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第一話 語主のメリ

供え物の国、常世(とこよ)。神の国とも呼ばれている。現世(うつしよ)とは異なる時空で存在し、常世専用の法律で成り立っている。人には決して理解の出来ない現象は、常世では日常茶飯事である。その現象の一つとは、現在メリの目の前で起きている転制(てんせい)と言う、常世に着いたばかりの供え物ならば誰しもが本能的に行う変態の類。供え物は何物であれど、常世に辿り着くと意思が宿し、自己出張として自由自在に姿を変えてしまう。好みの容姿を見つけた後、それを保つ事に集中して修行に励んでから、転制が完成する。


メリが懐かしく想う世の彼方と呼ばれている乾いた山岳のような地形には、ヴァニマに捧げられる全ての供え物が辿り着いてくる事が特徴で今、その一個として綺麗な黒茶碗が供えられていた。メリがこの茶碗を山道にそぐわない石祠の隣で見つけた時にはもう、転制の途中であったからこそ、暫く声も掛けずに観察したくなったのだ。茶碗はどうやら元からあった黒い色に拘っていて、白亜の肌を中心に生き物の変身を成したいらしい。それに勘付いて、メリは言う。


「鳥はどう?空を駆けるだけあって、凛々しいよ」


注連縄で巻かれている大岩の後ろから、軽やかにも姿を表すメリ。挨拶として一応手を振るが、不自然な位置からいきなり来た所はやはり誤魔化せない。仕事がてらに茶碗と話す予定が、ただの観察によって少し狂わされてしまった事に、本人は気づいていない。


黒い茶碗は二つの金色の点を目のように動かせてメリを見て、一歩滑って引き下がる。口は創造していないのか、急いで緩い液体から唇みたいな形を体の真ん中に創って、メリにこう問う。


「人間、なの?」


「人間だが、供え物でもあるんだ。語主(かたりぬし)を努めてるの。」


メリの身長は165センチもあって、膝くらいまで届く茶碗より高かった為、わざわざ屈んで茶碗の小さい目の視界に入るように配慮をする。数年前の幼い見た目と大きさと違って、今は十六歳程度に見えて常世には珍しい、何の変哲のない、ただの人間の姿をしていた。太陽に近しい髪の色に、澄んだ翡翠のような瞳で現世なら人気を少しでも集めていた美貌であったが。肌も白すぎず、健康に見えるだけあって、メリは返って泡沫かつ幻想的な常世の風景には馴染みのない雰囲気を漂わせた。


「…とは申しても、理解してもらえないでしょうけど。最近捧げられた物よね?」


今でも崩れ落ちそうな口は遅く動いて、茶碗の心の声に追いつけない様子。口が開いては閉じた後に、茶碗は答える。


「箱の中にいたから、見えなかったけど、箱はそう言った」


「『箱』って名前だったの?去った時も、そんな呼び方?」


「いや…姿が変わった後は、名前はキヨウシって…言ってたような」


「ならば、そう呼ばないと失礼よ」と茶碗の心地ない口パクの終わりを待たずに言い返すメリ。


「貴方も何れ(しん)の姿を纏って、その証に名を残す身。皆の転制にもそれ相応の敬意を示さないと」


声質も真剣で、茶碗はつい、動揺の余りに聞き入りてしまう。


「転制…これがそう?」


「いかにも。供え物は皆、現世の体を捨て、己が魂に合った変化を研ぐの」


メリは笑顔を取り戻して、どことなく自分の事を語っているかのように誇らしげに説明を続く。


「要するに、自分らしくなるのよ。常世に捧げられた物は自分らしくなって、常世に役立つの」


「役立つ?」


「私達はいるだけで世界を彩る、重要な生き物。常世は浄めた精神の力で成り立っているから、住民が少ないとより曖昧になって、徐々に消えていくの。それで、神は供え物を要求するんだ。常世そのものを保つ為にね。貴方の転制が完成したら、常世に物を創って置いていたり、常世の景色を記憶する事で地形に無意識的に霊力を捧げたり、等が出来るようになるよ!」


