71日目 防壁の上にて
●71日目(グリウス歴863年7月13日)
朝、起こしに来てくれたヒュリアと朝食をしていると、
ドワーフの城からの伝令が訪ねてきて
今日の昼前にギームと会談の為に城まで来て欲しいという連絡が来た。
勿論、願ったり叶ったりなので二つ返事で了承した。
時間が来るまで、ドワーフ王国の街中を散策する事にする。
まず、ドワーフ王国の城は、城と呼べるような見た目ではなかった。
大きな山を半分に切ったような感じに見える。
事実、ヒュリアによると、元々鉱山だった場所を山半分削って
そこに半分埋まって見えるような形で城が建っている。
城の中は半分が鉱山を改造した物で、天然の要塞になっている。
城の裏側は切り立った崖のようになっており、登るのも難しいらしい。
それというのも、山自体が鉄鉱石の塊みたいなもので頑丈なのだそうだ。
その城の周りに街が出来ており、この街も全てが石造りとなっている。
ただ、建物自体は全て低く、精々が2階建てくらいしかない。
街の周囲、特に東方や南方は農業区域になっている。
西方のかなり遠くに城壁のような物が見える。
距離的には街から数kmはあると思うが、
イメージとしては万里の長城をイメージさせる。
尤も、それよりも随分高く建てられているのだが、
これは対巨人族の為であると説明される。
少しだけドワーフの王都を見て回りながら、王城へ向かった。
入り口では既にこちらの来訪は告げられているようで、すんなり通された。
案内に従い、昨日と同じ部屋に通された。中にはギームが座って待っていた。
「もう少し早く来んか。待ちくたびれたぞ。」
「この時間に来るように言ったのはそちらでは?」
ヒュリアも笑みを見せながら答える。
それぞれが席に座り、ギームが問いかける。
「さて、書状に書いてあった内容は本当の事なのか?」
「本当かどうかは分かりません。しかし、私もアルスもその可能性は高いと踏んでいます。企みの全てがではなく、そのいくつかは帝国の仕業と見ています。」
書状の中身は、この間ヒュリアと話しあった
帝国の企ての可能性についてのようだ。
「何か証拠があっての話ではないのか?」
「証拠があれば苦労はしませんわよ。その証拠を見つけるためにここまで来たんですから。」
「そうじゃったの。だが、今は復興中の事だから、お主達に貸せる戦力なぞないぞ。」
「そんなの期待してないわよ。あなた一人で十分よ。」
「お主はいつもそういう無理ばかり言う。わしだって忙しいのじゃぞ。」
「あら?子供たちの誘拐事件解決より重大な事でも抱えているのかしら?」
「ムムム・・・」
「それにこの話が本当なら次はもっと酷いことが起きるような気がするのよ。仮に関係がなかったとしても今回の巨人族の襲撃は腑に落ちない事ばかりじゃない。それを調査するのも今後にとって大切な事ではなくって。」
明らかにヒュリアに言い負かされているギームだった。
そういえば、ギームとヒュリアが2人で調査している時も
ギームがヒュリアは我儘だとか口の達者なエルフとか
負け惜しみ的な事を言っていたっけ。
「その書状にもある通り、ジュノー王国の諜報員が持ち帰った情報によれば、誘拐事件の黒幕は帝国で間違いないと思われます。表沙汰になっていない事件を帝国にいた諜報員がその内容まで知っているというのはあり得ないし、偶然でもないと判断します。あとは帝国がどの程度の事を考え、行動するのかを知る必要があると思わないかしら。」
「確かにな。・・・分かった、少し待ってくれ。王に許可を取ってくる。なに、時間はかからんじゃろうて。」
そう言って、部屋を出ていく。
待っている間に、小間使いのドワーフが入ってきて、
軽い食べ物や飲み物を振舞ってくれた。
昼もまだだったし、ちょうどいいやという感じで
3人は遠慮せずに食べ始めた。
たらふく食べた後、ようやくギームが戻ってきた。
そして部屋の状態を見て一言。
「お主達は飯も食わず人がお主達の頼みを聞こうと王と話し合っている間、遠慮なしに食い散らかしおって。儂の分は無いのか?」
最後の部分が本音か?
