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それは初雪から一週ほど経った日のことだった。
「さびー、まじ無理……こんな日に買い出し付き添えとか、ジジィ鬼だろ……魑魅魍魎だろ……嘘だけど」
「なーにが魑魅魍魎じゃ。憶えたての言葉を使いたい若造め」
「うっ」
ぶつくさ言いながら、銀世界の農道を行く若者と老人がいた。
若者は十七、八だろうか。端正な顔立ちに、プラチナブロンドの髪を風に遊ばせている。しかし羊の毛皮のように着込んだ服に、おかしな色の刺繍だらけの帽子が、素材の良さを覆い隠していた。
彼の名はキルヒス・ヘルシュナー。この痩せた土地の住人であった。
一方のジジィは若者以上に着膨れている。こちらも刺繍だらけだ。この刺繍は婆の趣味なのだが、少しは抵抗したらしい。キルヒスのものよりは柄がおとなしい。薄い頭は人毛ではなくウサギの毛の帽子で包まれている。
国内でも北方に位置する小さな村。ここでは、年の半分が氷に閉ざされる。
この地では生まれる子も生き延びる子も少ない。実際ここ数年は誰も生まれていないだろう。それに寒さと湿気で毎年、病が流行る。キルヒスには父母はいなかったが、若い労働力は貴重であるため、誹られることはなかった。
今年も寒さは例外ではなく、若者は悪態をつきながら、膝ほどまである雪の中を進んでいた。
「にしても、こんだけ積もりゃ、そろそろ納屋が寿命かもな。春には板きれの山になってそう……冗談だけど。……ん?」
その視界に、妙なものが映った。
雪の中に布を引きずったような跡。狼にでも襲われた旅人だろうか、所々の雪が紅で融けている。うっすらと今朝降ったであろう雪で隠されているものの、それは農道を横断して畑を突っ切り、その先にある林へと続いていた。
「……なあ、ジジィ」
「ん、行くか」
「えっ」
呟くと同時に畑に下り始めたジジィを見て、思わず戸惑う。
「変なヤツだったらどうすんだよ」
「今と春と、どっちが楽じゃ」
眉根に皺をよせて、今被るであろう面倒と、初夏に雪の下から発見された凍死体の処理の面倒を天秤にかけた。
「う……今のほうが楽か」
仕方ない、寝覚めも悪いしな。路肩に雪車と空の布鞄を置いて、雪靴をきつく縛り直し、キルヒスは畑へとおりた。案の定降りたての雪は沈む。
林に入ってすぐのところに、そいつは倒れていた。背はひょろりと高く、痩せている青年。自分と同い年くらいに見える。
そして旅人にしては、やけに軽装だった。
紅く染まった肩を避けて、靴の先でつついてみる。顔色は土のようだが、冷えて真っ赤になった指先がぴくりと動いた。
「お、生きてる生きてる」
生存確認した矢先に近くのモミからばさばさと雪が滑り落ちてきた。青年の足が見えなくなる。このままにしておくと埋まりかねない。
「ジジィ、手伝え」
「……うっ、なんじゃ、突然腰が……!」
「……」
キルヒスは自分の上着を見、
「まあ、もう古いしいいか」
雪の中から青年を引っ張り上げた。
「よし、働け若造。ワシは見ておる」
「……はー」
わざとらしく溜め息をついて、キルヒスは青年を背負って家路へとついた。ジジィはふんふんと鼻歌を歌っていた。
***
「ただいま」
おかえり、薄暗い居間で自分を迎えた婆は編んでいたレースを置いて、あらあらと手で口を覆った。
「拾った」
「行商人って雰囲気でもないわね。旅人かしら、こんな田舎に珍しいわねぇ」
背中からずり落ちそうになっている青年を見てゆっくりと婆は立ち上がり、皺くちゃの手でソファに襤褸をかけた。その上に青年を寝かせた。暖炉には火が入りっぱなしなので、部屋は温かい。風邪はひかないだろう。
「外套だけとってやりな、休まらないからね」