「そ、そういう事?捧げられるのは…だって、僕は茶碗だし、捧げられるならてっきり神に使われる為だと…」


茶碗は元の形を意識して、メリに答える途中で体の液体は口の部分意外に固まって、蕾がある木の枝の模様を肌に黄色く描いている。目を真似ていた点はもはや見当たらないのである。


「神なんて幾らでも魂のない物を創れるよ。現世の茶碗は要らない。だが、茶碗が宿してる魂は、常世には創れない。万物は精神に基づいているんだ。して、この地面も既に誰かの魂を表している物だから、他の者には成り得ない。そういう道理よ、ここは」


「分からない。僕に、そんなこと…」


「難しいよね。だが、その為に私がいるの。語主は供え物を導くよう、神に仕えているんだ。私がいれば貴方もすぐに常世に慣れるよ!」


「君が神の使いって事?」


「えへへ、よくぞ分かってくれた!」


メリは照れ隠しの代わりに立って背伸びして、茶碗をまっすぐ見ようともしない。


「だが供え物は多く送り込まれるから、直々頼まれて貴方の案内をしている訳ではなく、供え物を見つけ次第案内をしているんだ。大抵の供え物は別にヴァニマ様に会わなくて良いのよ」


「そう?捧げられたのに?」


「いるだけでヴァニマ様に影響を及んでいるの。私達の魂が世界を彩るー、というのも、神が供え物の霊魂の力、通称霊力を引き出して統べている領域を保つからそうなる訳で。私達だけでは、こんな壮大な景色は創り難いよ。皆合わせての世界平和と言っても過言ではないね!」


そう叫んで、盛大に腕を空へと掲げるメリであったが、微笑みが前より優しく、目線も茶碗に一直線である。


「供え物一個一個が大事ではなく、皆揃っている事が、何よりこの常世の安定に繋がるんだ。凄いでしょう?」


「やっぱり分からない…」


「まあ、まあ。誰も最初はそんな調子よ。実際に体験しないと理解出来ない事だしね」


「そう…」


次第に茶碗の肌が枯れて、複雑な想いの影響で砂の粒のような物が零れ落ち始める。姿が安定していない事を踏んで、メリは付け加えるかのように言う。


「あ、後。貴方、別に口を創らなくともこのまま話せるよ?常世にそんな常識は通用しないんだ」


「へ?でも、は、いやキヨウシはそうしてたし…」


「口で話すかどうかは好みの問題。転制を遂げたらそれも分かるようになる。魂は自由!とね。だから鳥になっても、誰とも話せるんだ」


「鳥にはならないよ」


メリの情報を確かめようと、茶碗はあえて唇の形を成そうとした部分を自分の中に沈むように消して。取り込んでから、表を白く塗って雲を描写しようとする。その間にガクッと肩を落とすメリ。


「ぐ、鳥は気に召さぬか…」


「飛ぶって事に興味がないんだ。重みのない行動はちょっと、ね。僕に合わないって言うか…」


絵の具に近しい体を取り戻したら何かと揺れて、メリはどこを注目さればいいか迷うと視線を雲の絵へと寄せる。


「じゃあ、重みのある生き物が良いか。重みのある生き物、とは言うってもな…象とかはどう?」


「象?」


「こんなデカい動物」


メリは両目を閉じてから、深呼吸をする。そして、瞼が開いた時は、翡翠色の目は薄らと金色の輝きを発していた。この現象の影響で、メリは周囲が見えなくなっていたが、代わりにヴァニマの領域にある全ての象が一瞬にして頭に過った。その中からメリは気になる映像として海へと向かう象を見たが、茶碗との会話を今優先すべく他の象の様子に集中する。そうして、発している光りからは、微かな残像が茶碗の目の前に繰り広げられて、森でひたすら歩いて生活している像の姿をした者を描いていた。実際にどこかで存在しているが如くに。


残像を見てまた一歩引いた茶碗は、黒い液体をより小さくして、さも圧倒されたように震える。メリがそれに気付くのは、瞬きをした後。即ち、目から金色の灯りが消えた後であった。視界が元に戻って、メリは茶碗の反応に対して苦笑いをする。


