94日目 結婚初夜
●94日目(グリウス歴863年8月6日)
笑い声を聞いたような気がして目が覚める。
寝返りを打って部屋の中を見る。
テーブルを囲んでアンジェとマリアそしてリリーの3人が
楽しそうに話している光景が目に入る。
ボーっとその様子を見ているとアンジェが俺に気付いた。
「アーくん、おはよう。」
「ほら、だから静かにしてようって言ったじゃない。」
マリアが2人をたしなめるように言った。
「あるすー、おはよー」
リリーはマリアのそんな言葉を聞き流して言った。
「おはよう。みんな朝から元気だね。」
大きく伸びをして上体を起こしながら言った。
「ねーねー、あるすー」
リリーは、ぴゅーっと飛んできて話しかけてきた。
「けっこんってなーにー?」
「ん?どうしたの、リリー?」
「あんじぇとまりあが、あるすとけっこんするっていったの。けっこんってなにするのー?」
朝から難解な質問をしてくるじゃないか。
リリーの理解できる言葉で説明するのは難しい気がする。
「うーん。簡単に言うと好きな人同士で一緒に生きて行く事だよ。」
この説明で間違っていないはず。
「んー、じゃあ、あるすは、リリーのことすき?きらい?」
「嫌いなわけないだろ。」
「じゃあ、すき?」
「まあ、そうだな。好きだぞ。」
ここまで来て、アンジェとマリアの方をチラリと見る。
2人は、大きく溜息をついていた。
「リリーのいったとおりだー。リリーもあるす、すきだから、リリーもけっこんするー。」
なるほど、リリーに説明しあぐねていたのか。
別にリリーと結婚したからと言って何がどう変わるものでもない。
「そうかそうか。リリーは俺と結婚したいのかぁ。いいぞー、じゃあリリーも俺と結婚するかぁ?」
「するー、やったー。りりーもあんじぇとまりあといっしょー。」
「アーくん・・・」
2人は呆れた顔でこちらを見ている。
「別にリリーと結婚って言ったって、別に何がどう変わるものじゃないだろ。」
「まあ、そうでしょうけど。」
2人の心境は何か複雑そうだ。
「それよりも、結婚するのは昨日決めたけど、何をどうしたらいいか、何も聞いてないんだけど。」
俺は例の王位継承権の譲渡について訊ねた。
すると、マリアがバッグの中から小さな本を出した。
「これに結婚に関する儀式のやり方が書いてあります。これはわたしが模写したものですけど、内容が分からないところがいくつかあります。ただ、高位の神官職の方なら分かるはずです。どなたか、高位の神官職の方を見つけて、お願いするのがいいかと思ってます。」
「高位の神官職って誰でもいいの?」
「はい。問題ないはずです。」
「そうか。だったら、シスターポーリンに話を聞きに行こうか。彼女なら誰か紹介してくれるかもしれない。」
「じつは、わたし達もそれがいいんじゃないかって話してたのよ。それに急がないと王位継承権を持っている人が全員いなくなったら捨てられるものも捨てられなくなっちゃうから。」
「なら、急いだほうが良さそうだね。そうしたら、この後のバッシュ司令官達との面談が終わったらすぐにでも出発しようか。」
「ええ。」
2人は嬉しそうな顔で答えた。
会議室のような場所ではいつものメンバーが顔を揃えていた。
「では、全員揃った所で始めるぞ。」
バッシュ司令官は全員を見渡しながら話し始めた。
「今回、アルス殿のおかげで、なんとか敵を撃退できたわけだが、撃退できたのはモンスターだけであり、敵さんの騎士団は無傷のまま後退した。再び戦力を整えて侵攻してくるのは時間の問題だろう。」
「向こうのモンスターは無尽蔵ですね。」
少し辟易した顔でブレン法国司令官が嘆いた。
「そうだ。こんなことを続けてもこちらが疲弊するばかりで、何も解決できない。そこで、十三連合国内の調査を隠密能力に長けた冒険者と密偵を放って、調査させた。そこで今日までに得られた情報なのだが、十三連合国の大半が事実上、壊滅している中で、唯一延命している街がある事が分かった。十三連合国の中心に位置するパルーア市国だ。この街は、湖に浮かぶ城塞都市で元々十三連合国内でも小さな国だが、周囲が湖に完全に囲まれているおかげで未だに落ちずに済んでいるようだ。ここから一番近いタイス市国をはじめ、ガーネ、アメシス、アクアン、ダイア、エメルドの各市国は街自体が壊滅、残るルビン、ベドット、サフィア、オパル、トパの5市国は国としては滅んでいるが、街自体は健在しているらしい。ルビンは帝国に最も近く、帝国の補給拠点として、オパル、トパはこちらに侵攻するための中継拠点となっている模様だ。ペドットは未だに落ちずにいるパルーアへの攻撃拠点として使われているようだ。生き残っている各街は一部の親帝国派の貴族が帝国に協力して支配しているのが現状だ。」
