届けもの~
きっとこれも、運命なんだと考えた。
私でも、まだ涙がこぼれるなんて……。
蚊取り線香の香りが、私の意識を覚醒させた。16時頃、パートの仕事を終えて夕食の食材を購入した後に家に帰るため、帰宅道を歩いていた。
もう今年で50歳になり、足は重く腰もいたい。
それでも、家に夕食を待ってくれている家族がいる。
いま、何をしているだろうか?
息子はまた、ゲームに夢中かな?
娘は、友達と電話でもしてるのかしら?
子供たちが高校生になると、小さかった頃より会話が少なくなってきていた。
さみしいと感じることもあるけれど、食事には全員そろって、ご飯を食べる。
これほどの幸せは、私にはもったいない
それにしても、息が上がり足取りが重い。
こんなにも体力がなくなってしまったのかな?
これもやっぱり歳のせい?
電車が来ましたよ~という警告音とともに、私は踏切の前で立ち止まる。
勢いよく目の前を通過すると、遮断機があがる。
「あら? ねぇお嬢ちゃん!」
ランドセルを背負った女の子が、前を走って行くと、一冊の本を落としていった。咄嗟に声を掛けるが、すでに視界にはいない。
中腰になり、本を手に取ると平仮名で名前が書いてる。
「まりな」
娘と同じ名前が書いてあった。
一生懸命、自分の名前を書いたのだろう、ミミズのような字で書き殴ってある。
可愛らしい。
「ふふ、そういえば昔のまりなもこんな字を書いてたわね」
学校配布されている、一冊の本で、嬉しいことBOOKだった。嬉しかったことや、親御さんへ感謝の気持ちを書いて、プレゼントしましょうねと言う物。娘も同じのをもらっていた。
「学校名も書いてあるし、明日にでも届けてあげようかな」
踏切前で読んでいたら、再度、電車が横切ると、強い風が襲い持っていた本のページをめくる。
【おかあさんへ。うちはおかあさんが作るおみそしゅるが大好きです。
おとうふと、じゃがいもが入っています。お兄ちゃんはまーぼーとうふ
がスキだそうです。からいのにねぇ」
それはノートの持ち主が母親に向けた、気持ちが書かれてあった。読むのは悪いと思っていたが、最初の文に息が止まる。
「どうして……」
娘が私にプレゼントしてくれた、嬉しいことBOOKの内容と一緒だった。
私は立ち止まったまま、ページをめくり読み進めていた。
旅行に温泉へ行った話。
誕生日パーティーをした話。
お祭りに行った話。
全部娘と経験した……昔の思いでは書かれてあった。その後も読み進めていると、赤いボールペンで綺麗に書かれているメッセージがあった。
【お母さん。いつもおいしいご飯を作ってくれてありがとう。
本当は感謝しているのに、恥ずかしくて伝えられなかった。
ごめんなさい……】
【母さん、俺の事を思って言ってくれていたのに、ごめんなさい。
でもさ、俺大学合格したんだぜ! 母さんと同じ大学なんだ
褒めてくれるよな】
【みさと、よく頑張ったな。俺はおまえと出会えて
幸せだ。心から愛している】
本のページにじわぁ~と、水滴が広がる。
ポタ…ポタ…と涙がこぼれ落ちていた。息が苦しく、泣きながら崩れ落ちる。
どうして? どうして涙がでるのだろう?
どうしてこんなに悲しくなるのだろう?
泣いていると、視界に誰かの靴が見える。
ゆっくり見上げると……
私の家族がいた。
何も喋ることなく、スーツ姿の家族が泣いていた。
急激に頭痛が襲い、視界がゆがむ。
「あ……あぁ…あぁあぁ」
「嫌だ! まだ行きたくない! 生きていたい」
「まだ、子供達にご飯を作ってあげないといけないの! お父さんと夜にお酒を一緒に飲んで過ごすの……」
「どうして……」
それは、一冊の本と家族が送り届けてくれた
お供え物だった。