腰の曲がった婆の代わりに、キルヒスは言われる通りにした。幸い雪が乾いていたのと発見が早かった為か、コートは湿気っておらず剥がしやすかった。婆の指示で肩の怪我をしているところの生地を切って、雪を溶かした水でふいてやった。
「薬は?」
近くで覗き込んでいた婆に尋ねる。んー、と婆はしばらく青年の顔をみて言った。
「薬は無くてもこの子は多分大丈夫ね。魔法使いだもの」
「まほーつかい?」
そうよ、村のまじない師は笑った。
「気配からして、かなり強いんだと思うわ。すぐ治るんじゃないかしら」
ん?それ、危ないんじゃないの?そう思ったが、婆が気にしていないようだ。
「生姜と干し野菜を炊いておくわ。あんたも後で食べるんだよ」
頭巾をかぶり直して彼女は部屋を後にする。入れ替わりで入ってきたジジィが、訝しげにその姿を見送った。
「なんじゃなんじゃ、婆さん笑っとったぞ……」
「ジジィ、魔法使い拾っちまったみたいだ」
「はあ……」
さぞ興味なさそうにジジィは薄い頭を掻いた。
***
目を開くと、紅い火が踊っていた。反射的に寝ている振りをして周囲を伺う。木でできた家。足元には動物の毛皮の絨毯。暖炉には火が灯り、窓にはカーテンがかかっているものの、外は明るい。
起き上がろうとして顔をしかめる。そうだ、肩をやられたんだった。顔を向けて、そこに布が巻かれているのに気付く。コートは丁寧に畳まれて、となりの椅子にかけられている。
……どこだここは。
ゆらりと無音の部屋に明かりが入ってきて振り返った。
『お、起き上がれるんじゃん、よかったよかった』
ランタンを持った若者が入口に立っていた。
『怖い顔すんなって。ここにゃオレとジジババしか居ねえよ』
そんなに怖い顔をしていたつもりもないのだが。青年はなんとか、眉根の皺をへらした。
『お前は今からオレの質問に答える。いいな』
周囲を伺うように見回した後、ランタンを机において若者は近くの椅子に腰掛けた。若者の口を見て、わたしは無意識に頷いた。
『名前は?』
「……Frank・Davis」
『そうか、オレはKirchis・Halschner。仲良くしてくれや。ほら、握手』
差し出された手を、なんの疑いもなく掴んでいた。
『お前、どこから来たの?』
「北から。草原と森の向こうから」
キルヒスは意外に思ったようだ。北独特の訛りがなかったためだろう。
『え、北出身?』
「出身は北じゃない。元々は首都にいたんです。けれど数年前に移り住みました」
するすると喉を通って言葉が出てくる。
そこではたと思った。自分はこんなにおしゃべりだったか?
『へ?珍しいね。どうして……』
次の言葉が紡がれる前に、ぱっと自分のコートに手を伸ばす。そしてそれを自分とキルヒスと名乗った若者の間に投げ込んだ。宿り木の魔除けが鏤められた布が相手の視界を遮る。ぷつりと自分と相手をつないでいた魔力の糸のようなものを断った。
「言霊使い……?」
本で読んだ事がある。言葉で周囲の事象に働きかけ、使役してしまう古い魔法。質問に答える、という言葉に従わされていたのか。
切れた糸の隙間で指を滑らせる。空気へ直接、円と模様を刻んでいく。それは青白く部屋を照らした。
『ちょおおおっと、待った!動くな!』
左手を前に突き出し、キルヒスはこちらを静止する。言葉の糸が空気を伝い、自分の右手を絡めとって動けなくした。
『いいぞ、そのままじっとしてろ』
じりじりと後ずさるキルヒス。「どうする?」頭の中で少年の声がする。「行け」と無言で指示を出した。
ゆらりと影が蠢き、二人の間に落ちていたコートを銜えて飛び立った。キルヒスの頭の上からそれを被せ、足元を掬う。キルヒスはしばらくじたばたとした後、床に転がったままなんとか厚い布の間から顔だけ出した。
『ちょっと婆さーーん!たすけて!』
若者が振り返って誰かを呼ぶ。
『ーー』
『いや、ちょっとあの。急ぎで』
『ーー』
『ごめん、お願い』
