103日目-その1 パルーアの証
●103日目(グリウス歴863年8月15日)
昨日は盛大な祝賀が催されたので、今朝はすごく静かな朝に感じていた。
それもそのはず、貴族たちは酒をたらふく飲んで、
まだベッドの中で惰眠を貪っている。
城の使用人たちも昨日の片付けに追われて夜遅くまで
仕事をしていた者が多く、休んだのはかなり遅い時間であったろう。
まだ、片付けが終わっていない箇所もあるらしく、
一部の使用人が忙しなく働いている。
酒を飲んでいない俺達は城の中にある庭園を散策していた。
「みんないいなあ。昨日は美味しいものとかたくさん食べたんでしょ。」
そう言ったのは、散策に出る前に一緒に来ると言い始めたロザリーだった。
ジュノー王国の貴族たちは全員まだ眠っている。
あのエマさんも突き合わされてかなり飲んで帰ってきたと
ロザリーが言っていた。
もちろん、トール達も下士官たちの集まりに招待されて飲んでいたらしい。
おかげで、ロザリーは一人寂しく部屋で留守番をするはめになったという。
「ドレスを着ているからそんなに食べられないわよ。」
アンジェはロザリーがそんなに羨ましがる事は無いような事を言っている。
リリーは要領よく姿を消したまま、晩餐会で珍しいものを
たくさん食べたらしい。
それを聞いたロザリーの愚痴だった。
「部屋に豪華な食事が運ばれたって聞いてるわよ。」
マリアがそんなロザリーに訊いた。
「いつもより豪華だったけど、一人じゃつまらないもん。」
「リリーはひとりでもたのしかったよー」
「リリーは一人って言っても近くにみんながいたじゃない。私とは違うよ。」
「まあまあ、折角のお散歩なんだから、楽しみましょ。」
これ以上、愚痴を聞かされるのを避ける為に
アンジェはロザリーの頭をポンポンと軽く叩いてから
手を握ってあげた。
ロザリーはふくれっ面をしながらも、
アンジェに手を握られた事で照れながら黙った。
庭園といっても、夏真っ盛りのこの時期は特に花が咲いている訳でもなく、木々や草花も青く茂っているだけに過ぎなかった。
それでも、城内は、お酒や食べ物の匂いが抜けきっておらず、
外にいる方が清々しい。
この後は徐々に気温も上がってくるので、
この時間が一番気持ちいいかもしれなかった。
散策している庭園は城の中であるのでそんなには広くはない。
テラスから見える範囲で造園されている程度のものだ。
そこでは、使用人たちが掃除や片付けをしてるのだが、
俺達が通るたびに使用人はこちらを見てひそひそと話しているのが
気になった。
「俺達、なんかしたかな?」
使用人たちがひそひそ話をしているのはマリアも気づいていたようだ。
「私もちょっと気にはなっていたわ。私とアンジェの立場もあるし、それに対しての事だと思ってたけど、どうも、そうじゃ無さそうね。彼らの視線はアーくんに向けられているみたい。」
「っていうと、俺がなんかしたって事?」
「何かしたの?」
「何もしてないよ。それにほとんどみんなと一緒だったよね。」
「それもそうね。」
「どうせ、あんたのことだから、お姉さま達を連れまわしてるのが気に入らないのよ。」
「はあ、それはロザリーの本音だろ。」
ロザリーは俺がアンジェ達というかアンジェと一緒にいるのが
気に喰わないようだ。
それでいつも睨まれている訳か。
そんな話をしていると、向かい側から貴族のご婦人方と思われる数人の女性が
同じように散策しながら近づいてきた。
「ごきげんよう。」
貴族らしい挨拶をされて、こちらも挨拶をする。
「アンジェリカ姫様が一緒って事は、もしかして皆さんはジュノー王国からいらっしゃった方々ですか。」
ご婦人方のリーダーっぽい女性が訊ねてくる。
「これは失礼しました。ジュノー王国から参ったアルスと申します。こちらはアンジェリカ姫様とマリアンジュ様です。それと、こちらは護衛の冒険者のロザリーです。どうぞ、お見知りおきを。」
