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アルスの異世界日記  作者: 藤の樹


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105/276

102日目 パルーアの舞踏会

●102日目(グリウス歴863年8月14日)


「おはよう。」

朝のまだ朝食前だというのに、何故だか俺の部屋にアンジェとマリアがいる。

早い時間に目が覚めてベッドの中でゴロゴロしていると、

部屋を一応ノックしてマリアが入ってきた。

「起きてたのね。アーくん。」

昨日部屋の鍵をかけずに寝てしまったようだ。

「おはよう。マリア。もう起きたの?」

「目が覚めちゃったから来ちゃった。」

そう言って俺がゴロゴロしているベッドにボフッと勢いよく座る。

「もう少し寝てたらいいのに。」

これは単に俺がダラダラしていたいから出た言葉だった。

「じゃあ、ここでゴロゴロしようかな。」

そう言ってマリアは体の向きを変えてベッドに乗ろうとしてきた。

だが、次の瞬間、また扉をノックする音がして扉が開いた。

「アーくん、起きてる?」

アンジェが部屋に入ってきた。

ベッドの上で四つん這いになったマリアと

部屋に入ってきたアンジェの目が合う。

「ちょっと、マリア。なんでここにいるのよ。」

「なんでって、アーくんは私とアンジェの旦那様だからよ。」

その言葉を全て聞くより早く、アンジェはずかずかと部屋に入ってきて、

俺とマリアの間に座った。

マリアは仕方なくそのままベッドに座り直す。

「おはよう、アンジェ。」

「おはよう、アーくん。」

「2人とも今日は早いね。」

これは聞くまでもなく2人がアメリアの事を気にして

あまりよく眠れなかったのだろう。

「折角だから、今後の事について、特にアメリアに対してになるけど、2人の意見を聞かせてほしいな。」

「アメリアがシグルドと結婚したくないというなら、結婚しないで済むようにしてあげたいわ。」

「そうね。わたしも賛成。私のせいで結婚する羽目になったなんて言われたくないわ。」

アンジェも同意する。

「それじゃ、2人の意見は同じって訳だね。すると後はどうすれば結婚をしないで済むようになるかだけど?」

2人を交互に見るが、どうすればいいかなんて分からない

という顔をしている。

「アメリアとシグルドの結婚は、結局のところ、王家の血筋をどう守るかに尽きると思うんだ。これまでの話だとなるべく多くの貴族の賛同が無いといけないように思える。話しぶりだと最初の方はどちらも五分五分っぽかったけど、

シグルドの交渉なのか何か分からないけど、現状シグルドの意見に賛成に傾いているって言う事で合ってるよね?」

「そうね。今はアメリアとシグルドが結婚した方がいいという流れになりつつあるみたいね。」

「つまり、貴族の賛同を得て行かないといけないのね。それって結構私たちでは難しいよね。」

マリアがアンジェに訊く。

「そうね。少なからず私たちはこの国を捨てたと思われてるわ。王位継承権も放棄しているしね。」

「だとすると、私たちが力になる事は難しいって事ね。」

「もう少し何ができるか考えておこうか。ねっ。」

2人は黙って頷く。

「ところで今日の予定はどんな感じだっけ?」

「今日は午前中、戴冠式で私たちは自由時間ですよ。午後からはお城の中であちこちの貴族がお茶会を催します。夜には新国王主催の晩餐会と舞踏会が催されますよ。」

「お茶会は概ね2時間程度の会がほとんどで、2、3か所ほど回るのが通例ですね。晩餐会は陽が沈んだ頃に始まり、こちらも2時間程度だと思います。その後、舞踏会へ移っていくと聞いてます。」

「どれも俺達には関係なさそうだね。」

「いいえ、既にホフマン伯爵経由で私たちにもお誘いの手紙が殺到していると聞きましたわ。朝食時にホフマン伯爵からお話があると思いますよ。」

「何でまた、俺達にそんな誘いが来てるの?ホフマン伯爵宛てなら理解できるけどさ。」

「何言ってるのよ、アーくんは。Aランクの冒険者の肩書はそこらの貴族より十分お誘いが来るレベルですのよ。」

マリアがやや呆れた調子で言った。

「そうなの?それで、どれに参加しなくちゃいけないのかな?誘いが来てるって言うのはお茶会だよね?」

「全部ですわ。」

アンジェがしれっと言った。

「全部?全部って?」

「全部は全部ですわ。お茶会に晩餐会に舞踏会。特に晩餐会と舞踏会は新国王主催ですから断る事は出来ないわよ。お茶会も多分、朝食後、ホフマン伯爵と打ち合わせてなるべく多くの場所を手分けして参加しなくてはいけないと思うわ。」