「これも無理か」


茶碗にあった雲の絵は裂かれて、まるで雪となる。体温も下がっているのかと問いたくなる光景だが、周りはまだ春を表す蕾があった。


「あ、あれは何?何をしたの?」


「えーこれはね。私の力じゃなくって、ヴァニマ様の力。ここ、ヴァニマ様が統べる常世のサムガラで象の姿をした住民をそのまま写したの」


「神の力をそんな事に使っていいの?!」


茶碗の驚きと裏腹に、メリは純粋に首を傾げる。


「むしろ仕事に活用しているから、叱られないんじゃ…?」


「叱られるんだ、君…」


「『君』じゃなくてメリよ!名をメリと言います!分かっておいでですか?!」


初めてキレた様子のメリであったが、その怒りすら軽く、まるで拗ねているようにしか、茶碗には見えなかった。常世に詳しい者がそう感じさせてくれる事に、流石に呆れて溜め息を吐く。


「はあ…」


「私は固い性格じゃないから気軽に話せるが、他の祀主(まつりぬし)は礼儀と言うものを重んじるから気を付けよ、茶碗君。あ、そういえば、祀主とか知らないのね」


独り言のようにメリは呟きにしては大きく言い放って、数秒にも満たない間茶碗を見つめながら考え込んで。切り替えたようにメリの姿勢は、明るさを隠せなくても急に大人しくなって、熟れた感じでメリはキリッと微笑んだ。


「祀主とは詰まり、常世の神が一番効率良く常世の安定に重視出来て、多くの者に祀られるように働いている、言わば偉い住民よ。転制するだけで霊力を提供しているから常世の皆は既に神を祀っているような感じだが、祀主は直接神の下で動いて神が過ごしやすい環境を保てているから、祀りの長にして祀主。祀主は専門としている仕事を参考に七つの職業に分けているんだ。ヴァニマ様の意志を現世に紡ぐ、渡主(わたりぬし)。わざわざヴァニマ様が赴くまでもない用件を担当して現世に代理として来るんだ。ヴァニマ様を宣伝している事が多い職業ね。人間とも良く関わってるから、個人的にちょっと憧れてる地位でもあったりする。で、供え物が常世に辿り着く時点で案内を担当する語主(かたりぬし)。その名の通り、常世について語りまくる仕事よ。ヴァニマ様が住まう海淵宮(かいえんぐう)まで連れてくる者も語主だし、いろいろ連れて回る意味も含めて案内を全般にしているんだ。その次に皆がサムガラの掟を守っているかどうか見回る領主(りょうぬし)。ヴァニマ様は本気を出したら何でもお見通しだが、色々忙しくしておられるからその負担を減らす為には重要な職業の一つよ。後正直に申すと辛い。領主に会ったら優しくしてあげて。それに辛いと言えば浄主(きよめぬし)。あれはね──」


「や、やめて」


水溜まりと化した茶碗は、声でさえ遠く聞こえてメリの話を遮った。


「全然覚えきれないよ、実感が沸かないし…」


前から情報量が多すぎた事を承知していたのか、余り驚かずに茶碗の困っている姿を寧ろ可愛く思っているメリ。無意識にも説明の一部が茶碗に理解されたと信じているからこそ落ち着いた眼差しで自分がとるべき行動を考えている。海に向かっていた象の事をすぐに思い出して、それが定まった。


「ふふふ、それもそうね。ならば、お暇して独りで考える時間を与えようか、転制中だし。世の彼方にも領主が見回っているから、ここに残っても危険な事態は起きないと思うよ」


そう言って、メリは素早く立ち上がっては振り向かずに後ろを歩き始める。


「私は重みのある動物をもっと考えてから来る予定だから、また今度ね。他の語主にはメリがもう預かってるって言っといて!」


手を振るメリを見て、茶碗はキョトンとした様子で、彼女が早口で言った言葉を数秒経った後にしか分からず、反応が遅くなる。その影響で、茶碗が別れに応えた時は、メリはもう振り向いて走り出していた。


「気が、向いたらね…」


茶碗の溜め息は、去っていくメリには届かなかった。


世の彼方は基本的に崖で境界線が定められていて、入り口も出口も飛ばなくては永久に落ちていくハメになる、まるで島のようでないような土地。崖の先が彼方の縁と呼ばれるだけあって、底が知れない所である。だが、そうなっているが故に、落下した住民に救いようがあり、待っていれば必ずしも渡れるようになる。その為にも、世の彼方の領主は特別に彼方の縁に落ちている者の救出を任されている。それらの要点を踏まえた上で、彼方の縁に対しての危機感が少なく、常世の住民からはただの不便な穴としか思われていない。


