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探偵業、異世界でもやらされるとは聞いてません!村の謎、暴きますけどね!

――序章:探偵、道を踏み外す


 「猫一匹探すのに、なんで俺が山の中まで……」


 静かな山間の住宅地。午後五時、夕陽に照らされた路地裏を、黒いコート姿の男が歩いていた。

 柊レンジ。三十代にして私立探偵業を営む男。

 冷静沈着、無駄口は叩かない。だが好奇心だけは、人一倍強かった。


 「にゃあ、にゃあ……っと。こっちか?」


 依頼は「三毛猫の行方不明」。依頼主は近所の老婦人。報酬はカステラ一斤。

 ふだんなら断るような仕事だが、今日はなんとなく気分が乗った。

 そんな気まぐれが、運命を狂わせるとは――このときのレンジは知る由もなかった。


 ふと、視界の端に映る“道”があった。

 住宅地と山の間のくぼみに、ぽっかりと開いた細道。まるで誰にも気づかれずに存在していたかのような、不自然なほど静かな空間。


 「……見たこと、ないな。こんな道」


 引かれるように、レンジは足を踏み入れた。


 足元が揺れた。景色が、溶けた。

 重力が消え、空気がねじれる。


 ——気づけば、そこは森の中だった。


 目の前に広がるのは、見たこともない木々、聞いたこともない鳥の声、そして——

 茅葺き屋根の家々が立ち並ぶ、小さな村だった。


 「……はは。なんだこれは。夢か?」


 だが夢にしては、空気がうまい。足も重い。

 レンジは静かに息を吐き、コートの内ポケットにしまった手帳を指先でなぞる。


 「ま、事件があればいいんだ。どこだろうが、俺のやることは変わらない」


 そう呟いた瞬間——村のどこかから、かすかな“声”が聞こえた。

 遠く、森のほうから。


 ——たすけて。


 レンジの眉がピクリと動く。


 「……面白くなってきた」



――第一章:声なき村の囁き


 森を抜けてすぐのところに、その村はあった。

 茅葺き屋根に石畳、ゆるやかな小道と、静けさが支配する田舎の風景。だが、どこか“異様”だった。人の気配がしない。


 「……無人、ってわけでもなさそうだが」


 風に揺れる洗濯物。煙を上げる煙突。動いている証拠はあるのに、人影だけがない。

 そんな中、ひとつの扉がギィ、と音を立てて開いた。


 「……あんた、誰だい?」


 現れたのは小柄な老婆。手には鍋、腰には包丁。戦闘態勢と言えなくもない。

 レンジは片手を挙げて軽く答える。


 「通りすがりの探偵だ。……まあ、道を間違えてこんなところに来ちまった。猫を追いかけてたらな」


 「……化かされたんじゃろうよ、森の精霊にな」


 老婆はそれ以上詮索せず、レンジを家の中に招き入れた。

 粗末だが清潔な室内。湯気の立つスープが香ばしい匂いを放っている。


 「村の名は《イシュラ》。あんたみたいなのは、初めてじゃない」


 「他にも、俺みたいなのが来たのか?」


 「昔々にな。何人か。だけど皆、すぐにいなくなった。……この村に、長くいた者はいないよ」


 老婆の目がふと陰る。その瞬間、遠くから——また聞こえた。


 「……たすけて……」


 今度は、はっきりと。レンジは振り返ったが、老婆は何も聞こえなかった様子だ。


 「毎晩、森から聞こえるんじゃ。泣くような、叫ぶような、そんな声が……」


 「それは、誰かが実際に……?」


 「わからんのさ。昔からある“呪い”だって言われとる。森に入ったら戻れない。そう言われとるよ」


 レンジは黙ってスープを一口すすった。

 コートの内ポケットから、手帳とペンを取り出す。


 「その呪い、俺が解いてみようか」


 「……あんた、物好きじゃのう。命が惜しくないんかい」


 「好奇心の方が勝ってるんでね。生まれてからずっと」


 その夜、レンジは宿を借り、村の地図と古い言い伝えを調べ始めた。

 森の名前は《シルヴァの樹海》。

 百年前、この村で「誰にも知られてはならない事件」があったという噂。


 そして翌朝。

 村の広場に一人の少女が訪ねてきた。


 「あなた、探偵さんなんでしょ?……兄を探して」


 少女の名はリュミア。十四歳。

 失踪した兄は、二週間前に森へ入り、帰ってこなかった。


 レンジの目が細められる。


 「……なるほど。“呪い”の正体、そろそろ見えてきた気がするな」



――第二章:森に響く、ふたつの声


 リュミアの案内で、レンジは村の古文書を保管している祠を訪れた。

 薄暗い石造りの建物の中、埃まみれの巻物や木板がずらりと並んでいる。


 「兄がいなくなる前、よくここに通ってたの。何か調べてたみたいで……」


 「ふむ、じゃあそいつが調べてた痕跡を見せてもらおうか」


 棚の奥から、リュミアが一冊のノートを取り出す。革張りで、ところどころ焦げた痕がある。


