26日目 脱出
●26日目(グリウス歴863年5月28日)
今日は、カーターさんと一緒にランゴバルドへ戻る予定だ。
今出れば、ちょうど良い時間であろう。
今回、王都に来て子爵家と繋がりを持てたのは良かったかもしれない。
何かあった時に多少でも頼れるのはありがたい。
ただ、出費の方が大きかったのは少し痛手だ。
今回の旅は赤字で終わりそうだ。
別に今はお金に困ってないし、それほど大きな赤字でもない。
気にする必要もないだろう。
「カーターさん、またお世話になります。」
待ち合わせ場所でカーターさんに挨拶する。
「ミーナさんはまだ来てないんですね。」
というとカーターさんは少し困った表情で
「実は、ミーナさんは今回依頼を受けてくれてないんです。今回はアルスくんお一人です。」
予想外の返答が返ってきた。
「えっ、でも、ミーナさんはカーターさんの依頼を受けるって言ってましたよ。」
「ミーナさんはいつも依頼を受ける時は必ずと言って良いほど前日に一回挨拶に来るんです。私の居場所についてはご存じなので。でも今回は来なかったので、おかしいと思い、ギルドに確認ついでに訊きに行ったんです。そしたら、アルスくんしか依頼を受けていないと言われて、ミーナさんの事もそれとなく訊いたのですが、どうやら、アルスさんと別れて以降ギルドに姿を見せていない様なのです。少し、心配になって、ミーナさんがいつも利用している宿屋を訪ねたのですが、ミーナさんは泊まっていないというのです。一杯だったのかときいたら、満室にはここ最近なっていないとの事でした。」
と心配そうに言う。
「どうしたんですかね」
とはいえ、ミーナさんについて知っている事は考えてみたら何もない。
「出発しましょう」
と準備が終わったカーターさんが声を掛けてきた。
「ええ。」自分一人でも何とかなるだろう。
一抹の不安を抱えながらも出発する事になった。
来た時と同じように、最初の宿場町までは、人通りもそれなりにあり、
護衛の意味はない。御者席の隣でカーターさんの商売について聞いてみる。
「私の商売は、エルフ領でエルフのポーションを買取り、魔物の素材を卸しています。そしてランゴバルドではそのポーションを売り、魔物の素材を買取っています。王都では魔物の素材とポーションを売って、王都で流行った娯楽品や服飾、装飾品などを買取っています。これらはランゴバルドでほぼ売ってしまいます。」
と教えてくれた。
「エルフとは国交断絶に近い状態なのに凄いですね」と感想を述べる。
「国交断絶とは言っても、一部の信頼を得ている商人は私のほかにも何人か交易していますよ。」
と笑って答える。
「法国の方とは商売をしないのですか」と疑問をぶつける。
「法国では喜捨というのですが、まあいわゆる税ですね。これが高いんですよ。しかも法国は自給自足を謳ってますし、娯楽品は悪徳とまで言われる始末です。法国国民は質素に生きることが尊いと教え込まれているので商売にならないんです。」
こういう面で他国を知れることは面白いなと感じた。
何事もなく、最初の宿場町に着いた。
宿屋の手配をして、夕食まで少し時間があったので散歩がてら露店を回ってみる。
食料品は王都よりも安いようだ。その代わり、生活雑貨などは割高になっている。
雑貨に関してはランゴバルドより高いかもしれない。
果物でも買い足すか、と考え始めたその時、
あれっ?ミーナさん?
十字路を曲がっていったフードを被った人の顔がチラッと見えた時、
ミーナさんに凄く似た人がいた。
すぐに、その人を追う。
するとその人が足早に、とある宿屋に入っていくのを確認した。
急いでそこに入っていく。
扉を勢いよく開けると、そこにはミーナさんがそこに立っていた。
「・・・アルスくん?」
ミーナさんはびっくりした表情でこちらを見ている。
とりあえず、扉を閉めて中に入る。
「ミーナさん、こんな所でどうしたんですか?」と聞くと、
こんな所じゃなんだからと手を引かれて、
ミーナさんが泊っていると思しき部屋に入った。
「こんな所でアルスくんに会えるなんて。」
少し涙目だった。
ミーナさんから聞いた事情はこうだった。
俺と別れた後、いきなりとある貴族に攫われたらしい。
その貴族は時折、王都で見かけるミーナに目を付けて
自分の妾になるよう迫ってきたとの事だ。
ただ、その貴族はどこかへ行かなければならないらしく、
3日後には自分の妾にすると宣言して出て行ったらしい。
それまで貴族の館の地下に閉じ込められていたが、昨日、隙をついて脱出。
そのまま、この町まで逃げてきた。
今ランゴバルドまで逃げるのに必要な食料などを先程調達していた。
というのが簡単な内容だった。ただ、追手らしき者がいたので、
食料等は予定の半分ぐらいしか揃えられなかったらしい。
「その貴族は、ランゴバルドまで逃げればどうにかなるんですか。」
「分からない。ただ、王都よりは安全だし、その貴族は準男爵位で商人上がりの男なので、辺境伯が治めている所で問題を起こすことは考えられない。王都は様々な貴族がいるので、細かい問題についてはどうにでもなるというのは良く聴きます。実際に攫われた平民の話の事も噂で聞きますし。」
「そうなんですね。わかりました。僕が協力します。ではすぐにここを引き払いましょう。今日は僕の部屋で隠れてください。たぶん、その方が安全でしょう。まず、ミーナさんに魔法を掛けます。姿隠しの魔法です。私の手をしっかりと握っていて下さい。あ、荷物は僕が預かります。」
荷物は全て、異空間収納にしまっておく。
「では行きますよ。音を立てないように気を付けて。ゆっくり行きますので。」
といって部屋を出る。
階下に降りると2人の男が店主と何か話している。
店主に顔を見られないよう気を付けながら降りていく。
男はこちらを一瞥したが、興味なしという感で店主から
何かを聞き出そうとしている。
そのまま、ゆっくりと宿を出た。
そして目立たないよう自分の宿に行き、自分の部屋へと戻ってきた。
集中を解くとミーナさんの姿が現れた。
「さっき宿屋にいた2人はもしかして追手?」
とミーナさんに訊いてみる。
「たぶんそう。屋敷で見た顔だと思う。」
かなり不安そうに答えた。
「ミーナさんはそのままここにいて。カーターさんと相談してくるから。ちなみに扉には魔法をかけておくから。」
そう言って、部屋を出る。扉に魔法の「ハード・ロック」をかける。
ハード・ロックは鍵かけの魔法で低レベルのロックの上位版だ。
ロックはただ鍵がかかるだけの魔法だが、
この魔法は、鍵かけと同時に扉の強度が跳ね上がり、効果が切れる事もない。
カーターさんの部屋に行き、事情を話す。
カーターさんは、かなり憤慨していたが、とりあえず落ち着かせた。
「では、脱出に協力して頂けますか?」と確認する。
「勿論じゃないか。ミーナさんは私共商会にとっても重要な冒険者の方なんですから。」
と息巻く。
「じゃあ、作戦を」と脱出計画を話す。