「ご丁寧にどうも。」
そう言って、ご婦人方も名乗った。
パルーアの貴族で、中級クラスの貴族の集まりのようだ。
「それにしても、あのアルス様がこんなに幼い方でしたとは驚きましたわ。」
子供で悪かったな。それにあのってなんだ。
言い方に棘があるように感じて少し顔に出てしまったようだ。
それを見てマリアがフォローに入った。
「皆様方はアルス様をご存じですの?」
「いいえ、初めてお目にかかりましたわ。でもお噂は伺っておりますもの。ねえ、みなさん。」
他のご婦人方も、「それはもう」などと同意していた。
「ところで、アンジェリカ姫様もマリアンジュ様もアルス様とご結婚されていると聞いておりますが、本当なのですか?」
「ええ、本当ですよ。それが何か?」
この質問にアンジェも少々イラっとしたようで、少しきつめに言い放った。
「滅相もございません。そうそう、、あまりお邪魔しても申し訳ございませんので、わたくし共は失礼させていただきます。」
アンジェの言葉に怯んだようで、
慌ててお辞儀をしてそそくさと立ち去って行った。
「なんなの、あれ?」
会話に入らず、傍観していたロザリーも流石に違和感を感じて言った。
「どうも、アーくんに変な噂が流れているようですわね。」
「別に悪いことしている訳でもないし、放っておけばいいよ。」
そのあとは、特段何もなく、部屋に戻ってきた。
ロビーでは、エマさんがソファーで寛いでいて、
メイドのシンシアさんがエマさんに飲み物を渡している所だった。
「あら、おかえりなさい。皆さんお揃いで何処に行ってらしたの?」
「散歩に行ってたのよ。」
ロザリーが答えて、エマさんの隣にボスっと座った。
エマさんとロザリーは同じ部屋という事もあり仲良くなっているようだった。
「皆様にもお持ちしましょうか。それともお食事になさいますか。」
「みんなで食事にしましょうか。」
「かしこまりました。では皆様、食堂の方へお越しくださいませ。」
そう言って、シンシアさんは食堂の方へ先に向かった。
今日の朝食は軽いものばかりだった。
昨日の事もあるし、これでちょうどいいのかもしれないが、
少々物足りなさを感じる。
エマさんはあまり食欲がないようで、スープを数回口に運んで、
スプーンを置いてしまった。
「はあ、昨日は飲みすぎてしまったわ。」
それを聞いたシンシアさんが
「それでは、お食事はお下げして、お飲み物を持って参りましょう。」
と言って食事を下げ始めた。
「ねえ、聞いてエマさん。さっきお散歩に出かけたんだけど、ここの貴族のオバサン達に折角の楽しい散歩を台無しにされたの。」
さっきの貴族たちはオバサンになってしまうのか。
年齢は20代後半から30代くらいで、
それほど高くないとは思うけど、ロザリーからしたら、そうなのか。
「それは残念ね。何かされたの?」
少々気だるそうにエマさんが訊き返す。
それをロザリーが見聞きしたことを話した。
「そうだったの。それは残念ね。アルスさんには別に心当たりはないんでしょ。だったら、もう気にしなくていいわよ。」
エマさんはあくまで大人の対応で答えた。
「あのっ。私、その噂話聞きましたよ。」
飲み物を配っていたシンシアさんが珍しく会話に入ってきた。
「どんな話?」
俺は気になって訊いた。
「朝の支度をしている時に使用人達が話しているのを聞いたのですけど・・・」
少し、口ごもっているので、話しやすいように
「別に怒らないから、話して。」と促した。
「あくまで聞いた話ですが、アルスさんが女王様と、そのできてるんじゃないかとか結婚するんじゃないかって、それで、そうなったら、シグルド侯爵が怒ってジュノー王国と関係を断つとか決闘をするんじゃないかとか、あとは内乱になってしまうんじゃないかとか散々な事を言ってましたわ。」
シンシアはここまで言って、申し訳なさそうにお辞儀をして