パルーアの話が出た時に隣に座っていたアンジェとマリアの表情が
若干陰るのが見えた。
「その5市国の兵力はどのくらいなのですか。」
ブレンはバッシュに訊ねた。
「兵力らしい兵力はないようだ。治安維持の為の自警団レベルのみという話だ。ただ、各市国には帝国軍1個中隊が駐屯していてそれと共にレッサーバンパイアに率いられたアンデッドの部隊もいるという話もある。街によってレッサーバンパイアではなく、ハイオークやウェアウルフなんかもいるという所もある。」
「はー、一体、帝国はどうやってそんなモンスターを手懐けているんでしょうね。そもそもそんな強力なモンスターなんか人間には使役できないでしょうに。ハイオークはまだしも、レッサーバンパイアやウェアウルフなんかBランクの冒険者でも1チームじゃ手に余るほどのモンスターですよ。」
ジュノー軍の第2騎士団第一騎馬隊隊長のドリスが溜息交じりに漏らした。
「レッサーバンパイアもウェアウルフも準備さえしっかりできれば、1体程度なら対処は可能だ。」
そう豪語したのは大地の牙のピエールだ。
最近姿を見せていなかったが、どうやら偵察任務に就いていたようだった。
「ならば、対峙した時は大地の牙を頼らせてもらおうか。」
ドリスが多少安堵した表情をしながらピエールに言った。
「あくまでも、準備がしっかりできればという仮定の話なのだが。」
「準備とはどの程度かかるんだ。」
「まず、最低でも全員分の銀武器、もしくはミスリル製の武器、もしくは魔法の武器が必要だ。それとMP回復ポーション最低でも10本は必要だろう。それとレッサーバンパイアなどのアンデッドであれば聖水、ウェアウルフなんかのライカンスロープには毒薬が欲しい所だ。そして、特定の魔法のスクロールかポーションも必要だな。」
「聖水は分かるが、毒薬なんか役に立つのか。」
「よく勘違いされるのだが、獣人族とライカンスロープは似て非なる者達だ。獣人族は多少人間より身体能力が優れているが基本的に我々人間と大差はない。しかし、ライカンスロープは元々人間だったものが感染して魔物化したモンスターだ。モンスター化した恩恵なのか分からんが、通常の武器では傷つかなかったり、再生能力が非常に高かったりする個体も多い。その為に毒を塗った武器で傷つければ、再生能力を阻害できるって寸法だな。そして、奴らの攻撃で傷を受けると一定確率で感染し、奴らと同じライカンスロープとなってしまうと言われている。これを治すには、早い段階でキュアディジーズという魔法を使う必要がある。残念ながら大地の牙の中でキュアディジーズの魔法が
使える者はいない。その為のスクロールかポーションが必要だ。」
「それで、結局足りないのは何だ。」
ここまで黙って聞いていたバッシュが訊ねる。
「銀武器は俺が持っている。通常の武器でも魔法をエンチャンとすれば、戦えなくはない。レジストされる可能性もあるがな。聖水は3本だけならある。全く足りるとは思えないが。MP回復ポーションも数本ならある。こちらも補充したい所だな。毒については、自生している物を見つければどうにかなるだろう。あとはキュアディジーズのスクロールかポーションだが、これは、持っていない。多分、薬師や錬金術師ならそう難しい薬品ではないはずだが、需要がないから完全にオーダーメイドになってしまっている。ポーションの場合、劣化したら意味ないからな。」
「なるほど。ちなみにアルス殿はキュアディジーズと言う魔法は使えるのか。」
全員の視線がこちらに向く。
「・・・使える・・・と思う。」
「曖昧だな。」
「魔法は知っている。ただ、今まで使った事が無いだけだ。」
さっきの話が出た時に、自身のステータス画面で
キュアディジーズの魔法が使えるのは確認していた。
状態異常回復魔法のキュア系統にはディジーズの他、
ポイズンやチャームなど色々とある。
そして全ての状態異常を回復させることができる
キュアオールなんてのもあるのだが、
こういった魔法は試すに試せないのが現実だ。
攻撃魔法や創造系の魔法なんかは適当に使っても効果は分かるのだが、
キュアの検証の為に毒をわざと喰らうなんて俺にはできない。
というか耐性スキルを上げ切っているのでちょっとやそっとじゃ、
状態異常にかからないからと言った方が正しい。
他人で実験するのも気が引けるし。
「そうか。最悪の場合、頼らせてもらおう。」
バッシュはやや不満げに言ったが、事実だから仕方ない。