情けない顔をするキルヒスの後ろから、皺くちゃの老婆が現れた。片手にお玉を持ったままの彼女は、ぽかんと口を開けて孫を見下ろした。
『なにやってんだい、アンタ』
『いや、だってジジィに言われて助けたけどさ!こいつ普通の人じゃないっていうし、悪いヤツだったら困るじゃん!だから確かめようと……』
あきれた、というように老婆は布でぐるぐる巻きにされているキルヒスの頭をぺしんと叩くと、こちらへ近づいてきた。
『すまないね、悪さをしようってんじゃないから許しとくれ』
土色の老婆はそう、口を動かした。
「信用できると?」
『あの子のは体質なんだよ、まあ外の人はこっちだって怖いものさ』
それに、あんたが悪いヤツじゃないって保証は確かにないしね?そう言いながら老婆はこちらを指差した。
『でもこのままは気持ちよくないね。キルヒス、放してやりな』
老婆の言葉に頷くと、若者は大きく叫んだ。
『ごめん!動くなってのは、嘘!』
途端に腕が軽くなる。幾度か指を閉じて、開いて、フランクは頷いた。
『私はこの村のまじない師さ。よろしく、若い魔法使いさん』
老婆が手を出す。今度は自分の意志でその手を握り返した。彼女の手は異様に冷たい。
『あ、あのー、オレも放してほしいなって……』
床に転がったままのキルヒスが呻いた。
***
『おう、目を覚ましたのか坊主』
今に通されると、優しそうな目の老人が煙草をふかしていた。
「あ、お邪魔しております」
頭を下げると、老人は目尻に皺をよせた。若い頃はきっと格好よい人だったのだろう。笑い皺がたっぷり刻まれている。
『一晩で起きるんじゃから、大したことはないんじゃろうが、体調はどうじゃ?』
体調が良いときなんて、生まれてこのかた無かったが、「おかげさまで」と返した。
『そうか』と老人は返すと、椅子から立ち上がり、帽子をつけ始めた。
『おいキルヒス、この坊主も連れて買い物いくぞ』
『ーー』
振り返ると、キルヒスがあからさまに嫌そうな顔をしていた。
『昨日結局途中で帰ってきちまったろう。もう煙草が切れそうなんじゃ』
『うぇ。今じゃないとだめ?』
『日が暮れるぞ』
しぶしぶといった様子で、キルヒスは外套を取りにいった。
『お前さんもこれ』
老人がへんてこな刺繍だらけのコートを投げてくる。うけとめるが、どことなく臭う。
『お前さんの外套みたら、血ィなんて見慣れてない村のやつらが腰抜かすからな。さ、それ羽織っていくぞ』
まじか。街へは行きたかったが、これは羽織りたくない……。しかしこちらをにこにこと眺める老人の視線に負けて、おそるおそる、煙草臭いコートに袖を通した。
***
雪の中を半刻ほど歩くと、小さな村に出た。役場と、お店が数軒、そしてそこそこの数の民家がある。
その狭さに似合わず、妙に活気がある村だった。
短い昼に集うことを楽しみにしているかのように、商店の前には人が集まっていた。寒さの為か、顔色の良くない者も多いが、みんな何やら楽しそうに情報交換している。
『キャシーにチャーリーに、あの辺りは商隊の連中かな?どうりで賑わっているもんじゃ』
老人が目を細めて人ごみを眺める。狭い村だ。全員が顔見知りだろう。目立ちたくない、フランクは顔を下げた。
人ごみを抜けて、三人は品物を選んだ。陽気そうな店主が老人を見かけると楽しそうに話しかけてきた。
『よう爺さん。街からの商隊が昨日ついたもんで、今日は色々と揃ってるぞ』
『珍しいもんはいらんわい。いつもの煙草と、その人参と……そっちのはなんじゃ』
『これは砂糖菓子さ。南方から仕入れたんだ』
カラフルに着色されたそれを、老人は目を細めて眺めた。
『三つもらおうか』
『あいよ』
店主から商品を受けとると、これの代わりに荷物持ちは頼んだ、そう言って老人はそれをひとつずつ配った。
『そっちのガキは見ないやつだな。友だちかい?』
店主がこちらに好奇心を向けてくる。なんと答えて良いか分からず、視線を彷徨わせていると老人は『街の友人の孫が遊びにきよってな』と僕の背を叩いた。
