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No More Goodbyes  作者: ちくわ犬
***本編***
3/34

ケーキがお気に入りのようです

(昨日は大変な目にあった…)


(空腹すぎると人は壊れちゃうんだ、きっと)


アリスは昨日の出来事を無理矢理納得しようとしていました。


(まあ、もう関係ないだろうから…)


そう考えながら焼きたてのパイを出すためにオーブンを開けます。


(ん~、いい感じ!我ながら良い出来だわ~)



****




カラン カラン


「いらっしゃいま…」


店の方に出ている伯母の声が声が上ずっているようです。


(?何かあったのかな)


心配になったアリスが厨房からカウンターの方に出ました。と、カウンターの奥に座っている男と目が合いました。


「あっ!」


思わず声が出てしまいました。それもそのはず、アリスが先ほどやっと心から追いやった男だったのですから。


 男はアリスを確認すると少し手を上げてみせました。今日は黒いフード姿ではなく、仕立てのよさそうな濃紺のジャケットに白のボタンの多いシャツ。ブリーチ具合にも品があるブラックジーンズを合わせています。金色の髪が良く映えて前に見たときより一層美男子に磨きがかかっています。


「えっと…」


「ランチを食べにきました。」


「今日のお勧めは生ハムとルッコラのオイルパスタですが…」


「それを頂きます。食後は紅茶とケーキを。」


「畏まりました」


カウンター越しに相手をしていたアリスを伯母さんが呆けてみています。


「伯母さん、お水、出してあげて」


「?」


ビックリするくらい深々と男に頭を下げた伯母がものすごい形相でアリスのところまでやってきました。腕を引っ張られてアリスは再び厨房へ…


「あんた、伯爵様と知り合いなのかい?」


上気した伯母さんはアリスに早々と尋ねました。


「伯爵さまって?」


「レモネサルタン伯爵だよ!」


「レモ…?」


「はああああああ。」


深いため息をついて伯母さんは続けます。


「さっき、あんたが挨拶されてたカウンターの超美男子だよ!伯爵様にランチなんか勧めて!」


(挨拶されたって、手をチョコっと上げたあれか?確かに美男子だけどもさ。…ん?)


( …… )


「伯母さん、今、伯爵って言った?あいつ、伯爵なの?」


「あいつだなんていうものじゃないよ!3年前に大きな崖崩れがあったのを知ってるだろ?あの時中央政府もお手上げでいよいよ見捨てられるところだったこの町を伯爵様が資力を尽くして復旧してくださったんだ!」


 3年前、アリスは留学中でこのことは知りません。三方を険しい山に囲まれたこの町は唯一外に出る大きな公道が崖崩れで塞がった事がありました。中央政府は町の人の避難をうながしたものの、その後の復興には難色を示し、建前では工事を進めるといいましたがなかなか復旧作業は始まりませんでした。そのとき自ら先頭に立ち中央政府と交渉しながら復旧を進めたのがレモネサルタン伯爵です。私財をも差し出したという話です。


「あの方がいなかったら今頃この町はどうなってたか!この町の救世主なんだよ!」


言い終わった伯母さんは頬を染めて上気しています。


(そんな凄い子だったんだ。)


そんな話を聞いても昨日、鍋によだれを垂らした人物とはどうにも一致しないアリス。


「と、取り合えず、ランチ待ってるだろうから作るよ…」


「たっぷりサービスするんだよ!」


伯母に半ば睨まれながらランチの用意をするアリスはどうもやりにくそう。


(…サービスって言ったって…)


いつもどおりお客さんのために一生懸命作ったランチを伯母が「至らないものですが…」といいながら持っていったのを恨めしそうに眺めていたアリス。それでも帰ってきた皿は綺麗だったので素直にうれしかったようです。伯爵はトレーで持っていったケーキのザッハトルテをぺろりと食べると残りは全種類お持ち帰りに。とっても気に入ったようです。


帰りにレジで会計を済ませようとする伯爵が金貨を出しました。伯母がお金なんて受け取るなと息巻いていましたが「それでは来れなくなってしまうので」と伯爵がやんわり申し出を断りました。


(銀貨でもおつりが困るのに金貨なんて出すなよ…)


心の中で悪態を吐きながらアリスがおつりに四苦八苦していると優雅な白い指がアリスの手に触れます。


「昨日の償いも兼ねて今日は取って置いてください。」


(!!!!!!!)


そう言って伯爵はアリスの手の甲にキスを落としました。


またもや頭の中が真っ白になるアリス。声も出せないうちに伯爵は優雅に去っていってしまいました。


「はああああああ!素敵だねえええ!あと、10年若かったら…!」


いえいえ伯母さま10若くても50ン歳ですが…。


(なんだか、納得がいかない…)


アリスはもはや涙目です。キスされた手の甲を前掛けで無意識にゴシゴシこすりながら訳のわからない悔しさが込み上げるのは手放しで伯爵を褒めちぎる伯母のせいなのか…。


「そんな偉い人がなんでお腹すかしてふらふらしてんのよ!」


「気の毒にねぇ~」


(だめだ、伯母さん、目がハートになってる。)


やっと落ち着いたアリスがふと疑問を伯母に投げかけました。


「伯爵のご両親は?」


「 ……。」


今まで少女のように興奮していた伯母がアリスの言葉で固まったようです。さっきまでとは別人です。


「アリス、シャクソンの丘の惨劇って知っているかい…?」


人々の記憶に古いその話は今でも小さなこの町で暗い影を落としていました。




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