「勿論、取っといてあるわよ。ほらっ。」
ヒュリアはそう言って皿にいくつか乗った肉の塊を差し出した。
「私は肉は食べないから、ギームに残しておいたわよ。さぁ、召し上がれ。」
「フン!まあいい。」
そう言いながらも肉にかぶりついた。
「それでどうだったのかしら?」
「ああ、問題ない。だだし、期限は1週間と言われたわい。それ以上は仕事が滞ると。」
「上々ね。それで、アルスこの後はどうするの?」
いやいや、いきなりこっちに振られても何も情報もないんですけど。
でも、そうだな、刑事ドラマでも現場百回とか言っていたセリフもあるし、
何かしらヒントが残されている可能性に賭けるか。
「襲撃のあった場所に行ってみたい。特に襲撃の激しかったところがいいな。」
「それなら、すぐにでも行けそうね。ってちょっと、ギームいつまで食べてるの?さっさと行くわよ。案内してちょうだい。」
それを聞いたギームは残りの肉を口に一気に頬張った。
そんな急かさなくても。ヒュリアもギームに対して遠慮がないな。
これも信頼関係のなせる業かな。
そして防壁の方へ向かう事になった。
防壁に資材を運ぶ馬車があったので、それに便乗させてもらった。
ギームもそれなりに地位の高い貴族だ。
色々と便宜を図ってくれる者達も多いようだ。
防壁までは2時間くらいで着くそうだ。
その間に、ドワーフがどうやって巨人族と戦ったのかを訊いた。
ドワーフの防壁には機械化師団と呼ばれる部隊が常に常駐しているらしい。
その機械化師団は主にカタパルト(投石器)や
バリスタ(大型固定式弩弓)や固定式の小型連装クロスボウが
備えられているらしい。
時折、巨人族が投石といっても岩のような大きさだが、をして来るので
これらの武器で追い払うらしい。
ただ巨人族もこちらの射程を知っているので、
遠くから届きもしない投石をして挑発するくらいらしい。
そして数も普段なら数体がいい所なのだが、
今回に限っては200体ほどの巨人族が攻めてきたらしい。
その内訳は、7割がオーガーで、2割がトロール、
1割がジャイアント系だったらしい。
「よくそんな大部隊の敵を追い払えたね。」
俺が質問すると
「まあオーガーは図体がデカいだけで大して強くもない。トロールも再生能力があるとはいえ、我々ドワーフにとって相性はそれほど悪くない。奴らの再生能力も火には弱いし、酸を投げれば再生もできんよ。問題はジャイアント種じゃ。他の者より頭も回るし、狡猾だ。ただ、今回ははっきり言って、ジャイアント系の同士の揉め事で勝てたようなものじゃな。奴らは内輪揉めを途中から始めおったんじゃ。」
「何を揉めていたんですか?」
「さすがにそれは分からん。というか、もう着くぞ。」
先程遠くから眺めるだけの防壁が今目の前にそびえ立っている。
高さは5mはありそうだ。
馬車から降りて、防壁の上に登ってみる。
登るには階段が設置されており、そこから簡単に登れるようになっている。
防壁の上には撃退用の武器が一定の間隔で設置されている。
また、監視塔もあり、通常時はそこで見張りが立っているようだ。
防壁の外は、荒野になっていて、木などがほとんど生えていなかった。
「昔はこの先にも草木が生えていたが、度重なる戦闘で今ではこのような状態なのじゃ。」
ギームが説明してくれた。
「こっちじゃ。」
そう言って、ギームを先頭に防壁の上を歩き出す。
防壁は5m程の幅があり、かなり広くなっている。
カタパルトが設置されている場所は更に幅が拡げられていて、
通行の邪魔にはなら無さそうだ。
しばらく歩いたが、外側に景色は全く変わらず、唯々、荒野が広がっている。
「ふむ、この辺りじゃな。この辺りが、一番被害が大きかったところじゃ。」
既に防壁も修復されていて、壊された感じはしなかったが、
よく見ると材質が新しいのが分かる。
「これじゃあ、何もわかりませんね。」
ヒュリアは感想を述べた。
「なぜ、ここが攻撃されたのかな?」
「あそこを見てみるのじゃ。」
ギームはそう言って、荒野の一画を指さした。
そこは少し小高い丘というか岩石の小山のような状態になっている。
「あそこの陰に隠れて敵の本体が潜んでいたんじゃ。あの小山の反対側は、切り立った崖のようになっていてな、巨人族共が身を隠すにはちょうど良い場所なんじゃ。崖の場所はだいたいここから500mくらい先じゃ。」
