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プロローグ

「そなたが()()()か」


水中かのように聞き取り辛い声色に、不思議に思える言葉。浮く金魚に手放されて、その声の主を確かめるべく少女は振り向く。体が固めては震えて、問いかけたかった事が喉に詰まる。なぜなら、玉座に座っていた者は異常に大きい為、この広い謁見の間らしき場所の半分くらいを埋め尽くし2メートル程度の距離しか置いていない。


薄らと光る灰色な肌と、十しか数えないがまるで無数にある閉じた目が極めて目立っていて、視線は自然と玉座の者の頭へと誘導されてしまう。開いている目は不気味な金色で、一切感情を汲み取れない、冷たい、石像に等しい眼差しである。そんな目は、一直線に彼女に向けられている。


少女にとってこれは、圧倒感のある魔物との出会いで、無性に恐ろしい出来事である。それを今まで気づかずにここまで来た事を後悔している訳ではないが、躊躇する原因として成り立つ。これは正真正銘の怪物だ。それを肝に免じて、少女は指先を噛んで震える自分を落ち着かせようとして玉座にある魔物を見やる。


じっと見つめていれば顔立ちも姿形も人間とは似ているが、その認識は複数の目と六本の腕、大きさを含めて違和感を感じさせる。硬そうな顔に鱗があって、口も鼻もなく、どこから話しかけられたかすら不明である。


少女を連れた二匹の金魚は少女の後ろに控えていて、呼吸をする度に泡を発してはひたすら泳いでいる。その泡は少女の視界にも入り、魔物の数センチ前に爆裂している。気配で泡を殺していたように見えて、少女は低い声で問うて見せた。


「ヴァニマ…さま?」


「いかにも。名をヴァニマと申す。そなたが供え物かと聞いている」


「わたしは…メリ。パパとママがきえてって、さとのみんなに、みずうみにつれて、こられて…」


床を見下ろしたメリは、濡れている目に気づき思考を止める。シクと泣きながら右手を顔に当てて、自分の状況を思い出そうとしてまた考えてしまう。両親はどこだ、と。一人ぼっちであることを実感している中、どうしてかヴァニマがまるでいなくなったかのように恐怖を感じなくなった。


ヴァニマはその時、指一本を肩に優しく叩いて見せる。メリは怯むと、上を見上げる。頬は涙が伝っていた跡がある。


「真にどこかの供え物であると言う事か」


最も顔の左側にある両目を閉ざし、ヴァニマは考え込む。「人は要らぬがな」と呟きながら、メリの肩にあった指を外す。手の大きさはメリとヴァニマとの距離以上だと薄く気付き少し驚きながらメリは自分の涙を拭おうとする。その間にヴァニマは続いて語る。


「哀れな仔よ、教えるが良い。何故にそなたが捧げられたのか」


「わたしはパパとママはどこときいたけど、だれも…こたえてくれなくて。ヴァニマさまにあったら、なにもしんぱいはいらないって」


メリは不安のあまりに声に躊躇いが生じたが、答える遅さも子供である故。身長はヴァニマの足にも届かず、服装がフリルの多い、大きいドレスでメリをより小さく見せたのである。ドレスは金色の髪を引き立たせるための青色を採用し、胸のあたりに翡翠がドレスに縫って飾られている。それも、彼女の目の色に合うためである。顔は白く塗られたが、ヴァニマに会った瞬間からメイクが洗い流されたかのように消えた。


「理解に苦しむ答えだ。詳しく話してみよ」


顎にある目を閉ざして、ヴァニマは言った。何か、意味があったのかは知らずに、メリは数秒程、彼への答えを考えた。


「ヴァニマさまのおよめさんになったら、きっとあめがふるって、いってた…」


「なんと」


ヴァニマの肌の光が少し濃くなった気がしてメリは一瞬目を閉じる。開けてみると、肌の光は黒く、少しだけ体から溢れ出していた。控えていた金魚の兵は入り口まで逃げて、様子を伺っている程の現象である。


