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そうして私は、死んでいるのに、死にたくなった

               ●

 刑務所での彼は、どこかあっけらかんとしている印象だった。


 朝起きてから義務化された日常をこなしている気がしてモヤモヤした。


 日常を粛々とこなしていくことで怖い人間から目をつけられず、器用に新たな世界で生きているように思った。


 それを見て素直に苛立ちを覚え、その苛立ちを素直に仲間に吐露した。すると皆も同じような言葉を口にしてくれて、私はそれを素直に喜んだ。


                ●


 あの日


 いつもの時間に起きていなければ


 いつもの時間に家を出なければ


 いつもの場所を歩かなければ


 いつものペースで歩かなければ


 どこか寄り道をすればコンビニによってれば走っていれば急いでいれば


 私はこの人に殺されずにすんだんだ


 殺されていなければ


 殺されていなければ


 美味しいものが食べれて、好きな漫画を買って、新たに好きなものと出会って、好きな人と出会って…


「もしかしたら」


 楽しい人生を送れていたのかもしれない。


              ●


 そこにしがみついたら、心が落ち着いた。


 彼に責任を押し付けて、生きていたであろう残りの人生を華やかに彩ると、なんだか時間が早く経過した。


「私、この人嫌いかもです」


 そう言うと、皆も笑ってこの人を嫌いになった。


「憶測だけど、つまらない人生を送ってたのよ」


「だれも面会に来やしない」


「何が楽しくて生きているのか」


 皆が私を励ますように、そんな言葉を選んで言ってくれた。


「ははははは、確かに」


 そう私が返すとこの人の粗を探す悪いラリーが始まって、私たちを笑顔にさせた。


「ははは」


 皆この人の不幸を笑うようになった。


            ●


 少し上から見ている彼の不幸は、好きではない芸能人が少し理不尽な目に合うドッキリを見ているようで面白かった。


 現在 お昼休憩


 場所 運動場


 現状(彼) 運動場の端の日陰で一人膝を抱えて座っている。


 現状(私) 他の5人は好き勝手色んな所にいて、私だけが彼を見ている。


 他の受刑者が彼の悪口を言っていたので聞き耳を立てた。


「あいつ何考えてるのかわかんねーし、俺らを見下してけーべつしてる」


 はは!そうかも!


「おい!お前さあ!話の輪に入って来いよ!」


 隅に座ってボーっとしていた彼が、5メートルほど離れたところで8人で固まっている入れ墨だらけの連中に声を掛けられた。


「ぁ、ぁあ、はい、すみません」


 はは!急がないと怒られちゃう!


「お前はさあ!なんで捕まったんだっけ?」


 それは、私を殺したから


「ぁ、ぇぇと」


 言っちゃいな。私は怒りはしないから。別に…


「ぁの……」


 彼の顔が元々暗かったのにもっと暗くなった。


「……」


 ぁ、


「ひ、人を轢いてしまって…」


 この人は…


「殺してしまったんです」


 ずっと…


「車で轢いてしまって…」


 悔やんでいるんだ…


「居眠り運転をしてしまって…歩道に突っ込んでしまい…」


 反省してるんだ…


 なんでだろう(ごめんなさい)この言葉が頭をかすめた。彼の苦しそうに話す声、一切顔を上げる事ができない程うな垂れてる姿に。


「うわ!マジか…可哀そうだなあんた」


「ぇ」


「だって不注意じゃん。たまたまそこに人がいたからそうなったんじゃん。いなかったらここにはいねえし、今も普通に生活してたんじゃん。タイミングがさ悪かったんじゃん」


「た、た、確かにそうですよね」


 そう言いながらピクリとも上がらない口角に、私は罪悪感を感じた。


「も、もうい、いいかな。ごめんなさい。ありがとう」


 ぁぁそぅか、彼は新たに人との交流を私の為に拒んでいたんだ…笑うことを拒んでいたんだ…私が残りの人生で感じるはずだった喜びを…私の為に拒んでいるんだ。


            ●


 彼は生きることを罪と考えたが、死ぬには罰が足りないと更に苦しむ道を選んだ。


 彼は自分にルールを科した。


 笑ってはいけない


 喋ってはいけない


 自分で死んではいけない


 殺してしまった私が今後味わうはずだった幸福を得てはいけない


 今後


 つまらぬ人生を歩んで勝手に死ぬまで


 幸福を許されない


 この人は


 そんなレールを己に敷いたんだ。


 今までこなしているように見えていたのは、幸福から離れた所で苦しむ自分にどこか安心していたから…


「あぁ…そぅか、私、私は、憎んでもいけないんだ…」


 そう思ったら頭から言葉が止まらなくなった


 その言葉は自分勝手に彼を責めるような罵詈雑言で、醜い私は自分勝手に地団駄を踏んだ。


 しがみつけるものにしがみついたのにかんたんにそれがおちた。


 しがみつけるものなんてほかにないのに…


 じゃあじょうぶつするよ。なんてせかいでもないのに


 じゃあいきるよ。というのもできないのに


「じゃぁ、なんでいるんだろう?」


 のこされたんだろう?


 なんのかのうせいもあたえられずに、すべてをできないのに、なんでのこされたんだろう?


「わからんよ」


 わからんよわからんよわからんよ。


 どうせいみなんてないんだから。このよにいみなんてないんだから。


 わからんよ。


 そうして私は、死んでいるのに、死にたくなった。

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