うーん、ちょうど俺の索敵範囲外か。
「その向こうはどうなっているんですか。」
「あの先は、山あり谷ありの岩石地帯じゃ。巨人族でも身を隠す場所が多いから、危険な場所じゃ。」
「ちょっと、様子を見て来るんで、2人はここで待っててくれる?」
「おい、危険じゃと言ったじゃろ。」
「フライ!」
「プロテクションシールド!」
「ミサイルプロテクション!」
魔法を最低限発動させて飛んで行く。
あまり高く飛んでは索敵が有効に機能しないので、
防壁の高さのまま、飛んで行く。
後ろでは、ギームがポカンと大きく口を開けて驚いているようだ。
そしてその横ではヒュリアがクスクスと笑っている。
飛びながら、後ろの2人に手を振り、岩山の方へ向かう。
索敵に注意しながら飛んで行くが、索敵には何も掛からずに、
岩山の頂上部分に到達する。
頂上付近の人一人立てそうな場所に降りる。
岩山の先は切り立った崖になっていて、その先は話通り、
ゴツゴツした岩が転がっており低い岩山やクレパスのように
まるで地面にひび割れたような場所が散見する。
索敵には特に反応はない。
隠れていたと思われる場所に降りてみる。
そこには食い散らかされた動物の骨や皮が打ち捨てられていて、
それらは干からびた状態だった。
それに酷い悪臭がする。
腐敗臭や血の匂い、糞尿の匂いなどが入り混じり、耐えがたい。
服の中にいたリリーも「臭いよー」と嘆き始めたので、
すぐに先程いた場所まで飛んで戻る。
「ふー」
大きく深呼吸して新鮮な空気を吸い込む。リリーも真似して深呼吸する。
「かなりひどい匂いだったね。」
「リリーの鼻が曲がっちゃうよ。」
リリーはそう言って顔を顰めた。
「一旦、戻ろうか。」
そう言って
一気に防壁まで飛んで戻った。
「どうでしたか?」
ヒュリアが真面目な顔で訊いてきた。俺は状況を説明した。
「酷い状況のようじゃな。近いうちに消毒した方が良さそうじゃな。」
説明を聞いたギームも答える。
「どうやって消毒するのですか?」
ヒュリアが訊いた。
「簡単じゃ。火で燃やし尽くすんじゃ。そうしないと変な病気が流行らんでもないからな。」
なるほど、病原菌の知識は無くても、対処法は知っているんだな。
「ざっと見た感じでは何も手掛かりになりそうなものは見つけられなかったよ。というか臭くていられなかった。」
「仕方ないですわよ。」
ヒュリアは肩をすくめて言った。
「そう言えば、ギームは戦闘に参加したんですか?」
ギームに戦闘の様子を聞こうと訊ねた。
「儂が戦闘に参加したのは、防壁が破られた後じゃ。襲撃の報を聞いて、部隊を集めて駆け付けたんじゃ。その時にはもうすでに防壁の周囲で乱戦状態じゃった。相手のほとんどがオーガーじゃったので防壁の上からとにかくオーガーを減らすために石弓隊や防衛隊で集中砲火を浴びせたのじゃ。防壁の周囲では戦士団がオーガー共を押さえておった。儂の部隊は魔法師部隊と協力してトロールを押さえたんじゃ。襲撃の後方にジャイアントが現れたのだが、何故か分からんがジャイアント同士なにか揉めておって無防備だったから、防壁に設置されたカタパルトやバリスタで集中的に攻撃したのじゃ。それで、数体の巨人族を屠った所で、敵は引いて行ったのじゃ。戦の流れはこんな感じじゃ。」
オーガーやトロールは強くともこれだけの数を指揮する事などあり得ない。
当然、後方にいたジャイアントが指揮していたと判断したのは正解だ。
そして、指揮する者が攻撃されれば、相手は簡単に撤退するのも当然だ。
巨人族はそれ程魔法に長けているわけでもなく、
ドワーフのように様々な道具を使うような器用さも持ち合わせてはいない。
あるのは、強大な力である。
しかし、ジャイアントの中にも稀に知能の高い個体も存在するようだが、
知能が高ければ、このような攻撃をするとは思えない。
何せ結局は今回の戦術は力押しの様だからだ。
何の策も感じられない。
強いて言えば、隠れて一斉に攻撃したくらいだろうか。
仮にこの戦闘を焚きつけたのが帝国の人間だったとして
何を以って攻撃させたのか、どうやって言いくるめたのか、
何かあったから巨人族もその話に乗ったはずだ。
目的も、時期も、手法も分からないことだらけだ。
本当は偶然の産物で帝国は関係ないとか?