「そうなんだ。・・・俺、その辺の知識皆無なんだけど・・・。」

「丁度良かったじゃない。ここで予習しときましょ。」

アンジェがニコニコしながら言った。

「そうだね。よろしく頼むよ。流石に恥をかきたくないからね。」

そしてこの後、アンジェとマリアのレクチャーが始まる。

まず、お茶会は男性は正装、女性はドレスで参加する事になる。

基本的にはお茶を飲んでお話しするだけの会だ。

その際、まず、主催者側に挨拶をして少し主催者と歓談し、

その後、他の参加者との歓談になる。

その為、参加者は時間をずらされて呼ばれているとの事だった。

その辺りの時間は招待状に記載されているらしい。

招待された側は最低1時間はいなければいけない。

まあ、本来仲の良い関係の者しか呼ばれていない事が多いので

大概は1時間以上滞在しているようなのだが、

俺達の場合は所謂、国賓という立場になるので30分から1時間以内で

退席するのが望ましいらしい。

それで、数か所のお茶会に参加して顔を繋ぐようだ。

そこで仲の良くなった場合は別に改めて開催されるお茶会や

夜会に呼ばれて更なる親睦をつなげていくとの事だ。

晩餐会は、文字通り夕食会と言って差し支えない。

但し、国王主催という事で最上級の礼服で参加する必要がある。

俺達の場合は礼服ではなくても構わないが、

最上級の服装で臨むのが礼儀らしい。

今回の参加者は貴族や国賓などが呼ばれて100~200人くらいと

予想しているようだ。

席順も決められていて、俺達は国賓扱いという事で最前列に

座らされる可能性が高い。

場合によっては上座に座る事もあるが、今回の晩餐会は

新国王誕生に合わせた晩餐会なので、多分ないだろうとのことだ。

国王や大臣クラスの国の中枢を担う貴族が所謂上座に座り、

その上座の前に設置された長テーブル席、数列の内のどこかの最前列と

予想しているらしい。

予想と言ってもこの場合当てずっぽうの予想ではなく、

慣例的にそうだという事らしい。

上座に近い方から国賓と公爵家や侯爵家、

その次に伯爵家と位順に座っていく。

例外的に多大な貢献をしたものがいる場合、最前列に座る場合もあるらしい。

食事や歓談が終われば、そのまま、全員で部屋を移動し、

舞踏会の会場へ行く事になる。

但し、上位の階級の人達は一度、休息用に用意された部屋で休み、

その間に位の低い者達が先に会場入りするとの事だ。

その後、順次部屋から呼ばれて会場に入る事になる。

ここで女性たちは舞踏会用の衣装に着替える必要があるらしい。

なので、予めその部屋に着替えを持ち込む必要があるとの事。

男性は特に着替える必要はないが、

食事で汚してしまった場合などもあるので、着替えるのが通例であるらしい。

舞踏会の会場には、軽食や飲み物が用意されているので

それらは好きに食べたり飲んだりして良いとの事だ。

あとは、礼儀として、位の上の者から話しかけるのが礼儀で、

下の者から話しかけるのは無礼となるので気をつけなければいけないらしい。

ちなみに国賓の場合、伯爵以上の位であれば話しかけても問題ないが、

外交問題が絡むので滅多に声はかけないらしい。

大抵は、大臣クラスの者から紹介という形で

話をしていく事になるだろうという事だ。

そしてある程度歓談が進んでいくと、

舞踏会のメインであるダンスが始まるとの事だ。

大抵最初に踊るのはパートナー同士である。

結婚していない者やパートナーがいない者は1曲目は様子を見るのが通例で

3曲目あたりから男性や紹介者から女性を誘って

ダンスをするのがマナーであるとの事だ。

「ダンスはしないといけないの?」

俺は間抜けな質問をした。

「当たり前でしょ。国賓で参加するんだから。それに1番目と2番目に踊るのはもう相手が決まっているでしょ。」

そうか。アンジェとマリアと踊る必要があるのか。

いや、待て。

ダンスなんてやった事が無いぞ。

そうだ、スキル、スキルにダンスってあった気がする。

急いで自分のスキルを確認する。

「メニュー、オープン。」

メニュー画面が出てくる。

「何してるの?」

マリアが訊ねてくる。

「ダンスのスキルってあったかなって、今確認してるんだ。」

「アーくんには、何か見えてるの?」

「前に説明しなかったっけ?俺の強さはスキルを自分の好きなように取得できることだって言わなかったっけ?ダンスなんてした事が無いからさ。スキルで取れればなんとかなるかなって思ってさ。」

「ふーん。」

マリアが俺の前で色々と角度を変えて覗き込んでくる。

その仕草がちょっとかわいい。

いやいや、そうじゃない。スキル画面を開けて確認する。

大量にあるスキルの画面からダンスを見つけた。

社交ダンス、剣舞、バレエ、フラメンコ、神楽、盆踊り、

フォークダンス・・・

何だこれ?この世界にこれらの踊りは実在するのか?

というか盆踊りってなんだよ。

「ちょっと、訊いていい?ダンスはどんなダンス?」

「どんなって?いいわ。マリアとお手本を見せるわね。」

アンジェが笑って答えた。

アンジェとマリアが躍ったのは、所謂、社交ダンスだろう。

「こんな感じよ。」

「うん。良く分かった。それ以外はないよね?」

「そうね。舞踏会で踊るのは今みたいなダンスだけね。街や村で行う祭りでは色々なダンスがあるって聞くけど、私は見たことはないわ。」

「うん。ありがとう。」

そうすると、社交ダンスだけ取り敢えずスキルを取れば問題ないようだ。

スキルポイントも問題ないのでLv3の社交ダンススキルを取得した。

Lv3もあれば優秀な部類のはず。これでダンスの方は何とかなりそうだ。

「あと気を付ける事はある?」

「そうね。舞踏会がお開きになる前に退出するのは国王に対して無礼となるから、そこは気をつけて。疲れたり、体調を崩した場合は、休憩室が用意されているから、そこで休む事になるわ。ただ、閉会の時間には戻らないと退出したと見なされて問題になるから気をつけてね。」

