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宇宙の騎士の物語  作者: 荻原早稀
第一章 ガレント遭遇戦
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1. 大平原の会戦、直前

 地上における最強の兵器とされる「ギア」と呼ばれる兵器は、ごく単純に見た目をいえば「大きいロボット」である。

 重装備の歩兵用装甲が進化し、最終的に行き着いたのが、全高一六メートル程度の重火力装甲特殊装備、略してH.E.A.S-Gearと呼ばれる兵装だった。

 今は単に「ギア」と呼べば、たいていこの機械の事を指す。

 もともと歩兵用の重装甲だから、中には人が乗るのが標準のはずだが、ちょっと大きめの重力加速度がかかると死に、ちょっと過度の電磁波障害に襲われると死に、ちょっと酸素濃度が低くなったり二酸化炭素濃度が上がったりしたら死に、コクピットという名の巨大な無駄空間を常時必要とし……という人間なんぞは載せない方が機械にとって好都合なので、技術が進めば進むほど無人機が一般化した。

 ロマンの無い話だが、人間は脆弱過ぎる。

 一般的には、だ。

 単純な制圧戦や殲滅戦であれば武力のみが問題になるが、政治性が絡んでくると、ある程度責任をとれる人間が前線に必要になる。

 責任は、AIや遠隔通信では取り切れない。生身の人間でなければならない。

『フェイレイ・ルース騎士団筆頭副団長、カノン・ドゥ・メルシエである。無益な抵抗は直ちに辞め武装を解除せよ』

 時代がかった肩書で時代がかったセリフを、わざわざ外部スピーカーで吐いたギアは、機体胸部に設置されたコクピットブロックに人を一人抱えている。

 外部スピーカーと光パルス、公共信号など複数の媒体で音声を飛ばしているのは、電波や光学などの妨害が混在して区域を覆っているためだ。一応、国際法が定める開放周波数帯はあるのだが、残念ながらその電波のみを使っても、まず伝わらない。

 スピーカーで音声が届く範囲などたかが知れているが、この有人機にはあらかじめ拠点制圧用の装備が施されていて、その中にはスピーカー内蔵の小型汎用デバイスも複数含まれている。有線で数キロメートル飛ばされたその端末から出される轟音は、指定区域内の空気を震わせて、ギアが直接見えていない人々の耳にも入る。

 端末の近くにいると耳を押さえずにいられない轟音だが、この区域にはもはや民間人などおらず、防音処理装備無しで突っ立っているような兵士は一人もいない。

『協定に定められた諸規定に基づき、機械的な処置により当該区域の監視活動を開始する。人的な監視活動開始までの間、本職が本区域の指揮管轄権を掌握する旨を宣言する』

 戦域に響き渡る声は、うら若いやや低めの女声である。

 語っている内容はガチガチの定型文だが、口調は柔らかく、丁寧で、聞く人によってはほのかな色気を感じるかもしれない。

 宇宙に名立たる独立系騎士団、フェイレイ・ルース騎士団が誇る「紅の女王」カノン・ドゥ・メルシエ少将といえば、ちょっと類を見ないほどの美貌で有名なのだが、もちろん今は誰にもその顔が見えない。

『また、当区域の安全確認が取れ次第、通常装備での活動を許可する。許可を下ろすまでの間は、国際法に定める第三級戦闘配備以上の装備を指定するものである』

 現在の国際公用語たるメディア語の発音も明瞭かつ流麗、退屈な軍事指令が、ずいぶん美しい響きに聞こえてしまう。

 周辺は異様な光景だった。 

 戦場では様々な妨害技術が用いられていて、相手の視界をゆがめるための光学妨害のおかげで、空は七色のねじれた雲が幾重にも積まれてうねっていたし、ちょっと遠くを見ようとすれば目まいに襲われるような異様な歪みが生じている。

