嫁ぐと大変です。
「アリス様、本当によろしいんですか?」
目を丸くしたミノスがアリスに念を押すように言います。
「ミノス!水を差すんじゃない!」
後方から顔の緩んだエルラードが焦って言います。
…いつもの散歩からなかなか帰ってこなかった二人が目と鼻を真っ赤にして城に帰ってきたと思えばアリスに結婚の承諾を貰ったとエルラードが言いました。その言葉でミノスはビックリ。
でもビックリしたのはミノスだけではなくって…
「あの、傍に居るって約束しましたが…結婚するとは言ってません…。」
最後の方は消え入るような訴えでは有りますが確かにアリスが言いました。そうですよねぇ。結婚するとは言っていません。自分の良いように受け取ってはいけません。
「「 え !? 」」
面白いほど呆けた顔の二人がアリスを見ます。…。あの盛り上がりようで水を差すのはなかなかの勇気でしたね、アリス。
「つ、妻じゃなくっていいんです。あの…その、家族みたいな?親友…とか。」
本当は自分の身分だと「愛人」ってポジションが妥当だと思うアリスも自分の口からは言えません。
「だ、駄目です!そんなの!そ、そうです!結婚しなきゃ「家族」になれません!お願いです!するって言ってください!」
泣きそうな顔のエルラードが必死に懇願します。さっきまでてっきり結婚してくれると思っていたんですからショックも大きいでしょう。
それでもかたくなにアリスは「結婚」は受け入れませんでした。まあ、ただのお金持ちではありませんし、代々爵位があるのは魔力の強い家系と決まっています。アリスみたいに魔力がゼロに近い人がエルラードの伴侶になって、子孫の魔力が低下したとなると問題でしょう。
(私、エルラード君を守ってあげたい。でも。私みたいな者を妻にして笑われるのはエルラード君だ。)
「ごめんなさい。結婚はできません。それだけは譲れません。」
きっぱりアリスがそういうとエルラードは深く頭を垂れました。
++++++
「どうして…あんなにいい雰囲気だったのに。」
頭を抱えて落ち込むエルラードにミノスも声をかけるのが躊躇われるようです。
(確かに後ろ盾のないアリス様が嫁いで来られたらご苦労されることは目に見えています。)
巷ではシンデレラなどと羨ましがられているアリスですが、元々魔力の強いものたちが爵位をもって政権を握っているこの国では魔力がないことは貴族でないことを意味します。貴族に生まれても魔力が少ない人も居るんですが、いまだにそういう人は田舎に隠されて育ったりするようですしね。やっと「傍にいてくれる」とまで言ったアリスをこのまま強引にエルラードが妻にしても幸せになれるとは思えません。ミノスは知りませんがアリスのところに届いている手紙だって見るからに高級紙を使った封筒です。まだ噂でしかないのに貴族から嫌がらせが来るのですから先が思いやられます。
(アリス様…。あなたという人は。)
ミノスは安易に考えていた自分が恥ずかしくなりました。エルラードの美貌と財産は普通に考えたらとても魅力的でどうにか結婚して妻に納まりたい人は大勢います。でも、エルラード本人の性質を分かった上で彼を理解し、傍にいようとしてくれる人が今までいたでしょうか?アリスには自分が蔑んで見られようともエルラードを守る覚悟があるのです。庶民で身分が認められる場合、大抵は魔力や能力、功績の高さから中央政府に特権階級が認められることがあるのですが、アリスは別に魔力もないし料理の腕だってそこそこ程度です。ただエルラードが触れられることが出来るといっても他の貴族からするとそんな事情なんて知ったことではないですからね。
「ミノス…どうしよう。なんとかしてください。」
心底困った風にエルラードがミノスを見ます。今までエルラードさえよければ良いと思っていたミノスの目にエルラードがなんとも情けなく映りました。
「 ……。」
(ああ!)
(坊ちゃまがもっとしっかりしていれば…。アリス様だって安心して嫁がれただろうに!)
それが最大の問題でしょうね…。アリスはエルラードが守ってくれるなんてこれっぽっちも期待していないのでしょうから。はぁ。
「坊ちゃま。ここで頑張らなければアリス様に妻の座を獲得することは出来ません!それともアリス様を愛人にでもなさるおつもりですか!ええ、そんなことこの爺が許しませぬぞ!」
拳を振り上げてミノスが意気込みます。
「ミ、ミノス!?」
頭を抱えていたエルラードがミノスの気迫に押されています。
「もう、この手しかありません。シンシア様にお力をお借りしましょう!」
「え…。そ、それは…。」
青ざめたエルラードは情けなさそうにミノスを見ます。
「僕が行かなきゃ駄目?」
「もちろん駄目です!」
ミノスが珍しくエルラードに声を荒げました。
そうですよ!エルラード!ちょっとはアリスのために頑張りなさい!