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宇宙の騎士の物語  作者: 荻原早稀
第二章 騎士団
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11. 宇宙戦 3

 宇宙海賊たちにとっての誤算は、せっかく宿敵フェイレイ・ルース騎士団のはぐれ巡宙艦を見つけたというのに、そこに二人の異能が乗り合わせていたことだった。

 新鋭装備は無いとはいえ、海賊たちもそれなりに精鋭だ。武装商船の集団でしかない彼らに、制式軍との正面衝突を切り抜ける力は無いが、こちらが多勢であれば別だ。

 偶然、海賊たちの最精鋭が集まった集団の前にのこのこ宿敵が現れてくれたのだ。

 出来れば拿捕、できなくとも撃沈、撃沈後にはサバイバルセルで逃げ出した連中を捕獲し、売り飛ばすもよし、身代金を取るもよし。騎士団は女性兵士や下士官が多いというから、そちらの楽しみもあるだろう。人道などというものにわずかでも価値があるなど、彼らは考えもしない。

 国際法を遵守して捕虜にする気などさらさらない。せいぜい奴隷として役立ってもらうか、同様に奴隷を欲している連中に売り飛ばすのが彼らの常道だ。身代金交渉にはリスクもあるから、奴隷化する方が良いというのがセオリーだ。

 戦力的な差を数で埋めようとしていた彼らにとって更に良いことに、その巡宙艦は騎士団でも老朽化した部類に入るうえに、無人戦闘機を配備していないらしかった。

「正気かよ、どこの遊園地の帰りだ」

 とある船長が嘲笑ったが、今時の艦艇で無人戦闘機も持たずに任務に就く艦があるなど、信じられなかった。機動力に富むこの兵器は、砲を設置するのと同様の感覚で積み込みべきものだ。有人のギアなど、無人戦闘機の前にはただの標的でしかない。

「わかったぞ、この艦は元々軍務に就いてここに来たわけじゃない、別の目的でここまで来たんだ。ってことは、とんでもないお宝か情報か、人間か何かが載っているぞ」

 別の艦長が喝破したが、実際はハズレだ。単に退役間近の旧式艦に、そんな設備を搭載するのを惜しんだだけである。

 そんな内情は知ったことではないので、海賊たちは喜び勇んで攻撃を開始した。

 やがて、その砲撃の精度が異常に高いことに気付かされる。

 本来、ありえない。

 AIが出してくる演算結果は、お互いの陣営が敵のAIの先を読もうとして億単位の演算を繰り返した挙句に出てくる。アルゴリズムの設計者によっても、深部学習の経過や程度によっても多少の差は出るし、それが優劣を生むことはあるが、そうそう違う結果が出てくるものではない。

 砲の管制などというものはその最たるもので、互いに相手の弱点を読んで、自分の強みを活かし、打撃力を叩きつける。ある程度の水準に達してしまえば、互いのAIの優劣の差は減じ、単純な砲の性能勝負になってくる。

 そして、性能で巡宙艦の装備と宇宙海賊船団の装備にはさほどの差が無かった。

 となれば、数の勝負だ。

 防御フィールドを破って外殻にダメージを与えるのは簡単ではないが、数を撃っていれば、防御フィールドの展開に大きな負担がかかり続ける。やがて防衛機構が破綻した巡宙艦をじっくり料理すればいい。

 その、はずだった。

 気付くと、一隻、撃沈は免れたものの、推進部に深刻なダメージを受けた船が航行不能に陥った。騎士団の艦からの砲撃が直撃したのだ。こちらはまだ一発も当てていないのに。

「腐っても騎士団か!」

 彼らが騎士団を目の敵にするのは、フェイレイ・ルース病院騎士団と名乗る連中が、病院業務の先制的執行などとほざいて、出会った海賊を見境なく沈めようとしてくるからだ。他にも海賊退治を生業とする傭兵団がいないわけではないが、賞金稼ぎと違って「業務の邪魔だから」撃ってくる騎士団の連中は、利害が一致することがないから、金で釣ることも出来なければ横のつながりでお目こぼしをもらうこともできない。

 おかげで、宇宙戦は本来の任務に無いくせに、騎士団艦隊は海賊とみれば撃ってくるし、その強さを海賊たちは思い知らされている。

 はぐれ老朽艦とはいえ、やはりフェイレイ・ルース騎士団ということか。

 宇宙海賊たちの目の色が変わった。

 砲撃戦を続ける愚を悟り、少々距離は開いているが、無人戦闘機を展開させた。

 この作戦の切り替えは、うまく行くはずだった。

 騎士団の艦には無人戦闘機が無く、旧式のギアが三機あるだけ。

 戦闘機を飛ばして攪乱し、その間に一気に距離を詰めてしまい、巡宙艦の機関を停止させるか破壊する。ギアなどは無視しておいても構わないだろう。機動力で無人戦闘機に及ばず、火力で武装船に及ばない旧式のギアに、何ができるというのか。



