私の想い人
意表をついて!?メリーちゃんのお話です。
本編の語り口調とは違ったメリーちゃん視点のお話となっています。
私の名前はメリー=サンシャーク。
ギャンブル好きのお父様が作った巨額の借金の為に身売り寸前のところを藁をもすがる思いでなけなしにしかない血縁(超遠縁)のシンシア様に相談できたことでレモネサルタン家に助けてもらえることになった。なにが嫌だったかって脂ぎった60近いバツ3のおっさんとの縁談しか助かる道がなかった。舌なめずりして私を品定めしに来た男には今思い出しても虫唾が走る。
結果、レモネサルタンの当主エルラード様に助けていただいたのだけど、その実、妻のアリス様に助けていただいたと言って過言ではない。エルラード様はアリス様に関すること以外には全く興味がなく、訳有って偽装結婚しようとしていたときはそれなりに気を使ってくれていたが、庶民だったアリス様がエルラード様に対等する能力の持ち主だとわかって貴族との結婚を許されたことから急に私への関心が無くなってしまった。危うくそのまま忘れ去られそうなところを私の為に会社を興されると言い出したアリス様によって救われたのだ。
アリス様は白金の女神の名にふさわしい人柄でまさに私の女神である。
いつのまにか私は「アリス様LOVE」
ああ。私は彼女のためならどんなことでもやってのけるだろう。今の事業が好調なのははっきり言ってエルラード様の手腕のおかげだ。でもアリス様がいてからこそエルラード様も頑張るのだ。
そして今日も私の女神はその金色に染められた髪を後ろ手に結わえてお菓子を焼いていた。
「メリーちゃん、大丈夫?なんだか目の焦点あってないよ?」
「私が男だったらエルラード様に決闘を申し込んでアリス様を奪いたいです。」
「……。メリーちゃん、冗談でもそんなこと言ったらダメよ。エルラードくんの耳にはいったら私、部屋から出して貰えそうにないし。それに出会ったときは「アリスさん」だったじゃない。どうして「アリス様」って呼ぶの?」
「そう呼ぶのがふさわしいと思ったからです。アリス様に出会ったころの私にはきつく言って聞かせてやらねばなりません。」
「……何言ってるかわかんないよ、メリーちゃん。」
「今日はエルラード様がストーキングしてませんね?」
辺りをキョロキョロしながらアリス様が頷く。エルラード様は束縛系というか、まるでコガモの様に無理やり時間を作ってはアリス様の後をついて回る。「アリスが足りないと死にます。」と堂々と言ってしまう人なのだ。
「エルラードくんは今日コザン帝のところの内々の晩餐会に行っているからすぐには帰ってこれないわ。ねえ、メリーちゃん、私と買い物行かない?」
「え?」
「だって、働きづくめだもの。就業時間過ぎても毎日仕事してるって聞いてるよ。私が朝厨房に入る前には出勤してるし。祝日も働いてるでしょ?初めは借金を返すのが先だと思って黙ってたけど、向こうに返すぶんはエルラードくんが立て替えたのだからもうゆっくり返せばいいでしょ?メリーちゃん、息抜きしようよ。」
今のところオフィスは城の一部屋を使用させてもらっている。私も城に居候させてもらっているので遅くなったといっても自分の部屋に帰るだけだ。
「でも、アリス様だっていつも試作品作りで徹夜してます。私が働くのは当然のことなんです。」
「あれは私が没頭して時間を忘れちゃうだけよ。でも、そうね。だったら市場調査ってのはどう?」
「それなら……。」
「じゃあ、決まり!早速いこう!」
ああ。アリス様は優しい。だから、私はこの人がますます好きになってしまうんだ。
*****
「この果物おいし~!」
「今流行っているみたいですね。」
「エルラードくんに持って帰ってあげようかしら。」
「新作に起用します?」
「……いいわ。王室御用達のイメージが固定するまでは定番のお菓子に力を入れて顧客を引き付けてから大量生産するって。最初はベーシックな感じがいいんだって。」
「社長がそんなことを。」
「あれでいて超食通だからね。甘いもの大好きだし、経営はエルラードくんとメリーちゃんに任せておけば安心だわ。ね、そんなことよりあっちのかわいい小物屋さんにも行かない?」
「え……っと。」
「うん、ほら、入れ物なんかも考えないといけないでしょ?」
アリス様に手を引かれて入った店はアリス様の顔見知りの店のようだった。ゴシック調の家具にはかわいい小物たちが並んでいる。
「実は今日はお願いがあるの。」
「え!?」
アリス様は店員に何か伝言すると私を店の奥の試着室に詰め込んでしまった。
広い試着室に店員が2名入ってくる。
「お嬢様、お着替えくださいませ。」