「失礼して申し訳ございませんでした。私は仕事に戻りますので。」
そう言って、奥の厨房の部屋に入っていってしまった。
「これは少しマズいですわね。」
マリアの言葉にアンジェも頷く。
「なんで、そんな話が出てくるんだ?別に2人だけで会ったりしたわけでもないのに。」
「噂好きの宮廷なんてそんなものよ。たぶん、噂の出所は、昨日の舞踏会ね。アーくん、昨日はアメリアと踊ったでしょ。」
「踊ったけど、別に女王とだけ踊ったわけじゃないし。アンジェとマリアとも踊ったでしょ。」
「別にアーくんが悪い訳じゃないわよ。問題はアメリアの方よ。よくよく考えたら、アメリアってアーくん以外と踊ってなかったと思う。そして1回ならまだしも、2回も踊ってるわけじゃない。結婚を迫っているシグルドとも踊ってないし、他の貴族とも踊ってない。」
「だって、それは女王が一人で寂しそうにずっと椅子に座ってるだけだったから、可哀想じゃないか。折角の舞踏会なのに。他の奴らが誘えばよかったんだよ。」
「まあ、アーくんは優しいからそう言うけど。今、状況は微妙な所だし、誰も誘えないわよ。」
「なんで?自分達のトップだろ。そのトップが詰まらなさそうにしてたら、楽しませてあげればいいじゃない。」
「そうもいかないのよ。貴族は面倒くさいから。昨日、アメリアに最初にダンスを申し込んだのはシグルドなの。アーくんは踊っていたから見てないとは思うけど、それでアメリアは断ったみたいだった。その後、挨拶と称してこっちに来たのよ。それで、アーくんがダンスに誘ってアメリアが了承した。ここまでは社交辞令でもあるし、問題なかったけど、2回目に誘った時に普通ならば、お断りするものなの。未婚の女性が特定の男性と複数回、踊るのは大抵そういった意味があるのよ。まさか私たちも話し相手ぐらいはって思ってたけど、ダンスを踊るとは思わなかったのよ。」
「つまり?」
「つまり、1回目は社交辞令、2回目は誘った方が気がありますよっていう風に捉えられてもおかしくはないのよ。それでマリアが慌てて最後にもう1回アーくんと踊ったのよ。」
「あー、なるほど。なんでマリアと3回も踊ったのか、やっとわかった。」
「最後に踊ったのがアメリアとだとそういう印象しか残らなくなるわ。だから、私が最後に踊ったのよ。」
マリアも困ったように言った。
「じゃあ、アンジェとももう一回踊っておけば良かったんじゃないの?」
「それはそうだけど、時間もなかったから。」
「そお?もう一曲くらい踊れそうだったけど。」
「アーくん、あれでもアンジェは頑張ったのよ。アンジェはダンスが苦手だから。フフ。」
マリアが揶揄う様に言った。
「そんなことより、これからの事を考えないと。下手をすると外交上の問題になるわ。」
「そうなの?俺達はただの護衛という名目で来たよね。実際はアンジェとマリアの下で働いていた人達の処遇が不当な事になっていないか確かめる事、不遇な目にあっていたら助ける事、それと世話になったモルガン公爵の状況を確認する事だったでしょ。処遇の方はモルガン公爵のおかげで皆問題無さそうだったし、モルガン公爵も問題無さそうだから良かったけどね。」
「でも、周りはそんな事は知らないから、私たちはあくまでもジュノー王国の使節団の一員という認識しかないのよ。」
俺的には実際に女王と結婚するわけでもないし、
この後も女王と会う予定もないし、この時はそこまで深くは考えなかった。
「まず、そうね。この使節団の護衛はここに来るまでという事でホフマン伯爵に言っておきましょう。帰りの護衛はまだ未契約という事にしておいてもらいましょう。それと、私たちの滞在はおじい様にお願いしてみましょう。護衛任務が完了しているのにここに滞在しているというのはおかしな話になってしまうから。」
マリアは考えながら、そう提案した。
「それでも無理があるんじゃないかしら。」