メリもその住民の一人にして、最も彼方の縁に落ちている語主である。世の彼方の帰り道を走った先に当然ながら崖が待ち構えて、向こう側と現在位置の隙間が広いため、飛べなければ通れない仕様である。だが、メリは躊躇なく、足を止める事なく崖を越えていく。越えて、又。崖から落ちていく訳である。そして、自分がいる事を領主に伝えるかのように悲鳴をあげてから、空中でまったり横になって、只々落下している様子を伺うばかり。


「ここからの空は相変わらずの桃色だなあ。どうして彼方の縁だと空が違うだろう」とひたすら呑気な姿勢で考えて背伸びをする。


そして、思い出してしまうのだ。


「初めて落ちた時は、怖くて。景色を見る場合じゃなかったな。ナミナが来てくれなかったら、そもそもこんな色だった事には…」


気付かなかったのだろう、と。考えては、初めて出会った常世の住民の姿を思い描いて、微笑んだのである。大きい雀の救世主、ナミナは、羽を空の色に変えれた者。桃色の羽を帯びて、まだ幼い、歩き辛いドレス姿のメリへと駆けて、助けてくれた。そして、案内もしてくれた今は亡き語主である。メリは縁に落ちると、どうしても思い返してしまうが、不思議と悲しい想いになれず穏やかな記憶に浸るのであった。


「おい」


上から声がしたら、反射的にその方向を見るメリ。今までは、横を見ても空しか視界に入らないから、空も見える上を見上げる必要性を感じずにただあの声を待っていた。言わずもがな、ナニナに似つかない低い声色で、期待して待っていた領主である。余裕な笑みを浮かべて、メリは愉快に叫ぶ。


「セガタ!来ると信じてたよ!助けて!」


セガタと呼ばれた者は、銀色の蛇の姿をして、黒い羽毛のない翼でメリの位置に近付く。赤い目を細めているとなると、セガタが不機嫌に見えるとメリは悟った。


「『助けて、』じゃねえよ。語主がなんで転制出来やしないくせに偉い面構えで供え物を急かしてんだ。お前すら変身してねえから飛べねえんだろうが。ヴァニマ様の恥曝しめ」


「曝してません、バレてませーん!人間のままで良いと思うのがどこがいけないの?」


「なら人間に転制しろって話だ。必要な時に飛べる人間にな。そんな調子だからこそ、ヴァニマ様はお前を渡主にしてないぜ?自覚あるってんならさっさと直して俺の助けなしで崖を越えていろ!」


「そんな事言われても今は転制しないよ。分かる?」


転制をしないと断言した意味を理解しているつもりでメリの口調も厳しく、冷たい。常世の住民の代表ともあろう者が姿を変わらない未練を持った()()である事は他の祀主は知っているとして、他の住民には全体的に伏せているのだ。もし、メリがそうしない影響で供え物が転制しなかったら、常世の安定が崩れるかもしれないからである。故に、そもそも転制を否定している者が亡霊である事は、祀主とヴァニマしか知らないし、罪として認識されていない。転制しない事がただ、恥ずべき状態として見られているのだ。


「分かる訳がねえ。供え物の人間でも成長したらすぐ転制しっちまうしな。誰も、人間の姿を諦めろとか言ってねえからな?躊躇う意味がねえんだよ」とセガタは淡々と、メリの覚悟に押し負けていない態度で言う。