『そうかい、まあ何も無いところだが、ゆっくりしていきな』
店主はたいして気に留めなかったようで、ほっとした。
そんなことをしていると、一人の女性が店内に入ってきた。顔色はとても悪く、どことなく疲れが見えるが、とても嬉しそうな表情だった。
『おっさん!干し肉一塊おくれ!』
『ハンナさんじゃないか!息子さんの体調はよくなった?』
彼女を見てキルヒスが尋ねる。ハンナさんはぱっと頬を綻ばせて『すっかり元気になったよ。あんたのとこの婆さんの薬のおかげだよ』と礼を言った。
『そっか、よかった』『精のつくもん食べさせてやりな、まけるよ』店主や村人たちが次々に彼女をねぎらった。病み上がりに肉はきつくないか?と思ったが黙っておく。
それを見ていた爺さんがぽつりと言った。
『昔はもっと身体を壊すやつが多かったんじゃが……ここ数年は寒さで命を落とすやつはおらん、良いことじゃ』
その様子は、少し悲しそうにみえた。
「そう、なんですか?」
『ああ、どんなに熱が出てもな。みんなちゃんと元気になるんじゃ。神様でもついとるのかのう』
「でも顔色が悪い人は、多いですね」
『ああ、病気から治ったやつはみんな、それだけは戻らんのじゃ』
ちらりと、キルヒスがこちらを見た、気がした。
『爺さん、そろそろ帰るぞ』
『あいよ』
じゃあまた、と村人たちに挨拶をして、三人は店を離れた。
店を出る時に行商人の男と目が合う。笑顔で会釈をすると、向こうは首を傾げながらも挨拶を返してくれた。
その後、しばらく村を案内されて、家へと戻った。
***
その晩、買ってきた野菜で老婆はスープを作ってくれた。温かいスープはじんわりと全身に沁みた。
夕食のあいだ、キルヒスだけが、こちらをじっと窺うように見ていた。
『なに睨んでんだい、あんたはもう』
老婆が若者をたしなめる。キルヒスはもごもごと口の中で何かを言っている。
『はいはい、お茶でも入れておいで。葉っぱは一昨日ターシャさんから買ったやつが棚の中にあるから。それ使うんだよ』
背を叩かれて、キルヒスはしぶしぶ立ち上がった。ちらりとこちらを一瞥すると、台所へ向かった。
『ごめんねぇ、情けない子で。でも本当は優しい子なんだよ』
老婆は、そうだよねぇ、と老人に話しかけた。老人はスープ皿から顔を上げると、え、なんじゃって?と聞き返した。
『ーー』
台所のほうへ老婆が首を伸ばす。
『そう、それそれ。ついでにクッキーも持ってきておくれ』
しばらくすると、キルヒスが湯の入ったポットを持ち、空いた指で曲芸のようにマグカップをぶら下げて、戻ってきた。老婆が紅茶の缶を受け取り、開く。
『お、良い香りじゃな』
食後の煙草を取り出そうとしていた老人が煙草をしまって身を乗り出す。慣れない、不思議な香りの茶葉だった。
『雪の無いところから海を渡って来たらしいよ』
ぽっとの蓋を抑えながら、老婆がカップを暖めていく。そして残った湯に茶葉を入れた。
『はい、お前さんの分のカップだ』
老人から少し茶渋のついたカップを受けとった。
その一瞬、触れた手は、やはりとても冷たかった。
***
食後、貸し与えられた部屋に戻る。
空気中を、先の言霊の残滓のようなものが漂っている。あっちにも、こっちにも。指で払いのけると、ぱちんと消えた。
「……ふうん」
それに触れた指先の匂いをかいで、顔をしかめた。
昼間からうっすら感じていたもの。
死臭がする。
家に、空気に、村に。縫い止められ、染み付いた香りがする。数日ではない。数年分の積もった臭いだ。
観察していると、空気が揺らいだ。埃っぽい部屋で助かった。よく見える。
振り返ると、案の定そこに立っていたのはキルヒスだった。
見えない糸がふわり、ふわりと彼から四方へ、沢山伸びている。一体どれだけのものを繋ぎ止めているんだろう。