アンジェはその提案の不安要素を口にした。
「それだと、私たちはおじいさまの所にいないと話が通じないわ。」
「それじゃあ、付け加えましょ。アンジェは旅の途中で姉妹のように仲良くなったロザリーから言われて一緒にここにいた。アーくんは一緒にダンジョン攻略したトールさんたちと再会で意気投合して暫く一緒にいることにした。その後、おじいさまの所へ向かう予定だったと。」
「多少無理はあるけど、仕方ないわね。」
アンジェもマリアの提案に乗った。
「この事は全員の口裏合わせが必要だから、みんなに集まってもらって話すわよ。」
その後、ロビーに全員集まってもらい、
パルーアの使用人達に席を外すよう言い渡して話し合いを行った。
基本的に外交問題になりえるという事で、ホフマン伯爵達は納得してくれた。
「あとは、おじい様だけですわね。だけど、どうしましょうか。こういった話が上がって来てからおじい様に会えば口裏合わせしたと思われる可能性も出てきちゃうし、なるべくなら、内密に話を通しておきたいわね。」
「そうね。できるだけ内密に話を進めた方がいいわね。シグルドの方でも、もしかしたら監視くらいは付けているかもしれないしね。」
「それだったら、俺が話してくるよ。できれば手紙もあった方がいいな。」
「手紙は私が書くわ。」
そう言って、アンジェは自室の方に入っていった。
その間にマリアと打ち合わせをした。
まず、出口が一か所しかないこの部屋から出る時は
アンジェとロザリーにまた散歩に行ってもらう事にした。
俺は姿を消して一緒に出る。
マリアは念の為、この部屋に残り、何かあった時に対応する。
リリーはマリアと一緒に居させて緊急時の連絡役にしておく。
帰ってきた時はリリー経由で連絡するので、
誰かが外に出て、途中で合流後戻ってくる事まで決めた。
アンジェから手紙を預かり、予定通り部屋を出る。
扉にいる守衛に散歩に出ると伝えて了承を得る。
俺は当然インビジビリティの魔法で姿を消して付いて行く。
外に出てしまえば、テレポートとフライの魔法でどうにでもなる。
廊下を歩いていると前方から見た顔の男がこちらに向かってきた。
シグルドだ。
「これはシグルド侯爵様、このような所で何をなさっておいでですか。」
「アンジェリカか。アルスとかいう冒険者に会いに来た。お前には用はない。」
「そうは参りません。アルス様は私の夫です。それにアルス様は今体調が優れず横になっております。そのような時に面会などをさせる訳にはいきません。」
「今朝方は元気だったと聞いているぞ。」
「ええ、朝までは平気でしたが、散歩から戻られてから調子が悪いと言って今は寝ておられます。アルス様のそばにはマリアが付いています。御用があれば私が聞いておきます。どのような御用でしょうか。」
「先程も言ったが、お前には用はない。」
「そもそも、先触れもなく、ホフマン伯爵様のご厚意でご一緒させて頂いている者に少し無礼ではありませんか。私たちがいなくなって、パルーアの品位はどこへ行ったのでしょう。外交も満足にできない人間を女王の下に置かねばならないアメリア女王はお可哀そうですわね。それに会うとしてもホフマン伯爵様に許可を貰わねばなりませんからここでアルス様の下へ行かせることはできません。」
さすがのシグルドも外交上の礼儀を追及されては、折れるしかないようだ。
「忌々しい。正式に面会の使者を出す。それなら文句も無いはずだ。」
ギロリとシグルドはアンジェを睨むと
付き添いの騎士のような男と去っていった。
「アーくん。聞いてたわね。早く戻ってきてね。」
アンジェは囁くように言った。
俺は分かったという意思表示にアンジェの背中をポンポンと2回叩いた。
「ロザリー。予定変更よ。私たちはすぐに戻りましょう。」
そう言って、アンジェとロザリーは部屋へ戻って行った。
扉の衛士達は遠目でその顛末を見ていたので
理由も聞かずに扉を開けてアンジェ達を中に入れた。
