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宇宙の騎士の物語  作者: 荻原早稀
第一章 ガレント遭遇戦
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10. 帰投

 カレント遭遇戦と呼ばれる戦いは、結局両者痛み分けのまま、停滞するに至った。

 カノンたちの異様な戦果を活かしきれない「連合」軍と、負ったダメージが意外に大きくて戦線の再構築が必要になった「共同体」軍とが、それぞれ一度後退することを選んだ。

 カノン率いるフェイレイ・ルース騎士団は無事後退を果たしたあと、中途半端な立場に陥った。

 戦果は見事で、結果として「共同体」軍の戦線後退を生み出した。苦境にあった「連合」軍を一時的に救い出したともいえ、称賛されるべきものだった。

 だが、「連合」軍の司令部の反応は複雑だった。

 敗勢にあったところを救われた、その相手が傭兵だったこと。外様に活躍されては、「連合」軍の誇りに傷がつくといいだす愚物が必ず出てくる。

 その出てきた愚物が「連合」の覇権を握る国家の高級軍人であったこと。先述の通り、「連合」は一つの国が突出した力を持っており、覇権を握っている。その覇権国の軍団長級の軍人が、自分たちが戦線を破られつつあったことを棚に上げ、騎士団を猛批判したのである。

「弱敵を多少破ってみせたことになんの意義がある」

 いや、あるでしょう、という理性的な声は、ヒステリックな大声にかき消されてしまう。どこにでもよくあることだ。声が大きい者がその場では勝つのだ。

 彼らが、騎士団が破った敵を「弱敵」とした理由に、大した根拠はない。率いていたのが女性だった、とか、敵にとってタイミングが悪かった、とか、聞いている方が恥ずかしくなるようなことを平気でいう。

 彼とその一派の目的は、自分たちが負けかけ、カノンのような小娘が率いる軍に救われたという事実を「恥」と感じ、それを消し去りたいという欲求を満たすことだ。

 そんなことは誰の目にも明らかで、声を上げている時点で恥の上塗りであり、上塗っていることをわざわざ大声でふれて歩く痛い行為なのだが、理性が働かない政治的強者の戦時の言論は、声がでかければでかいほど正義として通用してしまう。

 歴史を見れば、なんでこんな言辞が正義として通用したのか、全然理解も納得もできないという例が恐ろしくなる量で転がっている。



「付き合う意味とてあるまい」

 カノンは、相手にしなかった。

 大平原の会戦、正式にはカレント遭遇戦といわれる戦いが痛み分けに終わった直後、「連合」の上層部から異常な批判がかぶせられていると知ったカノンの反応は、ひどくドライだった。

 別に怒りもせず、早々に契約条件を第三者の弁護士グループに精査させると、報酬の確定と支払い方法や時期の確認、保証国である列強の一国との契約履行条件の確認などをさっさと進め、惑星ゴルトベルクからの撤退準備を開始したのだ。

「連合」軍司令部のまともな連中は驚いた。

 ようやく戦線の収集作業に入り、新たな戦略の策定と実行に入らなければいけないという時期に、もはや「連合」側の最強戦力であると衆目一致するところのフェイレイ・ルース騎士団に撤退されては、色々と成り立たないのである。

 交渉の場に立ったのは、カノンではない。自分が小娘であるとも、美形過ぎてかえって相手から軽んじられるとも自覚しているカノンは、筆頭副団長という肩書だけではおそらく舐められると察してか、「連合」軍相手の交渉の場には立たない。

 バカにしているのか、と問われれば、「馬鹿にしておる」と冷笑しただろう。

 代わって交渉に出たのは、外貌の威圧感と無表情さとで相手を圧倒する美丈夫フィル。

 実際、「連合」軍幹部は気圧された。

 美青年ではあるのだが、その体が剛直に過ぎ、その表情が鉄壁に過ぎ、その口調が謹直に過ぎ、その言論が正論に過ぎ、その精神が剛愎に過ぎた。

 剛愎、とは、頑固で人に従わないことを指す言葉だが、軍幹部など殴り合いになれば鎧袖一触だと思っている彼は……完全に事実である……別に仲間でも同僚でもない、単に金銭契約上の相手であるに過ぎない軍幹部の連中などに、下げる頭も謙る理由も持っていない。