 そんな、多数の無人戦闘機からの攻撃にさらされ、巡宙艦に何度も無人機からの攻撃が当たり、外殻も一部破られそうになっている中で、突然宇宙海賊船の一隻の船体が一部吹っ飛ばされた。

 宇宙空間なので少しも音はせず、衝撃波も来ない。空気という媒質がないのだから当然だ。

 さらに、光を乱反射させる大気や埃なども無いから、直撃弾を受けて輸送コンテナブロックを吹き飛ばされる船の光景は、地上の光景に慣れている人間にとっては非常に地味だ。

 が、その装甲板などの飛び散り方が異常で、それを見た人々の度肝を抜いた。

「レーザーじゃない、実体弾だぞ、あれ」

「そんなものがどうして当たるっ」

 極めて不規則な軌道を不規則な加減速をしながら進む宇宙船に、光学兵器以外の兵器、つまり光速では決して飛ばない兵器など無力である。遅すぎる。

 進路を予測して撃ったところで、不規則軌道と不規則加速を繰り返す敵船を捉えられるはずがない。

 クリシュナは「狙撃者」などと呼ばれているが、さすがに宇宙でいきなり実体弾を使って敵を撃てるほどの超能力者ではなかった。

「当たるもんねぇ」

 と、本人がびっくりしているくらいだ。

 もっとも、彼女が単純に狙撃だけを繰り返すようなバカでないからこそ当たったわけで、種も仕掛けもある。

 クリシュナは、艦のAIを上手く使ってレーザー系の砲撃を続けている中に、わざと一つのパターンを繰り込んだ。不規則性、ランダム性が飛び交う戦場にわざわざそんなことをする者もおらず、気付く者がいれば怪しんだだろうが、少なくとも人間でそれに気付く者はいなかった。

 AIは、当然ながら気付く。

 敵の砲撃にパターン性を見出した海賊艦隊の戦術AIと、各艦の戦術AI、自動防御を制御する防御システムのAIなどは、その評価で割れた。

 戦術上の理由でパターンを生むことはあるかもしれないが、そんなものはほとんど例外的である。だとしたら、意図があってのパターンではないのか。

 そのパターンの意図とは何なのか。何を目的としているのか。どんな結果に誘導したがっているのか。そこを読めば自ずと相手の次の行動が読めるから、対処も容易になるし、返り討ちにもできる。

 その読み合いは、各AIの中でもいくつものアルゴリズムで複数の思考系を仮想して演算される。一つの思考系で結論を出すような単純なAIは無い。

 大抵の場合、返ってくる結果は一つの方向性に収斂されていく。あまりばらばらの結論が導かれることはない。論理的に破綻していたり、おかしな思い込みやイデオロギーに偏向されることがないのだから、そんなにおかしな結論が出ることは無いし、そんなに多方向の結論が出るはずも無い。

 それでも、この時は割れた。

 それだけ、クリシュナの行動は突飛だった。

 彼女は更に、短時間だが撹乱的な行動に出た。重質量砲を拡散気味にセットし、敵船の予測進路上にばらまくように斉射したのだ。

 まだ相対距離が百キロメートル以上ある。重質量砲がいくら宇宙用の大出力レールガンで、弾体の初速が秒速十キロメートルを超えるとしても、到達まで十秒かかり、しかもレーザーと違って放射光がある、つまり射線上にいなくても光が見えてしまう砲では、相手に避けてくださいと叫んでいるようなものだ。

 だいたい、拡散気味の砲撃でその距離を進んだ重質量砲は、敵船の装甲にびしゃびしゃ当たるだけで大した破壊力も無い。逆にその程度の攻撃で穴が空くような装甲では、スペースデブリの脅威に全く対抗できないだろう。

 というわけでクリシュナの攻撃は何のダメージにもならないのだが、あまりにも非論理的な攻撃だからこそ、AIの一部にその攻撃の評価の迷いが生じた。

 人間のようにグダグダ迷うのではなく、対立する推論が複数出たとして、判断を保留する。

 単に意味のない攻撃であるとして無視するには、騎士団の艦艇に対する海賊たちのAIへの脅威度設定が高過ぎた。

 脅威度が高いフェイレイ・ルース騎士団の艦隊所属の艦艇が、わざわざ意味も無い行動を採るとはAIは考えない。

 AIを悩ませたのは、クリシュナの攻撃が、また中途半端に当ててくることだった。狙撃兵としての資質がしっかり開花している彼女は、適当に感覚だけで撃ってもそれなりに当ててしまう。

 今回は本当に牽制程度にしか考えていない砲撃だから、狙いにAIも噛ませていないし、照準に一秒もかけていない。それでも、敵の進路を予測し、速度と方向とを考えた上で撃っている。

 地上より擾乱要素が少なくて楽なこともある。

 大気密度の揺らぎも、風も、湿度の変化も、雨雪も、重力も、コリオリの力も、その他諸々の外的要因も無い宇宙空間では、弾道計算が恐ろしく楽だ。

 勘でそれらをパッと読み切れる天性の異能を持っているからこそ、プロ集団の騎士団で「狙撃者」とまで呼ばれているクリシュナだが、自然条件を読むという才能は宇宙では役に立たない。