俺は一旦、朝の散歩に出た所まで来て、
テレポートを使って誰にも見られないように上空にあがった。
モルガン公爵邸はマリアからしっかりと教わっていたし、
上空から見ると明らかに1軒だけある大きな屋敷なのですぐに判った。
本来ならば、門から入るべきだが、誰かに見られたくなかったので、
そのまま上空から中に降り立つことにした。
降りる先は、モルガン公爵のいる部屋の近くだ。
索敵でモルガン公爵のいる所は把握できている。
驚かせないようにゆっくりと下降していく。
降りていくと、窓を挟んでモルガン公爵と目が合った。
一瞬、驚きはしたが、年の功なのか、すぐに平静さを取り戻し、
声を掛けてくる。
「随分と面白い訪問の仕方じゃな、アルスよ。」
窓といても人が出入りできる大きな窓というかガラス戸なので、
そこを開けて侯爵は外に出てきた。
「公爵様には大変失礼をします。急ぎでかつ内密の用向きですのでご容赦をお願いします。」
深くお辞儀をして、預かった手紙をモルガン公爵に渡す。
モルガン公爵は手紙を受け取り、目を通す。
「なるほどのう。ふぉふぉふぉ。この件については了解した。それでアルスよ。多少はじじいと茶を飲む時間くらいはあるのだろう。」
こちらが答える間もなく、メイドを呼んでお茶の用意をさせた。
そして勧められるまま書斎のような部屋に
ガラス戸から入って椅子に腰かける。
「お主は天然のスケこましだな。」
顔が笑っているという事はこれもモルガン公爵の冗談なのだろう。
「勘弁してください。」
さすがに悪態をつくわけにもいかず、そう答える。
「女王のアメリアにダンスを2回も申し込むとは、アンジェとマリアでは物足りんか?」
「いやいや、十分すぎますよ。それにダンスを申し込んだのだって、ただ寂しそうにしてて可哀そうと思ったからで、まさか、そんな慣習があるとは知りませんでしたから。」
「ダンスはそれぞれどうじゃった?」
「マリアは上手ですね。アンジェは一生懸命でしたけど、もう少し練習した方がいいかもしれませんね。アメリア女王は身長差が無かった分、私としては一番踊りやすかったと思います。ダンスの技量もそれなりにお持ちのようでしたから。」
俺は何を答えてるんだか・・・。
「そうかそうか、3人の美女と踊ったとなれば、お主は注目の的よのう。」
この人も若い頃は社交界で名を馳せたに違いない。
「しかし、アメリアが同じ男と2回も踊るとは思わなんだなあ。アメリアはお主に惚れでもしたか?」
「そんな事は無いでしょう。一応これでも結婚している身ですし、退屈しすぎて仕方なく受けたんじゃないですか。」
「どうかのう。アメリアはそんな子ではないがのう。」
この人にかかったら、女王もそんな子になってしまうのか。
「それでじゃな、アメリアをどう思うかね?」
「どうって、まだ2回しか話した事ないのにどうとか分かんないですよ。」
「顔は好みか?」
「可愛いと言えば可愛いですけどって、なんでそんな話になるんですか。俺にはアンジェとマリアがいますから。それに女王様なんでしょ。ちゃんとした人の方がいいですよ。」
「男なら、好きな女をモノにせんで、どうする!」
モルガン公爵はすくっと立って突然豪語した。
「いや、好きになったわけじゃないですから。」
「そうなのか。残念じゃのう。」
なんか色々と残念な気がする。この公爵さんは。
「それにしてもなんでいつもそっちの話になるんですか。」
俺はこの爺さんがただの好色爺さんにしか見えなくなっていた。
「なに、英雄色を好むというじゃろ。お前さん位、強ければそっちも強いと思ったまでじゃよ。」
ジーッ。明らかにそれは嘘だ。俺の事真っ直ぐ見てないじゃないか。
