あなたを守りたい
「貴方はそのアリスさんが大事なのですね。」
「はい。他には何もいりません。」
エルラードが一人でシンシア様のところへ訪ねて行くのは初めてです。アリスを守りたいという気持ちが彼を動かしているようです。いつもは目も合わせないというのに今はシンシア様を射抜くようにエルラードの瞳がシンシア様を捕らえています。
「……。エルラード、そうはいっても貴方のご両親が貴方に残したものは守らなくてはいけません。それこそ親孝行というものでしょう。貴方のご両親が浮ばれませんよ。それに、もしも爵位を放棄したところで今まで引きこもって生活してきた貴方がどうやって妻や子を養っていくつもりですか。」
「伯母様。僕はもう大切な人を失くしたくないだけなんです。アリスだけが僕の希望です。彼女を傷つけるものは許しません。」
「私だって貴方に意地悪したいのではないわ。でも、この世界に住んでいるからこそアリスさんがする苦労がわかるのです。力も無い彼女が貴方に嫁いだら初めから嘲笑される存在です。しかもその子供まで力が無かったらアリスさんは幸せかしら?助けてくれるご両親もないのでしょう?愛人で有れば正式な場も出席しなくてもいいし、自由でいられるはずです。貴方の妻になる方が彼女を傷つけるのではないですか?次はお店を失くすだけでは済まされないかもしれませんよ?」
「……。」
エルラードが考えているとサントスがシンシア様に耳打ちしました。
「ちょうどいいわ。エルラード、貴方の力になってくれる娘が居ます。紹介しましょう。サントス、メリーをここに。」
しばらくしてボブカットで黒髪の眼鏡をかけたおとなしそうな女の子が部屋に入ってきました。白い肌に大きなグリーンの瞳。非常にかわいらしいお嬢さんです。
「紹介します。こちら、メリー=サンシャークさん。男爵家のお嬢さんよ。ご事情があってお家が破産してしまったそうです。そのことでご相談を受けていたの。すべてを了承して貴方の仮の妻になってくれるといっています。」
どうやらシンシア様なりにエルラードの為に動いてくれていたようです。
「エルラード様。初めまして。メリー=サンシャークです。私は家の為に貴方にお力を借りたいのです。」
メリーは深々とエルラードに頭を下げました。
「エルラード。彼女と結婚なさい。レモネサルタンを正式に継げば数年後にお別れすれば良いのです。そうすればわずらわしいことも無くアリスさんと幸せに暮らせるでしょう。気持ちが高ぶったまま判断を下してはなりません。冷静になればわかることです。」
「……。」
シンシア様が微笑みました。エルラードはおぼろげな優しい父を思い出すとその言葉に頷きました。
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一連のことをエルラードはミノスに話しました。エルラードの大切な人として考えてくれていたシンシア様の思いを聞いてミノスもそれが一番いいだろうと思いました。
アリスが落ち着いてきたと聞いてエルラードが部屋を訪ねます。
「アリス…。大丈夫ですか?」
エルラードはベットから起き上がっていたアリスに駆け寄るとその前にある椅子に腰掛けました。
「…エルラード君。取り乱しちゃってごめんね。火を消してくれたんだってね。ありがとう。ショックでまだなんにも考えられないんだけど…。」
笑いかけるアリスにエルラードの心の何かがはじけてしまいました。
「僕のせいなのに…アリス…。どうして優しくするんですか?」
「え…ど、どうしたの?」
(勝手に近づいて、何も考えずに結婚を迫ったから、アリスがこんな目に。自分のことばかりでちっとも周りが見えてなかった。あんなに大事にしていたアリスの店を駄目にして…僕に同情したばっかりに!)
珍しくエルラードが声を張り上げたのでビックリしてみると、その瞳には涙が溢れています。
(な、なんでエルラード君が泣いてるの?)
自分の為に誰かが泣いてくれるなんてあまり無い経験です。しかも、あのエルラードがオイオイと…。
「ア、アリスは僕を責めればいいんだ!そうすれば僕は何をしたって償うよ!こんなことになっても僕はアリスに傍にいて欲しいんだ!ずるいんだよ!」
ベットに突っ伏してエルラードが泣き始めてしまいました。
(…え、と。)
アリスこそ泣きたい気分だったのですが、先に泣かれては涙も引っ込んでしまいます。仕方なくアリスはその美しい金色の髪を撫ぜました。疲れていたのでしょう、エルラードはそのまま眠ってしまいました。
(…憎めないなぁ。)
いっそのこと憎んでしまえればアリスも楽になれるのでしょうが…。
苦笑いしながらアリスは休めることなく髪を撫で続けました。