「話を戻すが、やはり早期に手を打つ必要がある事から、まずは、トパ市国へと侵攻する。ここを足掛かりにオパル市国とモンスターの巣窟となったサフィア市国へ攻撃を加える。そしてベドット市国を落とし、パルーア市国に協力を要請する。その後、ルビン市国へ侵攻し、帝国兵を帝国側に押し返すのが基本戦略とする。」
ここで、一旦バッシュは一息入れてから、続けた。
「ただ、現状の戦力では非常に困難だとも考えている。それに、この砦も修復しなければ、防衛もままならん。援軍はもう間もなくやってくるだろう。それまでに砦の修復を急ぐ事とする。冒険者たちは再びモンスター狩りに当たってもらう事とする。今度はもう少し広範囲に活動できるように、規制も緩和する方針だ。それと、資材や物資を確保する為にタイス市に派兵するつもりだ。タイス市国にはモンスターが多くいるようだが、強力なモンスターはいないと予想される。現にアルス殿の報告でも存在は確認されていない。以上が、今後の方針となる。各自、それぞれの役割を果たしてくれ。では、一度、解散とする。アルス殿はそのまま残ってくれ。」
そうして、会議は一旦終了となった。
全員が出て行った後、バッシュはアルスに向かって言った。
「さて、今回の報酬なのだが、まず、冒険者ギルドで用立てた物資については、獲得した魔石から代価を返還させてもらった。それ以外の魔石は、おおよその割合で計算させてもらった。正直、実数の把握が難しくてな。今回は魔石600個をそちらに渡すことにした。その中で大きめの物は全てそちらに入れてある。残りは、戦闘に参加した冒険者と軍の方で分けることにした。一人当たり10個程度の計算だ。これで納得してもらいたい。」
「別に構わないけど、そっちの取り分が少ないんじゃないか。」
「確かに戦闘で倒した数と合わないが、戦闘中に回収できなかった魔石が敵の再召喚に利用された事を考えればやむを得ないだろう。実際、貢献度で言えば、圧倒的にアルス殿が高い事は誰が見ても分かる事だ。あとは、冒険者達には今後のモンスター狩りでの規制緩和と言う事で納得してもらう予定だからな。」
「それならば、いいんだけど。」
「それで、今後の話なのだが。」
バッシュが言いかけた、その時に話を遮る。
「そう、それで今後の事なんだけど、悪いけど、一旦フォーテルムーンに行かなければならなくなったんだ。だから、一度ここから離れる事になる。」
「何か、重大な事でもあったのか?できれば、パルーアに行って、こちらと共同戦線を張る様に交渉をしに行ってもらいたかったんだがな。」
「どのくらいで戻って来られる?」
「正直、どのくらいで予定を済ませられるか、分からない。予定が済めば戻ってこられると思う。」
「そうか。パルーア市国は遠いし、普通の奴では入る事すらできないから、期待してたんだがな。」
「悪いね。どうしても先に済ませないといけない事があるんだ。」
「分かった。しかし、ベドット市国への攻撃前には戻ってきてくれると助かる。」
「済まないね。」
「いや、気にするな。それなら、別の案件を引き受けてもらいたい。先程、大地の牙のピエールが言っていた、アイテムの類だがフォーテルムーンに送る様に伝えてくれると助かる。」
「ああ、アンデッドとライカンスロープへの対策アイテムだね。それは伝えておくよ。」
「すぐに発つのか。」
「ああ、そちらも急いだほうが良いだろ。」
「俺の立場ではゆっくりして行けなどと言えんからな。ワハハ。それじゃあ、魔石は忘れずに持って行ってくれ。忘れたら戻ってきても無くなっているかもしれんからな。」
椅子から立ち上がり、バッシュはそのまま部屋から出て行った。
バッシュが出て行ったあと、アンジェとマリアを見ると
微妙な表情をしていた。
「2人とも、すぐに出発しようか。」
預かっていた補給物資を渡し、魔石を受け取る。
この砦には魔石を買取に来る商人がいる。
軍が所有している魔石はそのまま後方へと送られるのだが、
冒険者が手に入れた魔石は、現状この商人たちが買い取りを行っている。
ただ、今魔石のインフレが起きているようで、
買取価格が安くなっていると聞いている。
それでも軍に売るよりは高いので、お金に困っている冒険者は
仕方なく売ることになる。
商人たちが買い取った魔石は主にエルフ領やドワーフ領へと転売される。
国内の魔石は、軍の方の流通で十分すぎるくらい供給されているとの事だ。
現在900個以上の魔石を持っているのだが、
そう言った事情でここで売るのは諦めた。
アンジェとマリアも出発の準備が整ったようだ。
「準備はオッケー?」
「ええ、準備は整いましたわ。」
マリアが答える。
今日の2人は、どことなく余所余所しく見える。
「2人とも、どうしたの?今日は2人とも元気ないように見えるけど。」
朝の段階では、普通に見えたのだが、明らかにおかしい。
