3日目 初めての仕事、初めての戦闘
●3日目
ふあぁぁ、よく寝た。
・・・夢ではないか・・・。そう独り言ちて、のそのそとベッドから起きた。
今日からしっかり稼いでいかないと衣食住に困ることになる。
軽く身だしなみを整えと言っても服の皺を伸ばす程度だが。
宿の裏にある井戸で顔を洗い、寝癖を直した。
昨日買ったパンは歩きながら食べればいいかと宿を後にした。
今日の分の宿代はないから、宿には仕事次第でまた来ますと濁して出てきた。
まっすぐギルドに来て、掲示板を見る。
『倉庫整理 本日中 銀貨5枚』
『倉庫整理 明日 銀貨5枚』
『倉庫整理 明後日 銀貨5枚』
『どぶさらい 期日未定 銀貨6枚銅貨5枚』
など、Gランクの仕事を見つける。
この中の張り出されている紙の3枚を引き剥がし、受付へ持っていく。
「おはようございます」そこにはヘレンさんがいた。
「おはようございます。この依頼をしたいのですが。」
「はい。3つとも受けるんですか?」と確認してくる。
「ええ。同じ場所だし。倉庫整理は得意なんです。」
「でも3つ同時に受けてしまうと、もし大変だったとしても止められないですよ。1つずつがいいんじゃないかしら。期限もありますし。」
「いえ、大丈夫です。頑張って稼がないといけないですから。」
「そうですかぁ」
ヘレンさんは少し不安そうな顔をしているが、受付をしてくれた。
異空間収納を使った定番のチート用の仕事だ。昨日異空間収納を使ってベッドと
テーブルを入れてみたけど、まだまだ入りそうだから十分できるだろう。
なるべく、見られないように仕事を片付けてしまいたい。
ヘレンさんに詳しい場所を教えてもらい、すぐに向かう事にした。
そこは中規模の商会のようで、倉庫をいくつか所持しているようであった。
商会の扉を開き、中にいる人に依頼できた旨を伝えると裏に倉庫があるから
その前で待つように言われた。
「君が依頼を受けてくれた冒険者かい?」と近づいてきた。
「私はこの倉庫の管理をしているガロンという。」
がっしりとした体躯で精悍な感じを受ける。
「はい。アルスと申します。よろしくお願いします。」と言って依頼票を渡す。
「3件とも君、失礼アルス君がやるのかね?」と値踏みをするような視線。
「はい、荷運びとか倉庫整理は実家でよくやっていましたから。」とうそぶく。
あまり、納得したようには見えないが
「では、こちらに」といって倉庫内に入っていった。
倉庫の中には、かなりの箱が積まれており、箱には色のついた布が貼られていた。
「今日はこの倉庫にある品が入った箱を整理して頂きます。箱にはそれぞれ、赤、青、緑、黄の布が4種類貼ってあります。それを色別に分けて下さい。中には、割れ物もありますので、扱いには十分気を付けてください。それと明日と明後日も同じ内容なので、明日はこの倉庫の右隣、明後日は左隣の倉庫を整理して頂きます。以上です。何か質問はありますか?なければ、始めてください。終わりましたら、裏口をノックして下さい。」
それだけをいうとガロンさんは裏口に入っていってしまった。
「よし、やるか!!」
異空間収納の実験もかねてまずは、どこまで収納できるか試してみる。
倉庫の半分くらいで収納が一杯になったようである。
「レベル1だとこんなものか」
あとは、ひたすら入れて出すを繰り返す簡単な仕事だ。
そんな訳で、30分もしない内に終わってしまった。
明日と明後日の分もやってしまおうということで倉庫に向かった。
右隣の倉庫を開けてみる。先程と同じような状況だ。
ならばさっさと片付けちゃおう。
左側の倉庫も片付けて、開始から2時間もしない内に終わってしまった。
まだ、昼を過ぎた頃である。
裏口に行って、ノックをする。音沙汰ない。もう一度、少し強めにノックする。
すると足音が聞こえてきて、先程のガロンさんが出てきた。
「どうしました?」
「えーと、終わったので確認して下さい。」
「はぁ?」と訝しむ表情を見せながらも、倉庫に向かっていく。
「こっ、これはっ!!」と言って箱の中をいくつか検める。
「た、確かに整理されていますね。」
「ちなみに、両隣も整理が終わっています。」
「はああああああ?」
それから、倉庫内の荷物を全て検めると
「確かに終わっていますね。では、依頼書にサインをして持ってくるので待っててください。」と言って、また、裏口に帰っていく。
そして依頼書を持ってきて、
「では3件とも終了という事で。」と言って依頼書を渡された。
