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第5話 新人二人の初任務に着いていく

  俺の朝は早い。

  朝4時、まだ日が昇らない時間に目を覚ます。街は夜の底に沈んでいて、みんなは寝静まっている。

  なぜこんな時間に起きるのか。理由は簡単だ。


  影者は、朝にも発生する可能性があるからである。

  外では、夕日とともにどこかからか発生する影者なのだが、たまに朝日の影に紛れ込んで活動することがある。

  本当にごくたまに、の話なのだが、何かあってからでは遅い。


  影者は獰猛だ。銃を使えるとは言え、ある程度彼らに接近しなければならない。距離感を間違えれば、体内から破壊されて死ぬ。

  ちゃんと訓練を受けた討伐部隊でさえそうなのだから、一般人が絡まれたらひとたまりもない。


  数分のうちに、肉塊へと化す。


  ワックスで髪を整えながら、ふともし影者討伐部隊の奴らが、ここがダンジョンで、ついでに影者がただの初級モンスターであることを知ったら、どうなるのだろうかと疑問に思った。


  いや、前から何度も考えてはいることだ。


  まぁ、答えは一つしかないんだろうけど。


  だって、どうしようもないんだ。人間の世界を取り戻すため、また努力し続ける他に俺達が安全に暮らせる未来はない。きっとまた、己の命をかけて戦うのみだと、彼らは言うのだろう。


  じゃあ、この影者でギリギリの戦力を保っている討伐部隊に、一体何ができるというのだろうか。

  第二層、三層と、層が上がっていくにつれて俺達はどうなるのか。


  考えるだけ杞憂か。未来のことを考える時間は、俺には残されていない。現在のことだけを直視して進まなければ。




『希望を殺してはいけないんだ』




  ふと"アイツ"の声が頭に響いて、俺はため息をついた。






 

  俺は用意を終え、軽めに武具の点検をして、ナップサックの蓋をしめた。五時。丁度いい時間だ。公園にも、十分間に合うだろう。

  玄関の扉を開くと、少しだけ辺りが明るくなっているように感じる。

  軽めに天気の具合だけ確認して、待ち合わせ場所へと、そのまま足を動かした。

 

 頭に浮かぶのは、二人の顔。


 神崎咲夜と東雲天明。

  これは俺の単なる勘だが、彼らはこの世界の何かを変える気がする。


  俺は大きく深呼吸すると、二人の人影が見える公園へと、足を踏み入れた。

 


「やぁ、おはよう」



  公園の西郷隆盛像前に並んでいる二人に手を振ると、咲夜は嫌々、天明はオドオドと手を振り返してきた。

  昨日から思っていたのだが、咲夜も天明も、一般企業だったら就職できなかったんじゃないのだろうか。なんていうか、言い方は悪いが、問題児すぎて。



「おはよう」


「おはようございます」



  いや、挨拶を返してくるあたり、まだ常識はあると言えるかもしれない。職業が職業なのか、討伐部隊には一体どうしたらそんな風になるんだと言いたくなるような性格の持ち主がたくさんいる。



「じゃあ、今日の予定だけど……申し訳ないんだけど、説明してる時間はないんだ。さっさと行くよ」



  ふと気がつくと、朝日が片鱗を見せ始めていた。

  咲夜が強ばりつつ、呆れたような顔をする。

  そろそろ、朝型の影者が活動するかもしれない時間だ。出現する可能性はほとんどないとはいえ、危険なことには変わりはない。

  備えあれば憂いなし。それは、討伐部隊のある意味信念と言えるような言葉だ。


  俺はガチガチに緊張している二人を置いてさっさと歩き始めた。それから気づかれないように、こっそり魔法で後を着いてきた二人の様子を覗き見る。


  この魔法は、透明人間のようなもので、それと自分脳の回路を感覚的に繋ぐことで、視界の共有、意志の共有、触覚の共有などができる。唯一、体を光らせずに使える魔法だ。

  まぁ、要するに分身なんだけど。


  俺が担当することになっている任地を歩く。

  討伐部隊では、ドーム状の物体──影箱と呼ばれている──の中で任地を割り振り、仕事をこなしている。

  俺は主に発生数の多い、上野公園周辺を担当している。



「仕事って何なのよ」



  一キロほど歩いたところで、痺れを切らしたように咲夜が言った。

  確かに何も説明していなかったな、と思い出す。



「訓練学校で、影者は朝にも出るって習っただろ。それの見回り」


「そうね、確かに……」



  咲夜がぽつりと呟いた。どこか考え込むような顔をしている。

  そのまま考える人のようなポーズで歩く彼女から前へと目線を戻す。




  ぴちゃん。




  ふと目の前のビルの影から液体が跳ねるような音がした。これはもしかしたら……



  「ちょっと待って。影者だ」



  ビルの影から黒っぽい足が見え、俺は新人二人を手で制した。

 


  影者との戦いでは、何度も述べている通り、距離感が大切である。近づきすぎるとミンチ、遠すぎるとそもそも攻撃が当たらない。


  簡単に言えば、距離感さえ間違えなければ、影者討伐と言うのは存外簡単だ。

  けど、その距離感を感覚的に掴むのが、長年の経験と勘にものを言わせ、結構難しいのである。


  ビルの陰で貪るように人間を喰らう彼らは、こちらには気づいていない様子だ。

  ということは、奇襲攻撃をかけるのが一番理にかなっているだろう。


  とりあえず新人二人は見学で、俺だけで倒す。

  ビルの立地的に、そうとうな技術が必要になるだろう。ここで若い命を無駄に散らすわけにもいかないし。



「咲夜、天明、二人は見といて。これは、君達に任せるには、少し危険すぎる任務だ」



  声をかけると、二人は黙って着いてきた。

  ゆっくりと、ビルの壁にそって、影者に近づいていく。影者は、目も鼻も何もかも見当たらないせいか、五感があまり発達していない。


  つまりは、近づきすぎて認識されなければ、こちらの方がよっぽど強いのである。


  影者は基本的に、頭部を破壊したら死ぬ。弱体化させるためには、四肢を全て破壊しなければならない。

  どんな物質でできているのかなど、未だに謎は多いのだが、それが影者の生態の中で、現状発覚していることだ。


  あと、残り一メートルほどというところで、俺は銃を構え、そして、狙いを定めた一匹の頭を撃ち抜いた。直ぐに、黒い霧のようになって、霧散する。

  消えた一匹に気づいたのか、数匹が曲がり角の向こうで動く気配がした。



「ちょっとここで待ってて。でも、危険を感じたら直ぐに逃げること」



  二人にそれだけを告げて、俺は影者の前に現れた。全部で五匹。群れとしては、それほど大きくはない。

  一気に頭を撃ち抜く。残念ながら、襲われていた女性らしきものは、既に肉塊となってしまっていたようだ。

  たまに、影者の操作ミスというか、なにかで片腕だけで済むこともあるのだが、今回ばかりはそういうわけにはいかなかったらしい。


  俺は周りにもう影者が忍んでいないか確認してから、咲夜と天明を呼んだ。


  二人はおずおずと、こちらに来る。天明が嘔吐く音が聞こえた。確かに、初めて見る人にはかなり残酷で、刺激が強いだろう。


  この仕事を二、三年続けている俺でも、その日一日は食欲がなくなるほど、現場は凄惨だ。



「死んでしまった人に、手を合わせる。命に危険がない時は、必ずする」



  合掌して黙祷をすると、黙って二人も同じようにした。

  それにしても、こんなに酷い現場は久しぶりだ。最近、影者の活動が活発になってきている気がする。

  何もないといいのだが。




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