「何か気になる事があるなら行って欲しいな。元気ない2人を見てると気になって仕方ないよ。」
アンジェとマリアはお互いの顔を見つつ、黙っていたが、マリアが口を開く。
「さっき、パルーアの事が話に出てきたでしょ。それで気になってしまって。」
ああ、それはそうか。いくらいい思い出のない故国であっても、
全部が全部嫌な思い出ばかりでもないだろう。
「パルーアに気になる人でもいるの?」
「この間、ペンダントの一部がこっちに集まったって話覚えてる?」
「うん。」
「わたし達の事を良く思っていなかった人は多かったのですけど、それでも少しは仲の良かった人も少しはいたんです。親ですら政争の道具としてしか見ていない中で、唯一、優しく接してくれていたのがディント家の人々でした。小さい頃は、よくディント家でアンジェと一緒に遊んでいたのよ。ディント家は王位継承権こそ持っていないけど、王家の血筋に連なる家でした。そこにアンジェのことを慕っていた男の子がいたのですが、歳はアーんと同じくらいだったかしら。わたし達が国を出て行くときに協力してくれて、ずっと心配していたのです。継承権がないと言っても王家に連なる家です。無事でいてくれると嬉しいのですけど。今まで諦めていたのに、まだ国として抵抗しているのであれば、生き残っている可能性が・・・」
そこまで、話して、マリアは涙を流して、そこから言葉が出なくなった。
その横ではアンジェもポロポロと涙を零している。
「だったら、急がなくちゃね。早く王位継承権を捨てて、助けに行こう。」
「うん。」
2人は小さく答えた。
2人の気持ちが少し落ち着きを取り戻したので、
早速フォーテルムーン法国に向かうべくゲートを開いた。
ゲートを潜るとユミコの執務室横の隠し部屋に無事に到着した。
そう言えば、この間いきなり出て行ったらビックリされちゃったっけ。
取り敢えず、ゆっくりと扉を3回ノックした。
すると扉の先でバサバサと書物や小物が落ちる音や
バタバタと人が慌ただしく動く音がした。
扉を開ける合図は送ったんだ、今度は文句を言われる筋合いはないはず、
そう期待して扉を開く。
部屋の中には、落ちた書物や羊皮紙、ペンやら何やらを拾い上げている
ユミコの姿があった。
ユミコは一瞬動きを止めてこちらを見る。
当然目が合うのだが、顔を真っ赤にしながら拾い上げた物を
一旦机の上に置く。
黙ったままユミコはこちらにツカツカと足早に近づいてくる。
「だから、急に入ってこないでって言ったじゃないですか。」
「ノックはしたよ。聞こえたでしょ。」
「聞こえましたよ。でも返事してないじゃないですかあ。」
「なんか、バタバタしてる音が聞こえたから、大丈夫かなって。」
「そう言う時は大丈夫じゃないですよね。」
ユミコは頬を膨らませながら、抗議した。
まあ、言われてみればそうかもしれない。
「あれっ?」
ユミコは俺の後ろに人がいるのに気が付いた。
「アルス様、そちらの方達はどなたですか。」
そう言えば、ユミコとアンジェ達が会うのは初めてだったか。
「俺の冒険者仲間のアンジェとマリアだ。」
「はじめまして。アンジェです。」
「同じくマリアです。」
「ユミコと申します。」
「こちらはフォーテルムーン法国の法王兼聖女のユミコだ。」
アンジェとマリアに説明する。
「こんなとこでは何ですから。どうぞ、こちらにお座りください。」
そう言って、先程まで見せていたドジっ子ぶりを打ち消すかのように
淑女然としてソファーに座るよう勧める。
ユミコは机の上にあるベルを取るとチリンチリンと2回振った。
隣室からノックがありメイドの格好をした女性が入ってきた。
「お呼びでしょうか。聖女様。」
「お茶を持ってきてくださるかしら。」
「畏まりました。」
そう答えてメイドは下がっていった。
「暫くいらっしゃらないと思っていましたのに。どうされたのですか。」
「その前に、シスター・ポーリンにも同席してもらいたいのだが、呼んでもらえるだろうか。」
「ええ、大丈夫でしょう。」
そう言って、再びベルを鳴らす。
今度は別の侍女が現れた。
「シスター・ポーリンを呼んできてもらえるかしら。」
「はい。直ちに。」
必要最低限の返答をして下がっていった。
「随分と板についてきたんじゃないか。」
「毎日毎日書類と格闘ですよ。今は仕方ないと思ってますけど、少しは自由な時間を過ごしたいですね。」
復興中ともなれば、仕方ない事だが、人材不足も大きな要因なんだろう。
「確か一昨日ですよね。砦に向かったのは。その内アルス様は何人もいるなんて噂をたてられちゃいますよ。」
クスクスとユミコが笑いながら言った。
事情を知らない人間から見たら、