「アルス君と言ったかね。どうだろう、うちで働かないか?」
と食い気味で聞いてきた。
「大変ありがたい話ですが、私にはやりたい事があるので、お断りさせて頂きます。」
「そうか、君は言葉遣いも丁寧だし、年齢も若いみたいだから、商人として有望だと思ったんだけどね。君なら商人として大成功できると確信しているのだよ」
「残念ですが、申し訳ありません。」
「そうか、ではまた機会があればよろしく頼むよ」
「はい、それではまた。」といってギルドに向かう。
良い話っぽいが、使い倒される気がしてならない。
この世界に労働基準法なんて無いだろうしね。
ギルドでの報告で案の定、ヘレンさんは驚いていたが、
適当に荷物が少なかったなどと、はぐらかして銀貨15枚をゲットした。
早速、銀貨10枚でFランク昇格をしたいが、昇格試験がある。
昇格試験は何でも良いからモンスターを倒して討伐証明を持ってくる事らしい。
この世界では避けては通れない道だ。
しかし、今は武器も魔法もない。武器は高くて手が出ない。
そうなると、魔法か武闘術のスキルの2択だ。
武闘術は素手で攻撃できるようだが、12歳の子供のパンチで大丈夫なのか。
それに接近戦なんて怖くてできるか分からん。
魔法はスキルを取れば一応攻撃はできるだろう。
しかし、杖などがないと魔法の威力が弱くなると書かれていた。
確か半分くらいの威力になるようなことが書かれていたはずだ。
それに戦闘するなら経験値獲得上昇のスキルも欲しいところ。
だが、それはあきらめざるを得ないだろう。
魔法を取得するには魔力操作に30ポイント、属性1つ取得で30ポイントの
計60ポイントが必要だ。
それに詠唱の時間も気になる。無詠唱であれば、反射的に魔法が使えるかも
しれないが、杖無しで半減だと通常2発撃ってやっつけられる場合、
4発撃つ必要がある。さらに詠唱時間がかかるようなら、
正直言って一人ではどうにもならない。
いずれはやらないといけない事、悩んでも仕方ない。
早めに何かランクを上げないと生活が行き詰まるし、魔法を取得しよう!
魔力操作Lv1、魔力適正(風)Lv1、無詠唱Lv1、索敵Lv1
これで準備OK!まだ日も高いし、とっととランクアップだ!
「ヘレンさん、ランクアップをお願いしたいんですが。」
「はい、では金貨1枚分をお支払いください。」
そういわれて、銀貨10枚を出す。
「では、何でも良いので魔物を1体狩ってきてください。魔物には魔石が必ずあるので、それをお持ちください。こちらは差し上げますので、頑張ってきください。」
この周辺でよく出てくる魔物の説明と簡単な地図が書かれた紙をもらった。
街の門まで来て、周囲を確認する。
俺が来たのは、バルシー神聖法国方面だったんだな。
モンスターが出るのは北の森付近か。
早速スキルと試そう!まずは、索敵。
「うーん、何も感じない。」
メニュー画面で確認するとHP、MP、SPは減っていない。
使い方が違うのか?
対象がいないとどのくらいまで索敵できるのか分からないな。
歩きながら、細かく索敵するしかないか。
10数回目の索敵で、ぼんやりと左前方に何かがいると感じられた。
こんな風に感じるのか。あとはどれくらい離れているかだな。
目を凝らしても魔物の姿は見えない。
ゆっくりと索敵にかかった方向へ歩みを進める。
いた!距離はだいたい20mくらい離れている。
見た目はイモムシみたいな感じで大きさは1m弱くらいはありそうな感じだ。
「ちょっとキモいけど、とりあえず、やってみるか。」
ドキドキ。ふと魔法がでなかったらどうしよう。そんな事が頭をよぎる。
「ええーい、ままよ!ウインドスラッシュ!!」
何かが体の中から抜け出すような感覚の後、バシュッ!と音と共に
1mはありそうなイモムシはピクリとも動かなくなった。
「やったか?」ゆっくりとイモムシに近づく。
うわー、真っ二つだよ。死んでるよな。うん大丈夫そうだ。
しかし、生き物を殺したのに思ったより罪悪感はないんだな。虫だからか。
MP消費を確認する消費MPは1、しかも一撃で倒してしまった。
「うぉー、魔法つえー!」思わず叫んでしまった。
そうだ、魔石を回収しないといけないんだった。
・・・しまったぁ。ナイフとか何も持ってないじゃん。どうすんだよこれ。
魔石は、心臓付近に大体あるって書いてあるけど。心臓どこよ。
手を突っ込むのか?いやいやいや、棒、そうだ棒かなんか落ちてないか?