「ところで、2人ともドレスは持っているの?」

冒険者である2人がドレスを持ち歩いているというのは考えにくい。

1着くらいならあり得るだろうが、

話を聞く限り最低2着は用意する必要がありそうだ。

「そこは大丈夫よ。王位継承権が無くなって、まだ日が浅かったから、私もマリアも自分の部屋に衣装は残っているのは確認したわ。」

「そうか、それは良かった。」

「でも、いずれ処分されてしまうから、もしもの時に何着か持ち出さないといけないわね。」

「そう。だったら、俺が預かっておくよ。それだったら、選ばなくても取り敢えず全部持って行ってしまえばいいんだし。」

「いいの。ドレスを新調するのって結構お金がかかるから悩んでたのよ。嬉しいわ、流石、私たちの旦那様ね。」

その後、話は再びダンスの話になり、

いくらスキルで踊れるようになったとはいえ、

練習位しておかないと駄目だろうという事になり

アンジェとマリアの2人を相手に早朝からダンスをする羽目になった。

だが、おかげで、身長差がある2人とのダンスのコツを

なんとか掴めた気がする。

2人からは本当に初めて踊るのかと冗談交じりに言われた。


このエリアの世話係がやってきて朝食の知らせを受けたので食堂に集まる。

各々が朝食を済ませると、談話室ロビーに集まった。

「さて、全員集まったかね。」

ホフマン伯爵が全員を見渡しながら言った。

「本日、パルーアでは戴冠式が行われるという事だ。新しくアメリア女王が即位する事になる。その戴冠式に私とオーバン秘書官で参加する事を決めた。オーバン秘書官にはパルーアに贈与する予定であった目録を持たせておく。戴冠式の挨拶の時に目録を渡す事となった。それまでは、各自自由にしていて良い。戴冠式は2時間もかかるまい。その後あちこちで茶会が催される事となるらしいが、その招待状が山のように来ておる。主に私宛と、アルス殿宛がほとんどだが、ドラン法務官、ロバート軍務官、エマ魔法士官宛てにも若干ではあるが来ておる。この3名の茶会はそれぞれが対応して欲しい。そして、問題は私とアルス殿宛てだ。この中には被って招待状が届いているのがあるのだが、招待状の数からいって手分けして参加した方が良いと思うのだが、アルス殿はいかがか?」

「それでいいと思いますよ。」

「よろしい。問題は分け方であるが、ここはアンジェ殿とマリア殿に意見を聞きたい。」

アンジェとマリアがお互いを見てからアンジェが話し始めた。

「そうですね。大まかに今後の政治関係の話が出そうな所はホフマン伯爵が参加される方が良いでしょう。」

アンジェは手渡された紹介状のリストを見ながら続ける。

「内務大臣、外務大臣等の大臣クラスと軍司令官達はホフマン伯爵が参加した方が良さそうです。手が回らなければ軍司令官の方を私たちで回っても良いでしょう。ただこの中にはロバート軍務官と被った者もいますので、そちらはロバート軍務官にお任せした方が良いと思います。唯一の公爵家となったモルガン公爵のお茶会には私たちが参加致します。モルガン公爵とは昔から親しくしておりますのでその方が色々と都合が良いでしょう。シグルド侯爵は第2王位継承権者ですので、ホフマン伯爵が参加されるのが良いと思います。今回アメリア女王がお茶会を開かないのは、政情を安定させる為であると考えられます。ただ、シグルド侯爵やモルガン公爵のお茶会には顔を出す事が予想されますので、そこで顔を繋ぐのがよろしいかと思います。子爵家以下のお茶会はドラン法務官、ロバート軍務官、エマ魔法士官が代理として参加されればよいと思います。伯爵家クラスのお茶会は選別して私たちが多めに回る事で数をこなせると思います。」

リストを見ながら、あれやこれやと話し合った結果、ある程度決まった。

「すると、私が5つで、ドラン法務官が3つ、ロバート軍務官が3つ、エマ魔法士官が4つ、アルス殿単独が3つ、アンジェ殿単独が3つ、マリア殿単独が3つ、アルス殿、アンジェ殿、マリア殿3名で参加するのが2つ、以上かな。残りは辞退させてもらう事で問題ないかな。」

俺達3人で参加するのはモルガン公爵のお茶会と

アメリアの義兄になるが王位継承権がないファーン伯爵のお茶会になった。

伯爵家だがアメリア女王の義兄という事で重視した結果だ。

アンジェとマリアの単独の参加は、

モルガン公爵の派閥にいる家ばかりを選んだ。

俺は中立貴族と思われる家の3か所になった。

不思議だったのはカッチェ伯爵からの招待がなかった事だ。

少なくともホフマン伯爵宛ての招待状があるのが普通だが、

伯爵家としては異例と言うか無礼に近い行いだった。

ただ、前例がない訳ではないようだ。

金銭的に没落寸前の伯爵家がお茶会を開かない事も過去に

いくつかあったらしいが、この間の言動を見ても、

そのような事になっているとは考えにくい。

「あの胡散臭いカッチェ伯爵からの招待状が無いけど、マリアは十分気をつけるんだよ。」

「ええ、大丈夫。心配しないで。」

マリアは気にしていないようであった。

「晩餐会もこのメンバーで参加が決まっている。各自準備を怠らないように。それと、舞踏会だが、騎士爵以下の者達の舞踏会もあるようだ。こちらは、自由参加で案内が来ている。参加したければ、この案内状を持って行くのを忘れるな。一応、トルネに預けておく。お前が参加者を取りまとめておけ。」

