結婚はしません。
「美味しかった?」
アリスは大いなる嫌味をこめて男に言ったつもりでした。
「…美味しい?…ああ、」
男は今アリスの存在を認めたかのようです。
(どんだけお腹すいてたんだよ。)
「…いままで食べたどんな料理よりおいしいと思いました。」
(…そんなにか!)
空腹は一番のスパイスだといいますからね。そこからでた言葉だったとしても料理人の彼女としたらうれしい言葉です。
「さっきのパンもとてもおいしかった。あなたが焼いたんですか?」
「もちろんよ。町で小さなカフェをしてるの。お菓子の方が得意だけどお昼はランチもやってるわ。
アリスって店よ。これは私の名前なんだけど死んだ父親がつけたの。駅前の赤いとんがった屋根の店よ。すぐわかるからよかったら次からはお金払って食べにきて。」
…最後の方は嫌味になりましたが。
褒められたことに気をよくして見知らぬ、しかも怪しい男に店を教えてしまっています。…彼女は筋金入りの世話好きなようです。
「あなた、いくつです?」
「?明後日で24だわね。それに、あなたじゃなくってアリスよ…。」
(名乗るどころか女性にいきなり年齢かよ。最近の若いもんは…)
いやいやアリスだってまだまだぴちぴちですよ?でも目の前の男…少年のような男はさらに若そうなので妬みも込めて思ったのですね。
しかし、次に発せられた言葉にアリスは本日2度目の度肝を抜かれることになりました。
「僕と結婚してください。」
「 ……。 」
「 ……。 」
「??????」
あまりの衝撃にアリスは金魚蜂の金魚のごとく口をパクパクしています。
対する男は「あっ」と思い当たる節があったように言葉を続けました。
「もし今結婚してても離婚してもらって…。子供がいらっしゃったら…相手の方に引き取ってもらってくれませんか。」
飄々とひどいこと口にしていますが、いたって真剣なようです。頭のねじが緩いのでしょうか。
「…」
名前も知らない。礼儀知らずな上に非常識な目の前の男になんといってやればいいのか、取りあえず頭の中が真っ白になったアリスは自身の意識を現実に引き戻そうと必死なようです。無理も無いです。深呼吸して言ってやりましょう!
「するか!!このバカおとこ!!!」
さすがに相手もびっくりしたようです。森中響くようなすばらしい叫びでしたからね。
ぽか~んとした(それでも表情はあまり変わらないので)雰囲気の男を残し、スプーンと鍋を奪い取るとアリスは森を出る道を全速力で翔っていきました。
(相手してられない!変人だ!にげよう!)
彼女の判断は正しかった。
しかし、教えたのは不味かったのではないですかね、店。