「真ならば悍ましいことよ。そなたのような子供に我が惹かれると思うなど愚考(ぐこう)としか言えぬ。されどそなたはもうこの世を渡った身。元に帰すことは出来ぬ。となると…」


「いないの?パ、パパとママは...ここには、いないの?」


ヴァニマの目全てが閉ざし、答える気がないと示しているばかり。メリは自身の不安を隠しきれずにまた震え始める。それに反応したのか、ヴァニマの肌は灰色に輝き始めてから、開いた瞳の色も金色から緋色と変わり出す。


「セラフよ、我に応えよ」


水中に等しい空間に風の流れを感じて、メリは上を見上げると高い、金色の柱の横を飛んでいた男性に近い生き物の姿があった。人間と異なる点と言えば、背中に生えた茶色い翼と、獣のような爪。羽の色と同じ髪が背中まで続いていて、顔が若くは見えたが鼻が異常に長い上に目が小さいため、容姿全体が鳥を象っていた。床へと降りてはヴァニマの顔を見ようともせずに跪く。


「何なりとお申し付けくだされ、ヴァニマ様」


声はヴァニマ様の声よりトーンが低く、話し方も丁寧で静かであって、海のような空間では聞き取り辛い。


「人の仔を休ませよ。名をメリと言う。我に仕えるよう、そなたに任せた」


それに引き換えてヴァニマには少しエコーが掛かっているような迫力を感じながらも、実際の口調は穏やかな印象を与えられる可能性を秘めている。


「仕えるというのは、具体的にどういう…」


渡主(わたりぬし)が勤まれなければ、語主(かたりぬし)にせい。供え物ならば、供え物と馴れ合えるであろう。不合格の場合、住民として扱うが良い」


「かたり…?」


輪に入る事が出来ず、ただ理解の出来ない単語を繰り替えしてしまうメリ。ただし、ヴァニマとセラフは気にも止めずに話を速やかに進める。


「承知いたしました」


「なら控えよ。我自らがこの失態を正そう。()()()()にて…」


セラフと言った男性が立ち上がると、メリへと向く。


その言葉を聴きながら、メリは左右を見回しては一歩セラフから身を引く。


「かえれないの?ね…」


追いつかない展開に、メリは混乱している。なぜならと言うと、彼女がここに至るまでの道のりに聞いた話とは違う結末と感じていたからで、今起きている事が少々嘘のようにも繰り広げられていた。帰れる、と約束した者の言葉ははたして、本当であったのか。その詳細は、今の時点で分かる筈もない。


セラフは手を差し伸べて、凛とした声でメリに呟いて見せた。


「両親をお探しでしょう?来なさい。私が手伝いましょう。ヴァニマ様もそれがお望みでいらしています」


「じゃ、じゃあ、かえれるの?!」


「それは、必ず」


即答であるセラフに、よもや感動に近い感情を受けるメリ。震える指先で、メリは差し出された手に触れようと勇気を出してまた、ハッと我に返ったように俯いた時、セラフが手のひらまで届いて手を握る。


「帰って、また家族と過ごせるように、尽くしましょう。一緒に」


握り方が爪に引っ掛からないように優しく、メリはひたすら導かれるがままセラフの後を歩く。セラフがその時浮かべた笑みが小さくも、切なく。


まだ幼いメリは、彼が嘘を吐いている事を知らずに過ごして。成長して気付いた頃には、幾年も経ってしまっていた。

八百万の神の概念はやはり、何物だろうとそこに魂はある事を表現しているような単語で。それは、人も動物も道具でさえも霊的な意味では立場が同じだと、そう思ってあえてお供え物に人間を含めました。切ないあらすじに見えて実はほのぼのとしたコメディ要素もあるので、そこも期待出来たらな、と。


メリ:「バニマ…しゃま?」


ヴァニマ:「…いかにも。名を ヴァ ニ マ と申す」

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