 幻想的な絵画のような光景だが、光量が強いので直に見ると網膜が焼ける。オーロラのように見ていて楽しいものではない。

 大気の振動もひどいため、不規則にすさまじい轟音などが耳を襲う。

 ドゥ・メルシエ少将がいう「第三級戦闘配備以上の装備」には、網膜や鼓膜を保護するための装備が含まれる。

 戦闘によるダメージはそれほど多くない。

 フェイレイ・ルース騎士団の敵対勢力はここを拠点としてはおらず、そもそも抵抗がろくに無かった地点だから、騎士団側もここに火力を集中するような攻撃は行っていない。

 だから、景色の異様さは光学的な妨害が終われば解消される。

 ドゥ・メルシエ少将の宣言から一〇分ほど経つと、安全が確立されたと判断した騎士団側がほぼすべての妨害装備を停止した。

 とたんに、周囲の景色が正常に戻る。

 のどかな田園風景、だったのだろう。

 長く続く戦争が農地を荒廃させ、無人の荒野にゲリラ的な活動を行う集団が作り散らす簡易基地のような廃墟が点在する、物寂しい光景を作っている。

 ただ、今は芽吹きの季節から少し経った頃合いで、新しい緑が勁烈な強さで伸び始めている。なまじ人の手が加わらないからこそ、また戦場になるにはあまり地勢的な意味が無い場所だからこその、植物が生命力を誇示するような光景だった。

 その中に立つギアの姿は、人間の姿を極端にデフォルメしたような、武骨な形状をしている。

 肩から胸にかけてが大きく、腹部は絞られ、腰から足にかけて再び大きくなり、ひざ下がまた細くなる。

 騎士団のギアはすべて吸光性を強化した異様に黒い塗装の上に迷彩用のフィルムが貼られていて、戦闘時は周囲に合わせて様々な色彩や柄が浮かび上がっているのだが、戦闘が終わった今はフィルムの効果が切られて、やけに黒々としたシルエットだ。

 背中には巨大な兵装兼飛行用ユニットがあり、体に合わない大きすぎるリュックを背負わされた子供のように見えなくもない。

 各部冷却のために轟音を立て、大量の熱い空気を機体のあちこちから吐き出していた騎士団のギアたちも、順次それを停止し静かになっている。

 一機のギアの胸部装甲ブロックが音もなくせり上がり、各種シールド用の内扉が開き、コクピット内の空気が周囲の大気と混じり合う。

 中から、耐衝撃スーツを身にまとい、頭部保護用のヘルメットをかぶったドゥ・メルシエ少将、カノンが出てくる。

 ヘルメットは内部投影式のディスプレイを兼ねていて、今回のギアのコクピット形式上、透明な部分が無い。恐ろしく閉塞感が強い代物で、まともな神経をしていれば長時間かぶっていられるようなものではない。

 いくら慣れているとはいえ少将も心地良くかぶっているわけではないから、コクピットから身を乗り出すようにし、内扉のすぐ下にあるステップに足をかけると同時に大きなヘルメットを外した。

 ヘルメットをかぶる際には必須のバラクラバ(目だし帽)を脱いだ中から現れるのは、豪奢な黒髪を汗に濡らし、つややかな唇を紅に輝かせる絶世の美女だ。

 若い。

 少将という階級は戦時において師団や小艦隊を指揮する立場であり、たとえ高位貴族であろうと、二十代や三十代の若僧や小娘が任じられるような立場ではない。

 が、カノンの若々しく活力に満ちた顔は、どう見ても二十歳程度にしか見えない。

 白い肌と黒髪のコントラストも美しい彼女の瞳はどこまでも黒い。ただし、この色はギアパイロット用のデータ投影デバイスを兼ねたコンタクトレンズを装着しているからで、その証拠に、時として自然にはありえない光の筋が走っている。

 脱いだバラクラバをヘルメットに入れてシートに放り投げると、風を髪に入れるようにふるふると頭を振り、やがて内扉上部のレバーを引いた。

 レバーと足元のステップが同期して下がり、彼女を大地に下ろしていく。

 武骨な耐衝撃スーツのシルエットは、彼女の肢体をわずかでも想像させる余地もなく、ごつごつとしたラインである。宇宙空間用のスーツならともかく、地上用のスーツは特に実用一点張りで優美さはかけらもなく、しかも一人では脱ぎ着もままならない。

