8日目 範囲魔法の効果
●8日目(グリウス歴863年5月10日)
今日も薬草採取の依頼だけど、今日は少なめにする予定だ。
話は変わるが、今日初めて暦が存在している事に気がついた。
今日は、『グリウス歴863年5月10日』ということだった。
なんでも遥か昔にグリウスという皇帝が作らせたそうだ。
この地域の季節は、ほぼ前世の日本と同じような気候らしい。
それなので、しっかりと四季がある。
この世界で目覚めたのは5月4日という事になる。
折角なので、この日を俺の誕生日として覚えてこう。
朝食を済ませてからギルドで受付をし、
昼飯を買っておき、早速出発する事とした。
例の襲撃地点には、いくつか取らずに残しておいた薬草がある。
今日は、それを探した。全部で7本あった。
少し戻った所の森に獣道らしきものがあるのを昨日発見していたので、
その場所まで戻ることにした。
ランゴバルドの街から結構近い場所にあり、人が通った跡も散見できる。
この道を基準に動けば迷わずに済むかもしれないと思う。
慎重に索敵を行いつつ、時折振り返って分かれ道がないか確認しながら進む。
20分くらい進んだだろうか。ようやく索敵に反応があった。数は3体。
数的には丁度良い。
索敵で相手の進行方向を意識しつつ、不意を打てそうな距離で潜んで待つ。
すると、小型の人型で首から上が犬のような生き物だった。
武器は全3体ともこん棒を持っている。
はじめは範囲魔法を試したい。射程範囲に入るのをジッと待つ。
ところが、範囲魔法の射程ギリギリのところで、立ち止まり
何か警戒をし始めた。慌てて索敵スキルを発動させるも
この近辺には俺と奴らしかいない。まさか気づかれた?
だが、奴らは警戒しつつも、ゆっくりと射程内にしっかりと入った。
よし、今だ!「ウインドストーム!」
たちまち、犬の頭をした3匹の生き物を中心につむじ風が勢いよく現れ、
瞬く間に3匹を切り刻んでいく。
3匹は甲高い鳴き声を発しながらも飛ばされまいと必死に耐えていたが、
それがかえって風の刃に切り刻まれる結果となった。
風が収まった後には、3匹は絶命していた。
周りの木や下映えの草もボロボロになっている。
3匹を確認すると四肢が切り取られているものがいれば、
浅い傷が大量にあり、なんとか倒せた感じのものもいた。
どうやら障害物が多いせいで効果にバラツキが出来てしまうのだろう。
開けた場所でも要検証だ。
死体を物品鑑定すると、『コボルドの死骸』と表示された。
魔石は回収して、死骸はそのまま捨てておく。
こん棒もズタボロで使い道もなさそうなので無視した。
レベルはまだ上がっていない。
一度、獣道へ戻り、更に周辺の索敵をしていく。
するとコボルドがいた方とは反対側に1匹反応があった。
ゆっくりとそちらに向かう。向こうもゆっくりと動いているが、見えない。
30m付近まで近づいても見えない。追いかけるように接近していくが、
15mまで近づいても見えない。いつでも攻撃できるように意識しながら、
更に10mまで近づく。耳を澄ますと微かに葉の擦れる音が聞こえる。
やはり、近い。さらにゆっくりと近づくと、残り5m付近でようやく
それに遭遇した。体長2m弱の大きな蛇だった。
それはニョロニョロとくねりながらゆっくりと這っていた。
蛇ならばと、蛇の頭めがけて光属性魔法を放つ。
「ライトビュレット!」
唱えた刹那、光の弾丸が超高速で蛇の頭を貫通していた。
こいつはただの蛇なので魔石がないらしい。
肉も皮も取引されていると思うが、解体できないので放っておいた。
まだレベルは上がらない。
また獣道へ戻って、更に奥へと進んだが、何も遭遇できなかった。
だいぶ時間も過ぎたので、獣道を戻って森を一旦抜けることにした。
森を抜けだした頃には、日も傾き始めていたので、
