第1章:記憶に刻まれた秘密
橘 樹は、教室の窓から外を眺めていた。普段と変わらない朝の風景が広がるが、彼の心はざわついていた。奈々の表面上の笑顔はいつも通りだが、橘はその笑顔の裏に何か重大な秘密が隠されていることに気づいていた。あの日、彼が奈々の記憶に触れたときから、その違和感は消えない。
「樹、顔に出てるぞ」
背後から冷静な声が響き、橘は振り返った。神崎 零士が腕を組んで立っている。転校生であり、橘と同じ「記憶を見る力」を持つ神崎は、いつも冷静で感情を見せない。だが、その表情には鋭さがあった。
「まだ奈々のことを気にしてるのか?」
橘は神崎の問いに、黙って頷いた。奈々を助けたいと何度も思ってきたが、自分の力で彼女を傷つけてしまったことがあった。それ以来、彼女との距離は微妙なものとなり、奈々の記憶には未解決の謎が残っている。
「彼女の記憶に触れたとき、何かを見た。でも、はっきりとは覚えていないんだ。ただ、あれは普通の記憶じゃない。何かもっと深いものが隠されている気がするんだ」
橘は自分でも説明できない感覚を口にした。神崎はしばらく黙って考え込んでいたが、やがて口を開いた。
「お前が見たものが『本当に』奈々の記憶だったのかは、疑うべきだ。もしその記憶に何かを隠すための操作が加えられているとしたら?」
神崎の言葉に、橘は驚き、神崎の顔を見つめた。
「記憶が操作されている……?」
「そうだ。奈々の記憶には、何者かが意図的に手を加えている可能性がある。そして、その誰かはお前に見せたくない『真実』を隠しているんだろう。もしかしたら、それが今学校で起きている記憶喪失事件とも関係しているかもしれない」
神崎の冷静な推理に、橘は驚きを隠せなかった。奈々の記憶と、学校で相次ぐ記憶喪失事件がつながっている可能性――それが頭の中で結びついた瞬間、橘の背筋に冷たいものが走った。
「奈々の記憶を隠している……それが事件と関係しているってことか?」
橘の問いに、神崎は頷いた。
「そうだ。奈々の記憶に潜む『秘密』は、おそらく今回の事件の鍵だ。奈々の記憶を消そうとしているのは、彼女の中にある何かが、この事件の真相に深く関わっているからだ」
放課後、橘は神崎と一緒に奈々を訪ねた。彼女が抱える「秘密」を明らかにしなければ、事件の真相には辿り着けないと感じていたからだ。二人は奈々を呼び出し、静かな教室で彼女と向き合った。
「奈々、もう隠さないでくれ。君の記憶に何か重大なものが隠されている。それが、学校で起きている事件と関係しているんだ」
橘の真剣な言葉に、奈々は一瞬驚いた表情を見せた。彼女はしばらく黙っていたが、やがて重い口を開いた。
「樹……あなたには話せない。私の記憶に触れるのは危険よ」
奈々の声は震えていた。橘は彼女の言葉に不安を感じた。彼女が何かを恐れていることは明らかだった。
「でも、それでも……俺は君を助けたいんだ。君の記憶に何が隠されていても、俺はそれを知る覚悟がある」
橘の真摯な声に、奈々は涙を浮かべていた。
「私は……ずっとこの秘密を抱えてきた。私の家族、私の過去に関わること……」
奈々は震える手で目をこすりながら言った。その言葉に、橘は何かが動き出す感覚を覚えた。彼女が隠してきた秘密――それがようやく表に出始めたのだ。
「奈々……その秘密が、事件に関わっているんだね?」
橘の問いに、奈々は頷いた。
「そう……私はそれを知っているけど、そのことを思い出すのが怖いの。もし、その記憶が真実だとしたら……私は一体、何をしてしまったのか……」
彼女の言葉は重く、橘の心にも深く突き刺さった。奈々が抱える記憶には、彼女自身も恐れるほどの真実が隠されている。そして、その真実が事件の引き金となっている可能性が高い。
その夜、橘と神崎は学校の屋上に立っていた。奈々の記憶に隠された秘密――それが学校で起きている記憶喪失事件の鍵であることは間違いない。しかし、その記憶にどうやってたどり着くべきか、二人は思案していた。
「奈々の記憶には、何かを隠すための操作がされている。それが誰なのかはまだわからないが、奈々自身がその事実に気づいていないことが問題だ」
神崎は鋭く言った。
「奈々の記憶に触れたとき、何かが変だったんだ。あの感覚はただの記憶じゃなかった……まるで誰かがその一部を覆い隠しているような……」
橘は振り返り、その記憶を反芻した。確かに、あの時感じた違和感――それは、何か重要なものが隠されている感覚だった。
「もしその記憶が操作されているとすれば、その操作をしている能力者がいるということになる。その人物が今回の事件の黒幕だ」
神崎の言葉に、橘は気づいた。奈々の記憶を操作した能力者――それが、学校内で起きている記憶喪失事件の犯人であり、奈々の記憶に隠された「秘密」を守ろうとしているのだ。
「その能力者を見つけ出して、奈々を助けなければならない」
橘は固い決意を胸に抱き、神崎と共にその黒幕を追うことを誓った。