ホフマン伯爵は説明の最後にトルネ執事へ命じた。

トルネ執事はホフマン伯爵から案内状を受け取り、内ポケットにしまった。

「最後に念を押しておくが、我々は国賓である事を忘れるな。間違っても喧嘩を売るような真似はご法度だ。」

ホフマン伯爵は主にこちらを見て注意喚起した。

その後、すぐに解散となったが、部屋を出る時にロザリーから

睨まれているのに気付いた。

俺は彼女に何か恨まれる事でもしたか?そう思いながら、

特に何も言って来ないので、取り敢えずスルーした。


午前中はアンジェのいた元部屋とマリアのいた元部屋まで行って、

ドレスやアクセサリーなど彼女たちの所有物らしきものは全て回収した。

思っていたより数が少なかったのは予想外だった。

服の数だけで言えば中級の平民と大して変わらない数かも知れない。

部屋に戻ると彼女たちはドレスの選別に入った。

茶会用、晩餐会用、舞踏会用、それに合わせるアクセサリーなど2人で

忙しそうにしていた。

俺は特段する事も無いのでロビーでダラダラしていると、

部屋を警備している兵士から1通の手紙を渡された。

ベイドの使いという者から預かったとの事だ。

宛名を見ると「アルス殿へ」とだけ書かれてあった。

中を見ると、予想通り、アンジェがベイドに頼んでいた

侍女たちの消息の情報が書かれてあった。

アンジェ付の執事ジョハンは今はファーン伯爵の執事をしているらしい。

アンジェの侍女のメアリは結婚して今は街中に住んでいるとの事だ。

マリアの侍女でメアリの妹のローネはモルガン公爵家で

メイドとして働いているらしい。

そしてそれ以外にもアンジェとマリアの関係者らしき者達の消息が

色々と書かれてあった。

その手紙をアンジェとマリアに見せに行った。

その手紙を見た二人は、全員の無事を確認し、

薄らと涙を浮かべて喜び合っていた。

2人が心配していたのは王位継承権者の出奔という事態に

関係者が捕らえられているとか処刑されているとかを心配していたのだ。

もし助け出す必要があるなら助け出すつもりでもいた。

しかし、そのような心配はいらなかったようだ。

これにより、1つの懸案事項が消えた。


そうこうしている内にホフマン伯爵が戻ってきた。

戴冠式は無事に終了したようだ。

そしてこれから、お茶会のラッシュに行かなければならない。

まず最初に行くのはモルガン公爵のお茶会だ。

アンジェとマリアは既にドレスに着替えて準備万端のようだ。

「そろそろ行きますか。」

2人をエスコートしながら、モルガン公爵のお茶会会場へと来た。

招待状を見せて部屋に入る。

そこは、かなり広い部屋で壁一面がガラス戸になっており、

その戸が全て開け放たれていてまるで、そこには壁が無かったかのような

錯覚を与える感じだった。

外には円形のテーブルが数か所置かれており、

すでに参加している者達が談笑していた。

外に置かれたテーブル席の1つから老齢でありながら

威厳のあるたたずまいの老人がこちらに手を振っていた。

「おじいさまっ。」

その姿を見たアンジェとマリアは老人の下へ駆け寄った。

「アンジェもマリアも元気そうじゃな。」

「おじい様もお元気そうで嬉しいわ。」

「そうかそうか。」

老人は顔を綻ばせながら笑った。

「2人とも念願が叶って何よりじゃ。だが、まさか2人が同じ男を好きになるとはのう、儂も予想だにせんかった。」

「おじい様、紹介します。こちらが私たちの旦那様でアルス様です。」

アンジェが俺を前に出し、紹介する。

「アルス様、こちらはモルガン公爵、私たちの大好きなおじい様です。」

その紹介にモルガン公爵はふぉふぉっと笑っていたが、

目は鋭く俺を見ていた。

「ご紹介与りました、アルスと申します。今後ともよしなにお願いします。」

「アンジェもマリアも儂にとっては孫のようなもの。その伴侶となったそなたは儂にとっても孫と同様。これからはアルスと呼んでも構わぬか?」

「勿論です。モルガン公」

「ではアルスよ。お主に訊きたい事がある。お主は異世界から来たのか?」

「何故ですか?」

「否定も肯定もせぬか。簡単な事じゃよ。お主の能力は人の理から逸脱しすぎておる。そのような者は異世界から来た人間か人間の皮を被った悪魔しかおらんじゃおうて。」

「・・・そうです。私はこの世界の人間ではありません。しかし何故、異世界の事を知っているのですか。」

「この国の初代国王は異世界人だ。そして過去英雄と呼ばれた者達のほとんどが異世界人という事も知っておる。儂はこれでもパルーア市国の公爵だからな。この国の歴史には誰よりも精通しておる。だが、お主は異常じゃ。かの英雄たちも強かったらしいが、その強さも特化した強さだったと言われておる。

例えば剣に強いのも、火魔法に長けた者、様々な錬金術を操る者、召喚に長けた者、様々な者達がいたそうじゃ。しかしどの英雄たちもその強さは限定的であったという。そうじゃの、剣に強かった英雄は剣以外はさっぱり弱かったとか錬金術を操る者は戦闘能力は全くなかったなどだな。だが、お主は剣も魔法も使え、しかも、人間のレベルを超えておる。また、召喚もテイマーとしての能力もあると聞いておる。そのような者がこの世界の人間であるはずはないからの。」

「・・・・」

「いや、これはすまなかった。別にお主を責めているわけではないんじゃよ。ただ、本当かどうか確認しておきたかっただけじゃよ。何せ、儂の大事な孫娘を2人とも嫁に採った男じゃからなあ。フォフォフォ。」

