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宇宙の騎士の物語  作者: 荻原早稀
第一章 ガレント遭遇戦
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7. 「ルナティック・オレンジ」と「鉄仮面」

「ルナティック・オレンジ」

 の評判を、「共同体」軍の兵士や将校たちが全く知らなかったということはない。

 一度は特攻のような突撃を喰らい、戦列を乱されもした。

 だが、これは何なのだ。

 今、フェイレイ・ルース騎士団の正面に陣取っていた「共同体」の軍団は、わずか数個連隊の突撃に、浮足立つどころか叩きのめされようとしていた。

 彼らはレイがいう「苦労砲」のことを知らなかったが、その威力を嫌というほど学ばされている最中である。ギアの砲門がなぜ間断なくフル出力と思しき砲撃を続けられるのか、なぜああも正確に自分たちの頭上で炸裂してくれるのか、彼らには理解できない。

 その砲撃に背をこすられるようにして、種々の妨害を乗り越えたメグ・ペンローズ率いるギア部隊が、再度突撃してきた。

 すべてのギアが光沢を抑えた黒い塗装を施された騎士団のギア、その集団の先頭の機体だけに、左肩の装甲板に太いオレンジの横線が引かれていた。

 本来なら、装甲板の表面に貼られたフィルムが発色して周囲に擬態するような色彩が表示されるのだが、この時の騎士団のギアはすべて素の色である。

 異様に黒々とした集団の中で、そのオレンジだけが戦列に輝いた。

 もっとも、あまりにもギア集団の動きが早く、かつ非線形方程式で求められた軌道を個々の機体がトレースしバラバラに動いているため、オレンジの機体を目で追える者などいない。

「共同体」軍のギアは、出遅れた。砲撃の対処をしなければならないということで、塹壕内の移動を開始していたり、防御フィールドの展開を計算し直したりという作業に没頭していたからだ。

 砲兵隊はもともと近距離戦を想定していないから迎撃など出来るはずもなく、ギアより小型軽量の歩兵用重装甲を装備した機動歩兵部隊は、今後の前進時に活躍するべく待機中だったため、迎撃しようにもそもそも装備を身につけていなかった。

 つまり塹壕戦を継続する態勢にあった「共同体」軍は、メグの突撃に対抗手段を持っていなかった。

 各種妨害により、騎士団のギア集団は通信が繋がらない孤立スタンドアローンに近い状態になっているが、事前にセットされた戦術アルゴリズムに従い自律行動を行っている。

 同じアルゴリズムに異なるパラメータを入力して行動を開始したギアたちは、有視界でメグの機体が観測できる限り、その動きを見て独自の判断で動くようにプログラムされている。

 パイロットたちはどの敵をどう倒すか、そのことに専念してさえいれば、戦術的な行動についてはAI任せでいい。

 突然のメグたちの登場に動揺する「共同体」軍の戦列に対し、メグが率いる部下をけしかける。

『目についた奴から始末しろ! 一切の容赦はするなよ!』

 通信波は届かないが、メグ機が見えていれば、その機体各所から飛ばすレーザーで通信可能だ。

 彼らの装備が、先程の一撃離脱時とは異なる。

 先程の突撃は塹壕つぶしの武装を中心にし、爆雷をばらまくような戦い方をした。目的が後退するためのものだったからだ。敵が前進しようにもしようがない状況を作るのが目的だった。

 今回の突撃は違う。妨害の嵐を乗り越え、敵の姿が見えた瞬間、メグは「蹂躙しろ!」と部下に対して怒鳴り、同時に自らの機体の砲門を開いた。

 彼女のギアが主武器としているのは、固形の重金属弾を連射する機関砲だ。射出のエネルギー源は炸薬ではなく強力な電磁波で、数本の加速器を並列に用いて連射性をもたせることで、機関砲と呼ぶにふさわしい性能を得ている。

 目に入った敵を視線でセットし、腕を包むユニット内で握っている操縦桿のトリガーを引けば、ギアの機関砲が火を吹く。

 三点バースト射撃モードにしてある機関砲からは、ほとんど一つの音にしか聞こえないほどのタイミングで三発だけ弾頭が射出される。

 口径が三〇センチメートルほど、初速が秒速五〇〇〇キロメートルほどという、当たりさえすれば容易に核シェルターでも貫通して見せる凄まじい砲撃が、迎撃体制を整えられずにいる「共同体」軍のギアに命中する。