「あるって。だって、私─」


「はいはい覚えてるって。乙女だかラブロマンスだか訳分かんない理由だろう?そんなもん、自由にしてりゃ出来る筈だぜ?」


「だが、それってもはや人間なの?人間の限界を越えてるじゃないか、転制など」


「人間じゃないから常世にいるだろう」


セガタは一瞬、メリから目を逸らす。強きだった筈が、何かを思い出したかのように声も小さくなって、表情も捉え所がない。


「何回言えばお前の気が済むかよ。いい加減にしろ。もう三十年くらい経ってるんだ」


流石に反論が応えたのか、メリは数秒の沈黙を保て、あえて控えめに言う。


「…助けてくれたら気が済むよ」


「減らず口がよ…ヴァニマ様にはこんな事言わねえよな?」


「無論だ。いくら転制を拒んでいるとはいえ、私を心配してくださるヴァニマ様に失礼な真似は出来ないじゃないか」


「なら、いい。でも、供え物を失望させるなよ?お前だって、転制の重要さ、知ってるんだろう?」


セガタの尻尾の部分が次第に伸びて、メリの腰に絡まれてからセガタは世の彼方の向こう側へと飛ぶ。連れて来られたメリも、申し訳なくして苦笑いをしている。


「お前は明るいなりが取り柄だ。愛想のいい奴の話なんざ、耳を傾けたくなるからな。いい仕事すんだからヴァニマ様に認められたのに、こんなとこで落下してたら勿体ないぜ」


「お褒めいただきありがとうございますー、優しいですねー」


皮肉気味に言うメリは、セガタの下で揺れて空を蹴って見せる。


「ってまあ、十年分の説教受けたら、聞く耳持たねえだろうがさ。そのロマンスなんたらかんたらが大事なら、早くやれって。そこら中の雄取っ捕まえてりゃ終了だろう?」


「そんな下品な言い方をする輩には私の乙女心が分かりませーん。誰でも良い、と思っていたらまずロマンがないじゃないか。皆変な見た目だから美形が見つからなくて話が進まないのよ」


「美形ってそもそも何だよ、もう分かってんのか」


「えーっと正直言って分からないよね、それが」


「まだかよ。人間の見た目をした奴でいいだろう、そこは」


「いやーだってまだ分からないよ?完全に人間じゃなくとも、愛せる者がいたならば、それも人間の性と言えよう」


涼しくも聞こえる音色で名台詞のような言葉を発して、メリは上を見上げる。期待を目の輝きに宿して、前に貫こうとした優雅さを忘れて明るく言い足す。


「じゃない?」


「俺に聞くなって」


無気力なまでの答えに、セガタはその時、メリを睨みついた。


「いや貴方ももしかて変身したら好みなのではと思って」とメリは早口で返して。


「落とそう、こんな奴」


本気ではないと分かっても、低い声と少し外されている尻尾にメリはまた早口で心にもない罪悪感を演じて請う。


「はい冗談でしたごめんなさい許して〜」


「気色悪い冗談かましてないで仕事しろってんだ」


そう言って、向こう側へと到着した際に、セガタはすぐにメリを離して、落ちる様を白い目で眺める。


「もう二度と崖から落ちんなよ。飛べるようになるまで助けてやらないからな!」


硬く枯れた地面に落ちたせいで少し痛そうに膝を抱えているメリは、セガタに弱く睨み付き言い返す。


「飛べるようになったら寧ろ助けが要らなくなるじゃないか」


「それでいいんだよ!」


「もう、そういう事なら次はユラギリに助けてもらおうか」


「領主を困らせるんじゃねえよ」


「いや、ごめんね、本当。心配しているのは分かってるけどね。だが、どうしても、何になれば良いか…」


「分かんねえか」


メリ同様の切ない声でセガタは彼女の言いかけた事を言い当てる。空気が重く感じたものの、メリはいつものように話を逸らす事なく、セガタと目線を合わせて語り続ける。


「逆に、自分じゃなくなる気がして。『私ってそもそも何者だろう、』など考えてしまう。なぜなら実際、生きた事がないの。自分自身として生きた事がないと言うのは、虚しくて。せめて、人生を全うしてから常世の住民でありたいよ」


「相変わらず馬鹿げた話だな。ヴァニマ様の配下だから見逃されてるとして、サムガラの外だと誰も分かんない思考回路だぞ、それ」


「…そうね」


「あれあれ?」


メリとセガタは、聞き覚えのある声の方向に向いて、左側を見て。話し掛けた者の正体を一瞬で分かってしまい、両方共の表情は和む。同じく柔らかい笑顔で近付いて来る者は、性別が解らない顔立ちと声をした、180センチ位の人の姿をしている知人。長い髪がマフラー見たいに首に巻かれては膝まで届いて、着物の帯にも巻かれて繋げている、細かく縛った獣の尻尾のような形である。手足からも白い毛が生えて、四本の指しかない両手と両足を隠しているが、鋭い爪は、着物の色に合った赤い光で薄く煌めいて目立つばかり。右目は髪が掛かっていて見えないが、相方の目が済んだ灰色で眼差しも普段は今のように優しいのである。片方しか見えない右耳は、犬の耳に近い見た目に拘らず、肌の所々に枝が生えた跡があって、両足に菊らしい木の枝が蕾を抱えていた。


