第3章:協力の試練
夜の校庭は、昼間の喧騒とは打って変わり、静寂に包まれていた。橘 樹と神崎 零士は、学校の屋上に立ち、新たな能力者との対峙に備えていた。彼らは記憶を操作する能力者――生徒たちの記憶を自在に操り、学校を支配しようと企む者を追っている。だが、彼らが協力しながらも、お互いの方法や目的に微妙な溝が広がりつつあった。
橘は、胸の中で焦りを感じていた。奈々を守りたい、その一心で動いているが、事件は思った以上に複雑で、敵も一筋縄ではいかない。それでも、彼は神崎と協力して、この事態を解決しなければならないと強く感じていた。
「今日のところで、あいつの力の一端は見えた。だが、まだ本当のところが分かっていない」
神崎が冷静な声で言った。橘は神崎の言葉に頷きつつも、少し苛立ちを感じていた。神崎は常に冷静で、物事を理性的に進めようとする。だが、橘はもっと直接的に、感情を込めて行動したいと考えていた。
「俺は、もっと早く動くべきだと思う。あいつがこれ以上学校の生徒たちを操る前に、早急に止めないといけない。奈々だって、また狙われるかもしれないんだ」
橘の声には焦りが滲んでいた。奈々の記憶が操作され、彼女が再び危険に晒されることへの恐怖が、彼を突き動かしている。だが、神崎はそんな橘の感情的な反応に対し、少し冷ややかな目を向けた。
「焦るな、橘。俺たちの力は強力だが、無計画に動けば逆に相手に付け込まれる。お前が奈々を守りたい気持ちは分かるが、冷静に行動しなければ、逆に彼女を危険に晒すことになる」
神崎の冷静な言葉に、橘は歯がゆい気持ちを抑えきれなかった。神崎の言うことは正論だ。だが、彼の「冷静さ」は、橘にはどうしても理解しきれないものがあった。
「冷静に? お前はいつもそうだ。感情を抑えて、ただ理屈だけで動こうとする。でも、そんなやり方じゃ、奈々を守れないかもしれない。俺は彼女のためなら、多少危険を冒してでも行動したいんだ」
橘は声を荒げた。神崎の冷静さが、自分の感情を否定しているように感じられてしまう。だが、神崎は橘の怒りにも動じることなく、淡々と続けた。
「お前の気持ちは理解しているつもりだ、橘。だが、力を使うには覚悟がいる。俺たちの力は、誰かを助けるためにも使えるが、間違えればその力で人を傷つけることにもなる。お前はその覚悟ができているのか?」
神崎の言葉に、橘は言い返せなかった。自分の力で奈々を助けたいという強い思いがある反面、その力がまた奈々を傷つける可能性もある。それを考えると、橘の中で自信が揺らぎ始めた。
「覚悟……」
橘は小さく呟いた。奈々を助けたい、その一心でここまで来たが、確かに神崎の言う通り、無鉄砲に動けば逆効果になるかもしれない。それでも、橘はただ立ち止まるわけにはいかなかった。
「俺は……奈々を守りたい。それだけなんだ」
橘の言葉に、神崎は少しだけため息をついたように見えた。彼は橘の肩に手を置き、静かに言った。
「お前が奈々を守りたい気持ちは分かる。だが、一人でその重荷を抱えるな。俺たちは、協力してこの力を使うべきだ。そうしなければ、どちらかが破滅する」
その言葉に、橘は少しだけ心が軽くなったように感じた。神崎はただ冷静で無感情なわけではなく、彼なりに橘を気遣い、共に戦う意思を持っていたのだと気づいたのだ。
その日の夜、二人は改めて学校内を調査することにした。新たな能力者が活動している時間帯を見極め、彼の動きを追うためだ。二人が協力して動けば、犯人の足取りを確実に捉えることができるはずだった。
しかし、犯人は予想以上に狡猾だった。橘と神崎が一緒に行動しても、その姿を見つけることはできなかった。まるで、彼らの動きを読んでいるかのように、犯人は巧妙に姿を隠していた。
「くそ、どこにいるんだ……!」
橘は苛立ちを隠せず、拳を握りしめた。だが、神崎は冷静だった。
「相手も俺たちの動きを察知している可能性がある。無理に動くのではなく、相手が隙を見せる瞬間を待つべきだ」
神崎の言葉に、橘はさらに苛立ちを感じた。待っているだけでは、何も進展しないのではないかという不安が、彼の中で膨らんでいた。
だが、その時、橘はある異変に気づいた。校舎の影に、微かな人影が揺れている。それは犯人の気配だ。橘は神崎の制止を振り切り、すぐにその方向へ走り出した。
「橘! 待て!」
神崎の叫びが背後から聞こえたが、橘は止まらなかった。彼は犯人を追い詰めたい一心で、夜の校舎を駆け抜けていった。