77日目 戦闘準備
●77日目(グリウス歴863年7月19日)
朝、侍女がやってきて、聖女と一緒に朝食を取るようにと告げられた。
「おはようございます。アルス様。」
ユミコはすでに席について待っていた。
「遅くなりました。」
そう言って、案内された席に着く。
席には、ユミコの他に、ポーリンと見慣れない男が一人席に着いている。
「アルス様はこちらの方は初めてお会いする方ですよね。こちらは、抵抗軍を指揮している法国のルフィン枢機卿です。」
「お初にお目にかかります。元法国の枢機卿をしておりましたルフィンと申します。お見知りおきを。」
ルフィンは見た目20代後半とかなり若く見える。
「あなたのような若い方が?」
子供の俺に若いなんて言われるのはどうかと思うが、
法国の枢機卿ともなれば年輩の人間がなりそうな職位であると思っていた。
通常の国家であれば、大臣クラスと言って良い職位だからだ。
「私は、今年に入り、退任された方に代わり枢機卿を拝命した若輩者ですが、主に軍事面で教皇倪下の補佐をしておりました。なにせ、枢機卿の面々は皆さんお年を召した方ばかりで、こと軍事面では体力的に厳しいらしく、異例ではありましたが、私のような若輩者が職務に就いておりました。」
「なるほど、それで、元とは?」
「法国は実質滅んでしまいましたからね。主だった者は全て殺されたか捕まったかのどちらかです。私は運よく逃れる事ができたのですが、法国の中枢部はもう再起不能な状態です。そうなれば私の枢機卿という名も形だけのものですから、元と申しました。」
「そうですか。枢機卿ならばあなたが主導権を取って法国の再興を目指そうとは思わないのですか?」
「私がですか?いやいや私にそのような事は無理ですよ。私が先頭に立っても誰もついてきませんよ。この年で枢機卿なんて妬みこそあれ、誰も本気で私に命を懸けようとは思いませんよ。拝命して半年、これといった活躍もしていませんしね。引き継いで、さあ、これからという時にこの有様ですよ。」
「それは、何というかご愁傷様?といえばいいんですかね。」
「まあ、嘆いていてもどうにもなりませんからね。」
「それで、何故あなたはユミコさんと行動を共にしようと考えたのですか。」
「理由は2つですかね。1つは、この街に私の両親が住んでいるという事。それを守ってくれた聖女様にご恩を返したいというもの。2つ目は、そうですね。アルス様は帝国が今どの様な状態であるかご存じですか?」
「状態とは、どういう意味ですか?」
「これはまだ、一部の者しか知りません。そもそも私は軍を統括するために前線にいました。初めは十三連合国の難民が流入してくるのを防ぎつつ、帝国や十三連合国のどこかが戦乱に乗じて攻め入るのを防ぐことを目的に軍を配備しておりました。そしてお聞きになっているかとは存じますが、帝国が十三連合国を全て飲み込み、わが法国へ侵攻してきました。」
「ええ、伺っています。間者に紛れ込まれて戦線が崩壊したと聞いています。」
「んー、状況は少し違うのですが、実際は間者は全員捕縛しておりました。」
「皆さん、ここから先の話は食事の後になさいませんか。」
ユミコは突然割って入った。
「そうですね。食事の前にする話ではないですね。聖女様失礼いたしました。」
ルフィンはユミコに謝罪し、ユミコも軽く手を上げて謝罪を受け入れた。
ユミコがポーリンに頷きかけると、
ポーリンが手を叩き侍女たちが食事を運び込み始めた。
そして、聖女が祈りの言葉を捧げてから、食事に入った。
食事は慎ましやかに行われ、食後にお茶が出てきた。
侍女たちが全て引き下がると、ルフィンが話を再開した。
「先程の話の続きですが、捕まえた間者は個別に即席の牢屋へ入れておりました。尋問などがありましたから、すぐに処罰されなかったのです。そして、その日の夜、捕まえていた間者、全部で5人いましたが、何と言うか全員魔物になりまして牢を破壊し、砦内部で暴れ回ったのです。それを待っていたかのように、今度は空から大量の魔物が襲い掛かり、砦内は大混乱となりました。そして内側から門も開け放たれて更に魔物がなだれ込んできたのです。」
「魔物が連携?いや、その前に間者が魔物になった?その魔物って?」
「牢の近くにいた兵士の話によると、5人はそれぞれ、ミノタウロス、トロール、ダークエルフが2人、翼の生えた悪魔のような魔物が1体との事です。」
「姿を変えた?ポリモーフ・アザーの魔法か、それとも幻術か?」
