浜の陣屋へと帰った。

「俺たちも手伝うぞ。卑怯なやつは大嫌いだ」

 原田も成実に助太刀を申し出る。

 そうだ、そうだ、と海の男衆も勇ましく同意した。

「かたじけない、恩に着る。これで俺らは千人力だ」

 成実は苦笑だった。城を攻め取るには人数が少な過ぎる。そんな苦しい戦いほど、逆に燃えてくる自分自身が可笑しかった。

「皆の衆、憎い梅村のタマ(魂)は、この萱場源兵衛の鉄砲玉が貰い受ける」

 萱場が鉄砲を握り、天に向けて掲げた。

「海の男をなめるなよ。これでも南海の海賊と戦ってきた猛者たちばかりだ」

 原田も吼えた。

 成実は、これら海の衆に親近感が湧いていた。喧嘩をして打ち解けてみると生一本な漢ばかり、海上での秩序の正しさにも感心していた。

 原田がカピタンとして指示を出す。

「よし、船に舵取り以下八名残す。残り一〇名で陸に上がるぞ。予備の大砲一門を下ろせ」

「神に仕えるキリシタンに殺生はさせたくない。岐部ペドロ殿と医師の伊東マンショ殿は、船に残って下され」

 成実の配慮に、伊東が十字を切って応えた。

「はい。無事をお祈りしています」

「では各々方、まずは亘理城に参るぞ」

 成実たちは、一隻の南蛮船から奥州の大地に降り立った。


 亘理城は荒浜から西に一里半(約5・3キロ)の距離である。砲車を引いて進む。

 到着すると、東の大手門が開いていた。きっとあの武藤が手配したのだろう。成実の妻が出迎えてくれた。

「やあ、お静、怪我は無いか。大変だったな」

「殿、二本松の落城、申し訳ござりません」

 成実を真っ直ぐ見つめる黒く大きな瞳から、はらりと涙が落ちた。

「すみません。何か風で、目にゴミが入ったようです」

 少し強がる妻女。

 無粋な成実は、女の涙に掛ける言葉を探した。

「そうか。城などは、いつでも取り返してやる。心配いたすな」

「はい」

「一年も留守にして悪かったな」

 成実は、お静を強く抱きとめた。もう二十二歳になるが、姫という呼び名が似合うほど可憐でいとおしい。何ものにも換え難い最愛の女性である。

 我が城を奪い、妻を泣かせた梅村だけは絶対に許さない。身体中の血が燃えるように熱くなった。

「早速だが、父君の重宗殿は居るか? 手勢を借りて直ぐにでも二本松に乗り込みたい」

「いえ。戦さに出ております」

「大崎葛西の一揆か。きっと政宗公もそこだろう。では、逢いに行って来る」

 はやる成実は、馬を探して周囲を見回す。

「それならば二本松から運ばせた甲冑を使って下さい」

「俺の甲冑を持ってきたのか。かたじけない」

 お宝よりも俺の甲冑を持って逃げたのだろう。可愛い妻だ。

「まずはお館に」

 そう言って、お静が成実を導く。

「ところでお静、例えば、そなたの一声で兵はいかほど集まるか?」

 ちょっと考えてお静は答えた。

「そうですね……私でなく、お爺さまに頼めば幾人でも」

「おお、そうか! そうだった、元安斎殿がいたな。政宗公も重宗殿も後回しじゃ。元安斎殿にお会いいたそう」

 憎しみの闇間にも一筋、天の光が射し込んだ。

 もし、政宗に面談して伊達家帰参が叶えば、二本松城も無事に戻ってくるに違いない。解かってはいるが、それでは城を乗っ取った梅村を成敗する事が出来なくなる。

 義祖父で叔父の亘理元安斎元宗の兵を借りて二本松城を奪還し、憎っくき梅村の首を取る。盗人の末路は地獄行きと決まっているのだ。

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