第11話 影者を魔法で倒す
車から降りた俺は、地下道から通じる隠し扉から、無事外へと出た。
出た先の裏路地にも、たまに影者がいることがあるから、注意して、廃ビル内へと入っていく。
廃れたエントランスに、ボロボロのコンクリート壁。その昔どんなことがここで行われていたのかは分からないが、どことなく気味悪く感じる。
「まずは、人がいないか確認か」
なんとなく呟いて、周りを見渡した。どうやら、俺の姿が見える範囲には誰もいないらしい。良かった。
それから、目をつぶった。おそらく周りに人の気配はないから、いるとしてもそれなりに遠くだと思う。
こめかみに手を当て、脳に意識を集中した。人を感知する魔法だ。おそらく今、体は薄青く光っているのだろう。魔法を使っている姿は、鏡で何度も確認した。
脳内に映し出された地図。そこにはこのビルの構図以外、何も映っていなかった。どうやら他に人はいないらしい。少しほっとする。
「人はいない、か……そうなれば、影者がどこにいるか……」
前は地下一階だった。今回は、どうだろう。可能性としては、やっぱりこの前と同じ、地下一階の可能性が、高いだろうか。
エレベーターはもうとっくに壊れていて、しかも電気も通っていない。手元の懐中電灯だけで階段を下りた。
周りは真っ暗。これだと、影者の見分けがつきにくい。前回はそんなに数がいなかった──といっても、いつもよりは多かったけど──から目を凝らせばなんとかなっけど、今回はどうなるか……
暁霞でさえ、数を測り兼ねると言っていたほどなのだ。
「となれば、数が多すぎるか……もしくは少なすぎるかのどっちかかな」
おそらく彼女の様子では、少なすぎるということはないだろう。一人じゃしんどい任務だと言っていたし。
「このまま突撃、いや、魔力感知からの一気に魔法で殺した方が早いか」
ブツブツと呟きながら頭で作戦を立てていると、五メートルほど離れたところで、何かが動く気配がした。影者だ。
素早く肩にかけていた銃で撃つ。
弾丸で撃たれたそれは霧になって消えた。
それでもまだ、辺りには濃い気配が残っている。
(くそっ、かなり数が多い。多すぎる。少なく見積もっても五十匹はいるのか?)
今まで相手したことのない数だ。本当に、多すぎる。すぐに魔力感知を発動させると、俺の周りは、ほとんどが影者を表す青色の点で包まれていた。
魔法を使うのが最良の選択だろう。ただしこの場合、どうすればいいのか。
水魔法を使えば、ここは地下だから俺が溺れ死ぬ。火魔法だったら、焼け死ぬ可能性がある。電気魔法だったら、感電する可能性がある。
「初めてのやつだけど、やってみるか」
ずっと一緒に戦ってきた相棒を、肩にかけた。それから、両手を前に突き出す。
魔法発動に必要なのは、イメージだ。こんな魔法が使いたい! というイメージで、大抵は上手くいく。
ただ、死んだものを生き返らせたり、お金を創り出したり、あと、透明人間になろうとしたりは無理だったけど。
ダダンッ!!
頭でしたイメージ通り、手から黄色い光のボールのようなものが数十個飛び出し、周りを明るく照らした。
ついでに真っ直ぐ影者に命中し、一気に二十匹ほどが死滅する。
影者にぶつかったものの残りが、派手な音を立てて壁に刺さった。電球の役割だ。
「残り四十匹くらい? いけるか」
このままこの攻撃を続ければ勝てるだろう。希望が見え、俺は少しだけ口角を上げた。
それからはもう、一方的な戦いだった。ひたすら俺が光玉──と名付けた──を打ち、影者は消えていく。撃てば撃つほど明るくなって、視界が良好になった。この魔法は今後も使えそうだ。
「これで終わりか」
最後の一匹を殺したとき、どこかからカツカツと足音がした。コンクリの床だ。革靴などを履いていれば、音はよく目立つ。
ただこの感じだと、この階にいるわけではなさそうだ。
(人間!? でもさっき確認したときは誰も……。もしや、途中で入ってきたのか? ここ、なんでこんな人が入ってくるんだ……)
それよりも問題はこの壁と床だ。ピカッピカに光っている。魔法を消す方が早いか、それとも逃げる方が早いか……。今回は逃げる方かな。
とりあえず魔法を使っている姿を見られてはいけない。できれば足音を魔法で消して行きたかったが、どうやらできなさそうだ。魔力をもらってから唐突に上がった、身体能力に頼るしかないか。
階段を駆け上がり、とりあえず地下道に通じる扉が近くにある、一階まで行く。ここからだったら、すぐに脱出可能。一時はどうなることかと思ったけど、見つからなくて良かった。
「おい、そこの黒髪」
「……は、はい!!」
さぁ、外に出ようと足を踏み出すと、真後ろで低い声が響いた。ここ、古いからよく声が響くんだよな、と関係ないことを思ったり。
汗をダラダラと流しながら立ち止まる。
「君のその匂い、嗅いだことあるヨ」
「……は?」
男からかけられた言葉に、思わず振り返った。
その瞬間、弾丸が飛んでくる。
(一体何がしたいんだ?)
素早く避けて受け身をとると、その男は目を細めて俺を見た。男の持つ拳銃から、煙が上がっている。
「ワタクシ、たぶんだけど君の家族にはお世話になってるんだヨ」
(何が言いたい? 俺の家族は、母、兄、父ともども影者に殺されたけど……)
「一体どういうことなんです?」
「ワタクシ、今日あまり時間はないのヨ。今から帰るヨ」
「……は?」
男は会話をする気がなかったのか、カツカツとまた音を響かせて、闇に消えていった。全く、話は噛み合わなかった。なんだったのかは、分からない。
分からないが……
ただ……ただただ、嫌な予感がした。