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宇宙の騎士の物語  作者: 荻原早稀
第三章 決闘の季節
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4. 人工林の戦い

 指定されたバトルフィールドは、起伏に富んだ地勢に植物が繁茂し、見通しが極めて悪かった。もっとも、その植物はすべて可塑性の素材で作られた人工物で、この戦いに合わせて量産された物を機械で計画的に植えたものだ。

 当然、動物もいない。生態系どころか、生命がいない。

 戦っている、彼ら以外には。

 カノン・ドゥ・メルシエ率いるフェイレイ・ルース騎士団の陣容はちょうど一〇〇名、これは両陣営ともにこの人数で臨むよう指定された人数だ。

 今回の戦闘でも、両陣営は索敵のための機器の使用を許可されていない。原始的な目と耳に頼った索敵で自らの行動を決定しなければならないし、通信機器も特定の周波数を使った原始的な無線通信しか許可されていないから、条件はさらに厳しくなる。

 この状態で戦う両陣営の兵士たちを、運営側は監視のためと称してすべての戦闘員をカメラで抜き、各種データを取っていたが、最大の用途がネオリュディア全土への生中継であることはいうまでもない。

 特に、希代の美女として、稀有な血統の皇女として、カノンほど被写体にもってこいの人材はいないわけで、フィールドを覆う天蓋の各所、ほぼ無音で飛ぶ小型飛翔デバイスなど常時十数個のカメラに追われている。

 メディア帝国では今上の第一皇女として生誕前から異常な注視を受けていた身だ。そのような衆人環視の環境には慣れきっており、カノンは今さらそれにプレッシャーを感じることも無い。

 他の騎士団スタッフは「鋼鉄の神経」と呼ぶ。常時マスコミの監視下にあって精神を病みもせず、平然と無視していられるその神経が、常人離れしていた。

 そしてこの時、後ろに控えるクリシュナ・ゴーシュ少尉が指摘するまでも無く、少将カノン・ドゥ・メルシエ筆頭副団長閣下は、明らかに油断しまくっていた。

 戦闘は既に開始され、部下たちは前進を開始しているというのに、カノンは直属の二〇名の兵士をそばに控えさせたまま、後方でのんびりと茶をすすっていた。

 さすがに茶器などは使わず、武骨な樹脂製のカップに口を付けているのだが、野戦服を着て上から簡易プロテクターを付けた野卑なその姿でさえ大貴族令嬢の気品が漂い、周辺を異世界化させている。

 背景に薔薇と荘厳な音楽が無いのが不思議なほどだ。

 豪奢な黒絹の髪を巻き上げ、白いうなじを見せているのがまた艶冶で美しい。控えているクリシュナがちらりと見てそう思うくらいなのだから、男性諸氏には普通は相当目の毒なのだろうが、武人としてのカノンの実力を知っている面々はその色気を凄みにしか感じない。

 なぜカノンが油断しきっているかといえば、理由は簡単で、自軍に対し相手が弱すぎるからだ。

 相手からすれば逆で、フェイレイ・ルース騎士団がエース級ばかりそろえてくるから、対抗できないのだった。

 ビューレン少佐とドゥ・プレジール中尉の二人が加わって陣容はさらに厚さを増しているが、この二人が騎士長の命で追加される前から、エース級の密度は異常に濃かった。

 さらに、単純な戦力以外にも強力なアドバンテージが騎士団にはあった。

「ゴーシュの目のおかげでめちゃくちゃ楽だな」

 カノンの隣にはもう一人座って茶を飲む人物がおり、着崩した戦闘服と無精ひげがひどいその姿は、カノンと好対照のだらしなさだった。

 せっかく造作の良い顔立ちをしているのに、もったいない。誰もがそう思う青年は、戦闘服の衿に大佐の略章がかかっている。

 こう見えて、ここに派遣されている騎士団員のナンバーツーだった。

 名を、バイダルという。

「せっかく隠密行動してても丸裸ってんじゃ、敵も浮かばれねえけどなあ」

 へらへらと笑っている。

「お主はそもそも楽しかしておるまいが」

「そーんなこたぁ無いですぜお嬢。こう見えて色々とお仕事はしてますよ」

 この男とも長い付き合いになるが、ついぞ仕事なぞしておる所に居合わせたためしがないな、とカノンは無表情にそろそろ冷えてきた茶をすする。

 バイダルがいうのは事実だ。クリシュナ・ゴーシュ少尉の特異な能力、基力を見る「目」が、恐ろしく役に立っていた。

 クリシュナの持つ基力の密度や動きを見る能力は、極めて珍しい。騎士として突出した力はない、決してエース級とはいえない彼女が、上層部に認められるほどの戦果を挙げ続けてきた最大の根拠がこれだ。