「もう、おじい様ったら。アーくんを虐めないで下さいませ。」

「ただの年寄りのやきもちじゃて、許せ。」

「そうだ、おじい様にお礼を言わせて下さい。ジョハンやメアリ達の事、守って頂きありがとうございました。

おじい様が取り計らってくれたんでしょ。」

「ベイドから聞きおったか。」

「いえ、ベイドは消息を調べてくれただけですわ。その消息内容を見たらおじい様が関わっているんじゃないかって思いましたの。」

「かわいい孫たちを最後まで面倒をよく見ていた者達だ。無下には出来まい。」

「ずっと心配だったのです。私たちのせいで彼らが不幸になっていないかって。」

「そうじゃったか。いらぬ心配をさせてしまったようじゃの。早く知らせておけば良かったかのう。」

「それはいいのです。もしかして、おじい様もご迷惑をかけたかもって心配でした。」

「なに、儂は公爵じゃぞ。心配する必要もなかろう。それよりも、挨拶して回ったらどうじゃ。ここにはお前達を悪く思うような輩は入れておらん筈じゃ。見知った顔もいるやもしれんからの。アルスは儂ともう少し話に付き合ってもらおうかの。」

「おじい様、アーくんを虐めちゃ嫌ですわよ。」

そう言い残してアンジェとマリアは他の茶会参加者へ挨拶に向かった。

「のう、アルスよ。」

「はい。」

「あの2人の呪縛を解いてくれて本当に感謝しておる。この国ではあの子らは不幸にしかならんかったろう。」

「王位継承権ですか。」

「そうじゃ。確かにあの加護は強力な物じゃ。だが、同時に強力な呪いでもある。知っておるか、あの子らが産まれた時の話を。」

「たしか、2人がこの国の未来を導くと予言されたそうですね。」

「その通りじゃ。その予言のせいで2人はいつも散々な目にあわされてきた。」

「国の未来を導くのにですか?」

「取りようじゃな。ある者にとっては国を導くという事は次代の国王となると考えるものや、この2人によって不幸に導かれるんじゃないなど、様々な憶測がされてきた。中にはそれに肖ろうと近づく者も数多く現れるようになる始末。小さい頃からそんな大人達ばかりの環境で幸せになるはずもなかろう。そうは思わんか。現にあの2人は最後には我慢しきれず出奔という形で逃げざるを得ない所まで来てしまったのじゃ。儂は単純にあの2人には幸せになってもらいたかっただけなのじゃよ。」

「詳しい事は聞いてませんが、そのような事があって国を出たというのは、聞きました。そして王家の呪縛から逃れるには結婚するしかないとも。」

「だが、結婚相手がまさかこんな年下だとは思いもせなんだ。ところでアルスよ。」

急に真面目な顔になったモルガン公爵が訊ねてきた。

「もうやったのか?」

「・・・は?」

「男がやったかやってないかを聞いたら一つしかあるまい。どうなのじゃ?」

なんだこの威圧感は。っていうか何なんだ。

「ええ、まあ。」

「よし。ならば、早く儂にひ孫を見せるのじゃ。しっかりと励めよ。」

「はあ。」

「なんじゃ、気のない返事じゃのう。」

「いや、だって10代前半でお父さんなんて言われたくないですよ。」

「どうぜ、中身は10代前半ではないのじゃろう?」

ドキッ。この爺さん異世界人に詳しすぎじゃないか。

「そ、そんなことないですよ。」

「まあよい、冗談だ。」

冗談にしては笑えませんけど。

「ところで、アルスよ。お主はこの世界に来る時に何か使命を与えられたのではないか?」

急に真面目な顔でモルガン公爵は訊いてきた。

その事については、異世界人の事に詳しい人間で

恐らく敵にならないであろう、この老人に伝えた。

「なるほど、断片的に記憶を失っておるのか。しかし、まさか異世界人が定期的にこの世界に呼ばれていたとは思いもせなんだな。その帝国にいる異世界の神とやらも気になるのう。まあ、聞いたからにはこちらでも調べておこう。それと困った事があれば儂を頼ってくれて構わんぞ。かわいい孫の為じゃ。」

