第9話 医療部隊に挨拶に行く
「こんにちは。討伐部隊の祈夜です」
「おっ、久しぶりじゃん」
扉を開けると、垂れ目の優しそうな青年がソファに座ってニコニコと微笑んでいた。
まるで穏やかを絵に描いたような、いや、穏やかから生まれたような笑顔だ。彼とは俺がここに入隊したときからの仲だが、彼が怒っているところを、俺は見たことがない。
「ごめんな。朝、夜麦がまた迷惑かけたみたいで」
ははっと笑いながら頭をかく彼。そう、彼は例のファンの少女──暁霞 夜麦──の親戚なのだ。しかも血縁的にもわりと近いらしく、彼の栗色の巻き毛はそのまま彼女に遺伝されている。あと、色素の薄い目も。
「いやいや、全然」
優しい彼のどこにあんな強烈な遺伝子が眠っているのか。親戚というだけだから、もしかしたら全然違うところからなのかもしれないけど。
こちらもなんとなく苦笑していると、彼は困惑したような顔をした。
「えぇと、後ろの子たちは……」
「討伐部隊の新人です。とりあえずここに紹介を……と思いまして」
どうやら咲夜と天明が気になっていたらしい。確かに、彼らは後ろでハテナを背負っていた。
「えっと、こちらは、医療部隊隊長の日並 紫青さん。主にここで、簡単な治療を行っている。ある程度以上重症になったら、隣にある影者討伐隊専門の病院に行かなくちゃいけないけど。ちなみに紫青さんは、そこでも診ててくださったりする」
「……隊長で子供なのは、討伐部隊だけなのね」
……咲夜のけっこう失礼な呟きが聞こえてきたが、もう気にしないようにしよう。というか、彼女とは、一歳しか違わないんだけど。
「初めまして。討伐部隊の神崎 咲夜です」
「は、はじめまして。討伐部隊の東雲 天明です」
咲夜が軽く頭を下げ、それにつられるようにして、天明も同じようにした。
「初めまして。さっき紹介にもあった通り、医療部隊隊長の日並 紫青です」
その優しそうな目をさらに細くして、日並さんは言った。それから何か思いついたように、ポン、と手を叩く。
「あっ、そうだ。叶江さんも、今日から出勤なんだ。どうせ同期だからこれからいろいろ大事になるでしょ」
「叶江さん?」
「あぁ、神崎さんと東雲くんの同期だよ」
同期、か。確かに同期の存在は、今後かなり重要になってくる。良くも悪くも縦社会の影者討伐隊だから、横の関係はけっこう大事になってくるのだ。
「叶江さん、ちょっと」
日並さんが奥に声をかけると、しばらくして少女が出てきた。といっても、咲夜や天明より、もちろん俺よりも少し年上なようだ。
「どうされました?」
こくん、と首を傾げた少女に、日並さんは咲夜と天明を指す。
「叶江さんの同期の人たちが、こっちに挨拶に来てくれて……」
しばらくポカン、とした彼女は合点がいったのか、キラン、と効果音がつきそうな笑みで微笑んだ。
それから、一番近くにいた咲夜の手をとる。
「初めまして。叶江 雫と言います。これからよろしくね」
百点満点の笑顔を見て、なんとなく思い出す。彼女は、入隊が決まってから一瞬で、ファンクラブができた人じゃなかったか。
そのアイドルっぽい風貌と仕草が、めちゃくちゃ良いのだという噂を聞いた。
確かに、影者討伐隊独特の翳りを全く見せない、明るい笑顔である。
「よろしく。私は神崎 咲夜よ」
無愛想な咲夜だったが、彼女はそれだけで嬉しかったのか、さらににっこりと笑った。
「よろしくお願いします。東雲 天明です」
「同期なんだから、敬語じゃなくていいのよ。よろしくね」
それから、天明と握手をする。
新人たちの、牧歌的とでも言うべきか、平和な光景に少し頬を緩めていると、不意に、ブブブ、と携帯が振動した。
任務かもしれないと慌てて部屋を出て、電話を取る。
「もしもし、祈夜 灯璃ですが……」
「訓練学校の野田だよ。ちょっと彼誰さんのことで話があって……」