 クリシュナは淡々と手に持った戦術支援用のパネルにデータを打ち込み続けている。

 彼女の「目」は、戦域内のすべての動きを把握し、敵味方の座標を実際の視覚で補正しながら、リアルタイムで共有データの更新作業に勤しんでいる。

 索敵機器の使用は禁じられているが、基力の利用は一切禁じられていない。基力持ちの超常じみた戦いが売りの限定戦争なのだから、禁じる訳がない。

 クリシュナのような特殊な異能持ちは相手にはおらず、この見通しの悪い戦場で彼女ほど正確無比に彼我の位置を探索できる人間は当然おらず、フェイレイ・ルースは一方的に有利を享受していた。

 彼女の異能も無限ではなく、せいぜい一〇キロメートルほどが限度で、それも二キロメートルを超えたあたりから精度が落ち、相手の基力をもとにその動きを詳細に把握するなど無理になるのだが、この場合は位置と進行方向がわかれば必要十分だ。

 さらに、強力な飛び道具がある。

 戦域内の木々に登りでもしたのか、敵の一兵がカノンらの姿を視認し、狙撃体勢に入る。

 それに気付いた騎士団側の将兵はクリシュナ以外にはいなかったが、クリシュナが気付けば半ば対応は終わったも同然である。

 騎士団一の狙撃手との呼び声も高い彼女は、パネルを小脇に抱えると、右肩にかけた銃を外し、無造作に構え、ろくに狙いを定めた様子も無しに三点バーストの射撃を行った。

 そこで初めて人々は敵の存在を知るのだが、どこにいたかを知ったのは、クリシュナの狙撃がヒットしたその兵士が樹上から転落したことによる。

 兵士が地面に叩きつけられ、人々がそれに気付いてクリシュナを見た頃には、彼女は銃の構えを解き、敵兵一人分のマークを外して死亡判定のデータを入力している。

 こんな途方も無い有利を背負ったカノンが、優雅に一服するのも当然だった。




 騎士団は、八〇名をずらりと横一列に並べ、一直線に隊列を整えたまま前進する。

 このような見通しも効かず障害物も多い戦場では、ひとかたまりになって進軍することは困難だ。地形を読んで伏兵でも置かれたら、一気に壊滅させられてしまう。

 だから分散進撃が基本になるのだが、そのやり方は色々ある。

 カノンはその中でも山狩りに使う戦法を選択した。

 一列だから、会敵すればあっという間に破られる可能性は高い。だが、味方同士の通信が禁じられていないこの戦場では、後方に置いた残りニ〇名の予備兵力を素早く投入できれば、最小の犠牲で敵を迎え撃つことができる。

