幼馴染と受験と野球ーしっぽの生えた数字の話
* 霜月透子さま、鈴木りんさま主催の企画「ひだまり童話館・にょろにょろな話」の参加作品です
「航大はどの数字がにょろっとしてると思う?」
幼馴染の愛華がまたわけのわからないことを聞いた。
放課後ぼくは野球の練習に行き、愛華は塾へ行く。私立のお嬢さん中学お受験だってさ。
同じ中学行きたくないのか、ちょっと気に入らない。
学校から直接のほうが運動公園のグラウンドに早く着けるけど、「荷物多くて面倒くさい」って言い訳して、愛華を家まで送る。お隣同士だからな。
愛華は6年生になって急に女子っぽくなった。背もぼくより高い。
母さんが「物騒な世の中ね」ってよく言うから、一応付き添うことにしている。
愛華には内緒だぞ?
塾の送り迎えはおばさんが車でしてるっていうし。
「にょろっとしてんのはおまえの髪だろ?」
ランドセルの横に垂れてる長いおさげを、つんと引っ張る。
休みの日のツインテールのほうがかわいいけど、さわれない。
学校用の三つ編みなら、たまにさわっても愛華は怒らない。
「髪じゃなくて数字の話。0から9まででどれがにょろって感じ?」
そんなこと聞いてどうすんだ?
愛華もわけわからん女の一種になってしまった。
でも何でもいいから話してたいとも思うんだよな。
「3がにょろっとかもな」
いい加減に答えると愛華は、
「え〜、3はぽよんだよ、スライムみたいに」とつぶやいた。
「じゃ、8か?」
「8はポンキュッポンなんだって」
なんじゃそりゃ。
「お父さんが言ったの。しっぽがないとにょろにょろにはなれないって」
「数字にしっぽなんかあるか?」
ちょっとなっとく。愛華のおじさんはこういうクイズを出すの好きなんだ。
「あ、6か? おたまじゃくしみたいな形だろ?」
「あれはしっぽじゃなくて頭の上」
「じゃ、9はどうだ?」
「うん、私も悩んでるんだ、9って手で書くとき線が真っ直ぐで、旗が立ってるみたいじゃん? にょろっとは違うかなって……」
父親の出したクイズに真面目に悩む愛華も愛華だよな。
「で、おじさんは何だって?」
「明日の夜まで内緒だって」
「9でないとしたら2かな。2ならしっぽをにょろにょろって続けられるよね?」
「ま、長く書きたかったら書けばいいし?」
答えが「2」で落ち着いたところで家の前に着いた。愛華は「野球頑張れー!」と言って家に入った。
よし。ぼくは玄関先に置いてあるスポーツバッグとランドセルを交換し、来た道を戻る。
野球の日はたいてい、夕食の後に宿題をするハメになる。居間のテーブルで算数をしていたら、父さんが帰ってきた。
そういうときに限って、スラスラと解けないんだよな。
半径2センチの円の円周と面積を求めなさい、だってさ。
あーあ、父さんがまたちょっかいかけてきそう。
円周って直径かけ3.14だよな? 円の面積は今日習ったばっかのほやほや、半径かける半径かける3.14.
自分でノートに書いてみて固まった。ヘンだ。
2かけ2かけ3.14.おんなじじゃん。
円周ってりんかくだろ? 面積は中身。
丸いホールケーキで言ったら、外周りの生クリームちょびっととケーキ全体の違いじゃね?
食べれる量が全然違う!
「航大、何怖い顔してんだ、それ両方あってるよ?」
父さんは向かいでちょっと遅れた夕食を食べながら、ぼくのほうをにやにや見てた。
「でも、なんでおんなじ?」
「同じじゃないよ。同じなのは見ためだけ」
見ためってパッと見だけってことだよな。
でもまだよくわからない。
「それどっちが面積でどっちが円周?」
テーブルの向こうからじゃ見えないらしい。
「最初にやったのが円周。次が面積」
「答えは?」
「両方12.56」
父さんにおかわりのご飯を持ってきた母さんが口を挟んだ。
「単位は?」
たんい?
「同じおかわりでもビールのおかわりとご飯のおかわりは違うでしょ? 父さんはビールのおかわりのほうが好き」
「円周の12.56と面積の12.56は違うの?」
父さんが笑った。
「センチメートルと平方センチメートルはとっても違うんだよ。ビールとご飯より別物だ」
「ふう~ん」
「ちゃんと答えに㎝と㎠を書かなきゃ、ペケになるよ」
ぼくはもやっとしたまま、単位を書き足した。
母さんがぼくたちの横に座った。
「半径が2だったから偶然同じ数字になっただけよ」
「ぐうぜん?」
「そ、たまたま」
「ふう~ん」
愛華だったら頭いいし、塾でいろいろ習ってるからすぐわかるのかな?