「……。」
「アリス様からのプレゼントです。」
「え……。」
副社長という重要なポストについてからは毎日スーツを着ていた。化粧も最低限に抑え、メガネをかけている。ほかのお偉いさんに舐められたくないためだ。お父様が事業に失敗する前はおしゃれもそこそこにしていたが、今はその面影もない。
言われるまま、袖を通すとプリーツの揺れるかわいいエメラルドグリーンのワンピースに白の形のいいジャケットが合わされていた。そのまま化粧台に座らされるとメイクと髪のセットをされた。こんなの、あの偽装結婚の日にしか経験がない。
すべてが迅速に進められて30分ほどで私は外に出された。
「うん。とってもきれい!メリーちゃん!素敵だわ。実をいうとあなたをよく知る人物にコーディネイトを頼んだんだけど、間違いなかったわ!」
さっきとは違ってアリス様もちょっとおしゃれ着に着替えていた。
「あ、アリス様、これは……。」
「今日はお誕生日でしょう?20歳は特別なのよ?今日はこのまま私とデート。え~っと、これは命令?です!」
「アリス様……。」
「ほ、ほら、一応私がメリーちゃんの身元引受人だから。頼りないけど家族みたいに思ってくれたらうれしいな。」
「う……。」
にっこり笑うアリス様がにじんで見える。お母様が無くなってからお父様がギャンブルにのめり込んで良いことなんてなくって。誕生日なんてとうの昔に祝ってもらっていなかった。借金が増えてからは友達とは疎遠になるし……。
「め、メリーちゃん、な、泣かないで!うわッ困ったなぁ。」
「大丈夫です。アリス様!これはうれし泣きですから!」
ポンポンとアリス様の手が私の頭を撫でる。ふわふわとした優しい手。ホントは夜中にアリス様が内緒で私のバースデーケーキを焼いているのを知っていたんです。私、それで十分だったのに!
「これからは時々お買い物にも付き合ってくれる?私も息抜き必要でしょ?」
ウインクして私を見るアリス様に頷いて私たちは流行りの映画を見て夕飯を食べに行った。
私はうれしさのあまりアリス様と一緒にはしゃいでいた。
はしゃぎ過ぎて……周りが見えていなかった。
*****
「二人ともかわいいねぇ~。ちょっと俺たちと飲みに行こうよ。」
日が落ちる前に帰ればよかったのに、寄り道をしていたら遅くなってしまった。大切なアリス様を危険な目にあわすなんて私はなんて間抜けなんだろう。
「私たち今帰るところだから。」
毅然にアリス様が答える。でも、もう既に酔っぱらっている二人組は聞く耳持ちそうもない。
「ちょっとだけ~。いいじゃん。」
有ろうことかゴリラみたいな髪の男がアリス様の腕を掴んだ。
「触るな!お前みたいなゴリラが触っていい人じゃない!」
「なんだと!?ゴラ!」
「メリーちゃん!落ち着いて!きゃあ!」
「アリス様!」
私の言った言葉でゴリラは逆上してアリス様を無理やり引っ張る。私の大切な人を!許さない!
アリス様のとゴリラの間に割り入り、その腕をひねり上げた。
「い、イテテテ!イテェ!こいつ!」
一対一なら私に十分分があった。しかし、もう一人いたのを忘れていた。
「メリーちゃん!!」
アリス様が私をかばおうと動く。いけません!私はあなたを守りたいんです!
「もう、そのくらいで。」
男の拳が振り上げられていたが目をつぶっても一向に落ちてくる気配がなかった。
その代りに冷えた低い男の声色が聞こえる。
「そのご婦人方に指一本でも触れてごらんなさい。明日の朝後悔する姿で発見されることになりますよ。」
強烈な威圧感。月光に照らされたシルエットの声の主は掴んでいた男の拳をなんでもないことの様に腕ごと下した。男が数メートル後方の地面に転がされる。
「ひぃ!」
もう一人も同じように易々と同じところに転がされると危機を悟ったのか酔っぱらいたちは慌ててその場を去っていった。
誰?
その手際の鮮やかさに驚きながらアリス様に怪我がないか確認してその人物を観察する。
つややかな黒髪を後ろに撫でつけ、涼しげなキツイ目をした30歳くらいの男だった。
「助けてくれるならもう少し早く来てくれればいいのに。」
意外なことに少し不満な声を出したのはアリス様だった。
「すいません。アリス様。少し、確かめたいことがありまして。」
「アリス様、お知り合いですか?」
私がそういうとアリス様は意味深に男の顔を覗き込んでから
「……まあ、ちょっと。あの……このことはエルラードくんには内緒にしてくれる?」
と言った。確かにこんなことがバレたらエルラード様に街が焼け野原にされてしまう。
「私はお先に。メリー様……後ほど。」
そう言葉を残して男は消えていった。私のこと、知ってるの?