 山岳ゲリラ相手の戦闘など珍しくもない騎士団には、そのノウハウが腐るほどある。

 相手の位置を一方的に観測できているのだから、さっさと弱点を衝いて終わらせても良いのだが、そうも行かない。

「見せ場が必要なんだろ?」

 バイダルの簡潔な表現が、正確に状況を表している。

「互いにな」

 立ち上がりながらカノンがうなずく。

「こちらがあまり一方的に攻めすぎると苦情が来るでな」

「絵的に派手さがないとねえ」

「一度は敵にも見せ場を作ってやらねばならぬ」

 そういうことだ。

「そろそろ頃合いじゃろう」

 簡易プロテクターをつけ直しながらカノンが尋ねると、クリシュナがうなずいた。

「三五名の敵部隊が、一点突破を図り行動中です。ニ分三〇秒後には会敵します」

「正面は誰がおる」

「ソン曹長です。隣の隣にはビューレン少佐が」

「では、せいぜい抵抗する振りをしつつ安全に離脱せよと伝えよ」

 指示は、全員が装備しているコンタクトレンズ上のモニターを使って文字ベースで出される。歩兵による戦闘行動の最中に、声を使った通信などは行わない。

 クリシュナがその指示を打ち込む間に、カノンはバイダルに「立て」と身振りをする。

「え、俺出るの?」

 礼儀だとか規範だとかをどこかに置き忘れてきた男のようで、上官に向かって信じがたいほどの無礼だが、カノンは毛ほども気にした様子が無い。

「見せ場が必要、とお主が申したではないか」

「後詰めを叩きつけりゃ、いい見せ場なんじゃないの」

「そこで怪我人を出してもつまらぬ。お主と(わらわ)とで蹂躙すれば、損害無しで派手な絵を提供できよう」

「本気でいってる?」

「大真面目ぞ。給料分は働いてもらおうか」

 カノンはバラクラバ(保護用の目出し帽)をかぶらず、強化繊維のキャップをかぶっただけの軽装だ。顔を露出しているのは視聴者サービスらしい。

「結構働いてるんだけどなあ」

 バイダルはボヤきながら立ち上がった。彼に至ってはプロテクターさえ着けていない。

 彼らの雇い主である小男とは似ても似つかぬ美丈夫だが、のんきさはいい勝負だ。

「あまり殺し過ぎぬようにな。少尉は後詰めとともに待機、目に付いた敵がおれば狙撃せよ」

「了解」

 クリシュナが敬礼する。



 フェイレイ・ルース騎士団の薄い戦列を一気に突破し、彼らにとっての左翼側に展開して半包囲、速攻で潰しながら移動し離脱する。

 それが敵側の立てた作戦だ。

 山賊でも狩ろうかという騎士団の戦法にプライドが傷付けられてもいたから、士気は高かった。

 どうせ、客観的に見て騎士団の方が圧倒的に強い。ならば、せめて一矢報いなければ立つ瀬が無いというものだった。

 カノン・ドゥ・メルシエなどという化け物が控えている時点で、注目度でも大いに負けているのだから、一花咲かせてやるという彼らの捨て身の戦術も、心情としてわかりやすい。

 彼らは、作戦通り一気に薄い騎士団の戦列を突き破った。

 矢面に立たされた騎士団の将兵は、持ち弾をすべて撃ち尽くすようにばらまきながら、無理に抵抗せず逃げ散った。

 多少の損害は出たが、無視して前進。

 すぐに騎士団の進行ラインを超えると、指揮官以外は三人一組でバディを組んだ十一の細胞が有機的に左進。地形を利用しつつ、横長にだだっ広く展開する騎士団の前後を挟むようにして、十字砲火を浴びせかけた。

 練度が低い相手なら、これで勝敗は決している。

 だがフェイレイ・ルース騎士団の練度はさすがに高く、慌てず落ち着いて一人ずつばらばらに後退。逃げ散りはせずに盛んに抵抗してきた。

 もちろんそんなことは予想済みで、局面で数に勝る彼らは、強引に前進して騎士団をすり潰そうとした。

 逃げる騎士団と追う敵歩兵部隊。

 人工の森を沸騰させる戦闘が繰り広げられ、観戦するネオリュディアの人々は熱狂した。

 そこに、騎士団からたった二人の増援が届く。



 カノンは訓練用の模擬小銃と投擲閃光弾のみの装備。

 簡易プロテクターだけをつけた軽装のまま、人工林にただ一人突入する。

 敵はその動きをトレースできた訳ではないが、まったく偽装もせずに直線で突入してくるカノンに、さすがに気付く。

「正気かよ!」

 敵の一人が罵ったが、普通、正気の沙汰ではない。しかも、カメラが追いやすいようにという配慮なのか、進入速度を落としている。

 撃って下さいといっているようなものだ。

「有象無象はいい! 奴を撃て!」

 指揮官が叫んだのは当然だった。

 たちまちのうちにカノンは射撃の的になり、蜂の巣にされる。

 この時、敵が使っていたのは重質量の通常弾。当たれば腕くらいちぎり飛ばし、胴の半分を持って行く。

 蜂の巣といったが、蜂の巣になる前に体が四散するだろう。

 カノンはそれを最小限の動きで避けていく。

 信じがたいことだ。

 娯楽作品ではよく見る光景かもしれないが、音速を遥かに超える速度で射出された弾を、いかに異能持ちとはいえ避けられるものではない。

 実際、カノンは弾を避けているわけではない。

 射線を避けている。

 相手がこちらを撃とうとすれば、当然ながら相手の銃口はこちらに向けられる。その銃が火を吹く一瞬前に動けば、射線からは外れる理屈だ。

 これも相当困難ではあるが、まったく出来ないというものでもない。

 ただし、銃口がひとつなら。

 複数に狙われて、それをすべて避けるなど無理に決まっている。人間の知覚の限度を超える。

 基力持ちには超反応や超速思考の持ち主が多いが、同時に動く銃口をいくつも見て取るには、人間の目は少なすぎる。

 カノンも、別に「大崩壊」前にいたとされる超人類そのものではないので、全部を把握して避けているわけではない。

 三次元的にしなやかに、かつ不規則に動き、敵の照準を逃れているだけだ。

 ただ、その動きの速度域がありきたりな基力持ちの限界を軽々と乗り越えていて、誰も狙いが付けられない。

 カノンの方の攻撃はといえば、それだけ動いていて銃の狙いが付けられるはずがない。できるのかも知れないが、その気が無い。

 小銃を持ちながら、それを射撃には使わず、銃剣代わりに付けられた模擬剣で次々に敵兵を倒していく。

 地を蹴り、模造木の幹を蹴り、時に敵を蹴りながら戦場を疾駆するカノンは、ごく短時間に敵を混乱に陥れた。



 敵の兵力は騎士団ほど分散していない。

 先行して騎士団の戦線を突破した部隊とは別に、斥候役の兵士たちを除いた四五名が集まって一つの集団を形成していた。

 この敵最大兵力は、先行部隊が騎士団中央を突破してから左に半包囲に向かったのに対し、残る右半分の騎士団に襲いかかろうとしていた。

 時間差を付けることで、騎士団の後詰めを先行部隊の方に引きずり出し、その間に右翼の後続部隊が残りの戦線を破って前進、戦闘が続いているだろう左翼に敵の背後から突入するという作戦だった。