 カノンのギアの周囲には一〇数機のギアが同じように行動を停止しており、次々とカノンと同じようなごつごつとした姿のパイロットたちが降り立っていく。

「閣下、機動歩兵部隊の展開が完了しました。輜重部隊もあと一〇分ほどで配置完了します」

 パイロットたちとは別に地上を移動してきた車から、副官の男性士官が下りてきて敬礼をする。

「大儀である」

 少将は短くいうと、首をかしげるようにした。

「レイが先に到着しておるはずじゃが」

「到着されましたが、すぐに塹壕設置の指揮を執ると仰せで、ペンローズ大佐を伴い陣を離れておられます」

「忙しい男じゃな」

 現在の世界標準語の一つであるメディア語、その一方言ともいうべきメディア雅語を用いるカノンの口調は、いかにも高貴で、少々時代がかっている。

「戦況の確認を行おうと思うておったが、あれが居らぬでは話が進まぬな。そなた、手を貸して賜れ、外装だけでも外したい」

 すべてのパイロットがコクピットを下りて真っ先に行いたいと思うことを口にする。

 副官はさすがに苦笑した。

「戦時とはいえ男性士官にそれをさせないでください。しばしお待ちを」

 本人は気にしなくとも、うら若き女性パイロットの着替えを男性士官が介助するというのは、外聞の良いことではない。副官はすぐに開放通信で手近な女性スタッフを呼び寄せる。

「迂遠なことじゃな」

「閣下が気にしなさすぎなのです。ペンローズ大佐ほどではありませんが……」

「あれと比べられるのも心外ぞ」

 直ちに近付いてきた女性軍属が遮光フィールドを展開する。カノンの周辺三メートルほどが瞬時にぼやけ、プライバシーが保護される。野外では必須の装備だが、裸になるわけでもなく、耐衝撃スーツの外装を外す程度のことでこれを使うのは、他のパイロットであればやりすぎだ。

 絶世の美女としてあまりにも衆目を集め過ぎ、かつ出自といい現在の階位といい、余りにも華麗な存在でありすぎるカノンは、一挙手一投足が注目を浴びる。

 外装外し程度のことでも、カノンという女性が行うと一般メディアの餌食になりかねない。実際、遠距離から望遠で抜かれた外装外しの隠し撮り画像が「煽情的」などと一部メディアで報じられ、隠し撮り被害者であるカノンが叩かれるという不条理な事件もあったほどだ。

『あれとは何だ、乙女に向かって』

 と、開放通信に別の声が飛び込んでくる。開放通信、というくらいだから、カノンとその側近が使う周波数を知ってさえいれば、誰でも割り込める。もっとも、カノンと副官の会話は通信に乗っていないので、このツッコミが入ること自体おかしいのだが。

「乙女を自称するとは片腹痛し、出直すがよい」

 とカノンは足の装備を外されながら斬って捨てる。

『部下の繊細な心を傷付けるような言動は控えていただきたいな』

 ノイズが全く混じらない通信の声は若い女性のもので、快闊だが、微妙に二重になって聞こえる気がしたのは、彼女が実はすぐ近くにいるからだろう。肉声が通信とかぶっている。