周りを探す。なんとか細い木の棒が何本か見つけたられた。
それを使って上半分の方をほじくり返す。流石にグロいんですけど。
気持ち悪くなりながらも、ようやく、魔石らしきものを見つけた。
それを、そのまま異空間収納にしまった。はぁ気持ち悪かった。
その場から少し離れてから、魔物リストを見る。
この魔物はラージキャタピラーというらしい。
動きは比較的鈍重だが、生命力は高く、顎で咬まれると下手をすると
腕が千切れるくらい強いらしい。近づかずに攻撃するのが鉄則みたいだな。
とりあえずMPに余裕があるし、もう少し試してみるか。
しかし、読んだ書物の内容とかなり違っているな。まず、魔法の威力。
発動体がないと威力が半減するはずだが、この威力だ。
そもそも魔法の威力はこんなに高威力なのか?
イモムシの生命力は高いと書いてあるから、一撃なんてあり得るのか?
これだと人間にも一撃で真っ二つに出来てしまう。
敵に耐性がなかったのか?風魔法に弱いとか魔法自体に弱い可能性もある。
そうだ!木に撃ってみよう。すぐそこは森だから、試すにはちょうど良い。
あまり細すぎてもあれだから、そこそこ太めの木で。
「これなんか、ちょうど良さそうだな」
直径1mくらいありそうな大きな木があった。
「ウインドスラッシュ!」横に薙ぎるイメージで発動する。
ガサガサガサ、ズドーン。木はゆっくりと音を立てて倒れた。
「・・・・・」
やはり予想以上に威力が高い。しかも消費MPは、また1しか減ってない。
魔法ってヤバくないか。
今度は違う魔物を倒せるか試そう。今のは虫で、それほど罪悪感は無かったが、
これが動物や人型であった場合、躊躇なく殺る事ができるのだろうか。
そこを見極めないと今後、大きくプランが変わってしまうだろう。
とにかく自分の事をよく知らないといけない。
森の近くだからここからなら索敵で見つけやすいかもしれない。
索敵!いたっ!森と草原の境目やや森の中、距離は少し遠いか。
先程とは、ほんの少し違う感覚がする。慎重にそちらの方へ向かっていく。
すると今度は、森から人の形をした小柄な生き物が出てきた。
その生き物は、弓を携えている。
とっさに低く屈んだので、気づかれていないようだ。
距離はイモムシの時よりやや離れているが、魔法の有効射程ではありそうだ。
一瞬『ゴブリン』というものが思い浮かんだが、そんなことより
向こうに気づかれる前にこちらから仕掛けたい。
ドクン、ドクン、鼓動が高く鳴り響いている感覚に襲われながらも、
やれる、やるんだと気持ちを鼓舞する。
一発でダメなら即二発目を撃つことも考えながら、状況を待つ。
小型の生き物がこちらと反対側に向いた。
今だ!と心の中で叫び、魔法を発動させた。
「ウインドスラッシュ!」
それは、胴体を真っ二つに切られ、上部が跳ね飛ばされたように地面に落ちた。
遅れて下部はゆっくりと倒れて、その2つに切り分けられたものは
ピクリとも動かなくなった。
ふーっと、大きく息を吐きだした。念のため索敵をしてみたが、
近くに敵らしきものは感じられなかったので、
ゆっくりと自分の獲物に近づいて行った。
動かなくなったものをみても自分の中で高揚感も罪悪感も全くなかった。
俺はこんなにも冷徹な人間だったのか?それとも生きるか死ぬかの瀬戸際では
感情は死んでしまうのだろうかと愚にもつかない事を考えていた。
先程と同じように魔石を回収し、収納した。なんとなく疲労感が沸き起こり、
「今日はもう帰るか」と街の方に向かおうとした時、
4、5m先に矢の刺さったウサギの死体が転がっているのを見つけた。
ああ、なるほど。狩りをしていて、森から出てきたのか。
とりあえず、売れるかもしれないとそのままウサギを異空間収納にしまい、
街に帰ることにした。
ちなみに死体を鑑定したら『ゴブリンの死骸』とでてきた。
やっぱり、これがゴブリンか。
夕暮れ前に街につき、ギルドへ向かった。
ヘレンさんは今日はもう上がったとの事で、違う人が担当してくれた。
無事Fランクに昇格と、魔石2個とウサギを買い取ってもらい、
合わせて金貨2枚銀貨8枚になった。
なんか色々とありすぎて、疲れた。朝に食っただけで空腹なのに食欲もない。
そのまま日暮亭へ向かい、今日と明日分の宿代を支払い、そのまま部屋へ入り、
ベッドに倒れこむように寝てしまった。