 ギアの動力源はたいてい反物質の対消滅を利用したメインエンジンと、それを補助する各種エンジンとでできているが、どれもよほど運が悪くなければ爆発することはない。もししたら、最悪の場合、この周辺五〇キロメートルほどがきれいに吹き飛ぶ。

 そんな事になってはたまらないから、エンジンというものは幾重にも保護され、仮に破壊されてもエネルギー反応が自然に停止してしまうようにできている。

 ただ、兵装の数々は大抵そのような保護が無理だから、直撃弾を受ければ爆発もする。

 メグのギアは周囲を不規則な動きで飛び回り、地を蹴り、主砲を乱射するようにしながら、その実かなり無駄打ちを避けつつ次々に敵ギアを破壊していった。

「早すぎる!」

 AIの自動迎撃システムによりどうにかメグの襲撃に対抗し始めた「共同体」軍のギアパイロットたちは、だがメグの動きについていけない。機械としてのギアの限界に挑むような動きは、少なくとも彼らの常識からは外れていた。

「ほれほれ、ぼっとしてると死ぬぞ!」

 突入した騎士団より遥かに多い数の砲が、ギアが、彼女たちを狙い至近距離での砲撃を開始していたが、メグの漆黒にオレンジの機体は、嘲笑するようにひらひらと舞いながら、一瞬も休むことなく「共同体」軍に死を与え続けていた。

 それだけではない。彼女に従うギアたちもキレた動きで追随していたが、彼女ほどに優れた動力性は発揮していない。その部下たちを、メグはフォローすらしていた。誰かが撃たれそうになった瞬間、援護射撃でその敵を撃ち落とすような真似までしていたのだ。

 圧倒的に数で劣る騎士団のギアが、完全な奇襲の状態であるとはいえ、敵陣内に飛び込んで蹂躙する。暴虐の限りを尽くす。常識を足蹴にし、死の嵐を敵に叩きつける。

 狂気の沙汰、であろう。

 ルナティック・オレンジの名は、伊達ではない。



 敵主力の真正面からメグが突入し、敵陣をかき乱し続けている中で、フィル・エーカー率いるギア部隊は別の動きをしている。

 敵主力の、騎士団から見て左側に位置している部隊に奇襲をかけていた。

 敵の主力ほどにはギアを配置していないこの部隊は、司令部がある主力の横を固めるために、騎士団の両翼にいた「連合」軍部隊がどんどん後退してしまった隙もつかずに前進を止め、砲戦を続けていた。

 この部隊には「苦労砲」の砲撃は届いていない。当然の話で、たかが一二門の攻撃でそんなに広範囲をカバーはできない。

 だから、この部隊は混乱をきたしてはいない。なにやら隣の主力が騒がしいな、と思った程度のことだ。妨害のおかげで自軍の細やかな情報も伝わりにくくなっている中では、やむを得ないことだった。

 そんな、表現はおかしいかもしれないが、のんきな状況にあった彼らだから、フィルがこのタイミングでまたしても特攻をかけてくるとは思いもしていなかったし、そもそも明らかに少数であるくせにギアの特攻をかける神経が全く理解できていなかった。

 技術の優勢が、短時間であればどれほど有利に働くかという想像力が欠けていたのかもしれない。

 フィルのギア部隊は、メグの部隊のように黒い装甲をさらしたまま行動したりはしていない。生真面目な彼らしく、基本に忠実に、大平原の土の色に似た黒っぽい土色の彩色が浮き出ている。

 非線形の軌道を描く行動性も、スタンドアローンでありつつも有機的連携を保持する運動性も、メグとは共通しているのだが、一機一機のギアの動きに興奮は欠片も感じられず、指揮官の個性というものがどれだけ部隊全隊に反映されるものか、興味深いところではある。

 もっとも、それを感じ取って楽しめる神経の持ち主など、この戦場には一人もいなかったのだが。

 その攻撃も、メグの部隊とは全く違う。

 あらかじめ想定していた敵の座標を直前まで演算予測し、各種妨害を隠れ蓑にして距離を詰める。敵砲撃は「苦労砲」の直撃を受けていないから弱まってはいないのだが、騎士団には防御フィールドの優越がある。正面から攻撃を受けている限りは、防御機構を全開にしていさえすれば一時的にはしのげる。

