第12話 男の謎について考える
あのあとすぐ、廃ビルの中を追いかけた。
男は銃を向けてきたし、おそらく殺意もあった。たぶん、ただの脅しじゃないはずだ。
それにあの尋常じゃない影者の量。もしかしたら、男が来たことになにか関係があったのかもしれない。
あと、俺の家族がどうのこうの言っていたのも気になる。
結局、探せど探せど、男は見つからなかったんだけど。どこにもいなかった。まるで、消えてしまったように。
最後には人間感知の魔法だって使ったが、それでも見つからなかった。
「で、ここまで来たわけか」
目の前で紅茶を啜りながら、有明さんは唸った。
結局男を捕まえることもできず、かといって連絡だけで済むことのようにも思えなかったから、情報部隊の部屋まで来たのだ。
上層部に連絡しなければならなかったのかもしれないが、それは少しよろしくない方向に進みそうだったから、先にこっちに来た。
やっぱり、情報に関して一番詳しいのは、情報部隊だ。
「はい。なにかお知りになっていることがあるんじゃないかと思いまして」
「なにも分からないなぁ。そんな男の話なんて聞いたことないし……。なぁ、夜麦、その男が誰だか分かるか?」
「今検索かけてますけど、分かりません。周辺の監視カメラも洗い出してるんですけど……」
有明さんが夜麦にも話を振ったが、彼女は首を横に揺らした。監視カメラにも写っていないとなると、探すのは難しいかもしれない。
もちろん、隊士たちになにか害がないように全力で捜索するつもりではあるけど。
「難しいもんだねぇ。こうも異常事態が続くと、ちょっと不安だなぁ。もしかしたら、裏社会の組織、みたいなのができてるのかもね」
「裏社会の組織……?」
「そうそう。なんと言えばいいかな……影者討伐隊に対抗する組織! その名も……! みたいなね」
「そんなことが……」
影者討伐隊のセキュリティは、世界最高クラスだ。
普通に考えて、対抗する組織を作るなど無理に等しい。
でも、それが一番考えられることかもしれない。最近影者が増えてきたのも、そのせいだと思えば辻褄が合う。
「まぁ、なんというか……。可能性はある、というか、その可能性が一番高いと思いますよ」
スリッパをパタパタと鳴らしながら、暁霞は俺たちが向かい合っているテーブルへと近づいてきた。
手には、彼女が愛用している水色のファンシーなパソコン。
そのパソコンを開いた状態でテーブルに置き、有明さんの隣に座った。
「まぁ、私が言いたいのは、ここに対抗する組織っていうよりも……」
暁霞は、俺の目をまっすぐに見つめた。それから眉尻を上げ、突然机をバン、と叩いて身を乗り出す。
「たぶん、灯璃くんを狙ってるんだと思います」
「……俺?」
暁霞によると、話はこうだった。
前から俺が向かった任務に限り、影者が大量発生していたこと。
たまたまだろう、と思って様子を見ていたが、最近少しおかしいと思い始めていたこと。
で、今日の事件で、明らかに俺を狙ってのものなのではないかと疑い始めているのだということ。
「でも、そもそも俺を狙うことに、どんな利点が……?」
「そりゃあ、あるよ。そもそも灯璃くん強いし、あと、カッコイイし可愛いし天使だしこの世のものとは思えな」
「まぁ、討伐部隊の隊長だからな。狙ってるやつはいるんじゃねぇか?」
ストップストップと暁霞の目の前に手を出しつつ、有明さんは苦笑いした。
「灯璃一人だけで、隊員何十人分かくらいの実績があるからなぁ……。頑張ってるし。言い方は悪いけど、灯璃一人殺せば、それだけでこの組織の大損害だろ? 」
「なるほど……」
確かに、俺は討伐部隊の方でもかなり強い方だと思う。ただ、これは驕りとか怠慢とかではなくて、客観的に見た事実だ。
実際は、魔法をもらってから、なんでか分からないけど身体能力が上がっただけなんだけど。努力によるものじゃない。
周囲の人からはよく、頑張ってるだとか凄いだとか強いだとか言われるけど、全然そんなことはないのだ。
「まぁこの話の問題点は、ここじゃないんですけどね」
俺がそっと俯くと、暁霞はキーボードをパチパチと鳴らしながら、顔を顰めた。
「問題点?」
「えぇ。灯璃くんの任務地に限り影者を大量発生させ、人間の刺客を送り付け、さらには殺そうとする。そんなことができるのは……」
暁霞が小さく手を招き、俺たちは耳を近づけた。暁霞がパソコンに置いていた片手を、口元へと寄せる。
「ここ情報部隊に属する、影者討伐隊の人間です。つまり……」
「敵組織と繋がる、裏切り者がここにはいるってことです」