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第6章:影との対決

橘 樹は、全力で廊下を駆け抜けていた。奈々の怯えた声がまだ頭の中で響いている。犯人がついに動き出し、奈々を標的にしたのだ。橘の胸には焦燥感が渦巻いていたが、それ以上に、彼の心には強い決意が満ちていた。


「奈々を守るために、絶対に負けられない……」


拳を強く握りしめ、隣を走る神崎に目をやる。神崎の冷静な表情に一瞬だけ安心感を覚えるが、今は何よりも奈々を助け出すことが最優先だ。全力で駆け抜ける二人の足音が、薄暗い校舎の中に響き渡った。




彼らがたどり着いたのは、学校の倉庫。薄暗い空間に重い空気が漂う中、奈々は壁際に追い詰められていた。彼女の前には、犯人である男子生徒が不敵な笑みを浮かべて立っていた。周囲の空気が歪み、彼の存在が何か異様な力を持っていることを感じさせる。


「奈々!」


橘は叫びながら駆け寄ろうとしたが、次の瞬間、全身が硬直した。犯人が手を挙げると、見えない力が橘を縛りつけたのだ。足が動かず、呼吸すら浅くなる。犯人は冷笑を浮かべながら、橘を見下ろすように言った。


「無駄だよ、橘。お前たちは俺に勝てない。この学校も、奈々も、お前の記憶も、すべて俺のものになるんだ」


その冷たい声に、橘は激しい怒りを感じた。体を動かそうと必死にもがくが、力は抜けていく。まるで犯人の意志に支配されているかのようだ。彼の能力がこれほどまでに強力だったとは思いもよらなかった。


「何を……するつもりだ!」


橘が叫ぶと、犯人はゆっくりと歩きながら、静かに言った。


「俺は、記憶を操作することでこの学校を支配する。誰も俺に逆らえない世界を作り上げるんだ。お前たちのような『弱者』が何を考えようが、関係ない」


その言葉の裏には、ただの支配欲だけではない何かがあった。橘はその冷酷な言葉の中に、隠された苦しみと孤独を感じ取った。しかし、今はそれに気を取られている時間はない。奈々が危険に晒されている今、彼女を守るために動かなければならない。


「俺は……お前なんかに負けない!」


橘の声が響くと同時に、見えない力の束縛が一瞬だけ弱まった。だが、それでも完全に自由にはなれない。犯人の力はまだ強力で、橘を押しつけ続けていた。


「橘、冷静になれ」


神崎が前に出た。彼の表情は揺らがない。彼は橘を見つめ、冷静に言葉を投げかけた。


「お前が感情に飲まれれば、相手の思うつぼだ。冷静に、自分の力を信じろ」


神崎の言葉に、橘は深呼吸をして冷静さを取り戻そうとした。感情を抑え、力を制御することが大切だと気づいた。犯人を倒すためには、感情的に動いてはいけない。自分の力を信じ、奈々を守るために全てを使いこなさなければならない。




二人が構えを取ると、犯人の笑みが広がった。彼は再び手を挙げ、周囲の空間が歪み始めた。まるで世界そのものがねじれ、現実から切り離されたかのようだった。橘と神崎は、犯人の記憶の中に引き込まれていった。


記憶の中は、現実とは異なる世界だった。風景が歪み、建物や空が変形し、視界全体が不安定に揺れている。橘は一瞬目眩を感じながらも、足元を確かめながら進んだ。


「また、記憶の中か……」


橘が呟くと、神崎は冷静に答えた。


「ここでは奴が有利だ。だが、この中で奴の弱点を見つければ、逆に勝機がある」


二人は記憶の中を進み、犯人の過去を見つめた。その記憶には、幼い頃からの孤独と悲しみが渦巻いていた。学校でのいじめ、家族との不和、誰にも頼れず、ただ自分一人が全てに対抗しなければならないという絶望感が広がっていた。


「……だから、あいつは……」


橘はその記憶の中で犯人の動機を理解し始めた。彼はずっと孤独に苦しんでいた。そして、記憶を操作する力を手に入れたことで、自分の世界を変えられると信じた。誰にも支配されない世界、自分がすべてをコントロールできる世界を作ろうとしていたのだ。


「だが、それでも他人の記憶を操ることは許されない!」


橘は叫び、記憶の中で前へ進んだ。目の前に広がる光景は、犯人が自分の力を使い始めた瞬間を映し出していた。記憶の改ざん、他者の意思の操作――彼が行ってきたことがすべて浮かび上がってくる。




その時、橘の目の前に再びあの少女が現れた。彼女は、犯人の記憶に取り残された「影」。彼女の目には、深い悲しみと憎しみが浮かんでいた。


「彼は……自分の過去から逃げようとしているの」


彼女は静かに言った。橘はその言葉を聞いて胸が締めつけられるような感覚を覚えた。犯人は、過去の痛みや孤独から逃れるために、自らの記憶を改ざんし続けた。そして、その記憶の影が彼を追い詰め、暴走させていたのだ。


「だが、それは間違っている……!」


橘は叫び、手を伸ばして少女の影に触れようとした。その瞬間、記憶の世界が大きく揺れ動き、犯人の怒りと悲しみが爆発した。


「お前に俺の過去をどうこう言う資格なんてない! 俺は俺の世界を作るために、この力を使うんだ!」


犯人の叫びが記憶の中に響き渡り、彼の周囲に黒い影が集まっていく。橘と神崎は、その影に飲み込まれそうになりながらも、一歩も引かなかった。


「お前の世界がどれだけ孤独で苦しくても、それを他人に押しつけることはできない!」


橘は力強く叫びながら、犯人の記憶の中に手を伸ばした。その手が犯人の影に触れると、記憶の世界が激しく崩れ始めた。犯人の足元から黒い影が消え去り、彼の力が徐々に弱まっていく。




橘と神崎が現実に戻ると、犯人は膝をつき、全身から力が抜けていた。彼の目には、かつての冷酷さが消え、ただ無力な少年がそこにいるだけだった。


「……俺は、どうして……」


彼の呟きは、もはや支配者の声ではなかった。橘は、彼に向かって一歩前に出た。


「お前が苦しんでいたことは分かった。でも、他人を支配することでその苦しみを解決することはできない。お前には、自分の過去と向き合う必要があるんだ」


犯人はその言葉に返事をすることなく、ただ俯いていた。

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