第14話 食堂へと向かう
午前十一時。
昼ごはんを食べるにはちょっと早いし、でも小腹は空く時刻。
朝からほとんど何も食べていないせいで空っぽの胃を撫ぜ、俺は自分の席に着いた。
とりあえず、さっきの報告書を上げてしまわなきゃいけない。
「……いやいや灯璃も来るんだよ?」
パソコンを前に、今日の出来事を思い出しつつ適当に捏造しようとしていると、いつの間に戻ってきていたのか、朔に首根っこを掴まれた。
そのままズルズルと連行される。
当然、襟元を掴んだまま。
「でも俺には報告書がっ……。待って、首絞まって、首っ」
「大丈夫だって。今日私任務ないから、事務仕事なら肩代わりしてもいいし。それより新人ちゃんたちの方が大切でしょ」
「確かにそうだけど。確かにそうだけどっ、ちょっと待て。ちょっ、ほんとに首絞まってる」
朔の言うことはごもっともだ。
常に命を懸け続ける現場。大事なのは、お互いのことをよく理解した連携プレー。
そのために必要なのは、日常のコミュニケーションだ。よく会話をして、性格や好き嫌いを把握して……。
そうやって、意識して訓練すれば自ずとそれはできるようになる。
「あんた、さっさと歩きなさいよ。朔先輩が可哀想じゃない」
道が分からなくなったのか、廊下に突っ立っていた咲夜が、引きずられている俺を見て叫んだ。どうやら朔は、途中で二人をほっぽり出してきたらしい。
ていうか、なんで俺はあんたで、朔は先輩なんだ。いや、別に良いけどさ。ついでにこいつ、可哀想だとか言うほどか弱くはない。元から持っている力としては、おそらく俺よりも強い。
さっきだって、咲夜と天明を一人で引きずっていっていたし。
「分かってるよっ。ちょっ、朔、離して。死ぬ。ちゃんと行くから」
「え〜、ほんとに〜? ま、いいけどさ」
ようやく解放してもらい、体制を整え、朔の隣に立って歩き始める。
「遅すぎよ。社会人じゃ、五分前行動が基本なんだからね」
「まぁまぁ、落ち着いて」
さっきまで俺と同様に引きずられてたやつが何を言うか。しかもまだ社会人一日目のくせに。
それにしても。
廊下のど真ん中で腕を組み悪態をつく咲夜とそれを宥める天明の図。
まだ一日しか経っていないのに、もうすっかり見慣れてしまった。
なんだか、濃い一日だったなぁ。
自分の部隊(俺のってわけじゃないけど)に新人が入って、命を狙われてることが発覚して……。
たった七時間やそこらで起こった出来事とは思えない。
「もう、もっと早く来なさいよ。朔先輩が言うにはね、今日はスペシャルメニューがある日らしいのよ。せっかくなら、それ食べたいじゃない?」
どこまでも図々しい咲夜は、ここに来たばっかりだと言うのに、そんなことを口にする。
ちなみにスペシャルメニューというのは、スパゲティーと、オムライスと、ハンバーグと、カレーもろもろが、バケツみたいな皿に乗っているやつだ。
巷でよくあるという、制限時間以内に食べられたら、無料になるやつ。
今まで一人で完食した人はいないらしい。
「あれ、量えぐいよ。食べれるの?」
尋ねると、咲夜は首を傾げた。それから何を思ったのか、ふふん、とドヤ顔をする。ついでにピストルポーズをしてカッコつけた。
「大丈夫よ。レストラン泣かせの神崎 咲夜だもの。食べれなかったら、天明に手伝ってもらうし」
勝手に食べさせられることが決まっている天明に、少し同情する。天明はと言えば、げっそりした顔をして、ため息をついていた。
もし咲夜が食べられなかったら、残りは俺も食べてあげよう。
もう疲労から立ち直った新人は、機嫌良さそうに鼻歌を歌っている。今日あれだけのことがあったのに、すごい精神力だな。
不意に隣を見ると、珍しく朔が二人の姿を見て目を細めていた。