「そして、空から襲い掛かってきたのは、ガーゴイルとインプ、それと2体のワイバーンでした。」
「・・・」
まるでモンスターホードを彷彿させる出来事に唖然としてしまった。
ルフィンはそのまま続ける。
「空からの襲撃で戦線などと呼べるものは無く、ただただそこら中で乱戦が始まってしまったのです。その乱戦の中で、門が内側から開かれてしまったのです。そして開いた門からゴブリンやオークを始め、見慣れない動物型など様々な魔物が侵入してきました。私はそこの部隊の隊長からもう落ちるのは時間の問題と言われ、速やかに逃げるよう言われました。私の目からもすでに抵抗する事が無意味である事は分かっていたので、退却の合図を出させ、自身も護衛と共に離脱する事になりました。殿は退却を勧めた隊長が務めましたが、彼はたぶんやられてしまったと思われます。撤退の合図が出た事で、そこにいた兵士達は四方八方、散り散りになり、一体どれだけの者が無事かもわかりません。砦を出て、離れた位置で振り返ると、砦に悠然と入ってくる帝国軍が目に入りました。帝国軍と魔物は戦闘にもならずというよりも魔物自体が帝国軍の先鋒だったと、その時初めて分かりました。その後、私も護衛と共に逃げておりましたが、10人いた護衛も途中で、追撃の魔物の為に全て失い、私も手傷を負わされて最後の護衛が途中で手に入れた馬に私を括り付けて逃がしてくれました。私は途中で気を失いましたが、なんとか首都に到着して手当を受けられました。その段階で法国の内部はごった返すような狼狽ぶりで誰も何も対策できずにいました。傷などは魔法で癒されましたが、休む間もなく帝国軍が首都に侵入してきました。一部戦闘があったようですが、ほとんど抵抗できずに蹂躙されたようです。私は、手勢の兵達と共に混乱の首都を脱出する事にしました。50人程の兵達が集まったのですが、その内の半数が脱出の際に魔物に殺され、残りも大半が戦闘に耐えられるような状態ではありませんでした。私も再び手傷を負って瀕死の状態でしたが馬車に乗せられ、この街まで逃れる事ができました。そして聖女様の癒しを頂き、一命を取り止めたのです。救って頂いたからには、その恩を返さなければなりません。これも神の思し召しでしょう。」
ここまで話して、ルフィンはゆっくりとお茶を飲んだ。
「今、私達が組織立って行動できるのも、彼のおかげなのです。」
ユミコが追随するように言った。
「分かりました。ルフィンさん、これからもよろしくお願いします。」
「こちらこそ。」
「それで本題ですが、この先どのようにしていく考えなんですか。」
俺はユミコの方に向かって訊いた。
「とりあえず、この街を守っていく事が重要だと考えています?」
「何故、疑問形?」
思わずつっこみを入れた。
「だって、前世でも会計事務所に勤めていたから、そういう方面は分かるけど、戦争や戦闘なんてさっぱり分からないんですもん。」
いきなり、ぶっちゃけたよ、この人。
「だからそのような言い回しはやめるように言ったでしょ。」
その言葉にポーリンは目頭を押さえて軽く首を振っりながら、
ユミコに言った。
「ここにいるのは、見知った者達だけだからいいでしょ。疲れるのよ。堅苦しい言い回しって。」
こっちが本性か。俺的にはこっちの方が接しやすいけどな。
「真面目な話だけど、ルフィンはどう考えている?」
俺は改めてルフィンに訊いた。
「現状では守るのも厳しいでしょうね。ただ、橋の近くにジュノー王国軍がいる事で、こちらがジュノー王国と連携している事を相手に見せられれば、守りやすくはなると思っていますが、ただ戦力的に守り切れるかというと厳しいでしょうね。」
「こちらの戦力はどの程度なんだ?」
「昨日までの状態で歩兵部隊が120名、即席の弓兵部隊が50名、神官兵が30名、斥候部隊が20名、街の衛兵が18名という感じですかね。」
ルフィンが答える。
「そうか、200強か、かなり少ないな。防衛施設もないとなると守るのは絶望的じゃないかな?話を聞く限り、帝国の純粋な兵士は全く損害がないと考えると1000人、そして魔物の部隊がどのくらいだ?」
「そうですね。500~600といったところではないかと。」
「帝国が2正面作戦でジュノー王国を動かないように抑える一方、こちらをいち早く片付けてジュノー王国と対峙するというあたりが帝国として無難な作戦だよな。ジュノー王国には最低1000人の兵が駐屯しているから、抑えるには同等の兵力がないと無理だ。となると、こちらに差し向けられる兵力は600くらいと言った感じだな。戦線を広げられると守るにも守り切れないのは明白だ。もっと守りやすい場所は無いものか。」