いや、状況的には帝国は何かしら絡んでいるのは、ほぼ間違いないはず。
「どうしました?」
ヒュリアが俺を覗き込んだ。
「うわっ。」
思わず、ビックリして我に返った。
「大丈夫?」
ヒュリアが訊いてきた。
「ごめん、考え事してた。」
「そう。ならいいわ。それで、これからどうするの?」
「んー、この先ってどうなってるのか知ってる?」
荒野を指さして訊ねる。
「昔、冒険者とか遠征軍とかが行ったという記録もあるが、結局何かあったという話は何もないな。」
「エルフの方でも同じですね。」
ヒュリアも答える。
「巨人族の生態ってどんな感じなの?」
「そうさな、巨人族は氏族単位か家族単位で生活していると言われている。それというのも、大きな集団では食料が賄いきれないというのが定説だな。基本肉食だから、動物をはじめゴブリンなども食料として食ってしまうらしい。住処としては洞窟などがあるが、そう言った場所を持たない巨人族は定住すらしていないという話もある。拠点などがないものだから、こちらから攻め入るという事も出来ないのが現状だと言われておるな。」
「それじゃあ、巨人族を探すのは難しいんだね。」
「そうでもないぞ。この辺りの巨人族は夜行性ではないからな。日中探せば、それほど難しくはないのではないか。逆に夜は出会わない方が多いと思うぞ。あとはオーガー等を取っ捕まえれば自分の住処を吐かせることも難しくは無いだろうな。」
「でも定住していない巨人族も多いんでしょ。そうしたらどこにいるかなんてその都度変わるんじゃないの?」
「定住していないとは言っても、奴らにもテリトリーというものはある。うろついていると言っても徘徊しているルートは決まっておろう。やつらは、縄張りを侵されるのを非常に嫌う傾向にあるからの。」
「じゃあ、どこかのテリトリーに入れば、襲われるの?」
「襲われるじゃろうな。間違いなく。」
「さて、ここで考えていても得られるものはないでしょう。一度、戻りませんか。」
ヒュリアが提案した。
「そうじゃの。時間も時間だしな。よいか、アルス。」
「はい。戻りましょう。」
王城に戻った後は、城で泊れるよう、それぞれに一室用意されていた。
着替えを済ませて、食堂で食事をとる事になった。
食堂では、兵士達が食事をしていたり、一人当たりの杯数制限があるものの、
酒も飲めるらしい。流石はドワーフである。
食事をしていると、近くのテーブルでの話が聞こえてくる。
「だから、お前の見間違えじゃないのか?」
「いや、確かにチラッと見えたんだ。あれは絶対に人間だった。」
「はっきりと見ていないのだろう。何かと見間違えたに決まっている。俺が見た時は何もなかったじゃないか。」
「いや、そうなんだが。」
「お前も連勤で疲れているんだろ。明日は休みだ。しっかり休むんだぞ。」
そう言った会話が聞こえた。
ヒュリアもギームも聞き耳を立てていた。
「ねえねえ、そこの兵士さん。」
俺はその話をしていたドワーフの兵士に声を掛けた。
「ん?なんだね?はっ、これはギーム殿ではありませんか。このような所でどうされたのですか。」
後ろにいたギームを見て、兵士達は全員立ち上がった。
「よい。仕事は終わったのであろう。寛ぐがいい。それよりもアルスが訊きたい事があるようだ。」
「アルス?もしや妖精族の友のアルス殿でいらっしゃいますか?」
「ええまあ。そうですね。」
「これは、お会いできて光栄です。」
「あ、ありがとう。それで、さっきの話なんですけど、人を見たという話なんですが、どういった内容なのですか?」
「はい。実は私とこの隣にいる者と夜間、防壁の上で巡回警備をしていたのですが、おい、その時の事を話すんだ。」
「ああ。えーとですね。こいつと巡回している時に防壁の外に一瞬明かりが見えたような気がしたのです。不審に思い、すぐに望遠筒で覗いたら森の中に一瞬だけ人影が見えたのです。ですがホントに一瞬だったので隣にいたこいつにも見てもらったのですが、それ以降明かりも人影も見えなかったのです。」
「望遠筒って?」
「ああ、こちらです。」
そう言って出したのは、小型の望遠鏡だった。
へー、こちらでは望遠筒って言うんだ。
「こいつと俺はここの所、連勤で夜警に当たっているので、疲れから目の錯覚でも見えたんじゃないかって話していたんです。」
「それは、どの辺りでしたか?」
「ちょうど、北部エリアでしたので、ちょうど、第3監視塔と第4監視塔の中間地点だったと思います。」
「そうするとお主が見たのは森の中という事かの?」
ギームが確認するように訊いた。
「はい、そうであります。ほんとに一瞬の事でしたので、その場所まではわかりません。」
「まあ、暗闇の中ではな。仕方ないことじゃろう。このことを後で隊長に報告して念の為警備を厚くせよと伝えろ。」
「はっ。見たことについては報告済みであります。警備を強化するよう伝えます。失礼します。」
そう言って、2人の警備兵は部屋を出ていった。
「2人の見た場所ってどんな所なんですか?」
「さっきの話だと妖魔の森の中辺りではないかな。第3と第4の間という事は川と荒野のちょうど中間あたりになるのかの。」
「明日、見に行きませんか。」
ギームに訊いてみる。
「わかった。明日の朝に奴らに案内させるよう手配しておこう。」
明日の予定を決めて、それぞれ部屋で休むことにした。