「鉄仮面」の交渉は、双方が契約を履行すればすべてが平和に収まって実に重畳、という一点張りである。

 一部のバカ幹部が騎士団を批判し、中には「契約金を払う必要など無い」などという者もいる。

 まともな連中には、もしそんなことになれば騎士団が裏切って「共同体」に走るかもしれない、と恐怖に駆られる者もいる。そんなことになれば、あの凄まじい攻撃力によって破壊される相手は自分たちになる。

 今はむしろ騎士団を懐柔すべきときだ、とする者も多いのだが、資金がかかることであり、「連合」加盟国の政府レベルでの判断が必要ななことでもあり、なかなか動き出せない。

 そんなことをしている内に、フェイレイ・ルース騎士団はとっとと事態を進行させていく。



 惑星ゴルトベルクに、巨船が現れた。

 円筒状の巨大な船体に、それより小さな細長い円筒がいくつか接続された形状のその船は、全長が八〇〇メートル強、標準星間航行船としてはかなり大型の宇宙船で、この様な巨大船は「連合」も「共同体」も持っていない。

 宇宙交易に本格的に乗り出していない両勢力なのだから当然ではある。

 両陣営の背後に暗躍する列強たちならば保有しているのは当然だが、こんな田舎の惑星の喧嘩にいちいち巨船など派遣してくる国はない。大型船は、動かすだけでもコストがかかるし、運んで金になる荷があるのならともかく、惑星を二分する戦争の最中で生産性が極端に低下している中でそんな荷が出せるはずもない。

 衛星軌道上に堂々と姿を現した巨船は、名を「アーリヤバタ」という。商船だが、そんじょそこらの軍艦では太刀打ちできないほどの火力を有する武装船でもある。弱小海賊などでは傷も付けられないだろう。衛星軌道上からの攻撃が許されていれば、大平原で戦っていた両勢力など半日で吹き飛ばす火力があるのだが、もちろんその事実は公開されていない。

 登録上は「商船」であるこの巨船は、複数の同行船があったが、そのうちの一隻である「フワーリズミー」が大気圏に降り、「連合」側が統治している宇宙港に入港した。

 なんの変哲もない、標準星間航行用の商船だ。武装は解除されており、全長一〇〇メートルに満たない船殻は灰色に塗装され、まるで目立たない。

 船籍はヴェネティゼータ。それは騎士団本拠地の都市国家であり、この船は騎士団に在籍する富豪の私物だ。

 富豪の名をレイ・ヴァン・ネイエヴェールという。

「何しに来たのさ」

 と、宇宙港に下船して通信を繋いできた「フワーリズミー」の代表者に向かい、レイは文句有りげにいった。

『ご挨拶ですな、こうしてお迎えに上がったというのに』

 三次元通信に現れた男は、瀟洒なスーツに身を固めた、いかにもエリート然とした、地球時代でいう東洋人の美男だ。鄧士元(デン・シュエン)、企業人としてのレイの補佐役であり、グループの投資活動を一手に引き受ける。

 誰がどう見ても、鄧の方が上席にしか思えないし、民間人でありながら鄧が持つ雰囲気はその辺の軍人よりよほど厳しい。レイの緩んだ雰囲気では到底太刀打ちできなさそうなものだが、鉄仮面フィルの前ですら微動だにしないレイののんきさは、ここでも揺らがない。

「呼んでないし。大げさなんだよ、アーリヤバタ持ってくるとか」

『騎士団を回収できる船が他になかったんですよ。「艦隊」は別任務で動けませんしね』

 鄧の眼光が鋭いのは、もともとそのような目をしているからなのか、レイ相手に色々いいたいことが溜まっているのか。その両方なのだろう。

『わざわざこんなド田舎まで来て貴重な時間を潰しておいでのお方を、一瞬でも早く回収する都合もありましてね』

「僕にも色々都合ってものがあるんだよ」

『はて、溜まりに溜まった案件とその担当者たちの前に立たされる私の苦境と比べて、その都合とやらは優先順位が高いものなんでしょうな?』

「眼光で人を殺せそうなレベルになってるよ」

『察していただけたようで幸いですな』

 レイは割と部下からこういう目をされることが多い。行動が自由すぎるからだろう。

 ここまで紹介してきた肩書「VT社技術部門幹部」「VTグループ持株会社取締役」などからも分かる通り、彼はフェイレイ・ルース騎士団やVT社をはじめとした企業グループの経営幹部である。