そう思ったらちょっと淋しくなった。
でもそこで2の話を思い出した。
「ねぇ、数字の2ってにょろっとしてる?」
「2?」
「にょろっと?」
父さんも母さんも目を丸くした。ぼくは急いで付け足す。
「愛華がにょろっとした数字はどれかって聞いたんだ。で、2ならしっぽをにょろにょろできるかなって」
「しっぽ?」
「うん、しっぽがある数字」
「それって……」と母さんの目は煌めいたけど、父さんは、
「たーにーざーきぃー……」
と愛華の名字を唱えて、テーブルにごつんと額をぶつけた。
「中学受験も大変ね」
「いや、完全にアイツの趣味だ」
大人ふたりがわかんない話をしてる。
「愛華ちゃんに教えてやれ、この世で一番にょろにょろした数字」
「どれ? そんなのがあるの?」
「航大はどこまで憶えれるかな?」
父さんはそう言うと母さんに「せ~の」と言って声を合わせた。
「「3.14159265358979323846264338~」」
「谷崎さんだったらもっと行くんでしょうねぇ」
「数学脳だからなぁ」
ぼくはだまされたと思ってぶすっとした。
「数字をいっぱい言っただけじゃん」
「違うよ航大、これが円周率っていう数だ」
「3.14ってそれだけじゃないって習わなかった?」
ぼくは両親の顔を交互に眺めた。
「あ、習った、近い数字だって先生言ってた」
「円周率は永遠に続くの。しっぽは無限に長いのよ」
あ、これが愛華の知りたがってたにょろにょろした数字?
「口で言ってみたらわかる。おんなじ数字がしょっちゅうでてきて、くねくね、にょろにょろして感じる」
父さんがぼくの算数のノートのすみに、さらさらと数を書き込んでいく。
「3.141592 3と1足したら4、4と1足したら5、4と5で9,なんか不思議なんだ。でもにょろにょろしてくるのはこの後。読んでみて」
父さん、急に生き生きしちゃって、大学でりけいの勉強したって言ってたっけ、得意なのかな。
「6535 8979 3238 4626 ……」
「ね、同じ数字が交互に出てくるんだ。そのたびににょろ、にょろってしてるように感じない?」
「よくわかんない……」
「わかんないかー」
父さんはがっかりした様子でもなく、ゆっくりと立ち上がると、オーケストラの指揮者か盆踊りのように両手をくねくね動かした。
口はもちろん数字を唱えている。ノートに書いてくれたよりもっともっと長く唱え続けた。
06286208って出てきて「あっ!」と思った。
確かに、なんかにょろっとしてる!
父さんが一息ついたときに聞いてみた。
「ずうっと続くの?」
「続くよ。これ以上は憶えてないけどね」
父さんが椅子に座り直すと母さんが、
「愛華ちゃんのご両親も私たちも、同じ大学で算数いっぱい勉強したのよ」
と笑った。
愛華んちと仲良しなのは、そんな昔かららしい。
「この数字愛華が憶えておじさんに言ったら驚いてくれるかな?」
「「もちろん!」」
ぼくはその夜4626まで憶えて、朝復習して学校行く途中に愛華に教えた。
「うっそー、何それ、面白そう!」
愛華は気に入ってくれたみたいで、歩くリズムに合わせてふたりで唱えた。
下校時にはノートを開いて見て、父さんが書いてくれた50ケタまで挑戦した。
ふたりで歩きながら、憶えながら、違う中学になっても愛華が円周率を忘れないでいてくれたらいいなと思った。
夕方はまた野球の日で、プレー中にも愛華がおじさんを驚かすところを想像した。
ぼくの守備位置はショートだから、ノックの時間はゴロがどんどん飛んでくる。
さーんてんいちよんいちごーきゅーにーろくごーさんごー
打球も円周率に合わせてバウンドしてくるように見えた。
50ケタに届く前にぼくのグローブに入って、ファースト送球、アウトォー!、だけどね。
ー了ー
「ひだまり童話館・つんつんな話」参加作「うちにある、なぜかペアの書道の小筆」 https://ncode.syosetu.com/n6328gp/ と同じキャラです。
もしよろしければお覗きください。700文字で主人公ふたりの人生の歩みを書いています。