「この街の北に1kmくらい行った所に打ち捨てられた砦があります。しかし、かなり以前のものらしいので防衛力はそれほど期待できないですが。しかし、そこに籠っても街を守る事はできませんよ。首都から砦を避けて街に来るのはそれほど難しい事ではないですから。」
「いや、そっちの方がまだ可能性はあるかな。」
「いやでも、街が・・・」
「街の人間はどれくらいですか?全員疎開させましょう。」
「街の人間全員ですか。この街には今800人程いますけど、どこに逃がすのですか?」
ユミコも不思議そうに訊いてきた。
「船を総動員してどのくらい運べますか?」
「そうですね。一度に運べるのは精々200人と言ったところでしょうか。」
ルフィンが答える。
「別に船で長旅しようって訳じゃなくって、ジュノー王国に一時的に避難させてもらうだけだから、渡河できれば問題ない。」
「それでしたら、1日あればなんとかなると思います。」
「兵士達と、街の有志を集めて砦に移動しよう。ジュノー王国には俺から一筆認めるからそれを斥候部隊に渡して橋の砦にいるジュノー王国のバッシュ司令官と冒険者ギルド長に渡してもらいたい。避難する人たちの持ち物は最低限の食料と金銭のみで家財などはそのままにするよう徹底して下さい。こちらも残った食料と砦修復の部材などを早急に運ぶ準備を始めさせてください。時間はあまりありませんよ。」
「わかりました。」
ユミコとルフィンは圧倒されるように答えた。
皆が準備に入るために部屋を出た時にポーリンを呼び止める。
「シスターポーリン。あなたに折り入って頼みがあります。」
「何でしょう。アルス様。」
「少し姑息ですが、避難を早めるために、一つ噂を流しておいて下さい。」
「噂ですか?」
「ええ、帝国に捕まったら魔物の餌になってしまう。なので、街に残っても待っているのは死のみだという事です。」
「なぜ、そんなことを?」
「必ず、街に残りたがる者がでてきます。そう言った者が出始めるとそれに釣られて避難しない者が多数出てしまいます。なのでなるべく大勢避難してもらえるよう誘導しないといけないのです。」
「それでも残りたいと思う者は出てくるように思いますけど。」
「もちろん、出て来るでしょう。しかし、それはそれで諦めるしかないと思いますが、単に乗せられて残る人間を放置するのは、こちらとしても心残りになってしまいます。街に残る事で生き残る可能性が全くないという事を知らしめなければそう言った人間が多くなると思ってます。なるべく助けたいのです。」
「・・・わかりました。お任せください。」
そういって、ポーリンは部屋を出て行った。
俺はすぐに、バッシュ司令官宛の書状と
冒険者ギルド長宛の書状を書き連ねた。
どちらも、現状の法国の内情と帝国の戦力や
避難民の受け入れの懇願などを書き記した。
また、聖女たちと共に砦に入り、徹底抗戦をする旨も書き添えておく。
書き終わる頃に、頼んでいた斥候の2人がやってきた。
2つの書状の宛名は司令官とギルド長の連名になっており、
どちらか一方でも届けば伝わる事になっている。
早速2人に書状を渡し、一人は法国内からもう一人は渡河後、
橋の砦に向かう手筈になっている。
2人が出て行ったあと、物資の集積所へと向かう。
街の物資の集積所では物資の運び出しの準備が進められていた。
そこを指揮する隊長と思しき人間に声を掛ける。
「順調ですか?」
その隊長は一度こちらを値踏みしながら見たが、
Aランク冒険者の印である金属プレートのネックレスを見て態度を改めた。
「アルス殿でいらっしゃいますか。」
流石は兵士の隊長。こちらが見た目子供でも階級には従うらしい。
「アルスです。初めまして。準備は進んでいますか?」
「今の所、順調ですが、全部を運び出すのは難しいかもしれません。」
「というと?」
「馬車が足りません。先程街の人間の避難用に物資を供出したのですが、それでも半分ほどは置いて行かなければならないかもしれません。往復できる余裕があれば、3往復もあれば運び出せるとは思いますが。」
「そんな時間は無いと思うけどね。その前に、この街に魔物が襲撃に来てしまうと思う。首都の制圧に時間がかかっていれば別だけど当てにはできないね。」
「では、諦めますか?」
「残りは俺が運び出そう。馬車に乗せられるだけ乗せて運べない物資がでたら、俺の所に来てくれ。」
「分かりました。」
次に船着き場へ向かうと、