「卿が繊細などとは寡聞にして知らぬ。どこでもすぐ全裸で着替える痴女なぞ、乙女を称するに値せぬ」

「痴女いうな」

 と、通信を通さず直接の声が聞こえた。

 外装を外したギアパイロット用のスーツの胸をはだけさせ、豊かな谷間を存分に露出させたその女性は、身長も高くモデルのような体形をしているが、その瞳が苛烈に過ぎた。

 オレンジ色という戦場にそぐわないこと甚だしいスーツを堂々と着こなすあたりも相当個性的だが、少将たるカノンへの態度も大概である。

「レイに塹壕掘りに連れ出されたと聞いておったが」

 最後に背中のユニットを外してもらい、身軽になったカノンが向き直ると、大柄なオレンジ色の女性士官はちょうど遮光フィールド内に入ってきた。

「あたしの仕事は終わったよ。レイも戦術面の指摘が欲しいとかいってたけど、あいつの方が詳しいんだからさ、付き合う意味無いんだよ」

「左様さな」

 カノンは彼女の言葉に苦笑を漏らした。いつものことである。

「されど、せねば現場の将校が承服せぬことを考えてのことじゃろう。付き合うてやれ」

「わかってるから行ってきたんだ。今さら、あいつの能力を知らん馬鹿が団内にいるとも思わんけど」

「常に行うことに意義がある」

「暑苦しいね、あんたらの考え方は」

 #狂気の__ルナティック__#オレンジという異名で知られる女性は、そういって顔をしかめた。

 メグ・ペンローズ大佐、フェイレイ・ルース騎士団の副団長の一人であり、今回の遠征でカノン配下の旅団長を務めている。

 出身母国では天才の名も高く、若くして高級士官に上り詰めたものの、あまりに型破りな戦術性と、軍事組織に不向きなほど上司に対する我慢強さを欠いた性格とで悪名を馳せ、今ではこの多国籍騎士団に移籍していた。

 艶めく黒い肌と彫像にしても並外れているだろう美しいボディライン、カノンがいなければ間違いなく戦場の女神として称賛される美貌の持ち主なのだが、豪放磊落過ぎる性格が知れ渡っているため、あまり正面切って褒める人間がいないのも事実である。

「敵の探知ユニットはあらかた掃討した。新型砲の搬入も進んでるから、攻勢前に設置は終わると思うよ」

「新しいギアも来ておると聞いたが」

「あれは使えないよ。まだ初期シェイクダウンすらやってないらしいし」

「なんじゃ、赤子以下か」

「がっかりだよ」

 ギアという機械は巨大かつ複雑で、ユニットやパーツを組み上げたらその都度稼働テストを行う必要がある。全身が組み上がってから、兵装などを装備する前に行うテストのことを「シェイクダウン」というが、その初期すら終わっていないということは、素っ裸どころか骨格のみの状態で動くかどうかのテストすら行っていないということであり、戦場では到底使い物にならない。

「今のギアとは比較にならないくらいカッコいいから、早く供与してほしいんだけどね」

「またそれかえ」

 カノンが苦笑する。

 メグの、騎士団制式の現行ギアの見た目に対する評価が極めて低いことは、少なくとも団内では周知の事実だ。

「テンション下がるんだよ、今のは。ずんぐりむっくりでスタイル悪すぎ」

「武骨で質実剛健、結構な姿であろうに」

「いらないんだよ、そういうの」

 つくづく軍人らしくない大佐である。これで機動戦力を率いさせたら当代随一と内外に名を轟かせているのだから、母国の上司連中にとってはよほど面憎い女だっただろう。いなくなってお互いに清々している、というのは自他ともに認める母国との関係である。

『メグはカノンと合流した?』

 と、通信音声が割り込んでくる。 

 のほほんとした、軍事作戦の最前線にまったくそぐわない、若い男性の声。

「一緒だよ。たった今合流した」

 メグが応える。

 会話は、騎士団所属の将校たちが耳の後ろに埋め込んでいる共通のインプラントで行っている。

 ささやく程度の声でもインプラントが補正するからきちんと聞こえるのだが、カノンと会話をしている途中だからわざわざ声量を変えたりはしない。

『こっちもフィルと合流したよ。そこから動かないでいて、向かうから』

「塹壕はいいの? まだ全然終わって無さそうだったけど」

『座標拾えたからいいよ。直接メグの意見も聞けたしね。あとは下の連中に任せる』

 男の声は決して低くはないのだが、浮ついたような雰囲気もなく、澄んだ印象もなく、特に心に引っかかるような特徴もない、聞いたそばからその特徴を忘れてしまうような、一言で表せば「平凡」としか言いようがない声だった。

