不吉な手紙
(やはり、アリス様にはかないません。)
苦笑しながらミノスは主人エルラードがサンドイッチをほうばる姿を眺めていました。
(…しかし、アリス様はどうやって坊ちゃまが扉にかけた呪文をおやぶりになったのでしょう?)
そう、エルラードだって伊達に篭ってわけじゃない。扉が開けられないように呪文を施していたのです。
(アリス様には驚かされるばかりです。)
ミノスが目を細めて二人を見ていました。
「…ご馳走様。」
「それでは、伯爵様。」
エルラードが食べ終わるのを見届けるとアリスは会釈して帰ろうとしました。
「…エルラードって呼んでくれないですか?」
「…恐れ多いです。」
「そんなこといったら、もうご飯食べません。」
プィッ
(あれ?あれ? 拗ねてんの? もしかして甘えてる?)
(…なんか )
(すごく…)
(かわいいんですけど!!!!???)
(さすがに結婚相手には引くけど、弟だったら…いいかも!)
なんだか一人妄想が暴走していますよ、アリスさん。キスしちゃったの忘れてません?
「じゃあ、遠慮なく、エルラードくん。またね。」
「駄目です。アリス以外の料理は食べません。晩御飯も作ってください。」
「えっ?」
口をとがらせてエルラードが言うもんだからアリスさん赤面ですよ。
…その日からアリスは毎日お城に通うことになりました。アリスの伯母夫婦はミノスがキッチリ丸め込んでいます。「エルラード様が元気になるまでの間でいいですから」というミノスの言葉にうっかりうなずいてしまったアリスです。
(人馴れすればこないだのカワイ子ちゃんと恋する余裕が出るかもしれないし。)
…アリスはカワイ子ちゃんである自覚無しのようです。
とはいえエルラードとアリスは時々仲良く手を繋いで城の周りを散歩するようになりました。(もちろんミノスがエルラード様が人慣れするようにと吹き込んでいます。)城下でデートしたことも小さな町では広まるのも早く、レモネサルタンの次期当主と庶民アリスの恋物語はシンデレラストーリーとしてみんなの噂話となってしまいました。毎日お城に通うようになってからは店もうなぎ上りに繁盛して伯母夫婦も忙しく働いています。
そんな忙しくも平穏な日々が続く中、それを妬むかのように不吉な手紙が店に届き始めました。伯母夫婦はアリスに気付かれないよう注意しながらゴミ箱に捨てていました。いつもは早朝に郵便受けに入っている手紙を伯母さんが捨てて済むのですが、その日は夕方にも手紙が届いていました。
アリス=バーグマン
腹黒い女
レモネサルタン家に近づく害虫
城通いを今すぐ止めろ
続けるなら恐ろしいことが起こるだろう
「何、これ。」
夕方に店に帰ってきたアリスは郵便受けに入っていた自分宛のその手紙を開けていました。封筒は真っ白で何も書かれていませんが内容は明らかにアリスに向けられたものです。
「あ、アリス!」
厨房からその様子に気付いた伯母さんが走って来ました。
「そんなもの、気にしちゃいけないよ!ただのやっかみなんだから!」
ビリビリと伯母さんはアリスの手から手紙を奪うと破って捨ててしまいました。
「…今日が初めてじゃないのね。」
アリスが問いかけると伯母さんは黙って目を逸らしていました。問いただすとその手紙は同じ内容でもう3週間前から届いていたと言うことでした。最初は3日に一度…最近は毎日。
(どうしよう。)
悩んだところでアリスはどうすることも出来ません。城通いを止めるとせっかく笑うようになったエルラードはどうなるのでしょう。結局アリスも手紙のことは黙って城に通うことにしました。