確かにあちこちに出没している俺が何人もいるかと誤解するかもしれない。
「大丈夫だろ。離れた場所で情報のやり取りはこっちでは出来ないんだから。日にちの勘違いで済んじゃうよ。」
「それならいいんですけど。」
扉がノックされて、最初に来た侍女がワゴンにお茶のセットを
載せて入ってきた。
お茶とお茶請けが出されて侍女はそのまま出て行った。
「お二人は仲がよろしいのですか。」
マリアが少し他人行儀に話してきた。
「そうですね。アルス様は私の命の恩人で、同郷の者ですから。」
「そうすると、もしかして聖女様もアルス様と一緒ですか。」
「ええ、異世界からの転生者です。」
「転生前からのお知り合いとかですか。」
「いいえ、出身国は一緒ですけど。出会ったのはこちらの世界で初めてですね。」
「そうなのですね。」
そこでお茶に口をつける。
なんか、会話が全く弾まないんだけど。
「そ、そうだ。法国の復興状況は順調か。」
思わず、そう口に出したが、2、3日で状況が変わる訳もなく、
変な質問をしてしまったと後悔した。
「順調ですよ。といっても、始まったばかりですから、問題はこれから色々と出てくるでしょうね。」
そして、また、沈黙が訪れる。
アンジェとマリアがナーバスになるのは分かるけど、
ユミコもなんか機嫌が悪い。
そうしていると、扉をノックする音が聞こえて扉が開いた。
「お呼びでしょうか。」
入ってきたのはシスターポーリンだった。
「アルス様がお話があるそうですよ。」
ポーリンはユミコの後ろに控えた。
「それで、お話とは何でしょうか。」
「2人に折り入って頼みがある。実は・・・・」
俺は2人の事情と結婚について説明した。
そして、王位継承権を捨てる為に儀式を行ってほしいと頼んだ。
「まず、いくつかお伺いしたいと思うのでっすが、よろしいでしょうか。」
ポーリンがいつも通りの表情と声音で訊ねてきた。
「ああ、いいよ。」
そう俺が答えたのだが、
「私が質問したいのはアルス様ではなく、お二人にでございます。」
「あっ、そう。」
「何でしょうか。シスター・ポーリン。」
マリアが答える。
「王位継承権を捨てる為に結婚するという話ですが、本当は他にも方法があるのではないでしょうか。」
その質問を聞いて、そう言えば結婚以外できないなど、
おかしな制度じゃないだろうか。
例えば、敵対までとはいかずとも反目している人間が
王位と継承権1位とかであった場合、確実に政情不安定となるはずだ。
そのような制度で長い間王権を守る事は困難なように思える。
「ええ、もちろんあります。」
少し間をおいて、マリアは簡潔に答えた。
「では、それらの方法を取らない理由は何でしょう。」
「確かにいくつか王位継承権を消滅させる方法はございます。ですが、わたし達には最早時間が無いのです。時間が経てば経つほどそのリスクが跳ね上がります。それに最も早く、そして最もわたし達が納得できる方法を取りたかったのです。」
「その為にアルス様を篭絡したと。」
シスターポーリンにしてはやや冷たい言い方をしている気がする。
「篭絡ではなく、告白です。わたしもアンジェもアーくんをアルスを愛しています。わたしもアンジェもアーくんと一緒に苦楽を共にしたい、いつまでも一緒にいたいと思っています。初めはもっと時間をおいて、ゆっくりとそういう関係になりたかったですが、これ以上時間を掛ける訳にはいかないと思い切ってアーくんにわたし達の気持ちを伝えたのです。そしてアーくんはわたし達の気持ちを受け止めてくれたんです。」
マリアは自分達の気持ちを試すように訊いてくる事に
怒りが込み上げてきているようだった。
「私が訊きたいのは、そう言う事ではないんですがね。」
シスターポーリンは溜息交じりに言った。
「私が訊きたいのは、本当に王位継承権を捨てて構わないのかと。そしてそれは、本当にアルス様の為になるのかと。アルス様は本当にその結果を望まれているのかと、そう訊きたいのです。貴女方はアルス様と結婚したい、それはいいでしょう。そして貴女方は王位継承権を捨てたいと、そう望まれているのですよね。では、結婚されるアルス様には本当にその結果が望ましいとお考えですか。」
たぶん、俺を含めて、その場にいる全員がシスターポーリンが
何を言おうとしているのか測りかねていた。
「ご存じかどうか分かりませんが、今後アルス様には大きな試練とも言うべき事に直面するでしょう。その時にアルス様が一介の冒険者であるのか、一国の主であるのかによって、試練の難易度が大きく影響するでしょう。貴女方が王位継承権を捨てたい事はどうでも良いのです。いいですか、どうせ、捨てるのであれば、アルス様に捧げるという選択肢も、・・・」