「あれらが来ると申さば、立ち話というわけにも行くまい」

 とカノンがいい、副官に簡易テントセットを張るよう命ずる。

 やがて、浮遊式のバイク型の地上車に乗った士官が数名、簡易テントの近くまで走ってきた。

 うち一人は、メグと同じ階級章を付けている。

 背の高い若い男で、胸板も厚く、粉塵対策のフルフェイスマスクを外すと、そこから凛とした顔立ちの美青年が現れた。

 本来大佐クラスの軍人が自分で地上車を走らせることなど無いのだが、騎士団ではよくある光景である。

「エーカー、参上致しました」

 フィル・エーカー大佐は、上官であるカノンに対し、テントの外で踵を合わせて敬礼を施す。

 メグ・ペンローズ大佐と同様、フェイレイ・ルース騎士団の副団長の一人であり、旅団ひとつを指揮する高級将校である。

 上官に対する態度が丁重なのは、当然ながらこちらが正しい。メグがあまりにも無礼で、かつカノンがあまりにもそのメグを平然と受け入れ過ぎなのだ。

「大儀」

 カノンも短く返礼し、テント内に入るよう促す。フィルが敬礼を解き、それに従う。

 小柄とはいいがたいカノンより頭二つさらに大きな偉丈夫で、筋肉に鎧われた体は頑強の一語に尽きるのだが、輪郭が意外に繊細で、顔のパーツ一つ一つが丁寧に作られているから、威圧感は少ない。表情は謹直なのだが、作りが中性的なほど綺麗だからか、威圧というより荘厳という感覚を人に与える。

 その後ろから、対照的なほどにのほほんとした顔の小柄な男が付いてきた。

 いうまでもなく、先ほど交信したばかりの、その前にはメグを塹壕設置につき合わせていた男だ。

「お疲れさま。ずいぶん埃っぽい戦場でうんざりするね」

 といいながらバリバリと頭を掻いている姿は、メグとは別の意味で軍人らしさに欠けている。

 うだつの上がらない中小企業勤めの学卒理系男子、といった風な残念な見た目のこの男、顔も口調ものほほんとして捉えどころがなく、緊張感の欠片も無い。

 レイ、と冒頭カノンが口にしていた男である。

 レイ・ヴァン・ネイエヴェール、階級は中佐待遇軍属、騎士団の中では技術職と支援職を兼ねた職位にあるが、一応正式には、傭兵団としてのフェイレイ・ルース騎士団が属する企業グループの別会社に在籍する民間人だ。

 騎士団が属する企業グループは、持ち株会社を中核として、戦時下の病院保護を目的とする軍事組織でありつつ傭兵団を兼ねる「フェイレイ・ルース記念病院騎士団」、宇宙の各地に病院を展開しつつ戦場において無差別に傷病者を治療することを目的とした野戦病院を運営する「フェイレイ・ルース記念病院」、騎士団や病院に欠かせない物資を供給することを目的とした工業企業グループ「VT社」、それらの物流面を賄うための「VTロジスティクス社」などで構成される。

 レイはVT社に属する技術屋で、三つあるギア開発部の一つを統括する部長であり、騎士団の技術開発本部のフェローであり、持ち株会社の取締役に名を連ねる経営幹部でもある。

 そんな立場にいながら、いちミリグラムも権力や権威を感じられない。

 街なかで歩いていれば、十人いたら十人が目も留めない、という存在感の薄さがある。

 存在感だけなら歴史に残るレベルのカノン、メグ、フィルという面々に囲まれ、これだけ存在感の薄い男が委縮も位負けもせず平然としているのは、むしろ大したものだろう。

「まったくじゃな」

 とレイのセリフに応えるカノンは、マスクで顔を覆っている。実際、埃っぽくて耐え難いのだ。ずぼらなメグも、防塵用の薄いマスクを付けようとしていた。

「風に舞う埃に重金属粒が混じっておるゆえに厄介じゃな」

「大気組成は凄いレベルでテラフォームに成功してるのにねえ」

 メグが嘆息する通り、大気組成はヒトの生息に極めて適したバランスになっており、過去、人類がこの惑星に投じた資金と努力は正当に報われているといっていいのだが、この埃が問題だ。

