あなたには何もなくなった
「ぁ、やばい!」
「ちょっと、ちょっといい!ごめんね!」
ぇ
私の視界に幽霊がいる。2人。
そしてなにやら焦って手招きしている。
男の人が二人。
一人は20代位の若い感じの人でもう一人は40代位の人だ。
なんで幽霊とわかるかというと
二人とも体が透けていた。
… … …
私達は歩いている。
私は眉間にしわを寄せ少し不貞腐れながらながら歩いていたが、自分が歩くたびに足音がしない事、自分に影がないことに気付き、今までで一番傷付いた。
「わ、私…ぁ、足音もしなぃ、足跡もつかなぃ…影もなぃし、どこにも何も映らない…わt」
「そうですよ」
40代くらいのおじさんが答える。
「あなたにはもう、何かをする力、何かを創る力、何かを生きている人に伝える力、何かに触れる力、食べる能力飲む能力、それらを排泄する能力、それら全てがなくなりました」
おじさんは何かをうやむやにすることなく、これからの現実を歩き振り向きながら喋っている。
「あなたには何もなくなった」
「…」
私は下を見て歩くことしかできなかった。下を向きながら自分の言葉が相手に伝わったことにとても安堵した。そして震えながら息を吸ってはいたが、そこから空気が出てくることはなかった。私は一つ一つの些細な事でとても大きく傷付いた。
「これらは今は傷ついてしまうから後で後でと、ならないほうがいいんです。死んだ自覚がなくなってしまう。死んでいるのに生きていると思うことが、一番自分を傷付けることになってしまう。だから最初に、とても傷付き、現実を、見なければいけない…と思うんです僕は…」
おじさんに少し感情が見えた。私は下を向きながら「ぁ、はぃ、」と言って笑おうと思ったが、上手く笑えなかった。
○
私達は息が切れることなく階段を上がっていた。
「ぉ、屋上に行くんです」
若い方の幽霊が教えてくれた。
「ぁ、はぃ…」
若い方の幽霊って言うの傷付くのかな…何が失礼で何が失礼ではないのだろう?私はもぅ、全てが、訳がわからなくなっていた。疲れてないことはいい事なのか、悪い事なのか…
私はこの世に生を受けた赤子のように、一つ一つの得体の知れなさに怯え、戸惑っていた。そしてその赤子は泣いても涙が出ないのだろぅな…と勝手に思い、また勝手に、一人で傷付いた。
「…」
階段を上がり切り、そこには何もない3畳と満たない狭い空間と、鉄で出来た上半分にモザイクのような小窓がある扉だけがあった。
私はモザイクのような小窓から青い空を確認しドアノブを見るが、彼らはドアノブを見ていなかった。
「では、行きましょうか」
若い幽霊の方が私を見る。おじさんの幽霊の方も私を見ている。
「ぁ…はぃ」
そぅか…そうだよね…そぅそぅ…そぅゆぅもの…私にドアを開閉する力は、もぅなぃもんね…
「えーとですね、まず右手を、前に出してください」
おじさん幽霊が右手を前に出しながら言う。私はその言葉にそのまま従う。
「そのままドアの方まで歩いて下さい」
私は彼らの前に立ちドアの方まで歩いていく。
「ではまず、僕達が見本を見せます」
私の左右に彼らの手が伸びる。
「…」
彼らの手はそのまま壁をすり抜ける。
「あなたも、こういうことになります。よかったら一緒に」
私もそのまま歩を進め
「…」
私の手も、ドアをすり抜ける。
「では、そのまま、行きましょう」
彼らはそのまま歩を進め、壁をすり抜け私の視界からいなくなる。
「ぁ」
私は少し焦って歩を進める。ドアの開閉がなく視界は屋上へと変わる…私はそのことにとんでもない違和感を覚えた。
「うわ…ぇ…」
驚いた。
屋上にはたくさんの幽霊の方がいた。