 一時的で、充分だった。

 自陣を出てからは防御に専念したため、フィルたちの砲撃は格段に弱くなった。それに気付いた敵がフィルたちの突出に気付き、対処行動に出る前に、フィルたちのギア部隊は敵防御機構の内側に間近に迫っていた。

 多分そこからなら行ける、と騎士団の戦術AIが判断した地点で、フィルは超低空飛行での突撃から、瞬時に地面に滑り込む。他機もそれに続き、大地を轟音と振動まみれにする。

 それが敵に伝わると、敵は何が起きているのかの判断に困ったようだった。常識的には考えられない振動だからだ。フィルたちがこのタイミングで突撃してくることも常識外なら、防御障壁が途切れる手前でギアが急停止して地面に衝突するのも異常だった。

 観測装置として当然ながら地震計や重力計をあちこちに展開している敵は、その観測結果から導き出される異常な結論に驚く暇を与えられなかった。

 多分この辺に撃てば当たる、という推測の元、フィルたちが今までとは比べ物にならない至近距離から、散々騎士団の砲の優越を悟らせてくれた忌々しい砲撃を、猛烈に加え始めたからだ。

 連射がきかない砲のはずだが、出力を多少落とせば最大に撃つよりは連射性も速射性も上がるし、何よりここは塹壕ではないから味方が周囲におらず、排熱を気にする必要がない。

 重金属粒子を圧縮加速する中で生まれる超絶的な熱も、そのまま周囲に遠慮なく廃棄してしまえばいい。

 巨大な排熱が大気の温度を凄まじい勢いで上昇させる中、フィルたちは撃った。

 撃ちまくった。

 重金属粒子の補給が必要だから移動しての連続運用は困難、というのがこの砲の常識だが、別にフィルたちはこの常識を破っているわけではない。

 単に、一部のギアを完全に補給役に当ててしまい、無理矢理解決しただけだ。

 砲を持つことすらしていないその一部のギアは、数百トンあるコンテナを複数担ぎ、攻撃役のギアたちの後ろに着陸すると、手慣れた様子で次々に仲間のギアとコンテナを接続していく。

 慣れているのだ。この非常識な戦術に。

 彼らフェイレイ・ルース騎士団は地上戦に特化した傭兵団である。あらゆる状況を想定した訓練を日頃行ってはいるのだが、特にフィルの旅団の訓練は厳しく、また極めて実戦に即している。

 彼らは、フィルの指揮の元、訓練通りに任務をこなしているに過ぎない。どんなに非常識に映ろうとも。

 敵は、この近距離砲撃に対応できず、瞬時に撃ち減らされていった。

 数は遥かに優越しているから、すぐ全滅させられるようなことはない。まして見えているわけではないのだから効率はそれほど良くない。

 ただ、当たれば必ずといっていいほど防御フィールドを突き破られ、ギアは破壊され、砲は吹き飛び、塹壕戦用の設備は蹂躙された。

 この時点で双方の妨害機構は解除されていないから、お互いに敵の姿は見えていない。観測できていない。

 見えない敵から猛烈な射撃を受ければ、撃っている方よりも恐怖心が大きくなるのは当然の道理だ。

 そして、フィルたちがそれまでの戦術理論を無視するかのような攻撃を開始した一〇分後、信じ難いことが起こった。

 なんと、数にして一〇倍以上の差がある「共同体」の戦線が崩壊し、壊乱した。

 司令部の横を固めるために配置されていた部隊が、撤退などという生易しいものではない、壊乱としか表現のしようがない状態で、散り散りに逃げ出したのである。

 同時に、「共同体」軍の妨害システムが順次崩壊した。

 フィルたちは視界を取り戻していく。

 砲撃の精度が劇的に上がる。

 高いところでは三〇〇〇度を超える強烈な排熱に囲まれる中、フィルたちは淡々と、逃げ崩れる敵の背を打ち続ける。

 降伏されてはいないのだし、何しろ相手の方が圧倒的に数が多いのだから、それ以外の選択肢はない。

 逃げる味方を見て自分も逃げ出す、それを見て別の誰かも逃げ出す、という戦線崩壊の連鎖を始めた「共同体」軍の残骸は、結局損耗率が半分を超えるという惨状を呈し、戦場から消滅する。

 それは文字通りの撃砕だった。

 そのあまりの無表情ぶりから「鉄仮面」の異名を取る生真面目軍人、フィルの圧勝だった。

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