『あなたはそもそも騎士団の正規構成員ではない。前線にべったり張り付く必要がどこにあります? こうして話している一秒一秒にどれほどの機会損失を垂れ流していると?』

「うん、ほんとに殺されそうな目だから切るよ?」

『とっとと戻ってください。団長閣下からも、筆頭副団長閣下からも許可は得ています』

「いつカノンと話したんだよ」

 筆頭副団長、と名指されたカノンは、実はこの時、目の前にいる。レイの周囲には幹部連、つまりカノンやメグやフィルがいて、鄧の攻撃を受けるレイを面白そうに見ていた。

『あなたとは別ルートでチャンネルは持っています。そんな些事は結構、とっととお戻りを』

 鄧がいう。カノンは軽く肩をすくめただけだ。鄧から話があったのは事実らしいし、許可を与えたのも事実らしい。

 いえよ。

 カノンに向けるレイの視線がそう物語っているが、存在感とか迫力とかいうものを少しも感じさせない男なので、威力はゼロに近い。

『あなたが来ないならこちらから伺うだけです。ティーレ博士も困っておいでのことですしね』

「イリスも来てるのか……」

 レイがうんざりした顔をしている。

 イリス・ティーレ博士、数学者として知られるが、VT社でレイの代わりに技術開発に携わって久しい。極めて優秀なのだが、完全にレイに便利使いされているので、周囲が気にしてレイにプレッシャーを与えてくる。博士にこれ以上迷惑をかけるのはいかがなものか、と。

「もうここは結構、戻られてはいかがじゃ、会長どの」

 微苦笑しながらカノンがいう。

「どうせ撤退は既定路線なんだし、準備は完了しそうなんだし、いいんじゃない?」

 メグも同意する。

「騎士団側は構わんよ。ここまでの協力に感謝する」

 フィルはすでに締めにかかっている。

「君らね、冷たくない? ここまでの功労者よ?」

「然るが故に迅うお戻りあれと申しておる」

 カノンのにべもない返事に、フィルがかぶせる。

「ここでうろうろしているより、グループ全体の利益になることは明白だと思うが」

「そうね、そりゃ間違いないわ。あんたが苦労すべき場所はここじゃないね」

 メグも乗っかってくる。

『衆論一致ですな。三時間後には出港予定ですから、そのおつもりで』

「ちょっと待ちなよ、ここからそこまで三〇〇〇キロ以上離れてるよね? 無理だよね?」

『あなたのギアでならば理論上二時間かからずにお越しになれますよ。緊急時用に二機ほどは常時動けるようにしていることは存じております』

 ぐうの音も出ない。

「もう早く帰んなよ、めんどくさい」

 メグも見放した。

 レイの肩書は大量に存在しているが、グループ持株会社の取締役、というのは、間違いではないが正確ではない。

 レイの立場は、持株会社の筆頭株主であり取締役会長を務める、オーナー経営者。

 歴史あるフェイレイ・ルース騎士団を、親会社ごと買収した上で経営を立て直した剛腕経営者であり、ギア開発を筆頭に様々な技術革新とヒット商品を生み出すVT社のトップエンジニアである。

 騎士団内での階級はカノンやフィル、メグよりも低いが、彼女たちの雇い主こそレイだった。レイが気まぐれで騎士団の資金を止めれば、その瞬間、全員干上がるのだ。

 その割に扱いが酷いのは、本人に問題があるのは間違いない。



 レイ個人の所有物である巨船「アーリヤバタ」の存在は、惑星全土を緊張させるに充分だった。

 なぜなら、武装解除し、衛星軌道上のステーション職員がその事実を確認しているとはいえ、本気で戦えばこんな惑星の戦力ごときでは相手にならない実力の持ち主であることは、公開情報だけでわかるからだ。

 最近も、宇宙海賊艦隊として有名だった傭兵くずれの集団を、「商売の邪魔だから」という理由で散々煽った末に向こうから手を出させ、一時間も経ずに殲滅したという。

 地上を攻撃するという、国際法を無視した愚かな行動を彼らが取るとは思えないが、威圧感は凄まじい。

 地上にいる騎士団の攻撃力も強力だが、数の問題で惑星の勢力を黙らせるほどの力はない。

 だが、軌道上に浮かぶ単艦の実力は、好戦的になっている軍部の連中すら言葉を飲み込むレベルで強力だった。

 それほどの船を、個人で所有しているというレイの富力の凄まじさは、惑星の人々の理解を完全に超えていた。

 騎士団を、その背後にある者の実力を、あまりに舐めすぎていた。

 騎士団を猛批判し、その影響力を封じ込めようとしていた「連合」軍の軍団長たちは、一斉に口をつぐんだ。

 地上に一隻だけ降りてきた小型船「フワーリズミー」が、こちらも武装解除しているとはいえ、本気で戦えば騎士団の旅団程度では相手にもならないという、凄まじい力を有していることなど、公開データですぐに分かることだ。

