第4話 入隊式が行われる
あれから彼女のことは、討伐隊に入る前に必須で行かなければならない、"影者討伐隊訓練学校"に連れて行った。
ここでは、影者に対する基本的なことを学ぶ。そこで最低限の知識を得てから、試験、面接などを経て、晴れて討伐隊に入隊するというわけだ。
要するに、討伐隊に入隊してからの死亡率を減らすために、通うところである。
ちょうど明日、三ヶ月に一度の、訓練学校の卒業生の入隊式があるところだ。
彼女は見たところ根性もありそうだし、それに一般人にも関わらず、少しだけ、討伐隊の周囲の人間よりも、魔力量が多かった。
彼女には、新たな希望の星になってほしい。いや、ちゃんと研鑽を積めば、それも夢じゃないだろう。
今頃彼女がいるのであろう、懐かしき訓練学校の姿を思い出し、俺は討伐隊の拠点へと車を発進させた。
○
「えー、これから、新隊員の入隊式を行う。と言っても、こっちも時間がないから、それぞれの班で挨拶。まぁ、それだけでいいや。面倒くさいし。どの班に属することになるのかは事前に連絡したはずだから、それに従って。じゃ、よろしく」
二〇二〇年、四月十四日。
ドーム状の物体に襲撃されてから約十六年が経ったが、こんな風に崩壊した世の中でも、春夏秋冬の初めに何か新しいことを始めるという長年の風習は、体に染み付いているらしい。
東京都上野区、かつては上野動物園があったその近くの公園では、影者討伐隊の入隊式が行われていた。
今回新たに入隊する人数は五名。
一見少ないように感じるが、そもそも「揺れ火」を持つ人物が少ないこと、さらにその中でわざわざ訓練学校に入学する者などほとんどいないこと、それに試験を経て選抜しなければならないことを鑑みれば、まぁ妥当な数だと言えるだろう。
ちなみに影者討伐隊は四つの班によって構成されており、一つ目は討伐部隊、二つ目は情報部隊、三つ目は医療部隊、四つ目は研究部隊である。
要するに、情報部隊から連絡を受けた討伐部隊が影者討伐に向かい、そこで怪我をした討伐部隊のメンバーを医療部隊が救助。討伐部隊が持ち帰った影者を、研究部隊が研究するという形になっているのである。
それはさておき、俺はちゃらんぽらんな挨拶をすると、周りから少し離れたところに立った。
俺はあの時魔王にもらった魔力のおかげで、体力や知力などが爆発的に伸び、その凄まじい戦闘力と、あと戦闘において発揮される高度な思考力などの理由によって、十四歳の時に討伐部隊隊長へと推薦された。
たぶんそれだけじゃないのだろうけど。
上のは副次的な理由で、一番は、俺が対魔王戦で生き残ったからだ。俺は記憶喪失になってあの戦いを何も覚えていないことにしているのだが、それでも生き残ったという事実は確か。
上には魔王と戦ったという事実は伝わっていないはずだが、大量に人が死んだあの事件を潜り抜けた経験があるというので、選ばれたのだ。
下は十三歳、上は四十五歳、総勢三百人ということを考えれば、随分出世したものだ。
この入隊式では、そもそもこの業界が常に人手不足なため、それぞれの隊長だけが集結し、そして挨拶を済ませるだけとなっていた。
その前に一応影者討伐隊、討伐部隊隊長の俺からの祝辞があったはずなのだが、まぁそれはさておき。
「で、ええっと、俺が討伐部隊隊長だ。神崎 咲夜さんと、東雲 天明君だっけ? ちなみに僕は祈夜 灯璃。よろしくね」
俺は、先程の彼の言葉に従い、目の前に集った二人ににっこりと笑いかけた。ちなみに、今年は討伐班に二人、他の班に一人づつ、と随分バランス良く入ってくれた。
運の悪い年だと、一つの班以外誰もいないなんてことになる。
「名前、違うんですけど。かんざきじゃなくて、かみさきです」
日本人の色素はどこかに捨て去ってらしい、銀髪の少女が不機嫌そうに言う。頭には髪と同じ色の月のバレッタを付けていて、黒い隊服と比べるとまるでオセロみたいだ。
「あ、ごめん。了解」
どうやら名前を間違っていたらしい。
神崎はさらに不機嫌そうな顔を歪め、そっぽを向く。今年はまた随分と面倒くさそうな新隊員が入ったものだ。
まぁ普段の態度がどうであれ、戦闘時に役に立つのであれば申し分ない。というか、どれだけ癖が強くても、生き残ってくれりゃそれでいいのだ。
「あの、俺東雲です。東雲 天明です」
隣で控えめに少年が手を挙げた。
「あ、うん。それは分かってるよ」
俺は首を竦めると言った。
「じゃ、任務は明日からだから。習うより慣れろってね。あ、あと、ここに朝の六時集合ね。俺は今から任務があるから。よろしく」
俺はわざと適当に言い、そのままさっさと歩いていった。
元より討伐部隊は、湿っぽい現場で戦うのだ。人の死体を見ることなんて日常茶飯事。仲間も、気づくと一人、二人と消えていく。
だから俺はわざとのらりくらりとしている。真面目に生きていたら、精神的にもたない。
それに、仕事を怠ることがなければ──さっきみたいなのはさておいて──適度に力を抜くのは、この部隊ではかなり必要なことだ。今まで馬鹿真面目にやって、壊れていった人を、俺は何人も見てきた。
まぁつまり、俺があまり肩肘張り過ぎないことで、下に少しでも精神的に楽になってもらおうと思ったわけだ。自分の根がわりと真面目すぎるだけに、気をつけてそうしている。もちろん、天明たちに迷惑をかける気は微塵もないが。
まぁ、本性を見抜かれないため、というのもあるんだけど。
それにここが、習うより慣れろで学んでいく現場だというのも、事実だし。むしろ説明に囚われる方が良くない。
二人ぽつんと残された神崎と東雲は思わず顔を見合わせた。
未だ不機嫌そうな神崎に睨まれ、東雲がビクッと体を震わせる。
「他の部隊の人達、ちゃんと説明受けてるわよね」
周りの様子を見た神崎が言い、東雲はこくこくと頷いた。
「態度デカすぎでしょ。信じらんない。あたしより年下のくせに。あんなのが隊長なの!?まぁいいや、明日ここに集合なのよね?」
神崎は睨むようにして東雲に言ったあと、彼が頷いたのを確認して、スタスタとその場を去っていった。
今度は、一人呆然とした東雲が取り残される。
「初日から悲惨じゃん、ヤバい、最悪」
東雲のため息を含んだ愚痴には、誰も気づかないのであった。
「帰ったら、ゲームでもするか」