「ちょーっと、待ったあー。」
思わずシスターポーリンの話を制止した。
そうか、つまりポーリンが言いたいのは、王位継承権を捨てずに結婚して、
王位を俺に譲りなさいと言いたいのだろう。
そして、帝国に蔓延っている神の敵である、えーと、何だったかな、
そう悪神シャックスとの対決に帝国対個人ではなく、
帝国対国で対抗しろと、そう言うつもりなんだ。
「ポーリンの言わんとする事は何となく分かった。だけど、それは可能なのかどうか分からない話じゃないか。」
「そうでしたね。大変失礼いたしました。アンジェさん、マリアさん、アルス様に王位を譲る事は可能ですか。」
だあー、誘導間違えたー。
「えーと、確かではないですけど、王位継承権、もしくは王位を譲る事は出来ないと思います。これは神と王家の血の盟約にて成り立っていると教えられました。継承権を失う方法については知っていますが、譲るというのは聞いた事がありませんわ。」
マリアは自分に対する質問が全く別方向の話だったという事が分かり、
少し冷静さを取り戻したようだ。
「例えば、女性が王位や継承権を持っていて結婚しても結婚相手には王位が渡ったというのは歴史上聞いた事がありません。」
「そうですか、では、貴女方が王位について、アルス様を国家ぐるみで助けるという方法は出来ないのでしょうか。」
「ごめんなさい。質問の意味が良く分からないのですけど。」
そうだよね。普通分からんよね。そもそもこの話の前提からしてオカシイ。
ポーリンの中では俺がシャックス神と戦うのが前提みたいになってるし、
そもそも神と人がまともに戦えるはずもない。
ツクヨミ神も確か神がこの人の世界に直接介入できないとも言っていた。
それは異界の神であるシャックス神も同様だと言っていた気がする。
ツクヨミ神が言っていたのは、シャックス神への信仰を壊して
弱体化させるという事だったと思うぞ。
「アルス様は、いずれ異界の神との対決をしなければなりません。私達はその為にフォーテルムーン法国を再建しているのです。十三連合国がアルス様に付くのであればこれに勝る事などないでしょう。」
ほら見ろ、アンジェとマリアがポカーンしてるじゃないか。
「待て待て待て。ポーリン。ツクヨミ神はそんなこと言ってないぞ。あくまで信仰心を人々から排除して異界の神の力を削ぐ必要があると言っていただけじゃないか。いくら俺でも神と対決なんかできるわけないだろ。」
「同じことです。今や、悪神の信仰は帝国内に蔓延っています。一番手っ取り早く信仰心を打ち消すならば、帝国内の人間の目を覚まさせる必要がございます。アルス様が王となれば、その偉大さを帝国民に知らしめ、女神ツクヨミ様に信奉を捧げるよう教育するまでです。」
お前は狂信者か。まったく。
話がややこしくなってしまった。
ここは一度、俺の意見をはっきりと言っておく必要がありそうだ。
「みんな。ちょっと聞いてくれ。なんか話が変な方向に行っているようだけど、なんだかんだ言って誰も俺の意見を聞いてないじゃないか。いいか、俺は、前世で、そして転生するときにもそんな経緯でとか何を使命にとか全く覚えていない。俺はこの世界で静かにまったりとのんびりと暮したいんだ。冒険者になったのも、のんびり暮らすために予め金を稼いでおこうというだけなんだ。確かに今の帝国みたいなのが近くに存在しているだけで危険なのは分かる。そこら中で問題を起こして戦争をして帝国内でも恐怖政治紛いな事が行われているとも聞いている。ただ、それは帝国の皇帝と利己的な取り巻きが悪いのであって、帝国に住んでいる人の中には多くの善意ある者がいるとも思っている。つまり、もし俺が戦うのなら、それは帝国ではなく、その皇帝と利己的な取り巻きたちという事だと思ってる。正直、戦争なんて馬鹿らしすぎて俺自身がやりたいとも思わない。ただ、現実は火の粉が降りかかれば、払いのける必要があるし、大元の火の粉を振りまいている箇所を消火する必要もあるだろう。その火の粉を振り払うのに多くの人の命を使う事も巻き込むこともしたいとは思わない。権力者になれば弱い人間なんか簡単に権力に溺れるし、権力に幻想を抱いている輩や悪意ある者が蛆虫の如く湧いてくる。折角の2度目の人生自分のやりたい事をやると決めたんだ。アンジェもマリアも権力捨てて俺と一緒にいたいと言ってくれた。そして俺もそんな2人と一緒にいたいと願った。だからここに来た。この世界のありようを決めるのは俺の力じゃない。沢山の人がそうしたいと願い、協力して邁進する事でこの先の世界をより良くできると考えてる。いずれ、帝国の皇帝と事を構える事になるかもしれない。でもそれに対抗するのに俺の独善でいいわけじゃないんだ。多くの仲間、賛同してくれる、応援してくれる人たちと共に為し得ないと、いずれまた、同じような事が起こった時に取り返しのつかない事になる気がするんだ。だから、俺は王になる事もないし、自分からそうありたいと願うなら別だけど、俺の為に権力者になってほしくはない。それは、アンジェやマリアは勿論、ユミコや他の人達も同様だよ。」
