勝手に決めちゃいけません
「坊ちゃま!」
この部屋以外物音がまったく立たない城の中で響き渡る声がありました。
(うるさい…)
「私がいない間、使用人をみんな解雇してしまうとは!なんてことを!」
青筋立ててこの男エルラード=レモネサルタンに抗議しているのは
彼の唯一の親代わりであり執事であり…要するに身の回りの世話を一手に受けているミノスという爺やであります。ロマンスグレーのオールバック、単眼鏡をつけています。彫りの深いいかにも執事らしい爺さんです。
「お前が悪いんだろう。2週間も中央に行ってしまうんだから。毎日色目をつかう連中と過ごせると思っているのか?」
「!…そうでしたか。申し訳ござしません。しかし、坊ちゃまがご結婚を拒むので中央であんなに足止めを…。」
最後の方は抗議も込めて消え入るように言われていますが、エルラードはフンと鼻を鳴らしただけです。いつもはそんな抗議も上の空で聞いているエルラードですが、今日は違いました。
「ミノス、その件はもう心配ないんだ。結婚することにしたから。」
上機嫌で話す主人を不信な目で探るミノス爺さん。
「はっ?何時の間にそんな方が?」
説明するのも面倒な彼ですが、更なる大きな面倒事を避けるために簡単にアリスのことを話しました。
「…その、差し出がましいのですが、その方は承諾を?」
「これから取る。」
その自信はどこから来るのやら。ミノスは心の底から深いため息をつきました。しかしながら人間づきあいを極端に嫌う主人が気に入ったらしい女性には大いに興味があります。
彼が使用人を解雇するのは今回が初めてではありません。ミノスが留守になるとほとんどそういう状態になってしまいます。1週間は我慢したのだから彼にしてみれば譲歩した方でしょう。主人エルラードには不思議な魅力があるようで、彼に仕える者は何日かすると女だろうが男だろうがみんな色目を使い出してしまいます。実害があったことは有りませんが、裸の女の人がベットで寝ていたことやストーカーまがいになってしまった人が続出しました。彼が人間づきあいを嫌うのにも訳があるようです。
(今回は高齢なものを選んだつもりだったのだが…)
その高齢な召使に色目とは…さすがにお気の毒。
さっそく仕事の速いミノスはアリスのことを調べる事にしました。まあ、そりゃ普通です。思い付きみたいに結婚して性質の悪い女だったら後々困るのは主人です。
アリス=バーグマン
24歳 緋色の髪に茶色の瞳。
女
セルシオ王立製菓学校卒業後 サングストン国(お菓子のコンクールが行なわれる国)に留学。
3位入賞。
療法士3級。
両親は事故で数年前死亡。現在伯母夫婦と小さなカフェを経営している。
その後、調査の名の下にアリスのカフェに毎日入り浸るミノスの姿が有りました。
調査も何も大した経歴もないアリスをこれ以上調べようもありませんのにね。
ミイラ取りがミイラになったようです。