無理をせず、そのまま街に帰ることにした。
ギルドでヘレンさんに今日は少ないんですねと言われてしまった。
まあ、毎回多いと何かと面倒だから良しとしよう。
依頼を処理してもらい銀貨21枚、今回は全部銀貨でもらった。
受け取る時に「アルスさん、コボルドを倒してますよね。」と聞かれた。
ああ、そっかぁ、カードに記されるんだった。
「ええ、そうでした。忘れてました。魔石買取できますか。」と
とぼけた風に言うと、クスクスと笑われてしまった。
「はい、こちら買取分の銀貨12枚です。」
コボルドは弱いモンスターみたいだな。
「ところで、なんか冒険者の人、少なくないですか?」とヘレンさんに聞いた。
いつもこの時間だと、もっといるはずなのに、いつもの半分くらいしかいない。
「アルスさんは朝から出たから聞いてないんですね。実はバルシー神聖法国の北にある鉱山で大量のモンスターが発生して、法国の軍隊が対応したのですが、人手が足りないという事でジュノー王国の冒険者ギルドに今朝、救援要請が入ったんです。それで現在まで50名近くの冒険者が法国へ行きました。」
「へー。法国には冒険者が少ないんですか?」と訊いた。
「法国には冒険者は実質いません。ギルドは一応ありますが、事務所を構えているだけです。法国は自国民が冒険者になる事を禁じているのです。ですから他国から入ってきた冒険者への連絡や様々な事務などだけ行っているのが法国の冒険者ギルドなんです。」
「なるほど。そうなんですね。」
そんな情報を聞きつつ、俺には関係ない話だなと思っていた。
ギルドを出て見慣れない露店があったので、ちょっと気になり見に行った。
「いらっしゃい。見て行ってくれい」と陽気そうな20代前半と思われる店主が
ニコニコしながら、座っていた。
「見させてもらうよ」といって、見てみる。
この辺りでは見かけない風変わりな商品が並んでいる。
おやっ?これは!もしかして。「これなんですか?」と聞いてみる。
「ああ、これかい。これは船の上で方角を示す。道具さ。東方の国の代物なんだがね。珍しいので買ったんだが、こっちではあまり人気がないんだよね。ただ、こっちでは、希少価値がありそうだから、そのうち売れるだろ。」ということだ。
やはり、これはコンパス。手のひら大で、少し大きいが良いかもしれない。
「これは、魔法の道具かい。」と念のため聞いてみた。
「いや、これは魔法の道具じゃないんだ。東方で産出される石で北の方角を常に指しているという変わり種だ。ただ揺らしたり、場所によってはダメだったりするらしいから、そこだけ気を付ければかなり正確だよ。」
やはり、間違いない。
「へー。面白いね。これはいくらだい?」と半分興味を持った風で聞いてみる。
「おっ、目の付け所がいいねえ。これは希少もんだ。金貨5枚だ。」とずいぶんな金額だ。
「結構高いね。ちょっと高すぎるなぁ。やめておくか。」
と興味をそがれた感じで違うものに目を向けてみる。
「いやいや、こんな商品二度とお目にかかれないかもしれないよ。金貨4枚にまけるからさぁ。どうだい?」
なんだ、結局売れ残って困ってるんじゃないか。
「金貨2枚。それなら買ってもいいかな。」と吹っ掛ける。
「お客さーん、そりゃないぜ。俺に首くくれってか。しょうがない。金貨3枚と銀貨5枚だ。これ以上はまけらんねぇ。」と腕を組んで目をギュッと瞑っている。
これ以上は厳しいか。それなら、
「じゃあ、その干し果物をいくつか付けてよ。それらなら、金貨3枚銀貨5枚で手を打つよ。」
とダメ押ししてみる。
「ムムムムム・・・。持ってけ泥棒。こんちきしょー。」
・・・あんたは江戸っ子かい!
コンパスとこの辺では見ない干し果物を5個もつけてくれた。
これで、森の探索が結構楽になるのではないかと密かに喜んだ。
いやぁ、良い買い物ができた。