空への想い
「僕の母は料理が好きでした。」
アリスの体を名残惜しそうに離したエルラードが話し出します。目と鼻が赤くなった二人は少し笑いあってから空を見上げ肩を並べて座りました。
「母も昔サングストンでお菓子の勉強をしていたことがあるんですよ?もっとも母の場合は趣味程度ですけど。形はいまいちだったように思いますが焼き菓子はなかなか美味しくって僕は毎日おやつの時間を楽しみにしてました。父の休みが取れると決まって母が手料理を作って親子で昼食を取ったものです。」
「…サンドイッチ。」
「そう!アリスにはお見通しですね。決まっていつもサンドイッチなんです。僕が好きだったこともあるんですが父が仕事で急に出かけることも多かったのでそうしたのでしょうね。城の庭でよく昼食を取りました。昼食後に僕が甘えて母の膝に乗ると父がいつもしょんぼりするんです。すると母が決まって「お父様のお膝に」と言って膝から僕を下ろしてしまいます。仕方なく僕は父の膝枕で昼寝していました。」
(ああ、それでこないだ私に膝枕を…?)
「アリスのほうがうんと上手ですがアリスの料理は母の手料理に似ています。」
「そう。」
答えながらアリスがエルラードを見て自分の膝をポンポンと叩きました。彼女の意図することを汲み取ったエルラードは照れながら膝枕してもらいました。
「アリスのご両親はどんな方たちだったんですか?」
「…。どんな。う~ん。父はちょっと子供っぽくって。今の店も急に「俺はマスターになる」とか言い出して脱サラして始めたのよね。アリスって名前をつけて店の前に記念に月桂樹を植えたのも父なんだけど、植えた当初はあんなに大きくなるなんて思ってみなかったらしくて5年で入り口が狭くなっちゃったの。それである日今度は「切るぞ」って言い出したんだけど、いつもは黙っている母が珍しく「アリスの成長を願って植えた樹を切るだなんて許しません」って怒ったの。で、結局今でも入り口を狭くしながら植わっているというわけ。多分あの樹が私の両親の人格を一番象徴していると思うわ。」
ふふふ。とアリスが空を見ながら笑っています。暖かい風が二人を撫ぜて行きます。
いつの間にかエルラードは眠ってしまいました。
「おやすみなさい。」
その美しい金の髪を撫ぜながらアリスがそう呟きました。
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さて、二人がそんなことになっているとは露知らず、ミノス爺は悩んでおりました。
(……困りました。)
(いえ、どうやらアリス様の好みが私であることは…坊ちゃまには内緒ですがちょっと…いや、かなりうれしいのですが。…いえ、いえ、だからそんなことではなくて。再来月に坊ちゃまが20歳におなりになることが問題なのです。)
(20歳になってしまわれると中央から婚儀を急かされるのが目に見えております。本来エルラード様には想い人がいるのですから婚約発表でもすれば収まるのですが、アリス様がまだあのような状態では…。エルラード様の悩殺フェロモンがどうしてアリス様には効かないんでしょうか…。まったく不思議ですが残念でもあります。…そういえば…アリス様が城にいらっしゃっる様になってからはそういう揉め事もなくなったような…)
今までのエルラードの経緯を考えるとアリスがエルラードに夢中になるのは時間の問題だと思っていたミノスでしたが、どうやら計算違いのようです。
(ああ、時間がありません。)
社交界に今までいっさい出なかったエルラードも今度ばかりは盛大にレモネサルタン家の当主として近隣諸国にアピールせねばなりません。
(どこかにほれ薬とかないんでしょうか!)
…よからぬところにミノスの思考がいってしまいそうです。招待状の準備に取り掛かりながらミノスは深いため息をつきました。