 戦術としては悪くない。

 だが、相手が悪かった。

「ここは通行止めらしいぜ」

 音も無く突然後続部隊の真正面に現れたバイダルの姿に、将兵は驚いた。予定していた会敵地点よりだいぶ前だったからだ。

 バイダルは奇妙な武器を持って立っていた。歴史に親しんでいれば見慣れてはいても、現代の戦場ではまったく見られなくなった、槍である。

 柄の長さは三メートルほど、両刃の穂は四〇センチメートルほど。個人で扱う槍としては標準的な長さだが、近接戦闘用の武器が身長以上の長さになることは無い時代である。バイダルの異常な軽装と合わせ、なにやら非現実的な光景ですらある。

 その異常さに飲まれたのか、発砲することも、その指示を出すことも忘れて人々がわずかな間立ち止まる。

 バイダルはにやりと笑い、長槍をぐるりと頭上で一回しし、しごき上げると、基力を爆発的に高め、圧縮し、体内を循環させて関節の動きや筋肉の収縮力を畸形的に強化した。

 ふくれ上がるバイダルの基力の気配を感じて、ようやく指揮官が目が覚めたように叫ぶ。

「撃て!」

「遅えよ」

 バイダルの槍の穂先に、非常識な量の基力の干渉によって生じた強力な電磁波の塊が現れ、目に見える形としては青白いスパークが大量に生じた。

 その槍を凄まじい膂力で()ぐ。

 盛り上がった筋肉の量が、あるいはその肥大が、それまでのバイダルの飄々とした細身の姿とかけ離れていたが、それに気付く観客はこの場にはおらず、一瞬の事だからネオリュディア一般の視聴者たちにも伝わっていない。

 槍から放たれた稲妻は、その中に圧縮された大気を含んでいる。

 瞬時に兵士たちの所まで飛び、閉じ込めていた電磁波から開放された大気は、その圧縮熱により一万度を超える温度に加熱されていた。

 強制的にプラズマ化されたそれは、膨張するより先に爆発する。

 バイダルの槍のひとしごきで、兵士たちは目の前に生じた強烈な爆発に襲われ、吹き飛ばされ、プロテクターやヘルメットを割られ、腕や肋骨を折られ、運の悪い者は首の骨を折られ、あるいは引き千切られ、周囲の模造木が軒並み倒された。

 異能持ちでもごく高位の者しか扱えない、磁力による超高圧縮技術によるプラズマ攻撃。

 ただ一撃で、後続部隊は四名の即死者、一五名の重傷者を出し、四五名の内三〇名以上が戦闘継続不可能となって、事実上無力化された。

 壊滅である。

「ありゃ、やり過ぎた」

 死者まで出すつもりは無かったらしく、バイダルは少々気まずそうな顔をした後、

「ま、しゃあねえな、これ、戦争だし」

 と、ごくあっさりと開き直った。



 爆轟音が鳴り響き、というより轟音の壁が自分たちの体をすり抜けていったかのような衝撃波に襲われ、カノンは相棒がやり過ぎたらしいことを知った。

「規模が大き過ぎようが。何をしておるか」

 ちっと舌打ちしたカノンの目の前には、模擬剣の直撃で失神させられた敵兵が多数倒れており、その中に死体は一つもない。

 多少取り逃がしてはいるが、カノンは敵先行部隊の大多数を気絶させ、死者無しで無力化していた。

 カノンが敵兵をすべて生かしたのは、ヒューマニズムではない。相手が殺傷力の高い重質量弾を撃ち込んで来ている時点で、不殺を通す理由は無い。

 見栄えの問題だ。

 これは戦争である、という大前提のもとで戦っているこの戦場だが、生中継でネオリュディア全土、ひいては宇宙中に映像が流れている中で、「美貌の元皇女」が殺戮を行う悪印象を避けたのだ。

 そういう強かさを、カノンはごく当たり前に持っている。

 バイダルはあれでいい。武断の象徴としてその威力を誇示するのが役割なのだから。

 だが、あまり過剰な破壊力を示すのも考えものだ。

 後できっちりシメておくとしようか、とカノンは思いつつ、クリシュナに降伏勧告を出すよう指示を送った。

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