そう言って、大きな声で笑った。

挨拶が済んでアンジェとマリアが戻ってきた。

時間もそろそろ1時間が経とうという頃合いだ。

次の茶会に向かわなければならない。

「おじい様、よろしければ、またお伺いしてもよろしいですか。」

「いつでもおいで。儂は待っておるぞ。」

ここでお暇をして、次の茶会に向かった。


次の茶会はアメリアの義兄のファーン伯爵だ。

この関係は多少複雑だ。

フォルテス家の先代伯爵の妹がアメリアの母なのだが、

王家の侍女をしていたのである。

その時に先代国王に見初められてアメリアが産まれた。

しかし、アメリア自体に王位継承権が確認されなかったために

王の子であると周囲が認めなかったのである。

アメリアの母は失意のまま伯爵家に戻ったが、結婚する事も叶わずにいた。

数年後、彼女は度重なる周囲の偏見の目に苦しみ

最後は病死してしまう事になる。

そして伯爵家の当主は子をなすことが出来なかったために

後継者として近親の縁者から養子をとる事になった。

それがファーンである。

アメリアは父親不明という烙印を押されながら育っており、

唯一友達と呼べる存在はマリアただ一人だった。

だが、戦争で王位継承権者が立て続けに亡くなった事で

アメリアにペンダントが移ったのである。

そこで初めてマリアが王の子である事が証明されたのだが、

アメリアが王家に入る前には、

唯一仲の良かったマリアも出奔した後であった。

ファーンはそんなアメリアの母もアメリアも不憫でならなかった。

ファーンはアメリアの母とは数年間一緒に暮らしていたのだが

アメリアの母が真実しか語っていないとかたく信じていた。

アメリアが王位継承権を得た際には、誰よりも喜んだという。

アメリアにとってもファーンは唯一の家族であると思っている。

これらの情報はベイドの手紙の中に書かれていた。


「ようこそ、おいで下さいました。Aランクの冒険者のアルス殿、アンジェリカ様、マリアンジュ様。」

ファーン伯爵は青みがかった銀色の髪で整った顔立ちである。

マリアとは何度か顔を合わせている間柄である。

「お久しぶりね。ファーン様。」

マリアが懐かしそうに挨拶をした。

「本当に久しぶりです。何年ぶりでしょう。アメリアも今は女王になってしまいましたが、貴方と会えるのを楽しみにしていたのですよ。」

「昨日、お会いしましてよ。2人とも元気そうで何よりですわ。」

「立ち話も何ですから、こちらにお掛け下さい。」

そう言って、1卓のテーブル席に案内された。

室内は先程と違って完全な屋内である。

部屋の大きさも先程と比べると小さく感じるがそれでも大の大人が

20人近くいても狭くはない大きさの部屋である。

「私のような何の変哲もない伯爵家でこのような部屋を使えるのも女王と縁故のある家系だからでしょう。」

部屋の中には10数人の貴族がいくつかのテーブルに分かれて談笑している。

「失礼ですが、あまり見かけない方々が多いようですけど。」

アンジェが室内にいる人の中に見知った者が全くいなかったので訊いてみた。

「彼らの多くは騎士爵の者達です。ですからアンジェリカ様が知っている者はあまりいないでしょう。」

ここにいる貴族たちは若い者がほとんどで日々鍛錬を積んでいるのか

いい体格をしている者が多い。

「皆さん、結構いい体つきをしてますね。随分と鍛錬を積んでいるようにお見受けします。」

俺は率直な感想を言った。

「彼らの多くはあまり魔力が強くない者が多く、筋力を鍛えているのです。」

「なるほど。立派ですね。」

「Aランクの冒険者のアルス殿にそう言って頂けると彼らも喜ぶでしょう。」

しばらく雑談を交わした後に気になる事を訊いてみた。

「そう言えば、ここにきて少し噂を耳にしたのですが、アメリア女王陛下とシグルド第一王位継承者の婚姻について賛否両論に分かれていると聞いたのですが、実際の所ファーン殿はどう思われますか?」

「それは勿論、女王陛下の気持ちを優先させたいですね。」

「この間、戴冠前の女王陛下と話す機会があったのですが、本人は乗り気ではない様子。だが、シグルド殿の方は外堀を埋めつつあると聞いてます。」

「残念ながら、その通りですね。私も女王陛下も上級貴族に知り合いが少ないもので中々対抗しえない部分が多いのです。やはり古い家柄の貴族たちはどうしても繋がりが強いですし、騎士爵も貴族とはいえ一代限りのもの。同じ貴族といっても、見えない所で一線を引かれているのですよ。」

その後は他愛もない話に終始し、早々に切り上げてしまった。

それというのも最初のお茶会に時間を費やしすぎたせいもある。


この後は、一人でお茶会に参加する事になったのだが、

正直特に得られる情報もなく、俺を招待したのも

興味本位で呼ばれただけのようである。

実際にいくらAランクの冒険者でも見た目が子供では

仕方ないと思えなくもない。

そうして、3か所のお茶会を周り切ってようやく部屋に戻ることが出来た。

貴族と顔繫ぎが出来たかと言えば、

はっきり言って徒労に終わったというのが結論だった。

アンジェとマリアは時間ぎりぎりで戻ってきた。

晩餐会まであまり時間が無いので早々に着替えを済ませて、

晩餐会の会場に赴く。

その晩餐会では、魚料理を中心とした料理が振舞われたが、

正直お茶会で勧められるまま菓子などを食べていたので

食欲もなく、折角の料理も美味しく感じられなかった。

席にはホフマン伯爵がいるおかげで挨拶に来た者達も

国賓の要であるホフマン伯爵を無視するわけにもいかず

こちらに話しかけてくる者はほとんどいなかった。

そうして晩餐会は何事もなくというより何もなく終わってしまった。

そして与えられた休憩室に行き、各自着替えを済ませる。

俺は着替えなどないので隠れてクリーンの魔法で服を綺麗にしただけだった。

1時間ほど休憩していただろうか。ようやく案内がやってきた。

今度は舞踏会の為だけに存在しているような大きなホールだった。

ホールの一画にテーブルが置かれ料理や飲み物がずらりと並んでいる。

その周りには給仕が飲み物を運んでいる姿が目に付く。

ホールの中では知り合い同士が固まって談笑している。

ホールの端には疲れた者が座れるように椅子が並べられていた。

ホールに入る直前に前触れが「ジュノー王国ご一行様ご入場」と

これまた大きな声で告げられる。

ホールに入ると歓迎を込めた拍手が鳴った。

案内役がホールの奥まで案内してくれた。

どうやら、来賓は最初にいる場所を指定されているようだった。

その場所に到着するなり、給仕が飲み物を持ってくる。

しかしお茶会で散々飲んできて更に晩餐会でも飲み物が出てきていたので、

一旦断ることにした。

正直、おなかの中がタプンタプンの状態である。

俺たちが到着して間もなく、王家の人間が入場してきた。

ここからが舞踏会の始まりである。

新国王のアメリア女王が雛壇にある王座から前に出てきて挨拶をした。

「皆さん、今日から新たなパルーアの歴史が始まります。孤立無援だった我が国に新たに心強い同盟者が遥々やってきました。我らは彼らジュノー王国と手を取り合い、周辺諸国を滅ぼした帝国と対抗する事になったのです。当然、ジュノー王国の盟友である新国家フォーテルムーン法国、エルフやドワーフの国とも協力関係になるでしょう。我々は帝国を打ち破り、平和を取り戻すのです。今宵は、その節目にあり、皆と共に新たな出発を祝いましょう。」