 必要なのは彼我の動きを読み切り、予測して射線を設定する能力だ。

 当然ながら、こちらの能力もクリシュナは高い。

 地上とは勝手が違うが、要は彼我の距離感とその三次元的な未来予測だ。動体狙撃など何万発とやってきた彼女だ。スケールと速度を何倍にもしたら、何となくできる気がした。

 何となくを勝手に試されては味方もたまったものではないが、そこは実戦中で、しかも砲撃はAIまかせで、完全に空いている砲台を片手間に起動しているだけなのだから、そもそもクリシュナの動きに気付いている者すらいない。

 そうして何度か砲撃を敵船に加えているうちに、地上用と宇宙用とでは仕様が違うとはいえ、素性は同じ砲について、クリシュナは勘をつかんでしまった。

 執拗に敵船を狙っているように見えた、拡散気味の重質量砲が、突然、宇宙海賊の無人機の群に照準を移す。

 距離は敵船との間の半分以下だが、無人機は機動力が段違いに高いから、レールガン程度の速度域で当たるはずがない。

 常識的には、だ。

 クリシュナの巧妙さは、AIが制御するレーザー砲の動きから微妙に外した軌道とタイミングで撃つところで、拡散の度合いも上げている。

 重金属粒子をスプレー状にばらまいているようなもので、レーザー砲撃を避けると当たるコースに撃ったとしても、防御フィールドで粒子がそらされてダメージはろくに与えられない。

 何度もそれが続き、粒子の干渉でフィールドが燐光を放ったのが観測される。

 敵船のAIも当然それを観測しているはずで、無駄な攻撃を繰り返す砲がある、と認識されているだろう。

 その砲撃の一部が、ふと、敵船にも向かう。無人機を狙う射線の先に敵船が入り、たまたま直撃コースを進んだようだ。

 無人機より強いフィールドが、レーザーと比べればのろのろと進んできた重質量砲を簡単に弾く。

 ここで、敵船AIはこの重質量砲の脅威度評価を下げた。当然である。当たってもまったく損害が無いのだから。

「そろそろいいかな」

 戦闘艦橋内の自席でひそひそと内職をしていたクリシュナは、まだ誰も自分の行動に気付いていないことをそれとなく確認。

 そして、クリシュナが満を持して放った、出力も収束率も速度も最大の重質量砲が三連射される。

 敵船は脅威度評価最低の砲撃にぴくりとも反応せず、無視。それまでの砲撃とは根本的に質が異なることに気付くのは、当たってからだった。

 重質量砲の弾体は、強化されていない防御フィールドをいともたやすく切り裂き、強固な外殻も破砕し、敵船の後部に接続されていた輸送コンテナを破壊。その先にある敵船本体の甲板ごと吹き飛ばした。

 クリシュナの砲撃で敵船に直撃弾のダメージが生じた。

 当たれば、レーザーより破壊力がある重質量砲の直撃で、敵船の一隻は一時的に航行不能になる。

 これで二隻目。




 ギアのコクピットでこの様子を観測していたエステルは、クリシュナが何をしたのか、完全に理解している。

 地上戦ではたまに見られる手口だ。ダミーの拡散砲撃で油断した敵を、必殺の高収束レールガンで一撃するやり方。

 小手先の奇襲だけに一度しか使えない上に、砲手にかなりの技量が必要だから、そうそうお目にはかかれないが、成功すると非常に気持ちが良いので、ギアパイロットや砲兵なら誰もが試してみたい戦法だった。

「ここであれを決めちゃうんだ……」

 エステルは唖然とした。

 自身は実戦では一度も決めたことがなく、いずれはやってみたいと思っていた。たが、まさか宇宙でこれを決める人がいるとは思わなかった。

 しかも、初見の機械を操って。

 それなりに戦士としての自分の能力の高さに自信を持ち、それなりに実績を積みつつあるエステルは、それなりにプライドもある。

 クリシュナの実力を下に見るような事は無かったが、見せつけられてしまうと燃えてくる感情もある。

「負けてられない……」

 自分が実戦経験ではクリシュナの足元にも及ばない新人で、階級はともかく、兵士としての能力評価ではとても勝てる相手ではないこともわかっている。

 が、負けん気というのは、そういう条件など関係が無い。

 ここで、エステルに無駄なスイッチが入る。

 新型機のテストで散々振り回されている最中に、テストプログラムの一環でやらされた戦術がいくつかある。

 もちろん地上戦のための戦術であり、宇宙でそれをやるなど正気の沙汰ではないのだが、現に地上の戦術で敵船を破壊してしまった人がいるじゃないか。

 クリシュナにいったら「そういうことじゃない」と言下に否定されるようなしょうもない理由だが、エステルにはきっかけだけが必要だった。そのきっかけが明らかにおかしくても、知ったことではない。

「なんちゃらの天使」などと御大層な二つ名を賜りつつ、その儚げで透き通った美貌に似合わず、実は脳筋なエステルであった。

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