みんな、俺の話に耳を傾けてくれている。
「人から見たら、なんて甘ちゃんな事を言っているんだって言われるかもしれない。でもそう思っているのは権力に幻想を抱いている人だと俺は思っている。だから、言わせたい奴には言わせておけばいい。」
「そうですか。」
少し間をおいてから、シスターポーリンは言った。
「アルス様がそう考えていらっしゃるのであれば、従いましょう。でもそれは苦難の道かも知れませんよ。」
「楽で安直な道がこの世界を救うとは限らないだろう。一時的には平和が早く訪れるかもしれない。けど、すぐに壊れるようなものであるならより強固なものの方がいいはずだよ。」
「アンジェさんもマリアさんもそれでいいんですね。」
「少し、少しだけ考える時間をください。」
こういう時にあまり意見を言わないアンジェが珍しく言った。
「そうですね。考える時間は必要でしょう。ただし、選択する時間はさほど多くはないと思います。一旦お部屋にご案内いたしますので今日の夕食時に皆さんでもう一度話し合いましょう。では、アンジェさん、マリアさん、こちらにどうぞ。」
ポーリンに案内されて2人は部屋から出て行った。
2人が出て行ったあと、少ししてユミコが話しかけてきた。
「私は、今やっている事はアルス様に必要だと思っています。」
「別にユミコを否定したつもりはないよ。ユミコやポーリンが俺の為にしてくれている事は感謝している。だけどそれは、俺だけの為であって欲しくはないかな。」
「そっか。そうですよね。アルス様の為でもあるけど、私自身の為でもある。だから頑張ってる。それでいいんですよね。」
「それでいいんだ。ユミコは俺の為、そして自分の為、そしてポーリンや周りにいる人たちの為にやりたい事をやっている。そうでなければ、自分の人生を楽しめないじゃないか。」
その後、別室へ案内された。
昼食は遅くなったが、部屋に運ばれて来たものを食べた。
後回しにしていたレベルアップの状況を確認することにした。
前回の反省から、HP自動回復を最大のLv10にする。
そして、今回の戦いで召喚魔法の有用性が分かってきた。
特に多数を相手にする場合、誰かを守りながら戦う必要がある時に
時間稼ぎになりそうという事で召喚魔法をLv10まで一気に上げた。
それと、魔法が効かない相手もいるのが分かった。
剣技のいくつかを取っておく。
取ったのは真空刃というスキルと残像剣というスキルだ。
今度検証してみよう。
それと同時に剣以外の武器も使えるようになっておこう。
槍術、斧術、弓術、槌術、盾術をLv3にしておく。
そしてテイムもLv8まで上げた。
これで10体までのモンスターをテイム状態に出来るようになったけど
正直必要かどうかは不明だ。
どうして上げたのかと言うと、テイムの説明にあったのだが、
感覚共有というものがあるのが分かっている。
次のレベルで得られる技能のようだ。
無理すれば取れるが、いざという時の為にSPは少しは残しておきたい。
ここは我慢して次のレベルアップ時に取る事にしようと思う。
そうして、夕食の時間がやってきた。
ユミコ、ポーリン、アンジェ、マリア、そして俺。
5人で食事をする。
正直、食事中はほとんど会話らしい会話ができなかった。
食事も終わり、締めで出されたお茶を飲みながら、
誰が話し出すのか待っているような空気になっていた。
そしてカップを置いたポーリンが話を切り出した。
「2人とも考えはまとまりましたか。」
「ええ、あの後マリアと2人で話し合いました。シスターポーリンの話に考えさせられましたが最終的にはアーくんの考えにわたし達も賛同するというか、アーくんに添い遂げるって決めました。」
「わかりました。では、先程お借りした本に書かれている儀式について簡単な流れをお話ししましょう。まず、聖女様に聖域の魔法を掛けて頂きます。そこにまずは、アルス様、そしてお二人が聖域の魔法陣に入って頂きます。その後、聖女様に神への聖句を唱えて頂き、神との交信を行います。私の合図で魔法陣の中央にペンダントを置いて頂きアルス様はそのペンダントに手をかざして下さい。ペンダントが消えれば儀式は終了となります。ただ、この儀式に必要な魔石が100個程必要となります。アルス様はお持ちでいらっしゃいますか。」
