恋にはならなかったけれど
実家に帰るのは久しぶりだった。
二年ぶりだろうか。
故郷の景色は全く変わっていない。
今、暮らしいている場所は二ヶ月と同じ景色が見られないのに。
からからとキャリーケースを引いて歩いていると、不意に声をかけられた。
「ありゃ? お前帰ってたの?」
そちらを見ると幼い頃からの付き合いである男友達が立っていた。
「うん、ちょうどさっきね」
帰ることは実家以外に伝えていない。
どうやら完全に偶然らしい。
「そうかい。おかえり」
「うん、ただいま」
軽く挨拶をかわし、彼は言った。
「少し俺の家へ寄ってかない?」
私の実家へ行くためには彼の家の前を通る必要がある。
そして、都合の良いことに彼へのお土産もあった。
「順番は逆だけど、まっ、いっか」
私が言うと彼は笑う。
「お前のそういうとこ、全く変わっていないな」
「懐かしい?」
「懐かしいし、嫌いじゃない」
そう言って彼は歩き出し、私はその背を追った。
歩きながら、私達は色々なことを話していた。
お互いの近況から始まり、お互いの知らない人の話、そして互いに知らないお互いの人生の話。
途中。
私達が歩いている道が彼の家からも、私の家からも離れていることに気づいた。
「昔のことを覚えているか?」
知らないことを語り合った私達。
だからこそ、彼は昔の話を始めたのだろう。
「肝試しに二人で墓地に行ったこと?」
彼は笑う。
当時、私から肝試しをしようと言い出したのに、途中で結局怖くなり泣き出してしまった記憶が蘇る。
「よく覚えているな、そんなこと」
そう言って彼は一呼吸置く。
彼の癖だった。
何か、意を決する時の。
「本当に好きな人とは結ばれないってやつ」
もちろん、覚えていた。
私と彼は学生時代に付き合っていた事がある。
結局別れてしまったけれど。
「もしかして、後悔してるの?」
私の問いかけと彼の歩みが止まったのはほとんど同時だった。
学生時代の二人の関係は恋人と言うにはあまりにも幼すぎた。
なんとなしに仲の良い相手がいて。
その相手と一緒に居ても苦じゃなくて。
そして、その年頃特有の興味や欲求に突き動かされた。
ただ、それだけ関係。
だからこそ、長続きしなかった。
「後悔はしていないさ。ただ……」
彼は微笑み、私も微笑み返した。
「こんな事が出来るくらいだから、もしかしたらお前の事が本当に好きだったのかな、なんて思っただけさ」
「そうね」
短く頷き、私は彼のお墓を見つめた。
不思議と動揺はなかった。
「多分、大好きだったとは思う。だけど恋愛とは違った」
「そうだな」
彼もまた短く頷いた。
お墓を見つめながら私は問う。
「私のこと、どれくらい好きだった?」
彼は言った。
「多分、お前の気持ちと同じくらい」
「なら」
私達は呼吸を合わせるようにして同時に言っていた。
「やっぱり、恋愛対象じゃないわ」
ひとしきり笑い、彼は普段と同じ調子で呟いた。
「ほんとにな。やっぱりお前だけはない」
それを最後に。
彼は消えてしまった。
残された私は彼のお墓にぽつりと言った。
「またあとでね」
その後。
実家へ帰った私はお土産を持って彼の家へ行った。
彼の母は私の来訪に喜び、そして寂しそう彼の死を告げた。
「そうなんですか?」
可能な限り驚いた声を出して。
「なら、せめて、お線香を」
あらかじめ予定していた言葉を、台本の通りに呟くような気持ちで言いかけて。
涙がぽろりと落ちた。
けれど、それだけ。
本当に。