 「兄の日記……誰にも見せちゃダメって言ってたけど、今は……」


 レンジは頷いて受け取り、ページを開いた。

 筆跡は几帳面で、内容は驚くほど冷静だった。


 《森の声は、生きている。あれは呪いなんかじゃない。誰かが——訴えている。》

 《“銀の鐘”が鳴る場所に行けば、きっと会える》

 《それが、もうひとりの“来訪者”だとしたら——》


 「……もうひとりの来訪者、ね」


 レンジは森の地図を広げ、鐘に関する記述を探した。

 やがて、地図の端に小さく書かれた地名が目に留まる。


 《銀鈴の丘》


 それは、村の誰もが近づかない“立入禁止区域”だった。


 「行ってみる価値はありそうだな」


 その日の夕暮れ、レンジは一人で森に入った。


 空気は湿っていて、木々はうねるように道を塞ぐ。

 だが不思議と、迷う気配はなかった。声が、導いていた。


 ——こちら、こちらへ。


 そして、開けた丘にたどり着いた瞬間。

 風が吹き抜け、草原の中央にぽつんと立つ鐘が、カラン、と小さく鳴った。


 「……あれか、“銀の鐘”ってやつは」


 その時だった。草むらの奥から、誰かが現れた。


 「——誰だ、お前は」


 ボロボロのローブ、痩せた身体、鋭い目つき。

 声の主は、まぎれもなく“現代人”の雰囲気を纏っていた。


 「俺は柊レンジ。探偵だ。お前、もしかして……」


 「そうか……ようやく誰かが来てくれたか」


 男は、自らを「サカイ」と名乗った。

 数年前にこの村へ転移し、“声の正体”を調べているうちに、森に囚われてしまったのだという。


 「俺が調べた限り、この村には『封印された過去の罪』がある。

 百年前、この森で“何か”があった。村人たちはそれを封じ、忘れようとした。だが、それを知ろうとした者は……みんな消された」


 サカイの声は、静かに震えていた。


 「俺の声を、あの鐘に宿らせた。誰か、気づいてくれるまで——ずっと、叫び続けてたんだ」


 「……大丈夫だ。真実は、もう目の前だ」


 レンジは日記と記録を突き合わせ、事件の全容を整理した。

 すべては“村の長老たち”による秘密の儀式。それを止めようとした者たちが、犠牲になっていた。



――最終章:罪の帳、真実の音


 翌朝、レンジは村の広場に集まった村人たちと、長老たちを前に立った。


 「今から語るのは、この村が“忘れたがっている”過去だ。俺は探偵として、それを暴く義務がある」


 周囲に緊張が走る中、レンジは手帳を開いた。


 「百年前、この村の地下に眠っていた《銀精霊》——かつて村と共にあった存在。

 だが、村人はその力を恐れ、封じた。封印の儀に参加した者たちは口外を禁じられ、反対した者たちは“呪い”として消された」


 「なっ……そ、それは……!」


 長老の一人が声を上げる。


 「現に、過去にこの森に入った村人たちは記憶を失うか、帰ってこなかった。

 彼らの声は、《銀の鐘》に封じられ、誰にも届かなかったんだ。……だが、俺には聞こえた」


 レンジは、鐘を打ち鳴らす。

 その音が広場に響き渡ると——まるで霧が晴れるように、村人たちの表情が変わった。


 「……あれ、俺……昔、兄貴が森に入って——」


 「私も……声を、聞いたことが……」


 沈んでいた記憶が、音をきっかけに浮かび上がる。

 それこそが《銀精霊》の力。人の真実を引き出す“音の魔法”だった。


 「封印は、終わりだ。俺とサカイ、二人の来訪者が同時に森の声を聞いたことで、術式は破られた。

 もう、お前たちは“呪い”に怯える必要はない」


 長老たちはしばし沈黙したのち、深く頭を下げた。


 「……すまなかった。我らの恐れが、罪を生んだ。……よそ者のあんたに、村を救われたとはな」


 レンジは苦笑した。


 「探偵ってのは、そういうもんさ。“事実”を見つけるのが仕事だからな」


 その日から、村は少しずつ変わり始めた。

 森は立入禁止ではなくなり、銀の鐘は“記憶の象徴”として毎日鳴らされるようになった。


 レンジは再び森の入口に立つ。

 リュミアが、笑顔で見送ってくれた。


 「本当に……ありがとう、探偵さん。お兄ちゃん、無事だったんだって。森の声が導いてくれたのね」


 「いい妹を持ったな、あいつは」


 レンジは手を振り、森へと歩き出す。

 ふと、足元に猫が現れた。——あの時と同じ、三毛猫。


 「お前、また案内するつもりか?」


 猫はにゃあと鳴いて、小道へと駆けていく。


 「……ま、暇だしな。少しくらい、寄り道してもいいか」


 コートを翻し、柊レンジは再び“異界”へと歩み出す。

 その背に、銀の鐘が——やさしく、そして確かに鳴り響いた。


 (完)


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