第10話 久しぶりに野田さんと話をする
「彼誰 さん……?」
尋ねると、電話の向こうで彼はウンウン、と(おそらく)頷いた。その"彼誰さん"という人が何かしたのだろうか。いや、したから電話したんだろうけど。ただ、誰なのか全く分からない。
「彼誰 月華さん、だよ。この前灯璃が連れてきたろ? 袴着てた子」
あぁ、彼女のことか。言われてから思い出した。影者に襲われてた子だ。確かに俺が訓練学校に連れて行った。名前は聞いていたけど、とにかく急なことだったから覚えていなかったのだ。
「思い出しました。彼誰さんがどうかしたのですか?」
「いや、どうもしてないんだけどもね。そういう暗ーい系じゃなくて、ただ単にすごいんだよって話なんだけどもね」
「すごい?」
「そうそうね。あっりゃあ、すごいや。討伐部隊行きだな。なんてったって、銃の扱いも上手いしね。運動神経も良いしね。今の灯璃には誰も適わないだろうけど、灯璃の学生時代よりもすごいよ」
語尾の上がる特徴的な話し方で、教官の野田さんはペラペラと喋った。どうやら見立て通り、あの子は凄かったようだ。
魔力量も人より多かったし、もしかしたら思った以上になるかもしれない。
「それは良かったです。彼女については、ちょっと心配していたので」
素性もなにも知れない子だったため、少しばかり心配していたのだが、今ので全部吹き飛んだ感じだ。とにかく、ほっとした。
「灯璃も変わってるよね」
「どこがです?」
「……いや、やっぱり何もないね」
野田さんはふうっとため息をついた。きっと今、少しだけ薄くなった髪を撫でているのだろう。彼が困った時の癖なのだ。
「……灯璃、ちゃんと生きてる?」
しばらく沈黙が続いたあと、野田さんはそんなことを聞いてきた。普通だったらあまり聞かない、けれど、野田さんにはよくされる質問だ。
「全然大丈夫です。生きてますよ」
ふふっと笑うと、電話の向こうの雰囲気が、少しだけ柔らかくなった気がした。
「それならいいね。じゃあね、これから用事あるから、申し訳ないけど切るよ」
ツーっツー、と規則的な電子音が携帯から零れる。
俺が学生時代の時からよく目をかけてくれていた野田さんは、魔王と出会ったあの日から、頻繁に電話してくるようになった。
たとえ大した用事がなくても、もちろん今日みたいにそれなりの話があっても、だ。
たぶん野田さんなりに気にしているのだと思う。あの日死んだ仲間は、俺の同期──つまり、俺の訓練学校のときからの知り合い──がほとんどだったから。
携帯を下ろして、小さく息を吐く。手が少し、震えていた。野田さんと話すとたまに、あの日のことを思い出す。フラッシュバックする。
あの時の自分の無意味さのようなものが蘇って、酷い虚無感に襲われるのだ。もし、生き残ったのが、別の誰かだったら。もし、死んだのが自分だったら……
考えても仕方ないことではあるけれど。
冷たい空気が漂う廊下にしばらくつっ立っていると、また携帯が振動し、音を奏でた。チャラチャラと軽快な音楽。任務の知らせだ。
「もしもし。討伐部隊の祈夜です。今回の任務は?」
詳細を聞く前に、自然と足が動きだす。車が置いてある地下に向かってだ。ある意味習慣づいている。
「い、祈夜さんっ!! いや、灯璃くんっ!!もしもし。情報部隊の暁霞ですっ!えっと、今回の任務は、四月十三日の任務の、駐車場の地下。また発生したみたいで……」
「数は?」
「ごめんだけど、はっきりとは分からないの。分かってるのは、かなり数が多いっぽいってことくらい。うーん、一人じゃしんどい任務かも……」
唸る暁霞に分かった、とだけ言って、俺は電話を切った。
できるだけ援護は呼びたくない。銃を外しても最悪魔法を使えば一瞬だし、なによりその方が、被害が少なくて済む。
ただ、この前みたいに人がいないかどうか、確認しなければいけないけど。
車に乗り込み、ブレーキペダルを踏んで、キーを刺す。レバーを引いて、発進。
もう何百回と繰り返した流れだ。そのまま影者討伐隊保有の地下道へと進み、この前彼誰さんと出会ったビルの地下まで運転する。まぁ運転は、AIに任せているのだけれど。
ピピッと音が鳴って、車は無事現場についた。
とりあえず、魔法を練習するくらいの気持ちで。そう自分に言い聞かせ、無意識に緊張していた体から力を抜く。やっぱり、木っ端微塵に破壊されるかもしれないとなると、何度でも緊張するものだ。
なんとなく、今頃、朔に話を聞いているであろう二人の姿を思い出し、俺車の外へと出た。