あなたは何も悪くない
○
朝目覚めて洗面台で顔を洗う。そして
「ま…ま」
鏡越しに1年ぶりに娘を見つめる。
1年ぶりに見る千尋の体はやせ細り、顔は死人のように白かった。
「ぇ?」
急に鼓動が激しくなった。嫌な予感がした。どうしてか、嫌な予感がした。
色々な言葉にしたくない言葉が頭の中を占拠した。
そして不安になった。
瞬きをしていなくなっていたらどうしよう…振り向いて見えなくなっていたらどうしよう…
そんな言葉が頭をよぎると同時に目から涙が溢れてきた。
吐く息が震えて、千尋が涙で見えなくなった。
「ぁ」
少し躊躇をしながら瞬きをする。娘はまだ視界に入っている。
勇気を出して振り返る。
「ママ…ぁの」
千尋がいる。でも、もしかしたら…
「千尋…千尋…」
歩み寄り抱き締める。
「千尋!千尋!」
抱き締められた事にこれほど安堵したことはない。
薄くなり骨ばった背中を優しく撫でる。
私の涙が移ってしまったのか、千尋も大きな声で泣いている。
冷たく震えていた体が少しずつ温かくなっていく。
「ごめんなさい…ごめんなさい」
様々な言葉が頭を駆け巡ったが、口から出てきた言葉はこの言葉だった。
「私も!私の方こそごめんなさい!私が!私が悪いの!私が全部!」
「そんなことない!そんなことないよ。あなたは何も悪くない」
○
「あなたは何も悪くない」
お母さんに抱き締められて、温かかった。
頭を撫でられて、背中を優しくさすられて、嬉しかった。
「ぁぁ…」
こんな事で
死ななくてよかったと
思えるんだ。
1年ぶりに人間の温かさを実感した。
遠回しではない優しさに幸せを実感した。