「メリさんにセガタさん。さてはまた救出されましたね」


「キリュウさん、お疲れ様です!」


「お疲れ様。また説教ですね?」


「はい、それはもう毎回こんな調子で、本当申し訳ありませんよ〜」


威勢のいい、明るい声でこう言って、セガタの細い体の後ろを叩こうとする。


そして、一回目からそれを避けてもっと上に浮くセガタは、「お前がな」とだけキツく言い残す。


「私が、ですよ?決してセガタの事ではありませんので」


「ふふっ、まだ仲が良いようで何よりです」


「まあ、こんなに付き合い長かったらな」


「嫌味の一つや二つ、どうって事ありません!それより、ご用件をお訊きしても?」


「用件と言う程の事はありませんが、そろそろ現世には顔を出した方が良いかとセラフ様からのご相談を受けましてですね」


キリュウはまるで抑えきれないかのように欠伸をしてから続いて言う。


「まあ、情報収集の一環ですよ」


「久々に渡るな。ユラギリが心配してたぞ」と思い出した途端に真剣に言うセガタ。


「それは面目ありませんね。実は昼寝が長引いてしまいまして…」


「は?」


「現世の情報を仕入れた際には必ず私にも伝えておいてくださいね!」とセガタの呆然とした心情に気付かずメリはこの一言を会話に挟む。


「期待に応えるよう、精進いたしますよ。では!」


キリュウは会釈をしてから、満身の笑みで空中を歩いていく。彼方の縁を越える姿もどこかさわやかで、メリはついつい見惚れてしまう。


「ったく」


返ってセガタはキリュウの背中を睨んでからメリの方へと向く。


「新米主のくせして昼寝で仕事してないとかお前以下の出来だぜ。セラフ様がビシッと言ってくださらなきゃどうなってたことか」


「素敵よねー」


「話聞いてないだろ」


「うん?」


やっとセガタを見るメリ。キョトンとして、瞬きを繰り返して困惑気味に笑う。


「ってか、後輩に畏まるな。他の奴のペースに流されすぎんだよ」


「後輩にして渡主になったよ。尊敬に値するに決まってるじゃないか」


「お前の事だからよ。絶対奴があんな喋り方だから真似てるだけだろう」


頬を指一本で擦って、まるで照れているような仕草でメリは呟く。


「少しは癖になるのかもしれぬな」


セガタはそんなメリを暫く眺めるが、メリは目を合わせてはくれない模様。何かに気を取られるかとセガタは見なし、沈黙を裂く勢いで言う。


「キリュウもなんだか人間っぽい姿してるし、もうそれでいいんじゃね?」


「どういうこと?」


「ラブロマンスの件」


「えっ?」


メリは身動きも取れずに。カクッとセガタに向いて目を見開く。


「良いのか、はたして。よ、良いのか?!」


そして、後ろに跳んでまでショックの余りにメリは震える拳で改めて訊く。


男子(おのこ)かすら不明な相手に?!」


「男じゃなきゃダメかよ」


「だ、ダメか知らぬ…」


人差し指を噛んでまで思考に徹しているメリ。


「うーん、どうしてか、難しい事を訊かれた気がする。新たな道が開かれたような…」


「好みの問題じゃね?どう考えたって」


「だがそもそも私の好みとは?人間は男女で結婚するからてっきり男子との恋愛をしなければならぬと思ったが…」


「現世の様子は知らないけどな。社会と個人の違いを一緒にしたらダメだぞ?そういう事を受け付けない人間なんて一人いてもおかしくない訳だ。改めて言うと、知らないがな」


「参考になってないよ、そんな回答」


「好きにしろって事だよ。俺はまだ巡回あるからよ、今は付いて行けないが他の祀主に迷惑掛けるなよ?」


「掛けぬって」


「ヴァニマ様口調になってんぞ」


「い、言うなー。もう行くよ!」


「またな」と無愛想に言ったセガタは翼を以ってしてその場から速やかに去る。


