第19話 久しぶりの出会い
「……きろ、ぉぃ、……ぉきろ、起きろ、祈夜 灯璃」
嗄れた声ではっと目を覚ました。どうやら、気を失っていたらしい。
「全く、いつまで寝てるつもりだ。儂は、もう十分も待っているぞ」
十分で気絶から目が覚めるなんて、けっこう早い方じゃないのか。
ちょっと待って、気絶?……あれ、俺なんで気絶なんかしたんだっけ?
「こ、こは?」
ダルい体を起こして、地面に座った。倒れていた時より視界が広がって、周りの状況がよく見えるようになる。
周りの壁はいつの間にかうねうねと動く虹色の液体みたいになっていて、ちょっと言葉では形容しがたい様子だ。
「異空間だ」
「異空間?」
「あぁ、お前、さっきまで影者と戦っていたのを忘れたのか? 簡単に言うと、あそこはダンジョンの第一層だった。それで、お前は第一層をクリアした。だから、ここに来た」
「いや、何も分からないんだけど。そもそもお前、誰?」
「忘れたのか? たった二年で。これだから儂以外の生物は……」
やれやれ、と呆れたような様子で言う。この馬鹿にしたような喋り口調、覚えがある。
「まさか、お前は……」
慌てて辺りを見回すが、俺の他には誰もいないようだ。
「くそ……」
チッ、と舌打ちをする。
今すぐにでも探して殺したいくらいなのに。
あいつ──魔王だけは、何年経とうがこの先なにがあろうが、許せそうにない。
「祈夜 灯璃、ちゃんと復讐心が育っているようで良かったよ。しかも、魔法に頼らず、ちゃんと鍛錬もしているようだしな。感心、感心」
どこにいるんだ、あいつは。ずっと声だけが、この空間に鳴り響いている。
「それで? 話はなんだ?」
怒りを噛み殺して尋ねると、ワハハッと彼は笑った。歯が、ギリっと鳴った。
「そうそう。さっきも言ったんだが、お前はこのダンジョンの第一層をクリアした。新人二人に感謝しろよ」
「は? じゃあ、さっきの影者は……」
「第一層のラスボスだ」
そのわりには弱いような気がしたのだが。それに、ラスボスと言えば、周りを伏兵のような中堅モンスターが囲んでいるのではないか。
「だって、あまり強くしすぎたら、すぐ死ぬだろう、お前らは。弱いからな」
まるで心の中を読んでいるのかのような様子で、魔王が言う。
「……っテメェ。だったら最初から、ダンジョンなんてもの作んなよ」
「二年でずいぶん、口が悪くなったんだな」
「お前のせいだ」
「ハハッ。そうかそうか」
「で? 俺が気絶していた理由は? ここまで連れてきた理由は?」
気絶する瞬間は、魔力切れのせいでこんなことになったのだと思っていたが、絶対に違うだろう。魔王がなんらかの理由で無理矢理、という方が正しい。
おそらく、この部屋に連れてくるためだというのは分かるが。
「一言で言おう。単に話したかったからだ。気絶させたのも、ここに来てもらって、話したかったからだ」
「なんで今なんだ? いつでも、時間はあっただろう……この二年間」
「理由は簡単だ。このダンジョン一層クリア以降じゃないと、異空間と日本とを繋げることができなかったからだ。で、一つ言いたいことというのが、お前……」
魔王は、そこで言葉を切った。それから、ため息を一つ。
「遅すぎだ。分かりやすいよう、簡単な場所をラスボスがいる場所の入り口にしてやったのに、なんでそんなに時間がかかる」
「逆に分かりにくいんだよ、こんな場所」
俺もまさか、ここがダンジョン一層クリアのキーポイントだとは思わなかった。まさに、"灯台もと暗し"というやつだろう。
魔王がわざとらしくゴホン、と咳払いをする。
「で、祈夜 灯璃には、二層以降もクリアしていってもらわないといけない。そうしないと、儂を倒してもらえないからな。ここで一つ、お前に文句がある」
「なんだよ」
「なぜ、仲間に助けを求めない? お前一人でここまでやって来たから、こんなにも時間がかかったんだろう」
「ここがダンジョンであることを教えてはいけないって言ったのは、どこの誰だよ」
「儂だな。いやいやでもでも、上手いやり口はいくらでもあるだろう」
「知らねぇよ」
どこまでも自分勝手で、イライラする。でも、こう腹立つのも仕方ないだろ、普通に。
「まぁ魔法はかけてしまったからな。足りない頭でよく考えろ」
「めちゃくちゃじゃねぇか」
どこかで聞いたことあるようなセリフだ。俺を待っている間、アニメなんか見まくって、楽しんでいたのだろう。
「結局言いたいのはな、祈夜 灯璃。さっさと倒しに来いってことだ。話は終わり。じゃあ、元の世界に戻すぞ」
「ちょっと待て。もう一つ聞きたいことがある」
「まったくお前は質問が多いな」
「なんで、なんで俺だったんだ? なんで俺が、選ばれたんだ?」
「さぁな。そんなことは、神に聞け。儂からは、タイミングが良かったからだとしか言いようがない。じゃあな」
最後まで、自分本位だった。最後まで、大事な部分は隠されたままだった。
だけど。だけど今日、話せてよかったんじゃないかとも思う。話したくもない相手だったけれど。
許し難い、一生かけたって、これから何生かけたって、憎しみがなくならないような相手だけど。
でも。ちゃんと、聞きたいことは聞けた。
「次会うときは、絶対殺す」
呟いた瞬間、辺りは眩い光に包まれた。