そうやってあなたも、最後まで、無駄な人生を送ってください
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彼女はロープの輪っかを首に通しながら、立ち上がった。
「え?ちょ、ちょっと、ちょっと、ちょっと…………え?」
さっきから皆は彼女をすり抜けてみたり、大きな声で「死んじゃダメ!」「私達みたいになっちゃダメ!」「死んだらすべての可能性がなくなるよ!」「つまらないよ!」と言っているが、彼女は本当に何も感じていないみたいで、千人を超える数が集まったのだからどうにかなるだろう、という考えが焦りと共に曇り始めた。
「え?え?え?」
本当に、本当に無理なんだ…本当にどうすることもできないんだ。私たちが何百、何千、何万、いや無限に集まった所で、ロープの一つも切れやしない。ましては床に落とすことすらもできはしない…。
「ぁぁ…」
そぅだ…こんなだった…生きてる時も…無力だと思っていたのに…死んだら本物の無力になる。一つ一つのホコリにすら敵わぬ自分たちを見て、私は一層黒くなった。
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彼女はドアノブの下に座る。
上の小さな輪っかをドアノブにかける。
「黒かろうが透明だろうが何も関係ない!私たちは生きている人間を陥れる事も救う事もできはしない。私たちは意味もなく残された。残され生きている時を忘れられずに生にしがみついて死んでいる。死んでいる、死んでいる。生きているように死んでいる。だから虚しくなる。不安に駆られる。集まれば彼女を救えると思ってしまう。私たちは塵の一つにも敵わない。でも、敵わないなんて思えない。だって塵なんて相手にしていなかったのだから。生きている時に目の端で風に動いてようやく目に留まり、2秒後にはもう忘れてしまっていた、そんな塵よりも、下の世界にいるなんて思いたくない」
私はまだ死んでいない彼女に向かって、頭に浮かんだ言葉を言いながら彼女に近づいていた。
「…」
首に体重を掛けたり掛けなかったりを繰り返している彼女を見るのが悔しかった。腹が立った。
「悔いなく生きて!幸福を幸福と思わず、不幸や痛みにのみ敏感で、生き物を殺して食べて、物を区別して、人を差別して、奇麗事を小ばかにして、人の不幸を喜んで、たまに幸せを実感して、人生をバカにして、私は不幸だとのたうち回って、意味もなく怒って、それに対して怒られて、その事をずっと根に持って、忘れて、たまにふと思い出して、少し怒ってまた忘れる、そして死ぬ直前に全てのことに感謝し始めて、ぁぁ、まだ生きたかったなぁと思いながら死ねばいい!」
座りながらうな垂れてほくそ笑む彼女の目を見ながら言う。
「そうやってあなたも、最後まで、無駄な人生を送ってください!」