メリは見向きもせずに彼方の縁から遠のいて、セガタとの会話を想いながら笑顔すら保てない困惑状態に陥た。自分の転制についてはもう決断を出していたから気にも止めていなかったが、初めて問われた事にはまだ答えずに悩むばかりである。自分ははたして、異性だけでなく同性とも恋愛が可能なのか。女として認識した者にそういった眼差しを向けた事がなかった故に、どんな結論も腑に落ちない気分であった。


ボーとした様子を気に掛けていたか、道の遠くから、青年に見えた住民に声を掛けられた。


「おーい!」


「うん?!」


全然周りに気を配っていなかったメリはつい、驚きで飛び跳ねては前を見直した後に小さい溜め息を吐いた。


「あ、男子か…」


メリに近付いて、さも疑いを消せないかのように瞬きする男はほぼ人間の姿である、浄主。


「何、その反応?」


気さくで元気に満ちた口調と裏腹に、どこか警戒心強く周囲を見渡している姿勢に加えて、腰にある刀。その黄色い目も梟の如くに見開けれていて、首も同じく梟のように傾げていた。笑顔にわずかと牙が見えて、顎に当てた指も人間には以上なまでの細さ。青年の姿をした者であったが、不釣り合いの部分がまるでキメラを模していた、常世では珍しくもない外見。違和感を感じずに、メリは苦笑いをする。


「あははは、それは、なんと言うって良いか…」


基本的に瞬きをしない両目は一度、状況を飲み込んでいる間に瞬いて。


「何かの騒ぎ?」と気儘に青年は問う。


それに応じてメリは首を振る。


「いやいや、穢れとは関係ないから」


「知ってるよ。休憩中」


「く、煩わしい。あ、だが一つ先輩として相談に乗ってほしいかもしれない」


動揺でまだ言い切れるか迷っている中、青年は興味津々らしく一歩メリに近付く。


「何、何?恋路絡み?」


「ご、ご名答」と目を逸らして言うメリ。


「キミならそうだと思ってた。で、今度は何?人間の結婚式について?」


「いや、それは他の住民に聞いたから」


「聞いたんだ、一応」


「それより、私って女子(おなご)を好きになって良いか、人間として?」


何を言われても冷静に対応しそうな青年を見て、悩まされている事をいっその事打ち明けようと決心したメリは、極普通な話題を振っているかのようにあっさりこう問うて。


「えっ」と反応せざるを得なかった青年。


状況説明が求められていたと勘違いして、メリは答える。


「キリュウさんを見てたら、セガタが『奴はどうだ、』とか言って。『だが男子か知らない相手だ、』と上手く答えたつもりが、セガタが『男でダメか、』と。知らぬわ、そんな事!常世なら良いとして、現世を生き抜くなら人間らしくありたいと思ったものの、こんなにも単純な事を知らぬとは…同性は好きでも良いのか、ノヤ?」


「えー、うん」


珍しく固まる様子を誤魔化すかのように、ノヤ無理矢理に微笑んでいる。


「兎に角、凄い悩みを抱えてる事は分かったね。でも、キミはどう?女の子はイケるの?」


「わ、分からない」


「分からないって」


「そもそも関係ない!と言いたいが、流石に気になる!」


不安半分と機体半分で跳ねるくらいの姿勢でメリは叫び続けて、手つきも落ち着かずに発言の活気に合わせて動いている。


「男子と恋愛するのが乙女ならば良いとして、そうでもなければ新発見だよ!どうだ、ノヤ?現世では同性とも結婚出来るのか?!」


「ああ、えっとね。やらなくは…ないかな」


事情を整理してわざと間を取った結果、ノヤの言葉には躊躇いが生じていつに増して弱気にも聞こえてしまっていた。その言葉は嘘でもあったのだ。無理もない。しかし、それ嘘であったからこそ、メリには気付かないで通したかった、と言うのがノヤの本音である。メリが無理してまで人間に合わせないように、現世の常識について嘘を吐く事がノヤの基本的な寸法だった。