 同型の船が某列強に納品されたばかりだが、就航するやいなや、駆逐艦レベルの艦格だというのに、戦力差一〇倍以上という敵巡航艦隊を簡単に蹴散らしてみせたという。

 宇宙での戦争で主力を果たすような船である。

 ド田舎の惑星の軍が、たとえ相手が単艦でも、戦えるものではない。徹甲榴弾砲を備えた鋼鉄製の軍艦に、弓矢しか持たずに丸木舟で挑むようなものだ。話にもならない。

 テクノロジーの差は、残酷である。

 様々な制約がある地上戦だからこそ、騎士団もギアという兵器で対抗しているが、無制限に戦えば、「連合」軍主力を破壊するだけなら半日あれば済む。

「連合」軍は、自軍の撤退と契約の速やかな履行を要求するフェイレイ・ルース騎士団に対し、物申す術を失った。

 最新鋭船「フワーリズミー」は、レイを回収するとさっさと大気圏を離脱し、そのまま外宇宙に向け星系を離脱してしまったのだが、巨船「アーリヤバタ」は居座っている。

 騎士団の代表であるフィルの強面の交渉も、スムーズに進んだ。

 もともと、契約条件が「連合」にとって不利ではない。契約金額は妥当なものだったし、局地戦で勝ったからといって増額を要求することもない。ここで離脱するのも、契約上は特に不履行になるものでもない。「共同体」軍との戦況が停滞すれば、契約見直しの交渉を行うべきとあらかじめ明記されている。

「お互いのためじゃ。速やかに交渉を終え、双方が幸せな内に別れようではないか」

 麗しき筆頭副団長がここに来て交渉の席に列し、鉄壁の微笑でそのようにまとめ、交渉は終わった。「連合」側にもはや決定権はない。

 巨船の持ち主が、騎士団の主権者が、国家であれば違っていたかもしれない。列強を通じて抗議も出来るし、外交の場であれば別の論理の展開も出来る。

 だが、相手は個人である。

 かなり身内からひどい扱いを受けているが。

「連合」は、完全にコケにされた形になったが、最初から騎士団をちゃんと扱っていれば戦線を破られることもなかっただろうし、騎士団から契約の満了を提示されることもなかっただろうし、巨船に脅されることもなかっただろうし、自業自得というものだった。

「分を知れ、田舎者が」

 脅されていることを列強に泣きつくことで状況を変えようと試みた「連合」の外交官は、そのような侮蔑の視線を列強の担当者から向けられるだけで終わる。

 少しも領土的野心を持たず、権益を要求してくるわけでもなく、ただ契約通り行動しようとしているフェイレイ・ルース騎士団やレイ・ヴァン・ネイエヴェールに対し、列強は何の悪意も持っていなかったし、逆に増上慢にも騎士団批判などし始めた後進国の対応に不快感しか持っていない。

 さらにいえば、列強はレイ・ヴァン・ネイエヴェールの背後に、宇宙を代表する金融グループがいくつも存在していることを知っている。レイが「銀行団」とよぶ彼らは、巨万の富を生み出すレイの存在を大層大事にしていて、彼の意向や動向を常に監視している。「銀行団」を迂闊に敵に回せば、経済戦争で手痛いしっぺ返しを受けかねない。

 列強が「連合」の態度に苦虫を噛み潰したような顔をするのも当然だった。

 そんな事も知らずに騎士団に敵対するような言動を取ること自体が、井の中で鳴きわめいている田舎者の蛙である良い証拠であり、惑星内部のことしか知らずにいる愚物の証明だった。

 かえって武器などの供与を停止されかねない状況に陥り、「連合」の外交官は悲鳴を上げた。軍部の馬鹿を今すぐ黙らせろ、と政府が青ざめたというが、カノンたちにはもはや関係がないことだった。



 カノンら騎士団の戦力は、大平原にほど近いところにあるかつての商業宇宙港跡地に移動。巨船の随行船によるピストン輸送で次々に大気圏を離脱し、異様なスムーズさで撤収作業を遂行。

 あの大戦果を上げた戦いからわずか一週間後には、本拠地への帰投の途についた。

第一章了

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