「もったいない」

 レイが頭を掻いたのを見て伝染したのか、メグもぽりぽりと頭を掻き始める。細かい微粒子が髪の中に入り込み、汗と共に地肌にこびり付いていくような感覚がある。

 メグのセリフを受け、謹直なフィルが続ける。

「地表の湿度が低すぎる上に、砂塵に含まれる重金属量が多いために、食用に適した植物も育てることができません」

 彼のいう通りで、灌漑などで水分を得たとしても、砂塵に含まれる重金属を植物が蓄積してしまうため、人間はそれを食べられないし、家畜が食べればさらに重金属を濃縮してしまうからエサにもできない。

「まあ、それが資源になるから、こういうつまらない戦争が起きてるんだけどね」

 レイが、のほほん、というには少々苦みの入った声を出す。 

 砂塵に含まれる重金属粒子には、希少な鉱石や素材が含まれている。大規模なプラントを設置すれば大きな利益を出すことができ、実際にこれまで大きな利益を惑星にもたらしてきた。

 彼らが戦場にいるのは、その利益の配分などが原因となって起きた戦乱が混迷を極め、傭兵団としての彼らを一つの陣営が雇い入れたからである。

 彼らの給料は、この砂塵の中の重金属粒子が回りまわった結果支払われるわけで、

「うちの資金はこの砂塵から生まれるんだから、悪くいったらバチが当たるよ」

 というレイの言葉は間違っていない。間違ってはいないが、うんざりするといい始めたのはレイである。

 どの口が、とメグやフィルは思ったが、どうせ突っ込んでも「へら」と笑ってやり過ごされるのがわかっている二人は、面倒だから無視することにした。

 カノンは、そもそもこの小柄で冴えないにもほどがある男の軽口を、聞く気もない。

「塹壕の設置計画と状況を地図に反映させよ。ギアの配備計画もじゃ。現状の敵味方勢力の図示は、幕僚団がじきに上げてこよう」

 三次元表示用のモニターデバイスを複数展開しながら、一つをメグに、一つをレイに流す。入力用の仮想キーボードなどのデバイスは、空中に浮かんだ映像であり、指を宙に舞わせながらキーなどに触れてデータを入れていく。

 とっととやれ、とでもいいたげな冷たい流し目を受けた二人は、黙って仕事を始める。

 傭兵団である騎士団内部でも「武断派」のエースと目されているメグだが、力至上の脳筋ではない。出身母国の士官学校も成績優秀できちんと卒業しているし、そもそも根っからの脳筋馬鹿に旅団を任せるほど騎士団は甘い組織ではない。

 ものの数分で種々のデータを反映させると、四人の男女に囲まれたメインの三次元モニターに、半径五〇〇キロメートル内の現況が模式図として表示された。

「中心が我が騎士団、敵味方は標準的に色分けしておる」

 カノンがいう「標準的に色分け」された敵味方は、味方が青、敵が赤である。第三勢力は黒や白だが、今回は一つも表示がない。

「今のところ、衛星軌道上に諸勢力は展開してはおらぬ。いずこも戦時条約は守る気でおるようじゃな」

 地上戦が展開される場合、現代では大気圏外からの攻撃や偵察行動は条約で禁止されている。大量の放射線や大気を致命的に破壊するような爆発物、生物兵器や化学兵器などの大量破壊兵器の禁止と同様、惑星環境を戦禍から守るためのものだ。

 宇宙時代の現代にあって、本来地上戦でちまちまと殺し合いをする方がおかしいようなものなのだが、人が居住可能な惑星というものが人類にとって至上といっても良い価値を持つ以上、それを破壊するような真似をされては他の人類が困る。

