あなたは行ってしまう。
とうとうその日がやって来ました。
襲名式の当日アリスはトノスの城で過ごそうと思っていました。
式は中央コートフープで行なわれます。この日は皇帝も出席する大きな式典にみんなお祭り気分で盛り上がっていました。伯爵といえども計り知れぬ魔力と美貌の持ち主。しかも、今まで社交界にも出なかった不幸な生い立ちの謎の美男子の登場に世間は騒ぎ立てます。普通なら公爵家位でないとテレビだって中継が入ったりしないんですが、エルラードはゴシップのかっこうのネタのようです。
「それじゃあ、行って来ます。アリス……。」
「うん。気をつけてね。早くしないと遅れちゃうよ?」
何か言いたそうなエルラードを制止して無理やり笑顔でエルラードを送り出すアリス。この城にあるコートフープへの転位の魔方陣でエルラードはミノスと襲名式へ行ってしまいました。アリスはその部屋の窓の外をぼんやりと見ていました。
(なんか。辛いかも…。もしもエルラード君の年下だったら、爵位なんて捨ててって泣いて困らせたかな。)
(ちょっとだけ、泣いてもいいよね。)
(だって。)
(エルラード君のこと…好きなんだもの。)
認めると涙が止まらなくなりました。ずっと我慢してきたんです。エルラードも結婚が決まった途端にアリスによそよそしいし、覚悟したのに不安で。
(なんでも無い振りしなくちゃ。だって、離れなれなくなる。きっとエルラード君は気付く。メリーさんの方が良いって。)
こっそり見てしまった二人の新聞記事。
お似合いのカップル。
(エルラード君の隣は私じゃない…。)
****
式が始まった頃、涙がおさまったアリスの目の前に魔方陣から一人の美しい女性が現れました。
「あなたが…アリスさん?」
「はい…。え、と、どなたでしょうか?」
「私はエルラードの伯母のシンシアです。貴方に一度お目にかかりたくって。」
「すいません!私のほうがお伺いしなければならないのに。」
「いいのです。貴方の立場では私の元に来るのは困難だったでしょう。……。」
そういいながらシンシア様の目はアリスの髪に釘付けでした。
「あの?」
「失礼ですが、貴方の髪は染めていらっしゃるの?」
「いえ。」
「手を…。私に貸してくださる?」
訳もわからぬままアリスはシンシア様に自分の手を差し出しました。そして、シンシア様の手が上に重なった時、以前感じた事のある魔法の伝道を受けた時の感覚がしました。
「アリス、あなたは……。」
言葉に詰まったシンシア様は信じられないものを見るような目つきでアリスを見入っていました。そして、はっと我に帰ると
「サントス!サントス!」
自分の使い魔を急いで呼び寄せました。
「お呼びですか?シンシア様。」
「急いで、結婚の誓いを止めさせて!」
「ですが、式はもう始まっています。」
「気付いていればこんな事にはならなかったのです!何とかして止めなさい!早く行くのです!」
「わ、解りました!」
シンシア様のただならぬ様子にサントスが急いでコートフープに戻っていきました。
その様子をポカンとアリスが見ています。
「……泣いていたのですね。あなたはエルラードを愛してくれているのね。あの子のためにこんな辛い目に合わせてごめんなさい。私がもう少し踏み込んでいればこんな事にならなかったのに。」
「何を……。」
「落ち着いて聞いていただきたいのだけれど、これは魔力の強い家に伝わる言い伝えなの。緋色の瞳を持つ子が産まれると対になる子が生まれる時がある。大きすぎる魔力を吸収して自分の力に変えることができる子がね。その昔はそういう力を持った人が沢山居たんだけど、今は確認されていないわ。貴方はその貴重な存在。エルラードの対なの。」
「そ、そんな…。」
「貴方の髪は昔からそんな色だったの?エルラードとの年の差分…5歳頃から赤くなったのではなくて?ご両親やご親戚、いえ、今までそんな髪の色の人と会ったことは無いでしょう?」
髪の話はその通りなのですがアリスは突然のシンシア様の話についていけない様子です。
「魔力がほとんど無い、その事自体おかしかったのです。どうして気付かなかったのかしら。ああ、サントスの報告書には「赤い髪」って書かれているのだもの。まったく、サントスもミノスも何をやっているのかしら。知らないはずなかったでしょうに!対であるなら何の障害も無いのです。エルラードの伴侶はアリスさんでしか無いのです。ああ、間に合ったかしら?何とか皇帝の前での誓いを止めさせて後日改められようにしないと。」
そうです、離婚はすぐにできない決まりです。アリスとの結婚が認められるならメリーの戸籍を傷つける必要もありません。
「そうだわ!テレビ!」
そう叫んでシンシア様が壁にモニターを出現させました。アリスは思わず下を向いて耳を押さえます。
「こ、これは……。」
シンシア様の驚いた声で恐る恐るアリスは顔を上げました。
画面には……。
青ざめながら逃げ惑う人々が写っていました。
襲名式の行方は…。