「ああ、持っている。」
「魔石は全て使い尽くしてしまいますがよろしいでしょうか。」
「問題ない。」
「では、準備は整っておりますので、お三方は聖堂まで参りましょう。聖女様にはお着替えを済ませて頂いてからお越しください。」
そう言うと、侍女が数名、ユミコを促すように連れて行った。
「こちらです。」
聖堂は一見するとただのホールに見えるのだが、
魔法を使わなくても、魔力で満ち溢れているのが感覚的に判る。
すでに聖堂の真ん中には魔法陣が描かれており、
正面には神を模した像が置かれている。
なんとなく見た事のある風貌である。
これがツクヨミ神を模した姿なのだろう。
「では、アルス様、魔石をお出しください。」
魔石100個を祭壇に置く。なるべく良さそうな魔石を選んだつもりだ。
魔力量が減衰している魔石もあったのだ。
シスターポーリンは祭壇に置かれた魔石を丁寧に並べていく。
その間にアンジェとマリアは聖堂横の別室へ連れていかれた。
着替えをするとの事だ。
俺は?と訊いたが必要ないと一蹴されてしまった。
着替え終わったアンジェとマリアが出てきた。
2人の来ている服は着物のような感じでそれが薄絹でできているようで、
心なしか透けているようにも見える。
「あまり見ないでください。」
アンジェが呟く様に言った。
すると、扉が開き、正装に身を包んだユミコが入ってきた。
「聖女様、準備は出来ております。」
ユミコは祭壇と女神像の間に立ち、魔法の呪文を唱える。
「我、主神ツクヨミへと懇願する。ここに御身の忠節なる者の願いを叶え給え。邪なるものを排し、清浄なる領域を与え給え。我、望むは聖なる光、安寧なる光を与え給え。ここに神の威光を示し給え・・・・・」
ユミコが聖句を唱えるごとに、徐々に魔法陣が光を帯び始める。
その光は徐々に明るさを増していく。
「サンクチュアリ!」
一瞬、まばゆい光が走った後、魔法陣は安定した光の柱の中に包まれた。
「アルス様中へ。」
シスターポーリンの合図に光の柱の中へ入っていく。
特に圧や抵抗の間隔もなく、すんなりと入った。
魔法陣の中央付近で立ち止まると、光の色が若干変化した様に感じた。
「アンジェさん、マリアさん、お入りください。」
アンジェとマリアも魔法の光の柱の中へ入っていく。
「アルス様の両脇へお立ち下さい。」
その言葉を聞いて、アンジェとマリアはアルスの横に立った。
光の柱の外では、ユミコが分からない言葉で何かを唱えている。
これが聖句なのだろう。
しばらくその状態で待っていると、また少し光の色が変わったように思えた。
「ペンダントを魔法陣の中央に置いてください。」
アンジェとマリアはペンダントを中央に置く。
「アルス様、ペンダントの上で手をかざして下さい。」
手をかざした瞬間、体から一気に魔力が吸い出される感覚に襲われた。
だが、それも一瞬の事。ペンダントはまるでテレポートするかのように
掻き消えた。
ペンダントが消えた瞬間、光の柱もまた、消えてしまった。
「儀式は終了いたしました。ここからは通常の結婚の儀式となりますが、聖域からは出ないでください。」
この後の流れは前世での結婚式とほぼ同じだった。
「汝、アルスは、この女、アンジェそしてマリアの2人を妻とし、・・・」
「誓います」
「汝、アンジェは、この男アルスを夫とし・・・・」
「誓います」
「汝、マリアは、この男アルスを夫とし・・・・」
「誓います」
ここでユミコが祭壇に置いてあった聖水を振りまいた。
聖水は聖域に入るなりキラキラした光の粒となって周囲に漂っていた。
「それでは、誓いのキスを。」
こうして無事に結婚の儀式は終了した。
実はこの間、リリーは聖堂に入ることができなかったので、
異空間収納の中に入ってもらっていた。
そして、その後に向かったのは、先程休んでいた部屋ではなく、
来賓の貴族が使うような大きくて豪華な部屋に通された。
3人でその部屋に入る。
つまりそう言う事である。今日は結婚初夜ということだ。
「じ、じゃあ、2人とも疲れただろ。今日はもう休もうか。」
入り口で立ち尽くす2人に声を掛ける。
薄絹の着物が透けて見えそうで見えないが、2人は恥ずかしそうにしている。
「エスコートして下さい。」
マリアが若干震えるような声で囁いた。
差し出された2人の手を引き、ベッドまで誘導する。
そして2人をベッドで寝かせると、ふと頭をよぎった。
「これ、無理じゃね?」
前世ではいざ知らず、この世界では初体験しかも初夜で相手は2人。
しかし、何もしないのは失礼だ。
ベッドに入り、2人に順番にキスをする。
その後の記憶はあまり定かではない。
そして、その夜は更けていった。