「わかったわかった。これは老いぼれの戯言と思って聞き流してくれ。今この国は、未曽有の危機にあるというか、滅びに向かっておると言っても過言ではない。数百年から続くこの国は古の魔法具によって守られてきた。代々続く王位継承の証。その効果も終わると見ておるんじゃ。本来あの証の役割は王家の血を絶やさないよう加護を与え、呪いをもたらす物であった。あの証がある事で王族同士の争いは無くなり、外敵からも身を守るには十分じゃった。・・・昔、こんな逸話が残っておる。その昔、王位を争った双子の兄弟がおった。弟は王位を継ぐために密かに上位である兄を亡き者にしようと企てた。そしてその計画の実行日に証によって死んでしまったと言われておる。またある時は自国の領土を侵略しに来た蛮族と戦争になり蛮族の長と一騎打ちになったが、その時の蛮族の長の剣は何度王族に叩きつけても怪我1つ負わせることが叶わず、蛮族の長は結局敗れ去ったなどの話もある。しかし、そんな強力な証も内部からの腐敗には敵わなかった。有力貴族たちは王家を殺すのではなく、力を弱んる事に力を注いだ。初めはただの領主だった者が自治権だの自衛の為の戦力だの1つタガが緩まれば全てが追随してしまう。その結果、1つだったパルーアはその後十三連合国の1国まで成り下がる事になった。そして、今回の騒動でも王位継承者が2名を残すだけとなり証による王位継承がすでに終わりを告げていると儂は思うのじゃよ。それならば、この先、証の力に依らない王家を作るためには新しい力が必要なんじゃないかと思っておる。」
「新しい力って?」
「簡単な話じゃ。素養のある強い子を産み、強い子に育てる。極々当たり前のことをすればいい。」
「それがあなたにとって、俺であるという事?」
「そうじゃな。お主は今一番の候補じゃな。素質的には合格点と思っておる。」
「でもそれって、周りの反発とかすごくなりそうですけど。」
「今の体制ではそうじゃな。特にシグルドなぞ、その最たるものだからな。奴は血が濃くなれば昔のような証による支配が強まると本気で考えておる。」
「それをすると本当に強まるんですか?」
「たぶん強まるじゃろう。だが、それも僅かばかりであり、昔のようには戻らん筈じゃ。つまり問題の先延ばしでしかないだろう。」
「モルガン公爵は随分詳しいのですね。」
「儂は王位継承権を捨てる代わりに証について調べる権利を先々代の国王から授かったのじゃよ。
それからは研究に研究を重ねて大体の事は分かったつもりじゃ。」
「それなら、新しい証を作るのは?」
「理論は分かっても再現不可能なのじゃよ。英雄たちの能力は神より与えられた特別なモノ。我々どころか、この世界に産まれた者達では作り出す事は不可能じゃよ。」
「では、その事を国の重鎮達と話しあったらどうですか。」
「証の力が弱まっている事をか。それこそ、自殺行為だな。内乱によって国が滅びかねない。王位継承者が少なくなった今だからこそ、儂はある意味チャンスだと思っておる。対外的には証の力があると思わせつつ、新しい王家の在り方を作り出す事のな。」
駄目だ駄目だ駄目だ。
こんな話を聞かされるとすぐに流されてしまう俺って駄目だろう。
アンジェとマリアの時も思わず同情して
俺で助けられるならと安易に結婚までして。
別に後悔もしてないし、アンジェとマリアの事は好きだからいいけど。
あの頃は俺一人だったし、リリーはいたけど、
誰にも迷惑かける事もなかったから構わないが、
今は俺だけの問題じゃない。
モルガン公爵の口車に乗せられて女王と結婚なんて俺が良くても
アンジェとマリアに申し訳が立たない。
彼女たちは結婚する事でこの王家と縁を切る事を望んでいたんだ。
今更、王家に属するなんてありえない。
俺は城へ帰りながら、モルガン公爵との会話を思い出していた。
「儂はな、アンジェとマリアが将来この国を導く存在になるだろうという予言を信じておるのじゃよ。一度出たあの子らが再び戻ってきた。お主を連れてな。これが神の意思でなく何なのだと。これこそが導きではないのかとそう思っておるのじゃよ。」