既に避難民でごった返していた。
避難順序は、予め優先順位を決めている。
最初は女子供、次に病人や怪我人、最後に有志に参加しなかった男達である。
ただ、例外として有志に参加しようとしたけれど別命で
こちらに参加する者もいる。
街の町長を始めとした行政の人間の何人かと
暴動や自衛の為の腕に多少覚えのある護衛役、主に衛兵が20人ほどだ。
護衛役は兵士からは出せないので、市民の中で頑丈そうな者を選んだ。
ここを指揮する隊長のような人を見つけたので声を掛ける。
「どうですか?」
その兵士も俺を認識すると態度が変わり答えた。
「順調です。街に変な噂が流れて最初は我先にと大変でしたが、聖女様が現れて、最後の避難民が出るまで兵士と共に残ると演説して頂いたおかげで、混乱は収まりました。この調子でいけば、日が暮れる前には全員が渡河できると思います。」
「わかりました。頑張ってください。」
一度、本部というかユミコのいる建物まで戻る事にした。
ユミコの下に戻るとちょうど、偵察に出ていた斥候部隊が戻ってきていた。
「アルス様、ちょうどよかった。今偵察から帰ってきた者達から報告を受けるところだったのです。一緒に聞いて下さい。」
ユミコが隣の席に座るよう促したので、隣に座る。
「ご報告いたします。首都は完全に帝国に占拠されたようです。首都の西端に魔物の集団が、中央の教団施設周辺には帝国兵が集まっています。敵は首都で一夜を過ごす準備に入ったようですので、今日は安心だと思います。」
「街の様子はどうでしたか?」
「・・・はっきり言って惨憺たる有様です。遠くから見ただけですが生き残った者はほとんどいないでしょう。隠れていた者も引き出されて魔物に食われたりと酷い状況です。」
「そうですか。ご苦労様です。私達は、今、街の住人を避難させて砦に入る準備をしています。お疲れの所、申し訳ないのですが、砦に先発した斥候部隊と歩兵部隊に合流して下さい。出発は2時間後、それまでに食事と休養をして下さい。」
「はっ。失礼します。」
そういって、斥候部隊の隊長は部屋を出て行った。
隣を見ると、ユミコが何とも言えない苦しそうな表情を浮かべていた。
聖女として助けられない事に忸怩たる思いでもあるのだろうか。
そんなユミコを見て頭をポンポンと軽くたたく。
「俺達は神様ではない。手の届くところで頑張ればいいんだよ。あまり、気に病むな。」
ユミコは俯いていたが、その言葉に
「そんな顔してました?」と作り笑いをしてきた。
「やらなきゃいけない事が沢山あるだろ。さあ、行くぞ。」
2人で部屋を出た。
部屋を出ると、先程物資の運び出しを指揮していた隊長がやってきた。
「アルス殿、馬車に積み込める物資は全て積みだして出発させました。残りの物資をお願いしても良いですか。」
「分かった。一緒に行こう。ユミコ、また後でな。」
そう言ってユミコと別れて物資の集積所に向かった。
避難民の誘導がすんなり行ったおかげで夕方には
全部隊撤収できる体制になった。
残っているのは、避難民の護衛に残った首脳部の我々と歩兵30人だけだ。
索敵でも街に残っている人間は一人もいないのは確認済みだ。
「ここまで順当に進めたのは快挙だな。では出発しよう。」
俺の合図で最後の部隊が砦に向かった。
砦に着いたのは日が暮れた矢先の事だった。
砦は森の中にひっそりと佇んでいる。
周辺に木が多数生えていたが、短期戦の為、
丸太でそのまま利用する補強用として切り倒されている。
砦の壁の補強や、砦内の施設の補強など着々と進められている。
壁は補修する時間もないので、鉄板を張り付けたりしていた。
2か所ある扉の補強にも丸太や鉄板が使用された。
物資を取り敢えず集積場所に出しておく。
俺は先に壁の補強をするつもりだ。
砦の外側から弱そうな部分を見つけ出し、
そこにストーンウォールの魔法をかけて壁を2重にする。
そして、新しく覚えた永続化の魔法パーマネンスだ。
この魔法で、ストーンウォールは効果時間を永続的にさせる事が出来る。
簡易な応急処置としては十分期待できる。
「ストーンウォール!」
「パーマネンス!」
結局3時間ほどかけて、1周全てに補強して回る結果となった。
あとで聞いた話だとこの砦、
打ち捨てられて200年放置されているとの事だった。
逆に200年形を保っていた事の方が凄いと思ってしまった。
すぐにMPが回復するとはいえ、流石に疲れた。
皆にも突然いなくなって心配されて叱られてしまった。
そして夕食もそこそこに寝かせてもらうことにした。