盛大な拍手と共に歓声が沸き起こる。

ホールの脇に控えていた演奏者達が音楽を奏で始める。

ダンスの開始まで少々時間を空けるようだ。

「それにしても、凄く華やかだよね。」

アンジェとマリアに話しかけた。

「そうね。こうやって改めて眺めると華やかね。」

「アンジェとマリアも今日のドレスはいつにも増して綺麗だね。」

これはお世辞でもなく本当にそう思ったのもあるが、

周囲の視線がこちらに集まっている事も証明しているからだ。

「アーくんにそう言ってもらえると嬉しいわ。」

今日着ているアンジェのドレスは真っ青のドレスで、

蝶の刺繍が施されているものだった。

アクセサリーは赤の宝石が主体のものを付けていて

それがまた目を引き付けている。

マリアは白と青を基調としたドレスだが、

刺繍はされていない代わりにスカート部分にまるで宝石を誂えたかのように

何かが光っていた。これは銀糸を使っているという事だった。

アクセサリーは唯一、髪留めだけだが、それがかえって目を引き付けていた。

そして以外にもエマ魔法士官がかなり目立っていた。

ドレス自体は黒を基調にしたドレスでデザイン的にはよくあるドレスなのだが

アクセサリーに宝石は付いていないものの、

全て金のアクセサリーを付けている。

そして何より赤い髪で赤い目がより一層妖艶さを際立たせていた。

今、会場の視線は女王陛下の所と、国賓である我々の所に集まっていた。


その女王陛下の所では、女王陛下への挨拶が進んでいる。

ホフマン伯爵も先程挨拶を済ませて戻ってきた所だった。

それからようやく女王陛下への挨拶もほぼ終わった所で、

音楽が変わり始めた。ダンスの開始の合図のようだ。

各所で男性が女性をエスコートして中央付近に散らばる。

ダンスをしないものは一旦ホールの中央から離れていく。

「アーくん、私たちも行きましょう。」

今日は珍しく一番手がマリアだった。

こういう時は大概アンジェが最初になるのが多いのだが

珍しい事もあるのもだ。

「では、参りましょう。」

マリアの手を取り踊れるところまで来た。

マリアの腰に手を当て、左手はマリアの手を握る。

本当は背中に手を当てた方が良いのだが身長差の関係で

腰に手を当てるのが精一杯なのだ。

「練習しておいて良かったよ。」

ダンスで何がやりにくいかと言えば、

男の俺の方が身長が低いというのがある。

その為、手を取る高さや歩幅が合わずに足を踏みそうになる。

それを何とかスキルでカバーして踊っているのだ。

「今日は嬉しいわ。アーくんと最初に踊れるのだから。」

「そういえば、こういうのって珍しいよね。いつもマリアの方が譲るのに。」

「ふふっ、実はね、アンジェったらダンスがあまり得意ではないのよ。最初に踊るとどうしても目立つじゃない。だから、私に譲ってきたのよ。本当は最初に踊りたかったはずなのにね。おかげで私が最初に踊れることになったのよ。」