「アメリアが王位継承者となった時にアメリアは儂に相談に来たのじゃ。その時、儂はアメリアも出奔させるつもりでいた。だが、アメリアはアンジェやマリアと違って武器を持って戦ったり、魔法に長けていた訳でもなかった。それで出奔させても生きるのは難しかろうと策を練っている所で証が9つ揃ってしまうという事態になった。しかもアメリアが第一王位継承者で。第一王位継承者になると証の呪いは他よりも強力に働く。だが、加護も呪いも弱まっているのは王位継承者が城外で死んでいる事を考えれば、正しいとは思っておる。それでも万が一を考えると打つ手は無いように思えた。だからこそ敢えて王位継承の発表に踏み切った。誤算だったのはシグルドが第2継承者であったことだな。幸か不幸か結果的に見ればシグルドに権力を握らせる事を避けられたのじゃがな。」
「シグルドは権力を得る為には何でもする男だ。証拠を握るまでには至らないが奴は帝国と繋がっている。帝国を利用しようとしている奴が逆に利用されている事にすら気づかない愚か者にだけはこの国を渡してはならんと思っておる。」
「あの子には味方が少ない。マリアが出奔してからというもの、恐らく誰にも相談できずにいるのであろう。儂が相談に乗れればいいのじゃが、政治に口を出さない契約がある以上、昔と違い相談に乗ってやることもできない。無理は承知の上だ。アルスよ、アメリアを助けてやってはくれんか。」
そんな事を考えている内にあっという間に城に到着してしまった。
インビジビリティで姿を隠しながら、リリーに念話を飛ばす。
迎えにやってきたのは、以外にもエマ魔法士官だった。
「エマさん。」
小声でエマさんに声を掛ける。
「アルスさん?」
エマさんも小声で答える。
「すぐ後ろにいます。まさか、エマさんが迎えに来るとは思いませんでした。」
「監視の目が厳しくなっているようなの。使用人の中にもシグルド侯爵の息のかかった者が紛れている可能性が高いわ。だから、アンジェもマリアも不用意に動けないみたい。」
「そうですか。でも助かりました。エマさんは何て言って出てきたんですか。」
「別にちょっと外の空気を吸いたいって言っただけよ。」
なんていうか、自然過ぎて誰も疑う余地がない言葉じゃないか。
あれこれ考えるよりまともな理由かもしれない。
「なんか、凄いですね。そんな理由思いつきもしませんでした。」
「こういう事って、変に理由を付けると嘘くさくなるものよ。」
「経験者は語るってやつですか。これも年の功ってやつですか?」
「酷いよ、こう見えてもまだ24何ですからね。」
「へー、24歳なんですか、てっきり20歳くらいかと思ってましたよ。」
「だったら、年の功なんて言わないよね。」
「ごめんなさい。言い直します。流石お姉さんだ。」
「それでよし。じゃあ、そろそろ戻ろうか。」
部屋に戻り、アンジェとマリアを俺の部屋に呼んで相談することにした。
モルガン公爵との話をなるべくそのままで、
俺の考えや意思は出来るだけ排除して伝えた。
伝え終わった時に部屋をノックする音が聞こえた。
「アルスさん、シグルド侯爵の使いの方がいらっしゃってます。ロビーへお越しください。」
シンシアさんが伝えに来たので、「すぐ行きます」と伝えた。
ロビーに行くと使用人風の男が手紙を渡してきた。
手紙にはAランクの冒険者のアルス殿と面談を所望すると書かれており、
時間と場所も書かれていた。
書かれている時間はもう間もなくのはずだ。随分意地の悪い感じがする。
「分かりました。時間も差し迫っているようですし、このまま案内してもらっていいですか。」
使用人に訊ねるとその使用人は
「畏まりました。ご案内いたします。」と答えた。
・・・つづく
今回は103日目の分を書ききれませんでしたので、次回に続きます。
今後、長くなりそうなときは、分割する事になりますのでご容赦ください。