 惑星保護に関する戦時条約を無視するような行動を取れば、宇宙交易圏の商業行為から排除されるし、経済制裁を科される可能性が高い。経済が枯渇すれば生きて行けないし、そもそも戦争を続けていくための物資が枯渇し敗北は免れないのだから、たいていの場合、この条約は守られる。

「ゆえに」

 とカノンが続ける。

「適性勢力の配備状況などはかなり推測に偏っておる。開戦から時間が経ち、不確定性は積りに積もっておる」

 大気圏外や高高度からの観測が出来ないとなると、地上や成層圏より低い上空からの観測で敵味方の状況を掴んでいくことになる。

 これは、大気圏外からの観測がある場合とは雲泥の差で、精度が格段に落ちる。

 なにしろ、一時的とはいえ大気を歪め着色されたように見えるフィールドがあちこちに展開され、膨大な電磁波が周囲を暴れまわる妨害行為が戦場周辺を覆うのだ。

 大昔の火薬式の銃では、弾丸が直進しないほどの妨害。

 さらに、光学兵器や物理的な攻撃から防御するためのフィールド各種が何層にもめぐらされれば、まともな索敵など不可能だ。

 あの辺にあの程度の防壁があるから多分このくらいの兵力がいるんじゃないか。

 そんな推測の積み重ねである。

 お互いさまのことで、敵もそんな推測をもとにこちらの戦力配置を読んでいるのだろうが。

「さらに申せば」

 とカノンは続ける。

「我らは所詮外様ゆえに、ずいぶんと軽んじられておる。敵味方問わず情報提供が不完全じゃ」

「まあ、ここに至るまでも途切れ途切れだったしねえ」

 メグは腕を組んだまま皮肉っぽく笑う。

「自分たちが勝ちたいんだったら、自分が雇った兵力くらい満足に動かしゃいいのにさ」

「このまま行けば勝ちそうな情勢下で、戦果を外様に渡しかねないような情報をわざわざ流しもしないだろう」

 フィルはそういう。傭兵団にはありがちなことだから、彼もこんな経験はいくらでも持っている。

 確かに、情勢としては味方優位である。

 これまで小勢力が入り乱れて覇を競っていたこの地域に、次第に大勢力が形成され、ついに二大勢力に収斂された。

 収斂された大勢力は互いに互いを覆滅する機会を狙っており、ついに大遭遇戦が展開されることになった。

 兵力の足りなさを傭兵で埋めるのはこの時代珍しいことではなく、フェイレイ・ルース騎士団もその召請に応じて参戦したのだが、いざ戦いが始まり、自軍有利の状況になってくると、戦果を奪いかねない外様の存在が邪魔になってくる。

 むしろ、必要の無い戦力になりつつある傭兵に、契約通りの金を払うのが馬鹿馬鹿しくなってくる頃合いといえる。

 払うだけ払ってもらわなければ騎士団も食い上げてしまう。次元の低い話だが、下手に戦果を挙げて心証を悪くするより、サポートに徹して契約通りの金額を支払ってもらった方がいい局面になりつつある。

 はずだった。

 レイが、つまらなさそうな顔でぼそりといい出した。

「ところがここに無視できない情報があってねえ」

 そういってレイがメインモニターに情報を表示させる。

 それを見たメグとフィルが、一瞬置いて眉をひそめた。

「これ……」

「待て、これが事実であれば」

「まずい、よねえ」

 気の抜けるような調子のレイの声だが、モニターに表示されている情報を見ているメグとフィルは気にする様子もない。いつものことなのだろう。

 カノンは、冷静だった。

 思わずカノンを見て、その冷静ぶりに少々驚いたメグだったが、すぐにカノンが「先に報告を受けていて当然の立場」であることに気付いた。筆頭副団長として今回の出征の最高責任者を務めているのだから。

「状況を一度洗い直し、対応を組み立て直す必要があろう」

 恐ろしく整った顔に表情らしい表情を浮かべず、カノンは冷たい声でそういった。

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