第20話 その後
「……ん?……あ、れ?」
目を覚ますと、そこには知らない天井が……なんていうわけもなく、よく見る拠点の天井だった。
ジプトーン素材の、学校とか病室とかでよく使われてるやつ。拠点でも、使われているのだ。
たぶん倉庫で倒れた状態で発見されて、ここまで運ばれてきたのだろう。
「あっ、祈夜さん、お目覚めになったのですねっ!!」
目を開けてすぐに発生した、聞きなれない声に内心首を傾げる。ていうかそもそも、拠点にこんな言葉遣いする人いたっけ?
声のする方に顔を向ければ、医療部隊期待の新人がいた。ついでに、隊員のアイドルでもあり、聖女でもあり、マドンナでもある人だ。
「もう、びっくりしましたよ~! まさか拠点の倉庫であんな事故が起こるなんて……」
目を見開いたり、唇を噛んだりと忙しい。
くるくると表情を変える、彼女──叶江 雫──は、俺に繋がれた点滴のクレンメを調節していた。
手元を見る限り、どうやら早めているらしい。
「なにがあったの? 断片的には覚えてるんだけど……」
必殺! 記憶喪失!
今の倉庫……というか、ダンジョン第二層の入り口の状況を聞かなきゃいけないからな。あと、咲夜と天明の様子。こっちの方が大事だけど。
こうやって尋ねれば、きっと教えてくれるだろう。
それに俺はこの手段を用いて、数々の困難を乗り越えてきた……わけでもないけど。便利なのは確かだ。上手く誤魔化せるし。
「えっ、まさか記憶喪失ですか? えっと……ひ、日並先輩に言わなくちゃ! あ、待って、先になにがあったか説明しないと、でも……」
「記憶はほとんど残ってるから、大丈夫だよ。それより、なにがあったか教えて……」
「……や、やっぱりダメ、ダメです! ほっとくのは良くないです! もしかしたら脳に異常とかあるかもしれないし。ちょっと待っててくださいね。すぐ戻りますから!」
記憶喪失という言葉に、叶江さんは分かりやすくオロオロしていたが、眉をキッ、と吊り上げると、おそらく日並さんがいる方へと飛び出していった。
これは、失敗かもな……。記憶喪失って嘘つくと、たまにこうやって脳の異常を疑われることがあるんだよな。良くない、良くない。
それよりも、と言ってはなんだけど、叶江さんがモテる理由がわかった気がした。
まず、清楚系の黒髪ロング。アイドルによくいそうな髪型だ。ツヤツヤサラサラで、真っ直ぐ。蛍光灯の光をうけて、反射していた。
それから、顔。大きな垂れ目は整っているし、鼻筋もすっと伸びて綺麗だ。唇もぽってりとしていて可愛らしい。
ま、まぁ、あ、あとは、胸の大きさ……。正面からしか見たことなかったから分からなかったけど、こうして下から見れば、嫌でも分かった。
その、まぁ、男子の欲望がジャストで反映された大きさだ。
「お、灯璃。目、覚めたのか。叶江さんから聞いたぞ? また記憶喪失になったんだって?」
グダグダと色々考えていると、カーテンを開けて日並さんがベッドの横へと入ってくる。相変わらずの爽やかさだ。
そしておそらくまた、という言葉に反応してだろう。日並さんの後ろに立っていた叶江さんが不思議そうな顔をした。
「まぁ、はい。でも今回は前と違って、ほとんど記憶も残っているので……」
「頭に異常はないと思うんだけどね。他のところも、なにもなかったし。さっき診たかぎりは」
「俺も、それはないと思います。特に痛いところもないし。……それで、この点滴は?」
今の一言で、一番気になったのが、この点滴だった。どこも悪いところがないとなれば、なぜ点滴を打つのか。
「あぁ、それ。疲労回復点滴。貧血気味っぽかったからね。一応」
「はぁ」
「自覚はないみたいだけどさ、灯璃はかなりワーカーホリックだからね。これから気をつけること。ちなみに、今回の件とはなんの関係もないよ」
「なるほど。それで、咲夜と天明は? あと、今の倉庫の状況教えてもらっていいですか?」
「まったく、話聞いてるんだが、聞いてないんだか……」
ため息をつくと、日並さんはベッドの隣に置いてあった椅子に座った。よくある、丸型の小さなやつだ。
「神崎さんと東雲くんは無事だよ。頭部から出血してたけど、それだけだった。もう目覚めてる」
「良かった……」
安心から、ほっと息をつく。ひとまず、一番心配していたことが、解決した。
「それで今の状況だけど、長雨さんと月影くんが、倉庫の様子を見にいってる。もうじき帰ってくると思うよ」
「へ?」
思わぬ言葉に、俺は顔をバッ、と上げた。日並さんが驚きからか、少し仰け反る。
「どうしたの?」
「えっと、いや……なんにもありません」
言いつつ、下を向いて口の中を噛んだ。
表情はできるだけ、出したくない。
倉庫があの後どうなったのかは、全く分からない。
もし、朔と凛がダンジョン二層まで行ってしまっていたら? モンスターに襲われたら? 銃で応戦できる? ちゃんと生き残って帰ってこられる?
心配だけが、胸中を行き交う。
「まぁ灯璃がなにを心配してるかは分からないけど、たぶん大丈夫だと思うよ。あんまり気に病みなさんな」
日並さんはしばらくして、俺の肩をバシッと叩くと、カーテンを開けて出ていった。叶江さんは、俺たちが話をしている間に、いつの間にかどこかへ行ってしまったようだった。
凛と朔はもう少しで帰ってくると、日並さんは言った。
その予想が当たってたら? 俺はここで大人しくしておくべきだろう。
だけどもし、二人が危険な目に合っていたら? 今すぐ助けにいかないといけない。
でも。
でも、もし二人が無事だったとしても、行って損することはないだろう。
俺は覚悟を決めると、清潔な白い布団を取り払った。そのまま、立ち上がろうとして、腕を引っ張られる。
視線の先には点滴。躊躇なく血管から針を抜こうとして
「い、祈夜さんは、いらっしゃいますでしょうか? 自分、長雨 凛、と申しまして、祈夜さんの部下であり……」
凛の、名前通り凛とした声が響いた。