「お婆さんやお爺さんは、お元気ですね」
キルヒスの細い目が、じっとこちらを見ている。
「世間一般で人殺しは罪ですが、人を生かし続けるのも同じくらい悪い事じゃないんですか?」
『なんのことか。この村の人は丈夫なだけだよ』
その瞬間に、一際太い糸がすっと通り抜けた。青年を中心に、村中へと張り巡らされた、言葉の糸。村人の命を繋ぎ止めている、若者のひとつの願い。
『みんな生きてる。嘘じゃない』
顔色のとても悪い者、手が異様に冷たい者、病人のような顔をしているのに元気に動き回っている者。
死臭の元は伝染病か何かか。
彼らは若者の『元気だ』という言葉で、縫い止められて動いているに過ぎないのだろう。願われるたび、命を落とす寸前でこの世に留まり続けている。
「そうです、か」
小さな希望は言葉の力で現実になって、死にかけだった誰かの時間を引き伸ばした。願いも幾度と重なれば麻薬と同じだ。つよすぎる願いの言葉は、呪いと同じだ。
しかし彼らはキルヒスが居なくなれば本来の姿に戻るだろう。それに完全に死を克服したわけではない。猶予を与えられているだけだ。
そして察した。探していたものは、見つからない。
『あんたは魔法使いなんだろう?魔法使いなら知らないのか。その、病気を治す方法とか』
「知りませんよ、そんなもの」
知っていたら噂だけでこんな遠くの村まで来るものですか、ついと目を背けた。
望んだものが無いのなら、ここにいる時間は勿体ない。
「夕飯と宿、ありがとうございました」
と言ったところで礼をするものが何も無いことに気がついた。目の前の若者を見て、少し悩むと、すいと右手を目の前で滑らせた。空気に記号と文様を標していく。それを円で囲んで、ひとまとめにした。
「要らないもの、何でも良いんですけどあります?」
『え?あ、ああ』
キルヒスは戸惑いながら、近くにあった、老婆の編んだレースを手に取った。レースの編み目に先ほどのまじないを縫い付けていく。見た目は何も変わらないそれを、キルヒスへと返した。
「もし困ったことがありましたら、ここより北へ。草原と宿り木の森を抜けて、空を支える山の麓まで」
そう言って若者の横を通り抜ける。
彼はなにかぱくぱくと口を動かしていたが、興味は無かったし、顔は見なかった。
部屋に向かって一礼すると、魔法使いは影の中に落ちて消えた。
***
「で、収穫はあったわけ?」
影に潜って村から出ると、頭の中で陰が少年の声で話しかけてきた。
「なかった。あれは永遠でもなんでもない。気持ちひとつで壊れてしまう、魔法でなくて自然現象の延長だよ。0を1にするには至らなすぎる」
「ふうん。オレにゃよく分かんないけどね。自分が存在する間そこにあるのと、その先にもあるのは、本人にとっちゃ変わりないだろうに」
青い光が影の中で反射する。木々のあいだを抜けるたび、はらはらと羽根が舞った。
「気持ちで作ったものには必ず欠陥が生まれる。それを完全に取り除いて理論だけで固めなければ意味が無い。爺さんや婆さんの手、とても冷たかったろう」
「うーん、オレは触ってないから知らないんだけど」
ちょうど良い風が南から来るのが見えた。その尾をつかまえて身体の感覚を軽くしていく。慌てて影がコートの内に入り込んだ。
次の瞬間には村やその周りに広がる森が、遥か下にあった。風に逆らわず、雲に紛れて北へと飛ぶ。
「まあ、死者と永遠を生きるなんてオレはごめんだけどね!」
影がまだコートの下でつぶやいた。
「っていうか!!!フランク下!!!下!!!ついてくる!!!」
視覚を広げると、真っ黒い呪いが翼を作って飛び立つのが見えた。
「おおっと、やっぱり商隊の誰かについてたみたいです?逃げますよー!」
「お、おお、落とすんじゃねえぞ!!!ひゃあーーー!」
影は悲鳴とともに青白い羽根を散らし、瞬きしたあとには二人の姿は完全に風となって見えなくなった。