「アリス様、あの人は……。」
「うふふ。かっこいいでしょ?すっごく私の好みなんだけど、それが原因で……。ま、この話はいずれ本人から聞けると思うわ。今は内緒よ。私たちも早く帰りましょう!」
再び手をつないでくれたアリス様はそれ以上は教えてくれなかった。
*****
コンコン
その晩、私の部屋に珍しく訪問者があった。
「こんな夜更けにご婦人のお部屋を訪ねて申し訳ありません。」
「あ、あなたは……。」
城に戻ると使用人たちみんなとアリス様に誕生日を祝ってもらった。途中、晩餐から帰ったエルラード様も城に戻るなりアリス様の隣を占領していた。先刻の男の正体は気になっていたが私は自分の為に焼かれた大きなケーキをみんなで食べて満足していた。
再び目の前に現れるなんて。そういえば「後ほど」って言っていた。
「この姿を見つけられると少しまずいので部屋にいれてもらえませんか?」
本当ならこんな夜更けに男を部屋に招きいれる方が「まずい」。でも、私はなぜだか安心感があった。そして、そうなることが当たり前のように感じている。
「お気づきなのかもしれませんね。鋭いあなたのことです。私はエルラード様の使い魔なのですよ。」
「……ミノスさんなんですね?」
「はい。」
「あなたは私の理想の相手なのですが、どうです?私の伴侶になりませんか?」
「えっ?」
「私たち使い魔は代々その家にお仕えします。そろそろ私もエルラード様の子孫たちを守れるよう次の代を用意しないといけません。私の子供をあなたに産んでほしいのですが、いかがでしょう?」
「……。」
急にそんなことを言われて「はい、そうですか」もないと思う。でも次のミノスさんの言葉には魅力があった。
「私の伴侶となればこの城で一生エルラード様やアリス様とともに暮らせますよ。」
それはいつも私が夢みていた暮らしだ。そのうち借金が終わればこの城からでていかなくてはならないだろうし、いつか結婚でもしたらアリス様とも距離ができるだろうと。……そうなるくらいならいっそのこと借金も消えずにいかず後家でこの城に居つきたいと思っていたくらいだ。
夢が叶う?
「私ももうエルラード様で引退です。できればあなたのようなアリス様を守ろうとする人がいい。」
「私の一番はアリス様でいいんですね?」
「ふっ。私の一番もエルラード様ですから。」
「同志ですね。」
なんだか心がストンと落ち着いた。彼はずっと私を観察していたのだろう。そして、私がどんなにアリス様が大切で大好きなのか知っているのだ。なんだかそれがとてもうれしかった。
「アリス様の好みの男性ってところがいいですね。」
「……ですからこの姿で会えるのは夜更けだけです。見つかったらエルラード様に殺されます。」
私は力を抜いて体を預けた。今、アリス様もエルラード様に間違いなく愛されているだろう。
「あなたを大切にしますよ……メリー……。」
思っていたより情熱的な口づけを受けながら私は満たされた気持ちでいっぱいになった。
******
数か月後
アリス様がご懐妊された。
アリス様は「自然に」と思っているだろうが事業が急ピッチで整えられたのはこの為だとしか思えないのでエルラード様の魂胆が垣間見られる。
「メリーちゃんがミノスさんと結婚するなんて、びっくり!」
自然にお腹をかばうようにアリス様の手が動いた。あれから結婚の報告をアリス様にすると、アリス様が血相を変えてミノスさんを怒鳴り込み、「結婚式もしないならうちのメリーちゃんはあげません!」と言ってお城で結婚式を挙げさせてもらった。ミノスさんは結婚式当日と夜9時から若い姿になることを許され、私の旦那様は使用人のみんなに「謎の人物」として位置づけられている。
「でも同じ時期に子供ができて、私ちょっとうれしいわ。」
微笑むアリス様に満足する。
ああ。幸せ。
私のお腹の子はアリス様の子供を守ってくれるんだわ。
「ミノスさんは優しい?」
「ええ。ご心配なく。」
私たちは上手くいっている。ミノスさんは思っていたよりクールじゃなく……結構家族思いだ。やれ重いものを持つなとか、高い所は私がしますとか……。
「メリーちゃんにメロメロだもんね。」
「そ、そんなことは!」
「最近九時前からソワソワして離れに帰る気満々だからね。」
私たちはエルラード様の鶴の一声で城の一角に小さな(といっても5LDK)家を建ててもらった。ミノスさんは毎日9時きっかりに帰ってくる。
私たちは愛し合う。
守るべき人を守るために。
そんな愛情があっても良いと私は思う。
アリス様の顔を見ながら今日も私は幸福感に包まれていた。
メリーちゃんは血統からか男らしい性格をしています。
いちおうハッピーエンドで。でも彼らは彼らで愛情たっぷり幸せに暮らしています。ミノスも一応、それなりに爵位を持っています。メリーの家族には「若い方」でごあいさつ。メリーちゃんが20歳になるのを待っていたとしたらミノスもなかなかのやり手です。