「そうなんだ。意外だな。こういう体を使うのはマリアよりアンジェの方が上手いと思ってたよ。」

確かにマリアはダンスが上手い。

俺との身長差を考えながら動けるし、話しながらも余裕で踊れる。

「私もダンスは久しぶりだけど、何とかなるものね。」

ステップをしながら、ターンをする。

「わたし結構ダンスが好きなの。アーくんとダンスが出来て凄く楽しいわ。」

そして曲が終わりポーズを決める。

周りから拍手や歓声が沸き起こった。

「もう終わっちゃった。楽しい事ってすぐに終わっちゃうのよね。」

「あとでもう一曲踊ればいいさ。」

「約束よ。」

そう言ってマリアの手を引き戻る。

そして今度はアンジェを誘う。

「あ、あのね。私、ダンスが得意じゃないの。だから、もしあれだったら、マリアともう一曲踊ってもいいのよ。」

「何言ってるんだよ。俺はアンジェとも踊りたいんだよ。俺に任せればいい。」

強気で豪語してみたものの、アンジェをリードできる自信がある訳ではない。

そこで、さっと社交ダンスのスキルをLv4まで上げた。

曲が変わり、ダンスが始まる。

マリアよりもアンジェの方が身長が高い分、マリアよりも難易度が上がる。

しかもマリアは持ち前の技量でこちらに合わせる余裕があったが

アンジェのこの様子だと俺が完全にリードして合わせてあげる必要がある。

だが、その為にスキルを1つレベルを上げたのだ。

「そんなに緊張しなくて大丈夫だから。さあ。」

手を差し伸べてアンジェの手を取る。腰に手を当てると曲が始まった。

初めこそ、ぎこちない動きだったが、途中から慣れてきたのか、

会話する余裕もうまれてきた。

「こういうのって、楽しんだもの勝ちだと思うんだよね。」

「そうね。アーくんと踊れるなんて夢にも思ってなかったわ。もっとちゃんと練習しておくんだったと後悔してるわ。」

ようやく笑顔も出るようになって、アンジェもダンスを楽しみだした。

そして、曲が終わり、アンジェとのダンスも終わった。

手を引きながら戻っていく。

「アーくんのおかげで恥をかかなくて助かったわ。」

アンジェは途中、ステップを間違えて何度か転びそうになっていた。

それを支えて転ばないようにフォローしたのだ。

「2人とも良かったわよ。」

マリアが出迎えてくれた。

「アンジェにしては上手く踊れたのではなくって?」

「アーくんのおかげよ。」

会場では3曲目のダンスが始まっていた。

エマさんがダンスに誘われて踊り始めていた。

「意外とお上手ですのね。」

後ろから声を掛けられて振り向くとアメリア女王がいた。

「これは女王陛下。この度は・・・」

「そんな固い挨拶はいいのよ。それより、アルス様はどこかの貴族出身なのですか?」

「いいえ、普通の平民ですよ。」

質問の意図が見えず、まじめに答えた。

「そうなのですか。Aランクの冒険者という事は剣や魔法の特訓もしてダンスもおやりになる余裕がございましたのかしら。」

この会話の流れも良く分からないし、

なぜ女王陛下がここにいるのかも理解できなかった。

「女王陛下、アルス様は稀に見る才能の持ち主です。ダンス如きは物の数ではございませんわ。」

アンジェが会話に割って入ってくる。

が、これはどうやら時間稼ぎの為らしい。

俺の後ろでマリアが囁いた。

「アーくん、女性から声を掛けられたら、私を誘いなさいという合図なのですわ。誘わないとどちらも恥さらしになってしまいますわ。」

その言葉で、この無意味な質問のやり取りを一気に理解することが出来た。

この間にもアンジェが間を繋いでくれていた。

そして3曲目も佳境に入っている。誘うならこのタイミングでいいだろう。

「アメリア女王陛下。」

「今日は無礼講です。アメリアで結構よ。」

「では、アメリア様。私如きがおこがましいですが、よろしければ1曲、踊って頂けないでしょうか。」

その言葉を聞いて、一瞬笑みがこぼれた様に感じたが、

それはほんの一瞬のことだった。

「まあ、Aランクの冒険者の方にお誘いいただけるとは、こちらこそ、光栄の極みでございますわね。よろしくてよ。」

3曲目も終わり、今は間奏が流れている。

「こちらこそ、身に余る光栄です。」

そう言いながら、手を差し出す。アメリアがアルスの手を取り、

エスコートされながらホールの中央へ出る。

周りにいたダンスを始めようとしたカップルが場所を開けるように

ズレて行った。

「アメリア様。失礼いたします。」

そう言って、手を背中に当てて、左手でアメリアの手を握る。

同年代のおかげで身長差はこちらがやや高く、

自分でもさっきより様になっている気がした。

周囲のざわつきが止まない。

それでも曲が始まり、最初のステップを踏む。

アメリアはマリアよりもダンスが上手かった。

「誘って頂いてありがとう。折角の舞踏会なのに最初に踊るのがシグルドだったら最悪ですもの。」

「なるほど。それでしたらあらかじめ言って頂ければ、こちらからお誘いにあがったのに。」

「まさか、冒険者のアルス様がこれほど踊れるとは思いもよりませんでしたもの。」

「それはそうですね。」

「シグルドが嫌なのは理解してますが、他に意中の人とか気になる人とかいないのですか?」

「意中の人などおりませんわ。気になる方ならいますけど。」

「そうなのですか。ではその人とも踊られてはいかがですか。」

「そうね。考えておくわ。」

一瞬目を逸らしたように見えたので先程の言葉が空返事だとわかった。

この話題はよろしくないと思い、別の話題を振る。

「そう言えば、今日のお茶会でファーン伯爵とお会いしましたよ。」

「まあ、お義兄様と。」

「ええ、アメリア様の事凄く気にしていましたよ。」

「相変わらず、心配性ですのね。フフッ」

笑った顔は、今まで見た事のない屈託のない笑顔だった。

「私の周りに気を許せるのはお義兄様とマリアンジュ様しかいませんでしたの。でもマリアンジュ様は、いつの間にかパルーアを出て行かれてしまって寂しかったですわ。」

「もしよければ、この国にいる間、私やアンジェ、マリアもアメリア様の話し相手くらいにはなれますよ。いつでも呼んでください。」

「ありがとう。アルス様。そうね。また、呼ばせて下さいな。」

「よろこんで。」

曲が終わり、挨拶をして、エスコートしながら戻る。

その間、異様なまでの歓声と拍手が聞こえてきた。

アメリアは一旦休憩の為に中座した。

「アーくん、凄いのね。」

アンジェとマリアが声を揃えて言った。

「何がって、さっきのダンスよ。みんな見惚れていたわよ。」

「それは褒めすぎだって。アンジェとマリアと変わらないと思うけど。」

「それよりもダンスって結構楽しいよね。2人とももう一曲踊ろうよ。」


この日の舞踏会で最終的にアンジェと2回、マリアと3回、

そして何故かアメリアと2回踊っていたのだった。

何故アメリアと2回踊る事になったのかと言えば、

王座で一人寂しそうにしてたから。


それが騒動の引き金になるとは予想だにしていなかったのだ。

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