急に緊張を表に出しているノヤを不思議に思ったメリは、「曖昧な答えね、今回は」と客観的に言う。


「いやいや、珍しいってだけで。出来なくはないって事だよ。うん」


「出来なくはない、か。だがそれだとどちらも良いという事になるよ?ならば、私はどれと恋をすれば…」


「もう、何だっていいよ。惹かれた相手が誰であろうと、恋は自由って事。ロマンがあっていい話じゃん。乙女心擽らない?」


「そう…言われてみれば!相手が誰であっても、恋をしたら大切な方に変わりはない。照れるじゃないの!凄いわ!」


興奮の余りにトーンが上がっているメリの声。それとは違って、身体はただただ震えて何か行動を起こそうとしては動かない状態である。


「新発見だね、本当!誰でも良いとなると幅が広くなるが、確実に燃える…!」


問題がやっと解決した事で、緊張感も和らげたノヤ。満足の域を越したメリを見て、クスクス笑っている。


「でしょう?で、誰でもいいって訳じゃなかったら、他の人間もそういう好き嫌いはあるし、劣ってるって事にはならないから。男か女か、どちでもイケるのかこれから分かっていけばいいよ」


限界が来たのか、メリがノヤと目を合わせて。


「ノヤァア!」


彼の方向へと跳んで、両腕を伸ばして抱きしめようと高ぶった感情で試みたが、肝心の相手に避けられた。たった二歩右に動いたノヤはメリが転ぶかどうか見定めてからまたあざとく微笑む。メリは、ノヤがハグを拒む事を予想して余裕であった分、地面に着く際は屈んで手を当てて簡単に転ばずに済んだのである。


「恩に着るよ!」


「実質、何もしてないけどね」


「これで自分は何が好みか探せば良いって事だよ!」と、立ってからメリは言い放った。


「何だか、やっと夢にも見たラブロマンスに近づける気がするー!」


「常世に夢とかないけどね」


「なくて本望!現実にして見せよう!彼氏─いや彼女?!恋人を作るのじゃ!」


手を胸に当てて、道の先をチラッと見るメリは僅かとそこへと歩み始めた頃。


「仕事は怠らないでねー!」


ノヤはそれに気付いて、何か用事があるのだろうと思って別れ気味に手を振る。


「へへー、サボった事が一度もないよ!今から迷子を迎えに行ってるから!」


「へー、迷子?監視してたの?」


ここでメリは立ち止まって、気になっているであろうノヤに説明しようと答える。


「たまたまヴァニマ様の視力を使う場面になってて、見つけたの。接していた転制中の住民も独りでいたかった様子だったから、都合良いと思って。で、ヴァニマ様に失望されないように、案内をする訳だよ」


「あー、海淵宮目当てか。それは迷うね」


「仕様だしね」と肩をすくめて言うメリ。


「じゃ、そういう事で!」


用が済んだと踏んで振り向くメリは、何か言われたかも聞き耳を立たず、また走り去って行く。その様を、ノヤは一分に近い間、ただ。


虚しくも、眺めていた。


「呑気な奴だな…まったくもう」


転制さえ拒否した住民、その名も前世からの『メリ』。常世、もしくはサムガラの外ではそういった者は異端者とされている。異端者、または()()の対応は神によって異なるが、その殆どが浄主に任されている。人間の生贄を拒むヴァニマではなく別の神に捧げられていたら、未練を捨てない供え物の少女は本来。


常世を浄める為にも、斬られる始末であった。しかし、亡霊である事が犯罪として扱われている事を知らずにメリは三十年もの間を、常世に過ごしている。代わりに彼女の支えともなっている祀主は、その事実を肝に免じて、災いが起こる前にメリが早く自分の心の姿を見つけるように、見守っているばかりである。

メリが成長したら(?)小説がほのぼの(?)に!ネット小説大賞に向けて十話まで執筆済みですが、まだ全話の編集が行っておりませんので、五月の間に編集して投稿出来ればと思っております。最終話は本で言うと七巻くらいかかりそうですので、その間も宜しくお願い致します。出来れば七巻も五月以内に書きたかったー…

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